第9話 窮屈な自由
深い闇から這い出すように目を覚ますと、そこは見慣れた自室の木目が浮かび上がっている天井だった。
――確か、蓮夜の家の前で……
脳裏に燃え盛る紅蓮の炎がよぎる。
そして、その奥でのたうち回る人影。
当時の記憶がよみがえり、ガバっと起き上がる。
そして、震える手で枕元に置かれていたスマホを手に取ると、時刻は夜八時。
上体を後ろにボスっと倒し、LEDの眩しい光が目を突き刺す。
思わず右腕で目を庇い、大きく息を吸い込み、一気に吐き出した……
――九時間近く寝てたのか……
あれから蓮夜の家は……家族は助かったのだろうか?
少しでも情報を得たい衝動にかられ、件のネット掲示板を開くと、案の定、蓮夜の家が焼け落ちたこと。
さらに、消防が駆けた時にはもう手遅れで、火傷覚悟で玄関を突破してきた遠縁の男性一人以外は助からなかったらしい……
その男性も救急車ですぐ、病院に運ばれたそうだが、ストレッチャーに乗せられている間も、たわ言のように。
「くわばらくわばら……」
つぶやき続け、その場に居合わせた者はみんな口を開かず、黙って見守ることしかできなかったという……
僕と蓮夜の母親のいざこざについても、断片的に触れられてはいたが、一族を飲み込んだ業火のインパクトにかき消されてしまっていた。
嫌がらせをしてきた蓮夜に関してはともかく、彼の家族まで恨んだことは一度もない。
それどころか、蓮夜の母親とは初対面で、ただ目が合っただけだ。
――なら、どうしてあんな、目の敵に対峙したように、僕の胸倉を掴んできたんだ?
さっぱりわけがわからなかった。
なにより、倒れる直前のあの、《《世界が傾いた》》ような、奇妙で浮遊感のある得体のしれない気持ち悪さ……
ただのめまいや失神ではない、禍々しいものが僕の意志とは関係なく動き出す。
――一体何が起きてるんだよ……
ここ数日で自分を取り巻く環境がガラリと変化し、やっと落ち着いたと思いきや、また、新たな問題が起きてしまった。
「これはもう、僕一人では解決できないような気がする……」
そう口にした時、襖が静かに開く音が聞こえ、そちらに目を見やる。
そこには、眉間にしわを寄せ、口元を引き締めている祖母が立っていた。
むくりと上体を起こし、深刻なことが起きていることを悟った僕は、祖母が話始めるのを待つ。
「悠一。ちょっと話がある」
短く話を切り出したかと思うと踵を返し、居間の方へと向かっていった。
「ばあちゃん……俺も話が……」
廊下の先にいる祖母に声をかけるが、彼女は何も答えず部屋の中へ入る。
僕もそれに続こうと、入り口の前に立つと、そこにはうつむく両親と、厳しい表情の祖母。
そしてもう二人、仙道おじさんと優李が座っていた。
いつもの軽薄さを消し、複雑な面持ちで僕を見つめる優李の視線が痛い。
とりあえず座らないと話が始まらないと思い、空いていた座布団の場所に正座する。
すると……
「悠一。あんたは神本家の『応報』の力を、想像以上に色濃く引き継いだようだ。……もう、私の手には負えん」
祖母の絞り出すような声に、心臓がドクンッと跳ねる。
神本家の血筋には何らかの「力」を宿す人間が生まれることは知っていた。
だが、家のことは僕にとって無縁であり、ごく普通の高校生活を送り、進学もしくは社会人になる。
そう信じて疑わなかったはずだったのに……
「……僕の中で今、何が起きているの?ばあちゃん、教えてくれよ!」
祖母の力は、そこそこ強い。
それこそ、「消えろ」と言われたら、その言葉を発した人間は数日の間、行方不明になってしまう。
ただ、数日経てば何事もなかったかのように、消えた場所で佇んでおり、僕を含め、この街ではその現象を『神隠し』だと思って生きてきたのだ。
そして、神本家の血を引く父も、その力のようなものを持ってはいるが……
同じように悪態をつかれたとしても、相手が転んで《《視界から消える》》。
その程度の可愛いものだった。
「亡くなった生徒達と、唯野家で起きた火災。悠一、これは大切なことだから正直に答えておくれ。亡くなった彼らに言われたことが、そのまま返っているんじゃないか?」
――言われてみれば確かにそうだ……
きっと無意識のうちに、自分でもその可能性を頭の片隅に置いていたからこそ、蓮夜の母親に……
『僕の家のことを知っているのであれば、どうかそれ以上……何も言わないでください』
そう口走ったのだろう。
「僕は……捕まるの?」
――僕は何もしていないのに……
一方的に悪意をぶつけられただけなのにっ!
どうしていつも僕が我慢し続けなくちゃいけないのか、その憤りと、人生が終わろうとしている不安が、一気に脳内を駆け巡り、世界が傾く……
あの変な感覚が僕を襲った。
祖母に投げかけた質問だったが、代わりに仙道おじさんが口を開く。
「あれは事故だ。悠一くんは逮捕されることはない。これは、休校明けから対策をと考えていた私の責任だ……だから、あまり君自身を責めないでほしい」
彼は深く頭を下げてきた。
でも、この場にいる祖母や両親は、仙道おじさんを責めるようなことはない。
いや、できなかったのだ。
そして、僕自身も自分のことを把握していないのに、今回のような事態を予期し対策……
なんてことは、不可能に近い。
「僕はこれから……どうすればいいんですか?自宅謹慎……一生幽閉されて生きていくんですか?」
仙道おじさんは頭を下げたまま、何も答えなかった。
代わりに、彼の隣に座っていた優李が説明する。
「悠一はこれからずっと、街に出かけたり、あとは登校する時も必ず……『抑制』の家系である俺が同伴することになった」
「……それだけ?」
「あぁ、そうみたいだぜ?窮屈だろ?」
僕の気を紛らわすためにわざと「窮屈だろ?」と、笑みを浮かべ、茶化してきた。
だが、この《《措置》》は、僕が取りたい行動に付き合わなければならない優李にとっても、《《窮屈》》でしかないはずだ。
「僕のせいでごめん」
「別に謝る必要はねぇよ。俺は悠一とただ、世間話しながら散歩していればいいだけなんだからさ。むしろ、一人で登校する寂しさから解放されてラッキー! って感じだな」
――なんでいつもこう……優李はポジティブに捉えてくれるんだろうか?
彼の優しさが、僕の中に湧いた憤りを…
その留飲を下げていった。
優李の家族はそのことについては了承済みで、当人同士の問題だからと、いつも通りの放任主義っぷりを発揮していたそうだ。
さらに、祖母や仙道おじさんから詳しい話を聞けば、言霊を操る五つに、強大な力を持つ世代が五人集まるという前兆は数年前から始まっていたらしい。
ただ、まっさんや柚香が連続で能力を発現しただけで、決定打に欠けると話し合っている最中に、優李までも定時制に移ることになった。
そして、もしかすると僕と、仙道おじさんの孫で中三の――仙道彩華まで、発現してしまうのではないか?
僕のあずかり知らぬところで、そんな大事な話し合いが行われていたのだ。
「それじゃあ、急に僕が定時制に移るってこと、ばあちゃんや父さん達も知っていたってこと?」
「あぁ、すまんな……」
「きりのいい、二学期から移行させようと思っていたんだが……」
「あんなに高校生活を楽しみにしていたのに、それを取り上げてしまうことが辛くて……」
皆、僕に気を遣って、なかなか言い出せなかったらしい……
その気遣いが嬉しいと感じる反面。
自由を奪われた窮屈さと、自分が『《《怪物》》』だ。
そう言われているような寂しさがこみ上げ、膝の上に置いていた拳をギュッと握りしめる。
――僕はいつも誰かに守られてばっかりだな。
誰にも聞こえないくらいのため息をつくと、自分よりも年下の顔馴染みの女の子のことが気になり、仙道おじさんに話を振ると……
「……彩華はまだ中学生だけど、僕たちと同じような生活を送ることになるの?」
女の子にとって女子高生とは、多くの友人に囲まれ、青春を謳歌できる憧れる存在だろう。
それを入学してすぐ、定時制に通い、昔からの顔なじみと勉強するだけ……
それは彼女にとって、色褪せた写真のような、つまらない高校生活になってしまう。
「彩華は……娘夫婦が私の目を盗んで、夜逃げしてしまった……」
苦虫を噛み潰したように、しかめた顔をしながら答える仙道おじさん。
まっさんが言っていた、「仙道おじさんも家のことで大変だから」
これは、彩華のことを指していたのかと、僕と優李は顔を見合わせた。
――僕らの家系は血を継ぐ者は、街から出て暮らしてはいけない。
幼い頃から耳にタコができるくらい教わっていたことなのに、なぜ夜逃げしてまで仙道おじさんの元から離れたのか……
まだ僕らの知らぬ《《何かが》》起きている。
そう思わずにはいられなかった。
大雨強風警報が発令され、普段は心地よいと感じる、瓦屋根に当たる雨のパラパラ音が、今は心をざわつかせる。
――どうか神様、これ以上悪いことは何一つ起きませんように。
この切実な願いを、神様は聞き入れてくださらなかった……




