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放った言葉は、その身を焼く刃となる。~言霊家系に生まれた僕に暴言を吐かないでくれ~  作者: なつたろう


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第10話 彩華の行方

 休校明けの放課後。

下校する生徒たちの波に逆らいながら、僕と優李は校門をくぐって、校舎へと歩いていく。


 部活動へと向かう生徒、談笑しながら帰路につく元クラスメイトたち。

その喧騒の中を逆走するのは、まるで世界の裏側に足を踏み入れるような、形容しがたい居心地の悪さ……

いや、彼らの視線が鋭く突き刺さり、今すぐ回れ右をして帰宅したい気分だ。


「あ、神本くんだ…… 全日制、本当に辞めたの?」

「てか隣にいるのって、不良として有名な千家くんだよね? どうして二人が一緒にいるんだろ?」


 すれ違いざまに、僕や優李についてのヒソヒソ話が耳をかすめる。

告別式の件、そして突然の全日制の退学。

好奇と忌避が混ざった視線に身をすくませる僕の肩を、優李が軽く叩いた。


「あんな雑音、気にすんなよ。そんなことより、俺たちの新しい高校生活を謳歌することだけ考えようぜ! ……で、悠一。お前、休憩室には何を持ち込むことにしたんだ?」


 彼は教材が入っているリュックの他に、トートバッグと大きな紙袋を持つ僕に視線を向け、まるで遠足前の子どものように目を輝かせていた。


 バッグと紙袋の中には柚香を参考にして用意した、一人用のワンタッチテントと、クッションも兼ねた寝袋。

そして、コードレスのテーブルランプが入っている。

他にもこまごまとしたものを用意していたのだが、初日に持参はこれで十分だろと考えていた。

それに、優李から「気合い入れすぎだろ」と笑われてしまうと思っていたのだが……


「たったそれだけ? もっとこう……ミニテーブルとか、引き出しがついたミニBOXみたいなやつもポチっとけよな」


「用意はしているけど、持ちきれないし…… 悪目立(わるめだ)ちしたくなかったんだよ」


「なんだ、それならそうと早く言えって。俺の片手が空いてんだからさ、もう少し持ってこれただろ」


 ただでさえ優李には迷惑をかけているのに、「手伝って」なんて、口が裂けても言えるはずがない。


「さすがに申し訳なさ過ぎて……」


「遠慮すんなって、明日は用意したものを全部、休憩室に運び入れるからな」


 なぜか、僕以上に張り切っている優李の言葉に、思わず苦笑してしまう。


――それにしても、あの休憩室にあるまっさんの筋トレグッズは、どうやって持ち込んだのだろうか……


 柚香が定時制に移った時、すでに設置されていたらしいと聞き、一人でランニングマシンまで運び込んだのかと度肝を抜かれた。

僕らは、《《こちら側の人間》》にしかわからない話題で盛り上がる。

すると、あれだけ居たたまれないと感じていた生徒たちの目が、気にならなくなっていた。

そして、気づけば生徒玄関を横切り、一般生徒が近づかない図書室裏の防火扉の前にたどり着く。


「なんでそこへ?」


 部活に励んでいた一部の生徒たちが眉をひそめ、頭を傾ける。

しかし、彼らはこの入り口の先がどこに繋がるか。

また、図書室の上の、カーテンが閉めっぱなしになっている教室への入り方を知らぬまま、卒業していくのだろう。


カチリ


 優李が慣れた手つきで鍵を開け、僕が内側から鍵を閉める。

その途端に、外の喧騒が嘘のように遠のき、図書室へ入ると……

二人分の紙の上にシャープペンを走らせる音や、マウスのクリック音が聞こえてきた。


 かつて文芸部に所属していたのは、ここにいる僕らと蓮夜。

そして、三人の幽霊部員だけだ。

けれど、蓮夜はもう、この世のどこにも存在せず、幽霊部員については文芸部の廃部を理由に強制退部。

放課後の図書室利用は不可となり、本校舎と繋がっている図書室の引き戸は施錠されることとなった。


「人目を気にしないで図書室に入れるのって楽でいいな」


 優李はルンルンとスキップし始めるのではないかと思うくらい、嬉しそうにはしゃぎ、図書室の一階へと下りて行く。

なにより、図書室のすべての窓はカーテンを閉め、僕らがここで何をしているのか、外野に知られることがない。

独自の空間へと変貌を遂げていた。


「よし、まずはそれの設置をするか!」


 優李は僕が持っている紙袋を指さし、この空間のど真ん中に鎮座している柱の扉を開錠。

まっさんからは入ったら必ず施錠するよう言われていたのだが、下校するまで、それをする必要性もなくなった。

3階へと続く螺旋階段を上りながらテントの設置場所を話し合っていると、あっという間に休憩室の前に到着。


「ここならみんなの動線を邪魔しないよね?」


 入り口と柚香のテントの間に設置し、ここが僕の居場所になった。

優李は置き勉していた数学や英語、地理の教科書を積み重なった書籍の中から引っ張りだし、僕らは授業を受けるため、またグルグルと一階へ向かう。

するとちょうど、まっさんと柚香の授業が終わり、三人が……


「「「こちら側へようこそ!」」」


 まるで誕生日を祝う時のように、定時制の仲間入りを果たした僕を祝福してくれた。


――無意識とはいえ、火災を誘引してしまった僕は、こんなふうに祝福されていいのだろうか?


 巻き込まれた蓮夜の親族や、目の前にいる仲間に聞きたいことは山ほどある。

ただ、図書室の施錠もカーテンも、僕たちのような特異体質の集団が、外部との接触を最小限にするための必要な措置なのだろう。

そう考えればすべて腑に落ちる。


「ありがとう」


 高校生にもなって、こんなふうに家族以外に祝われる場面があまりなく、照れくさいのを悟られないようにお礼の言葉を伝えた。

こうして僕の新たな学校生活が開幕し、授業に集中した三時間後の、夜十九時。


「今日はみんなで晩ご飯を食べようか」


 まっさんの声掛けにより、僕らは休憩室へと向かう。


――晩ご飯はそれぞれ好きなタイミングだったはずだけど……

もしかして、定時制初日の記念ってことかな?


 なんて楽観的なことを考えていた僕の予想は外れ……


「それで?休憩中に話したいことって何なの、孝昌たかまさ


 柚香の問いに、まっさんが真剣な面持ちで口を開いた。


彩華いろはのことだ。みんな……仙道家で起きていることは知っているよな?」


 その言葉に全員が頷き、休憩室の空気がピンと張り詰めていく。


 彩華の両親による《《夜逃げ》》。

仙道おじさんの娘である彩華の母親は、血筋でありながら能力を継がなかったらしい。

これが、彼女のコンプレックスとなり、仙道家のしきたりに反発した挙句、彩華まで連れ去る事態にまで発展していた。

僕と優李は彩華の母の反発とやらを、一度も見たことがなかったのだが……


「家同士が集まる話し合いが仙道家で(おこな)われたら、必ず叔母さんが発狂して、報告すらできなかったよね?」


 柚香は僕らに、彼女がどのくらいしきたりを嫌っているのか……

それを説明しようと、話を切り出す。


「その時も大変だったが……もっと深刻なことが起きているんだ」


 まっさんが僕を見つめる。


「彩華の能力は仙道家の『強制』。言葉を選ばずに言えば、悠一の『応報』と同じく、呪いに分類される。……仮に彩華が能力を制御できず、怖い目に遭う恐ろしさは、悠一。お前が一番よく知っているはずだ」


 僕は息を呑んだ。

クラスメイトの不慮の事故。

さらに、蓮夜や火災によって、彼の親族が辿った末路。

その時に感じたあの、世界が傾くような禍々しい感覚……

それを、僕より年下の女の子が、たった一人で、能力を否定する両親に囲まれて抱えているのだとしたら……


――彩華はどこで……

発現していたとしたら、あのおぞましい感覚をどう耐えているのだろうか?


 当時のことを思い出すと、今でも背筋に悪寒が走り、腕にはびっしり鳥肌が立ってしまう。

僕の様子を見たまっさんは、力なく首を振り……


「叔母さんたちはともかく。彩華とも連絡がつかない状態で、仙道のおっちゃんも、相当参っているらしい……」


「……ちなみに、彩華は仙道家に生まれたことを、どう考えているの?」


 まっさんの話を聞いた柚香は、彩華の意志を知りたがっているようだ。

でも、その答えは、僕らがいくら話し合ったとしても、憶測にしかならない。


「今回の場合、僕らの能力が《《身内には効かない》》。これが少し厄介だよね……」


 僕が呟いたその瞬間。

テーブルに置いていたスマホが、ブーブー短い振動音を鳴らす。

画面を点灯させると、趣味で利用していた限定的なSNSアプリから、一件のメッセージが届いていた。


『たすけて、《《ここから》》逃げたい』


 送り主は、彩華だった。


「まっさん!彩華からだ!」


「今どこにいるのか聞き出せ!」


 まっさんの指示に、僕は震える指を懸命に動かし、『今どこで生活してるの!?』と返信。

しかし、画面はいつまで経っても既読にならなかった……


 痺れを切らした柚香がダメもとで、彩華に電話をかけてみたものの、着信拒否されているのか、すぐに切れてしまう。

さらに、優李が送ったメールは、宛先不明で返されていた。


――彩華は今、どこにいるのか……

能力の発現は?両親とはうまくやれているのか?


 きっとみんなの頭の中も、彼女を案じる言葉で埋め尽くされているはずだ。

暗い画面を見つめたまま、僕らの沈黙は深まっていく。


――自由なメッセージを送ることすら許されない環境で、彼女は今、僕らと同じ孤独に震えているのだろう……


 壁に掛けられた時計の秒針が、カチッカチッと、事の深刻さを刻んでいるかのように響き渡っていた。


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