第4話 守るために
勇気を振り絞り、モンスターたちへ向かって踏み出した。
「あれは……オークか?」
見た目でも分かる。
それでも念のためサーチアイで確認する。
──間違いない。
「行くよ……!」
剣を引き抜き、オークたちの懐に向かって駆け出す。
あの姿は、昔アナセルに何度も登場したオークそのものだ。
もし、この世界のオークもアナセルと同じなら。火属性が弱点なはず!
手の指先に魔力を集中させる。
すると、指先に小さな火が灯った。
初めて使うはずなのに、不思議と迷いはなかった。
まるで何度も繰り返してきた動作のように、私は炎を剣へと滑らせる。
刃をなぞるように流れた炎は、まるで吸い寄せられるように剣身へ絡みつく。
オークとの距離が縮まってきた。
目の前で棍棒を振り上げ、押し潰そうとしている。
普通なら恐怖で足が止まっていたのかもしれない。
だけど、不思議と怖くなかった。
みんなを守るために体が勝手に動く。
地面を強く蹴った瞬間、視界が一気に上昇した。
思った以上に高い。
それでも不思議と違和感はない。
まるで昔からできていたことを思い出したかのように。
体は自然と次の動きを選んでいた。
飛び上がりながら、首に狙いを定める。
剣を握る手にさらに魔力を流し込む。
すると、剣身を覆っていた炎が大きく膨れ上がる。
揺らめく炎は刃の先へと集まり、そのまま刀身を延長するように伸びていった。
まるで炎そのものが新たな刃になったかのように。
この長さならオークたちに届く。
そう確信した私は、思いっきり剣を振った。
「はぁぁぁぁぁ!」
炎の刃が赤い軌跡を描きながら空を薙ぐ。
次の瞬間──。
オークたちの体が大きく揺れた。
確かな手ごたえがあった。
炎を纏った刃は肉を断ち、骨を砕き、そのまま数体のオークをまとめて切り払った。
一拍遅れて鮮血が舞った。
巨体たちは力を失ったように崩れ落ち、森の中に重い音が響く。
「ふぅ……」
ひとまず片付いた。
そう思ったのも束の間だった。
「きゃぁぁぁぁ!」
「危ない!」
誰かの悲鳴が、静まり返っていた森に鋭く響いた。
反射的に声のした方へ振り向いた私は、その光景に思わず息を呑む。
さっき倒したはずのオークが一体。全身から血を流しながらも、執念だけで立ち上がっていた。
傷だらけの体を引きずり、それでも獲物だけを見据えて歩み寄る姿は、ゲームで何度も倒してきたオークとはまるで違う。
生きようとする本能と、獲物を仕留めようとする執念。その生々しさが、背筋を冷たく震わせた。
そして、その棍棒の先にいたのは──結花たちだった。
「た、たす……け、て……」
結花は目を大きく見開いたまま、その場に立ち尽くしていた。
逃げなければならないことは分かっているはずなのに、恐怖が体を縛りつけ、指先一つ動かせないのだろう。
この距離じゃ、普通に走っていては間に合わない。
──いや。
「間に合わせる!」
そのための力が、今の私にはある!
足に力を込め、地面を強く蹴った。
踏み込んだ瞬間、景色が大きく流れる。
ゴブリンと戦った時と同じ感覚だ。
だけど今回はもっと自然に感じている。考えるより先に動く。
まるでアニスが積み重ねてきた無数の戦いの記憶が、私の中で息を吹き返し、この体を導いているかのようだった。
オークは棍棒を大きく振り上げる。
あの構えは、『アナセル』で何度も見てきた。
振り下ろす瞬間こそが、最大の隙となる。
棍棒を振り下ろされる、その一瞬手前。
私は踏み込みと同時に剣を横なぎへ振り抜く。
迷いも力みもない、ただ美しい軌道。
一閃。
オークの胴が滑るようにずれ、巨体は何が起こったのか理解する間もなく崩れ落ちていった。
誰も言葉を発せなかった。
目の前で起こった出来事が、あまりにも一瞬だったからだ。
振り下ろされるはずだった棍棒は空中で止まり、次の瞬間にはオークの巨体が胴から断たれ、重い音を立てて地面へと崩れ落ちる。
「……え?」
「う、嘘だろ……」
「一撃で……倒した?」
「……す、すげぇ」
あまりにも鮮やかな一撃に、クラスメイトたちはただ目を見開くことしかできなかった。
けれど、まだ安心するには早い。
私はみんなに声を掛けたい気持ちを抑え、まずは周囲の警戒を優先する。
「サーチアイ」
魔法を発動すると、意識が周囲へと広がっていく。
索敵範囲を少しずつ広げながら、森の気配を一つひとつ探っていく。
……反応はない。
周囲に魔物の気配はなく、少なくともこの一帯は安全のようだった。
「ふぅ……」
胸に張り詰めていた緊張が、ようやく少しだけほどける。
これで、ひとまずは大丈夫そうだ。
安心した私はクラスメイトたちへ視線を向ける。
その中で、一人だけ立ち尽くしたまま動けずにいる結花の姿が目に入った。
恐怖がまだ抜け切っていないのだろう。
私はゆっくりと歩み寄り、その前で足を止める。
「大丈夫?」
そっと手を差し出しながら声を掛ける。
「う、うん!ありがとう……!」
結花は少し戸惑いながらも、その手を見つめ、小さく頷いた。
──間に合って、よかった……。
その小さな安堵の言葉は、誰にも届くことなく胸の奥へと静かに溶けていった。




