第11話 妬みと意志
休憩を終え、授業に集中しようとするが『たすけて、ここから逃げたい』彩華のSOSが頭から離れず、何度もスマホの画面に目がいってしまう。
それは僕だけではなく、まっさんや柚香。
そして、あまり彩華と話をしているところを見たことがない優李まで、彼女を気にかけていたのだ。
「仙道おじさんから連絡は?」
あれからすぐに、まっさんは仙道おじさんに連絡を取り、指示を仰いでいた。
ただ、彼女との連絡手段は僕と趣味を通じて繋がっていたアプリのみ……
「いや、でも、今こっちに向かっているらしい」
――今、僕たちにできることは何もない。
頭の中では理解できていた。
しかし、僕はアプリを通じて、ずっと彼女にメッセージを送り続けている。
すると――
ブーブーブー
彩華から『父の実家、地下』と返ってきた。
僕はすぐにこのことをみんなに伝え、仙道おじさんはここではなく、まっすぐ彩華の父の実家へと急行することになった。
やれることなら僕らも手伝いたい。
ただ、能力の実態を完璧に理解しているわけでもなく、まだまだコントロールが未熟な子どもには、なす術がなかった。
時刻は夜十時前。
「連絡が来るまで待っていたいが、いつ彩華が救出されるかわからん。戸締りして各々帰宅しよう」
落ち着かない状況の中、僕と優李は休憩室と柱の戸締りをし、柚香は図書室すべてのカーテンを開け、いざ帰宅しようという時。
仙道おじさんから電話がかかってきた。
「もしもし、彩華は……彼女は大丈夫ですか!?」
――なぜ、まっさんではなく僕に?
そう考えた次の瞬間。
「悠一、今どこにいる!?」
電話番号は仙道おじさんのものだったが、相手は彩華だったのだ。
しかも、切羽詰まったような様子で……
「彩華!?僕らはまだ図書室にいるけど、仙道おじさんは?」
「私を強引に連れ出して、車で家に帰ろうとしたんだけど、お母さんが私を逃がさまいと車で突っ込んできたの……それでおじいちゃんは急いでみんなのところに逃げろって……」
まっさん達にも聞こえるように、スマホをスピーカーにしていたため、彼女の状況はみんなも察していた。
「なら、タクシーを捕まえて、高校の生徒玄関まで連れてきてもらうんだ。そしたらそのあとは俺たちが安全な場所に誘導する」
きっと安全な場所とはこの図書室ではなく、図書室上の休憩室のことだろう。
図書室は窓ガラスさえ割ってしまえばいくらでも侵入可能だ。
しかし、柱の施錠をして上の階に逃げ込めば、いくら彩華の両親でもここまでは追ってはこられまい。
そして、運動神経がいいまっさんが、財布から渋沢を一枚取り出し……
「俺がタクシーから彩華をここまで担いで連れてくる」
まっさんの作戦はこうだ。
彩華は、はっきり言って運動神経がよくない。
だから、まっさんが彼女を担ぎ、図書室の入り口まで全力疾走する。
その入り口では柚香が待機し、二人が入った瞬間に施錠。
そこから三人が柱の中に入り、入り口で待機している僕が扉を閉め、優李が施錠する流れで避難するというものだった。
「だったら、図書室の柱のところで消えたってばれないように、カーテン全部閉め直すか」
優李が機転を利かせ、僕と二人で少しでも距離を短くするために、テーブルや椅子の位置をずらしていった。
しばらくすると、複数の車のエンジン音が遠くに聞こえ、女性と男性の怒声のようなものが聞こえてくる。
ドタドタ、ギギギ……
階段を上る足音と、二階の入り口が閉じる鈍いひしめきが図書室に響き渡った。
そちらに目をやると、彩華を抱えたまっさんと、その後ろに柚香が続き、こちらに向かってくる。
ガシャーン!!!カチッ、ガラガラ……
だが、彩華の両親は窓ガラスを割り、窓から侵入しようとしていた。
「あんたたちねぇ!彩華を返しなさい!じゃないと……」
彩華の母は脅しともとれる言葉を吐きつつも、なかなか窓を乗り越えられず苦戦している。
「早く!三人とも今のうちに!」
僕は大声で叫び、まっさんたちは全力で走ってきた。
「邪魔だ!俺が連れ戻す。どけっ」
彩華の父は、簡単に壁を飛び越え、図書室の中へ侵入してしまう……
――まっさんと柚香が入ってからだと追いつかれる!
そう考えた僕は、扉を最小限まで閉め、柚香の体が挟まることがないと確信してすぐ。
バターーーン!!!!
扉を生まれて初めて乱暴に閉め――
「優李っ!」
ガチャン
「危機一髪だな」
柚香の背中まであと15㎝ほどのところまで、彩華の父の手が伸びていたのだ。
ドンッドン!
きっとこの扉一枚隔てた向こうでは、どうにかして彩華を連れ戻そうと、彼女の両親が扉を叩いているのだろう。
「迷惑かけごめんなさい……」
久しぶりに見た彼女は、背丈こそはあまり変わっていないものの、ガリガリに痩せこけていた。
彩華の母は、能力を持たなかったことを、ずっとコンプレックスに感じていたと聞いていたが……
――その腹いせに、彼女に八つ当たりしていたなんて……
彩華の話を聞くまでもなく、彼女がまともな食事にありつけていなかったことは明白だ。
僕らは休憩室へと繋がる螺旋階段を上っていき、五人分の椅子が置かれている大きいテーブルに腰掛けた。
「お前のこともまだ心配だが、仙道のおっちゃんはどうした?無事なのか?」
「わからない…… でも、おじいちゃんの運転手さんがどこかに電話かけてたし、私に逃げろって言ってた時は、ちゃんと意識があったから……」
その当時のことを思い出したのか、彩華は両腕をさすり、少し顔が青白くなっていく。
「あと、お母さんがおかしくなったのは私のせい。学校で友達と少し話をしただけなのに、なぜかみんな私の言葉の通りに、動き始めたと言ったら……」
そこを聞いただけでも、嫌でも察しがついた。
能力が得られなかった彼女の母に対し、みんなを従えてしまうほどの力を持ち始めている彩華……
僕の『応報』だったら嫉妬することもなかっただろうが、仙道家は『強制』……
つまり、望めばなんでも手に入るかもしれない、恐ろしい能力だということを、彩華の母は考えたことがなかったのだろう。
だからこそ、仙道家では神本家以上の厳しいしきたりが敷かれ、彩華の母は窮屈なうえに、惨めな思いをし、とにかく反発したかったのだと推測した。
「私…… こんな能力なんて欲しくなかった……普通の女の子として、少し厳しいしきたりの家だけど、普通に暮らしていたかっただけなのに……」
彩華の目から、きらりと光る水滴が一粒落ちる。
すると、一粒が二粒へと勢いが増していく。
それを見た優李は、彼のハンモックの下に置いてあったBOXを開け、電気ケトルとインスタントコーヒー。
さらに、紙コップやお菓子まで出し始める。
「そのBOXを開けるの初めて見たんだけど?」
柚香の指摘に、優李は得意げな笑みを浮かべた。
「備えあれば憂いなしってね。地震で下の扉が開かなくなった時、救助するまでどのくらいかかるかわかんないだろ?」
「気が利く度合いが過ぎるだろ……」
カーテンのことや、僕を助けてくれた時もそうだが、優李はこんなチャラい見た目なのに、人一倍他人を気にかけている節がある。
思わず悪態をついた僕にも、嫌な顔一つせず……
「とりま、彩華の両親が去ってくれるまでここで待機するしかないし、コーヒーとお菓子で一息つこうか」
シュンシュン
電気ケトルが沸騰するまでのわずかな沈黙。
だが、この沈黙さえ今は心地が良いものへと変化していた。
彩華の両親の怒鳴り声が聞こえないからというものも理由の一つだ。
しかし、僕ら五人にはお互いの境遇を理解し合える一つの共通点があるからだろう。
「仙道のおっちゃんに何かあれば、彩華のスマホか、俺に電話がかかってくるだろうし。少し落ち着いたら、この教室でひと眠りするか……」
僕らはコーヒーを飲みながら、 彩華が夜逃げすることになった経緯や、両親との関係。
さらに、彼女自身がこれからどうしたいのか。
大人の事情は関係なしに、このシェルターとなった休憩室で語らい、夜を明かした……




