第5話 違和感
結局、学校は一週間の休校措置となった。
立て続けに起きた四人の死亡事故。
校内の安全点検という名目は立っているが、その実、学校側が生徒たちの間に蔓延した集団ヒステリーを鎮静化するためでもあるのだろう。
「テスト範囲だけ渡されて自宅学習って言われてもな……」
若葉などの新緑を感じさせる初夏の風を感じながら、自室の机に向かい、期末試験の範囲をなぞっている。
日中の喧騒が嘘のように静まり返った、古い木造平屋の実家は、時折、建材がきしむ音が鳴る。
そんな中、機械の無機質な振動音と着信音が部屋に響く。
ポポポポーン、ポポポポーン……
ペンケースの隣に置いていたスマホが震えていた。
画面には『まっさん』の文字が表示されている。
――もしかして、会誌の件だろうか?
「もしもし……」
「悠一、今何してる?」
「期末試験が近いから、テスト勉強してるけど……」
自宅学習に充ててくれと担任に言われているが、自宅待機をしなきゃいけないわけでもない。
今頃、他の生徒はここぞとばかりにゲーセンやショッピングを楽しんでいることだろう。
「過去問もあげるし、ちょっと来てくれないか?」
「わかった」
まっさんの誘いを断る理由もないし、俺は二つ返事で行くと答えたものの……
――なんで学校の図書室なんだろう?
てかさ、休校中の学校に入っちゃっていいのかな?
家の裏手にある、神社で例えると本殿のような小さな建物で何かを拝んでいる祖母に出かける旨を伝えに行く。
「ばあちゃん、まっさんに呼ばれたからちょっと学校行ってくる」
「そうか、昌孝が……それじゃあ、玄関の戸締りをして……イヤホン持ってるだろ?あれをきちんとつけて、音楽を聴きながら行きなさい。いいね!?」
「はぁ……」
――ながら歩きをしなさいとくぎを刺されたのは人生初だ……
まっさんも変だったけど、祖母もなかなか変だ……
事故が起きて神経質になるのはわかるが、逆の現象が起きていることに首をかしげながら、玄関の鍵をかける。
――図書室を利用できるなら試験勉強もしてしまおうか。
そう思い、教科書や参考書。
そして、原稿用紙や参考資料を入れたトートバッグを肩に掛け直し、イヤホンを耳に装着。
――少し気が滅入っていたし、テンションブチ上げ系の洋楽プレイリストにするか。
音楽を再生し、スマホを制服の胸ポケットにしまい込んだ。
日中の商店街は年配の人たちが井戸端会議に夢中になり、主婦がエコバッグいっぱいに買い物をしていた。
この見慣れている放課後の商店街とは違った活気に、見知らぬ街に踏み込んでしまったような、不思議な感覚を感じる。
――人が多い場所は苦手だけど、商店街が近道だからしゃーないよな。
イヤホンをしている分、目でキョロキョロと安全性を確保しながら歩いていると……
「お?悠一じゃん!元気してるか?」
急に後ろから肩を叩かれて、後ろを振り返る。
すると、耳と唇にピアスをつけ、和柄シャツにデニム姿の男が僕を見下ろしていた。
彼の名は――千家優李、同学年の不登校野郎だ。
「不登校の不良くんは、いつも商店街をほっつき歩いているのか?」
「酷いな、毎日ちゃんと文芸部に顔出してるだろ?不登校じゃないって」
ニヤリと悪い笑みを浮かべる彼は、なぜか部活の時だけ現れる、よくわからないやつ。
でも、話しかければ気さくだし、不良っぽい見た目とは裏腹に、悩みを真剣に聞いてくれたりと……
「やっぱり優李はよくわからん」
「根はいいやつだろ?」
「自分で言うな!」
まっさんとは違い、同い年だからか憎まれ口も叩きやすい。
むしろ、唯一の友人と言っても過言ではない。
「なんでイヤホンしたまま話してんの?聞き取りづらくね?」
「ばあちゃんにイヤホンつけて歩けって叱られた」
「そういうことか。ま、俺がいるし外しても問題ないだろ」
優李の一言でイヤホンを完全に取り払い、商店街の雑音が一気に耳になだれ込んでくる。
ジジジジジ……
最近、よく耳鳴りが起こるなとは思っていたが、ラジオの周波数を合わせる際に聞こえるノイズのような音。
これがだんだん収まり、目の前に広がる景色が色鮮やかに生まれ変わったような感覚に包まれた。
「あれ?耳鳴りが収まった?」
「ほら、俺のおかげだろ?」
――……会話が噛み合っていないよな?
優李はよく冗談を言うことはあるが、悪ふざけはしないタチだ。
それに、僕と同じ言霊家系の末裔でもある。
ただ、神本家が『応報』系で、千家家は『吸収』に分類されると祖母から聞いたことがある。
それに、遠い親戚という関係でもない。
――ばあちゃんが変なことを言い始めたのも、優李やまっさんの言動がおかしいのは、まさか……
「ばあちゃんがイヤホンをつけろって言ったのも、もしかして家のことと何か関係あるのか?」
「たぶん、それはまっさんが説明してくれると思うぞ。俺もまっさんから図書室に来るよう言われたし、あとは柚香も来るってさ」
「ふーん……」
優李も柚香も文芸部の仲間だ。
部活の集まりと言ってしまえばそれで終わりだが、このメンツだけが呼び出されていることに、拭い去れない不安が募っていった。




