第6話 常識の欠落
たくさんの花束が置かれている校門を過ぎ、正門が見えてきたところで、僕は無意識に生徒玄関のほうへと足を向けた。
「え?どこ行くんだ?」
優李が僕の肩を掴んで強引に引き止める。
「靴を履き替えないでどうやって図書室に行くんだよ」
「は?どうやってって……こっちからに決まってんだろ」
――こいつは何を言ってるんだ?
校舎に入るなら正面から入るのが常識だろ……
だが、優李は僕の困惑など意に介さず、迷いのない足取りでグラウンドへと続く脇道へ歩き出した。
「ほら早く来いよ」
彼が立ち止まったのは、体育館の裏手にある、搬入口か非常口にしか使われないような、白い金属性の扉の前だ。
そして、手慣れた様子でその重い扉を開く。
「……先生に見つかって叱られても知らないからな?」
優李の勝手な行動を批難しつつも、生徒玄関まで戻るのは億劫だと、吸い込まれるように、扉の中へと足を踏み入れた。
扉の内側は、ひんやりとしたコンクリート床の冷たい匂いがし、小さな下駄箱の中には予備のスリッパらしきものと、女性もののサンダル。
それともう一つ、見慣れたスニーカーが並んでいた。
「このスニーカーって……もしかしてまっさんの?」
「あぁ、俺たちが最後みたいだし、早く行くぞ」
真正面は白い壁で塞がれており、右側には上へと続く階段が伸びている。
「なんだこの構造……図書室の2階に非常口なんてあったか?どこに繋がってるんだ?」
文芸部でほぼ毎日通っている図書室の裏手に、こんな見覚えのない空間があることに戸惑いを隠せない。
「ついてくればわかるって、早く余ってるスリッパ履いてこいよ」
優李に言われるがまま階段を上ると、その先にはまた、防火扉のような白い金属扉と、さらに上へと続く階段が現れた。
――おかしい……
この防火扉の裏には書棚が置かれていたはずだ……
頭の中で必死に、図書室内の構造を思い返している僕を尻目に、優李は構わず防火扉を押し開ける。
「お待たせ―!」
彼が軽快に声を上げて進んだ先はやはり、図書室2階にある書棚が置かれていた場所だった。
「え!?この書棚って扉になってたの?」
忍者屋敷を彷彿とさせるものが学校にあるとは思わず、柄にもなく大声で叫んでしまう。
「悠一もそこにいるのか?」
一階を覗き込むと、そこにはまっさんと、少し不安げな表情でこちらを見つめてくる柚香の姿があった。
「っていうか、施錠されてる学校に悠一を呼び出したんなら、ここからの入り方くらい教えてやれよ」
僕らは顔なじみとはいえ、学校生活を送っている時は、上下関係を大切にしている。
それなのに、今こうして優李がまっさんにタメ口を使っているということは……
「あ、そうか…今日は部活じゃないもんな。うっかりしてたわ」
まっさんは申し訳なさそうに手を合わせ、優李はやれやれとため息をつきながら階段を下りて行く。
自分もそのあとに続き、二人と合流した。
――でも、なぜこんな隠し通路のような場所を通ってきたのか。
なぜ、休校中の図書室なのか……
その説明をまっさんからようやく聞けるのだと、僕は信じて疑わなかったのだが……
一階にはまっさんと柚香の他に、もう一人いた。
「……四人揃ったね」
書棚の影から、一人の老人が静かに姿を現す。
その老人とは、この学校の頂点に立つ人物。
仙道校長だ。
彼は、眼鏡の奥の鋭い瞳で僕を見つめ、事も無げに信じられない言葉を口にした……
「それじゃあ神本悠一くん。君は本日をもって全日制から退学してもらう」
「……え?」
ぼとっ
予期しなかった言葉で肩の力が抜け、トートバッグが僕の腕から滑り落ちた。
――いやいやいや……
なんで僕が退学しなきゃいけないんだ?
警察の事情聴取は受けたが、あれは事故が起きた時の状況説明をしただけで、退学になるようなことは何もしていない。
――それに、どちらかと言えば、僕は嫌がらせを受けた被害者側なんだけど……
助けを求めようとして、まっさんや優李、柚香がいるほうに視線を向けるが、三人はうんうんと頷くばかりで、誰も僕を庇ってくれなかった。
「退学なんて嫌ですよ!なんで僕が……今日だって図書室が利用できるなら勉強しようと思って、教科書や参考書を持って来たんですよ!?」
精いっぱい抵抗したが、校長の意志は変わらない。
「君は一度退学したほうがいい。これは決定事項だ。休校明けから、君の名前はクラスの名簿から消える。そういうことだから、承知しておきなさい」
伝えることは伝えたと言わんばかりに、本校舎の方へと歩き始めた校長の後姿を、呆然と見つめることしかできなかった。
「悠一やったじゃん!俺は嬉しいぜ!」
空気が読めない優李とは裏腹に、僕の思考は停止。
――期末試験に向けて勉強をしていたはずなのに……
一瞬にして、自分の居場所を失ったことが受け入れられず、足の力まで抜け、その場に崩れ落ちた……




