第7話 黄昏時の教室
「大袈裟過ぎだって、そんな落ち込むなよ悠一」
優李は僕の神経を逆なでするように、嬉しそうに肩を叩いてくる。
「うるさい!不登校の優李に何がわかるんだよ!」
図書室に響いた僕の叫びは、静まり返った書架にむなしく吸い込まれていった。
身に覚えのない一方的な退学宣告。
――両親とばあちゃんになんて説明すればいい?
泣きながら「どうしよう」って相談するのか?
いっそのこと明るく「退学になっちゃった。てへぺろっ」って、そこにいる優李みたくおどけるか?
「もしかして仙道おじさまの話、ちゃんと聞いてなかったの?」
柚香は、魂が抜けかけている僕の顔をまじまじと見ながら、話を聞けていないやつだとこき下ろしてきた。
「まぁ、でも無理もないか。いきなり《《退学》》なんて言葉をぶつけられちゃな」
優李の言葉に頷くまっさんは、困ったように頭を掻いている。
「仙道のおっちゃんも、家のことで心ここにあらずって感じだから、許してやってくれ……それとまず、さっき聞いた通り、悠一は全日制を退学することになった。でも、休校明けからは定時制課程に移る。それだけの話だよ」
「え、この高校に定時制なんて……」
――ここは全日制のみの、この街では唯一の私立高校だ。
まっさんまで、頭がおかしくなったのではないか?
そう思わずにはいられなかった。
「いやいや、意味わかんないし……」
「今までは日中に勉強していただろ?それが今度は16時から17時までの間に登校する。そして、文芸部として活動してから授業を受ける。簡単な話だろ?」
「どこがだよ!どうして僕だけっ……」
まっさんが言わんとしていることはわかる。
でも、どうして僕だけ、そんなことをしなくてはならないのか。
そこが全く理解できなかった。
「悠一だけじゃないよ?私もまっさんも……それとずっとニヤニヤしている優李も定時制で通っているけど?」
柚香の言葉を聞き、ずっと感じていた学校生活の違和感という名のピースが、パズルのようにはまっていく感覚に陥る。
――確かにこの学校は、何かがおかしいとずっと感じていた。
全学年が集まる朝の全校集会がないこと。
図書室の中に不自然に設置されている、男女別のトイレ。
ここは飲食禁止のはずなのに、なぜか設置されているドリンクとフードの自販機。
そして、一般生徒が触れることを禁じられている、二階奥の5台のパソコン……
このパソコンに至っては、何に使われているのか不明だが、図書室にあるはずのないものがたくさんあったことに気づいた。
「優李、お前……不登校じゃなかったのか?」
「失礼なw俺は毎日ちゃんと登校していたぞ?ただ、ちょっとだけ時間が遅いけどな」
優李はともかく……
まっさんや柚香と顔を合わせるのは、いつだって放課後の文芸部だけで、日中の教室や廊下で二人を見かけたことがない。
――全校集会がないのはきっと、この違和感に気づかせないための計らいなんじゃ……
そう考えると、すべての辻褄が合うような気がした。
何より、図書室内の男女別のトイレは、定時制の面々が利用しやすいようにするためだろう。
「他に聞きたいことがあったら、いくらでも聞いてくれ」
「それじゃあさ、俺と優李は一年、柚香は二年、まっさんは三年で皆バラバラなのに、ホワイトボードは一つだけ。こんな環境でどうやって授業を受けるの?」
「ホワイトボードなんて使わないし、教師もテスト期間に仙道のおっちゃんが来るくらいだぞ?」
一つの疑問を投げかければ、また新たな疑問が浮かんでくる。
まっさんや柚香、優李から定時制のカリキュラムみたいなものを教えてもらうのに、実際に見たほうが早いと、今まさに二階の使用禁止のPCの前に座っているのだが……
「あれ……僕だよね?」
目の前で再生されているとあるクラスの授業の様子。
そこには、僕が授業を受けている後姿も映っており、入学説明会の時の、仙道おじさんの言葉が脳裏に浮かび上がってくる。
「わが校では、オンライン授業化に向けて、いくつかのクラスの授業の様子を録画しております……」
休み時間など、生徒のプライバシーに関するものは録画せず、黒板以外はモザイクをかけると言っていたがこのための説明だったのか、と合点がいった。
「たまに優李と話をしてて、知らないはずの授業の話がかみ合う理由って……」
「間接的だけど、俺は悠一と同じ授業を受けていたんだぜ?クラスメイトくん」
ニヤリと笑う優李を見て、観察されていたことへの薄気味悪さや、プライバシーを覗き見られていたような不快感から思わず顔をしかめる。
「てことは、僕と蓮夜の関係についても知っていたのか?」
「お前の口から仲が悪いとは聞いていたが、授業中はあいつは突っ伏して寝てるし、休憩時間は録画停止されてるからよくわからん」
「そうか……」
定時制についての一通りの説明を受けて、さっそく試験勉強に取り掛かった僕と、パソコンで授業を受けているまっさんたち。
貰った過去問を使って問題を解いているうちにふと、優李が僕と蓮夜の関係性を知らないはずがないことに気づく。
――きっとあれは、優李の優しさなんだろうな……
いつの間にか日が暮れ始め、太陽が最後に残した細い光の帯が、誰もいないグラウンドを長く…
そして、鋭く切り裂いていた。
放課後の部活動の喧騒も、生徒たちの笑い声もない。
遠くの街灯がぽつりぽつりと灯り、新しい環境に身を置くことになった僕を、世界がそっと祝福しているように感じられた。
しかし、ポケットの中でスマホが短く震える。
――母さんかばあちゃんかな?
画面を点灯させると、そこには担任からの……
いや、元担任からの通知が表示されていた。
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件名:【重要】唯野蓮夜君の告別式について
先日の不慮の事故により逝去された唯野蓮夜君の告別式の日程を共有します。
休校中ではありますが、特別な事情がない限り、クラス全員で彼のご冥福をお祈りしましょう。
詳細は以下の通りです。
(以下略)
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「「《《クラス全員で》》」」
―その中に、もう僕の名前は入っていないはずなのに……
僕はまだ、一年A組のメンバーとして、最後の義務を果たさなくてはならないのだろうか?
今まで通りの生活を送りたい自分と、まっさんたちと過ごす学生生活への期待が交差し、複雑な心境を抱いたままもう一度窓の外に目をやった。




