第05話「勇者の加護」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の続編です。
前作はこちら
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アルフレイルの街は今日も天人や商人の賑やかな声で溢れていた。
朝の陽光が石畳に反射し、軒を連ねる露店からは焼き立てのパンや地上の香辛料の香りが漂ってくる。
天人と地上人が行き交うこの街は、異なる世界の交差点だ。
「ここ、確か地上とアルフレイルの中間地点って言ってたよな?」
前に訪れた時同様、ライガは興味津々といった顔でキョロキョロと辺りを見回す。
そのうち、露店の屋台から立ち上る匂いに引き寄せられていく。
「ええ。僕ら天人と、地上人が唯一交流できる街です。って、こら! 朝ごはんはもう食べたでしょ!」
串焼きの香ばしい匂いに鼻をひくひくさせるライガは、まるで迷い犬のように屋台へと吸い寄せられていく。
「なぁ~! いいだろ、一本だけ! な? 後で肩もみすっから!」
「むぅ……。しかしですねぇ……」
「風呂で背中も流してやるし、今日は裸のまま一緒に寝てやる! そんで、思いっきりギューッてしてやるからさ! 一晩中、俺の体を堪能し放題だぞ? な、どうだ?」
「良いでしょう! 約束ですからね?」
「へっへ~♪ やった!」
「……アンタねぇ。主人のほうが人形に使われてんじゃないわよ」
ライガのごますりは、日に日に上手くなってきた。
グリオールも呆れ顔だ。
「……ゴホン! えっと店主、これ一本お願いします」
「へぃ、まいど! んじゃ、魂力はこれくらいでお願いしやす!」
屋台の店主に促され、掌から光る物質を出すと、店の前に置かれた小さなガラス球に吸い込まれていった。
「いつ見ても綺麗だなぁ。そのキラキラが魂力っていうんだよな?」
ライガは串焼きを受け取ると、興味深そうに尋ねる。
「ええ。魂力は僕ら天人が“術”を発動するための力にもなりますし、地上界にとっても必要な……ってこら!」
見ると、既に串焼きは半分ほどライガの口に収まっていた。
「良いですか? 帰ったら、たっぷりご奉仕してもらいますからね?」
「モグモグ……わーってりゅってぇ♪ これうめぇな」
「……ふっ」
不意に後ろから小さな笑い声が聞こえた気がして振り返ると、レオンがどこか優しげな顔でライガを見ていた。
ライガが無邪気に笑い、ノクスに甘える姿はどこか眩しく映ったようだ。
「ああ、すみませんレオン君。本当にこの子は気楽というか、自由というか」
「いえ、今のライガを見ていると……とても温かな気持ちになります」
そう言いながら、レオンは串焼きを頬張るライガを穏やかな表情で見つめている。
「くすっ♪ アンタも随分変わったわねぇ。本当はライガちゃんのこと、気になって仕方なかったんでしょ?」
「……はい。俺は、アイツでしたから」
グリオールに問いただされ、レオンは静かに語る。
「ずっと、孤独でした。幼い頃に両親に先立たれ、毎日その日を生きることに精一杯で……ああして笑う余裕もなかった」
「あ~ら、もしかして羨ましいのぉ?」
「いいえ、逆です。今のライガがこうして、ノクス様と一緒に日々を楽しんでくれている。アイツがもう独りじゃないと思えるだけで、俺は嬉しいんです」
ノクスには、その言葉の端々から孤独の影と安堵が感じ取れた。
「……あっそ。まぁ、前回は大団円だったし、今更アタシが口挟むことじゃないけど。やっぱりどうしても、ちょ~っとだけモヤモヤするのよねぇ」
グリオールは冥王として、かつて冥界へ自分を討伐しに来た勇者ライガを返り討ちにしたという。
だが、当時ライガがわざと手を抜き、冥王に殺させる芝居を打ったという事情までも、後になって聞かされていた。
「勇者ライガ。アイツとは本気でヤリ合ってたつもりだったのに、自分だけ先にイクなんて馬鹿にされたもんだわ。おかげでアタシはこの先もずーっと消化不良のままよ」
「申し訳ございません、グリオール様」
「アンタにはもう関係ないでしょ。それに今は、元勇者の……アンタの体を弄んで楽しんでるし」
グリオールは、クスクスと笑いながらレオンの鍛え上げられた体を舐めるように眺める。
「うふっ♡ 今日は唐揚げにしようかしら? アンタの全身に衣付けて、熱々のカリカリに揚げてあげる♡」
「了解です。冥界に帰ったら、すぐに準備します」
うっとりとした表情で見つめるグリオールを前に、レオンは感謝するようにお辞儀をする。
その冗談じみたやり取りも、ノクスから見れば常軌を逸しているように思える。だが、冥王と元勇者という異端の二人にとっては、日常なのだと理解できた。
◆◇◆◇
「さ、着きましたよ。ここの転移ゲートからテラアースへ行きましょう」
ノクスの案内で、一行は街の一角に設置された大きな建造物の前に到着した。
転移ゲートと呼ばれるその装置は、離れた空間同士を繋げ、瞬時に移動を可能とするものだ。
巨大な円形の中央が時折光り、大きな積み荷を連れた馬車や人々が次々と姿を現していた。
しばらく待つと、ノクスたちの番が来た。
早速操作パネルに手を伸ばし、慣れた手つきで設定を始める。
≪ノクス政務官殿、グリオール政務補佐官殿、眷属2体。認証完了。転移先ヲ指定シテクダサイ≫
「ええっと、確かエルト君との待ち合わせ場所は……ここですね。よし、設定完了です」
「あぁ、そうだ。ノクス、これから皆に認識齟齬の設定するんでしょ? 悪いけどレオンには特に付与レベル上げておいてくれない?」
「え? 何故に?」
「実はねぇ~。テラアースにレオンのファンクラブが出来ちゃってて、コイツ、アイドル的な存在になっちゃったのよぉ。本当、迷惑甚だしいったら!」
「そういえば、前にそんな話がありましたね。確か、レオン君が自分の中の勇者ライガを受け入れた頃からでしたっけ?」
「ええ。多分、勇者が早々に仲間を増やせるように与えられた『先導者の加護』の影響だと思うわぁ」
その会話を立ち聞きしていたライガが、ノクスに問いかけた。
「なぁ、ノクス。勇者の『加護』って何なんだ?」
「ああ。勇者というのは単なる称号ではなく、適性の一つなんですよ」
「あ、それ前にも言ってたな。……で、それ何だっけ?」
「まったく、君って子は……! 適性とは、僕ら天人が使う火や氷の術を、地上人が扱いやすくするために生まれたものです。代表的なのは≪闘士≫などですね。体内の魂力を筋力増強に変換して、一時的に怪力を出せるんです」
「ああ、そうだった! 確かエルトも≪錬金術師≫だったよな」
ライガが思い出したように手をポンと叩く。
「そう。その中でも『勇者』は特別で、選ばれし者にのみ与えられる『加護』が発現します。例えば、強靭な肉体になる加護や、すべての攻撃から身を守る加護などもあるそうです」
グリオールがうんざりした様子で口を挟む。
「つまり『先導者の加護』ってのは、回復役とかタンク役とか、それぞれの役割に合った仲間を自動的に集めちゃう力ってこと。普通、そんな都合よくバランスのいい仲間なんて集まらないでしょ?」
――『先導者の加護』。それは無意識のうちに周囲を引き寄せる力。
本人が望まなくとも仲間が集まり、この人について行きたいという好意を抱かせてしまうという。
孤独を知るライガには、その『自動的な絆』が不気味に思えたのだろう。
「そう。どこへ行っても、まるで勇者のためにあつらえたかのように『決まった役割の仲間』が勝手に集まってくる……。あれは、本当に気持ち悪かった……」
深いため息を漏らすレオン。勇者だった頃の記憶を思い返しているようだ。
しかし皆の視線に気づくと、直ぐにグリオールに向き直り、胸に手を置きながら深々と頭を垂れる。
「……失礼しました。いまの俺は、グリオール様の為だけに生きる忠実な人形です」
「ふんっ、まぁアンタの中には『勇者ライガ』が溶けてるんだし、その影響が出るのは副作用みたいなもんかしらねぇ」
グリオールがパンッと手を叩き、ノクスに向き直る。
「というわけなの。アタシが術を重ね掛けしてもいいけど、面倒だからお願い~」
「分かりました。転移ゲートの設定を変えるだけですし、構いませんよ」
ノクスは気前よく快諾するように親指を立てる。
「ありがとうございます、ノクス様。よろしくお願いいたします」
レオンも、続いて感謝の言葉を述べた。
「ああ、いえいえ! 感謝なら転移ゲートを作った西聖堂の技術者達に言ってください。あはは……」
その様子を見ていたライガが、小さく呟くのが耳に入った。
「たくっ、またレオン兄ちゃんに媚び売ってやがる……。お前の守護者は俺だろが……にやにやしやがって!」
「……? ライガ、どうしました?」
「けっ! なんでもねーよっ!」
ライガは不機嫌そうにそっぽを向いた。
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