第04話「ライガとレオン」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の続編です。
前作はこちら
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「どうぞ、ノクス様」
レオンが丁寧に紅茶を注いだカップを差し出すと、ノクスはそれを嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます。んん~……! 良い香りですねぇ。さすがレオン君、淹れ方に一切の無駄がない。お手製のクッキーも絶品です」
「お気に召して頂き、光栄です」
ノクスの賛辞に、レオンは深々と頭を下げる。
「やれやれ、元は同じ人物から生まれたとは思えませんねぇ」
実は、レオンは“勇者ライガ”という約二百年に冥王に挑み、殺された人物の肉体に別人格が宿った存在で、ライガもまた、その勇者の魂を元に受肉した人形なのだ。
さらに、その冥王はいま自分の目の前で紅茶を楽しんでいるグリオールであるという、異色なメンバーなのである。
ライガは、にやけ顔で見つめられ、思わずムッとする。
「……けっ! うっせぇなぁ! 勇者ライガはもう居ないっつーの」
ライガの悪態に、グリオールも続く。
「確かに、勇者の魂はライガちゃんが、肉体はレオンが所有してるけど、それぞれ全くの別人格だし。おまけに勇者としての存在もレオンの中に溶けて消えちゃったからねぇ」
「はい、アイツはもう俺の中に溶けた。いまの俺は……レオンです」
今まで、勇者の話をすると暗い顔になっていたレオンだったが、今ではしっかりとした顔で話している。
(レオン君……。今まであまり表情を崩さなかったのに、明るくなったなぁ)
その様子を見て、ノクスも安心した。
「にしても、最近暑くなってきたわねぇ~?」
ハンカチで汗を拭き、手をパタパタと仰ぎながら太陽に向かって不満を漏らす。
と、その言葉を待っていたかのようにレオンは扇子を差し出した。
「そう仰ると思い、こちらをご用意しました」
「あら、どうしたのよコレ」
「先日、お暇を頂いた際に買っておきました」
「……アンタねぇ、用意が良いにも程があんのよ! 気色の悪い!」
「……申し訳ございません」
「ふんっ! 地味な色。それに、だっさいデザインねぇ~?」
悪態をつきながらも扇子を受け取ると、涼しいのか満足げに仰ぐ。
レオンは、そんなグリオールの後ろ姿を見ながら目を細めて優しく微笑んでいた。
――その時、視線の端でライガがぽつりと口を開く。
「……なぁ、レオン兄ちゃん」
普段より少し低い調子でいつもの覇気がない。
ノクスはカップを傾けながら、その変化を敏感に感じ取っていた。
「ん? どうした?」
とレオンが応じる。
「……なんか最近、ノクスって兄ちゃんに甘えすぎじゃね?」
ライガの言葉に、ノクスは思わず手を止めた。
まるで拗ねているような響きだ。
「……そうか?」
レオンが首を傾げている。
「だってベタ褒めだし、嬉しそうな顔しやがってさ……あいつ、図に乗ってやがるんだ!」
むくれた声に似合わず、ライガの視線はノクスに注がれていた。
(……ふふ。なるほど。そんなに気になるのか)
ノクスは胸の奥に小さな得意を覚えながらも、あえて口を挟まず黙っていた。
「俺、茶だって淹れる練習してたのに。……あいつ、一度も『美味しい』なんて言わないんだ。さっきだって、無理やり口に……」
ライガの声はだんだん小さくなっていく。
その様子に、レオンがわずかに笑みを浮かべた。
「お前、それは……」
「……なんだよ」
睨み返すように言い返すライガ。
だがレオンはどこまでも優しい顔で、それがかえって弟をいなす兄のように見えた。
「いや。何でもない」
そう言って、ライガの頭をくしゃっと撫でる。
「っ、な……! やめろって!」
手を払おうとするライガ。だが頬が赤く染まるのを、ノクスは見逃さなかった。
「……心配ない。ノクス様はお前のことを、ちゃんと見ている」
レオンの言葉に、ノクスはそっと息を吐いた。
ライガを気遣うその声音は、まるで穏やかな陽だまりのようだ。
「……別に、心配してねーし」
ふてくされてそっぽを向くライガ。
だがその背中からは、どこか落ち着かない感情が滲んでいた。
(……やれやれ。本当に分かりやすい)
ノクスはひとり、紅茶を口に運びながら心の中で微笑んだ。
◆◇◆◇
「……おや?」
紅茶を口に運んでいたノクスは、ふいに手を止めた。
術の気配を感じ取ったのだ。
「あら、誰かから通信?」
グリオールも同じ気配を察したのか、視線を向けてきた。
「ええ、少しお待ちください」
カップを静かに置き、片耳に手を添えながら魂力を込める。
「≪伝通の術≫! ……はい、こちら政務官のノクス・イスターンです」
耳の奥に、確かに声が届く。
背筋を伸ばしながら、相手の言葉を聞き逃すまいと集中しようとしている矢先、視線の端でライガが落ち着きなく身を乗り出す。
「なぁ、グリオール。あれって天人が使う『術』ってやつだよな?」
「ええ、そうよぉ。離れた相手と会話できちゃう≪伝通の術≫よ」
ライガの問いにグリオールが説明する声が耳に入る。
ノクスはシーッと口元に指を当て、二人を制した。
空気が一瞬で静まり返る。
「……あ、すみません、失礼しました。ええ、はい。テラアースへ……ですか? 分かりました、ではすぐに向かいます。……通信終了」
術が途切れた感覚を確認してから、ノクスは軽く息を吐いた。
「なぁに? 今、テラアースって聞こえたけど……地上界の話?」
グリオールが紅茶をすすりながら問いかけてきた。
「ええ。つい先ほど、エルト君から報告が届いたんです」
「ああ、そういえば確か……前にレオンとライガちゃんが地上界に行く時に、エルトちゃんに依頼書を渡すよう頼んでたわねぇ」
「そうです。彼に地上界テラアースでの調査協力を依頼していたのですが……」
グリオールはカップをソーサーに置くと、腕を組みながら話しかけてきた。
「それで? どんな内容だったの?」
「……どうやら異変が起こっているらしいのです。自分だけでは手に負えないので、僕たちに直接確認して欲しい……との要請でした」
ノクスは簡潔に説明する。
『白い塔』での一件が脳裏をよぎり、紅茶の残り香が少し苦く感じられた。
「前回の事件、旧転移ゲートの杜撰な管理体制も原因でしたからね。他にも似た事例がないか、政務官として調べる必要があります」
「それって、ノクスの前任だったジルミスのサボタージュのツケでしょ? 本当、老害って言葉を体現したようなジジイだったわぁ」
グリオールが肩を竦める。
「いやもう本当、引き継ぎの時は大変でしたよ。必要書類は手を付けた痕跡すらなく山積みのまま埃まみれ、各部署からのクレームは毎日……ああ、思い出しただけで頭痛がする」
げんなりとした気持ちを振り払うように、紅茶を一気に飲み干した。
そして立ち上がり、ライガに向かって告げる。
「ライガ、これから地上界へ調査に向かいます。準備なさい」
「お! 出かけるのか? やった!」
「遊びではありませんよ。あくまで現地調査です」
呆れ半分のため息が口から漏れる。
「場合によっては冥王としての意見も必要になるかもしれません。グリオール、貴方も同行をお願いします」
「おっけ~! アタシも立場的にはアンタの政務補佐官だしねぇ。……レオン、ここ片付けちゃって」
レオンは小さく頷く。
「……ライガ、俺たちはテーブルを片付けよう。何か拭くものはあるか?」
「おうっ! 持ってくる!」
足早にキッチンへ駆けていくライガ。
その背を見送りながら、不意にレオンがこちらに向き直った。
「……ノクス様。すみません、紙とペンはありますか?」
「え? ええ、ありますけど」
不思議に思いながら、ノクスは机の引き出しを開いた。
◆◇◆◇
「さて、戸締りも出来ましたし行きましょうか。まずは近場の転移ゲートに向かいましょう」
ノクスは術で扉にロックを掛け、先頭に立って歩き出した。
背後では、レオンがライガの肩を軽く叩き、何かを手渡している。
「ライガ、これを」
「……何だよこの紙。って、これは!」
レオンはライガにさっき渡した紙で書いたメモを渡しているのが見えた。
ライガが内容を確認すると、嬉しそうに受け取り、レオンがその頭を撫でている。
(……何だろう、とても嬉しそうだけれど)
その光景を、ノクスは横目でちらりと確認した。
(まぁ、時間が出来たら後でゆっくり本人に聞けば良いかな。それにしても……)
そこに血の繋がりはないはずだが、まるで本当の兄弟のように見える。
ノクスは頬を緩め、前へと歩きだした。
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