第14話 佐々木モータースの親父の目
田園風景の広がる緩やかな一本道を抜け、見慣れた町の匂いが鼻腔をかすめると、やがて視界の端にその建物が見えてきた。
使い込まれたトタン屋根、軒先に無造作に積み上げられた古タイヤ、そして大きく開け放たれた作業場のシャッター。黄ばんだ看板に『佐々木モータース』と力強い文字で書かれた、いつもの場所だ。
僕たちはその手前で減速し、スロットルを戻してクラッチを切り、慎重に店の敷地内へと滑り込ませた。
カチッ、とペダルを踏み込んでギアをニュートラルに戻し、サイドスタンドを払う。エンジンを切ると、辺りには心地よい機械の熱気と、二サイクル特有の甘い排気ガスの匂いがふわりと残った。
「……着いたね、楓」
「うん……! なんか、あっという間だったけど、ここまで自分の力で走ってきたんだって思うと、すごく遠くまで来た気がする」
ヘルメットのあご紐を外し、アイボリーの帽体を脱いだ楓の額には、少しだけ汗が滲んでいた。だけどその表情は、不安や緊張の色など微塵もなく、達成感と誇らしさで眩しいくらいに輝いている。
僕もヘルメットを抱え直し、愛車のタンクをそっと撫でた。あの日、埃まみれだった車体が、今では僕たちの相棒としてしっかりと自立している。
ガタガタ、と奥の作業場から鈍い金属音がして、油まみれのツナギを着た佐々木モータースの親父――佐々木さんが、使い古したタオルでゴシゴシと手を拭きながら顔を出した。
「ん……?」
親父さんは怪訝そうに太い眉をひそめ、敷地にとまった僕たちのバイクへと視線を走らせた。
サビだらけだったスポーク、固着していたキャブレター、バラバラだったパーツの山――それらがすっかり蘇り、ぴかぴかの新品タイヤとチェーンを纏って自分たちの足でここに立っている。その光景を捉えた親父さんの目が、わずかに見開かれた。
さらに親父さんの視線は、僕たちの足元の新しいハイカットスニーカーや、手元に抱えたヘルメット、そしてポケットにのぞく真新しい緑色の免許証へと移っていく。
数秒の沈黙のあと、親父さんはフッ、と鼻で笑い、そして呆れたような、しかし隠しきれない笑みをその顔に浮かべた。
「……なんだ、テメェら。いつの間に免許取って、しっかり乗れるようになってやがったんだ」
その声は怒っているどころか、まるで自分のことのように嬉しそうな、自慢の孫でも見るような温かい響きを含んでいた。
「昨日、一発の学科試験と午後の実技講習をバッチリクリアしてきました! ほら、書類も自賠責も完璧です!」
楓が胸を張って財布から免許証と書類を見せると、親父さんはやれやれといった風に首を振って、ワハハと腹の底から豪快に笑った。
「たいしたもんだ。最初はただの鉄くずの山を引っ張ってきたときは、どうせ途中で投げ出して「直せませーん」って泣きついてくるもんだと思ってたんだがな……。おい、ちょっと見せろよ、そのGSのキャブの調子はどうか」
親父さんが僕のGS50にどっしりと歩み寄り、タンクをポンと軽く叩いた。
「うん、いい音させて走ってきたじゃねぇか。アイドリングの排気音も悪くない。外見だけ取り繕ったんじゃなくて、ちゃんと芯から生き返らせてやがる。テメェらの汗と油で直した相棒だ、誇っていいぞ」
その一言を聞いた瞬間、胸の奥がカッと熱くなるのが分かった。
あの古屋の暗い隅っこで埃をかぶっていたバイクが、今こうして親父さんの目の前で誇らしくエンジンを冷ましている。パーツを分けてもらい、無謀だと言われながらも知恵を借り、自分たちの手で泥だらけになって直した日々が、走馬灯のように鮮やかに蘇ってきた。
「はい! ありがとうございます!」
僕と楓は声を揃えて、ピシッと頭を下げた。
「お前ら、せっかくここまで走ってきたんだ。ちょっとその辺の調整も見てやるから、作業場の端に停めな」
親父さんがそう言って作業場の中へと戻っていく背中を見送りながら、僕たちは顔を見合わせて小さくガッツポーズをした。
初夏の抜けるような青空の下、佐々木モータースの油とガソリンの匂いの中で、僕たちの本当の「青春のロードトリップ」は、間違いなくここから始まっていた。




