六章 吉永沙也加行方不明事件
1
駐在所に車を駐めると、佐伯が飛び出すように出てきた。顔には好奇心が抑えきれてない。いや、隠そうともしてない、といったほうが的確だろう。
「お疲れ様でした」
身体中ホコリだらけの姿を見ても、驚きはしなかった。
「これ、鍵と懐中電灯、貸してくれてありがとう。それと、学校の壁が一部崩れているようだよ。月曜日にでも確認しといてくれ。報告する時は、私の名前は出さないように」
「はい。成果はどうでした?」
「地下室に一人で入るのはオススメしないよ。疲れてるから、今日はこれで――」
伯母の家に着くと、都合の悪いことに家の前に母がいた。言い訳を考える余力は残っていない。私の姿を見て小言が始まったが、無視して風呂場に向かう。
冷たいシャワーを頭から浴びる。身体中にのしかかっていた疲労感が、溶けて流れていく。
達成感を感じる。だが、この情報はまだ武器としては弱い。もう少し長田の事を掘らないといけない。しかし、彼の情報を得られる先は、限られている。
明日は所轄に行こう。それでK県でできる事は終わりだろう。
シャワーから出ると夕食の準備は終わっていた。
一人暮らしの伯母さんは、賑やかな夕食を楽しんでいた。
夕食後、父と二人で庭に出た。
「兄さんがこんなに早く死ぬとはな。俺よりずっと丈夫だったのに」
「伯父さんは、父さんと何歳まで一緒に住んでた?」
「兄さんが高校卒業後、警察官になるまでだから、十八歳だな」
父と伯父さんはK県出身で、伯父さんが長く小川村の駐在所に勤めているのは知っていた。
父は大学が大阪で、卒業後、東京の会社に就職し、その後はずっと東京に住んでいる。
「……父さんは【鬼子】って知ってる?」
「【鬼子】? 鬼の子供って事か?」
「子供の頃とかに聞いた事ない?」
「えー……無いと思うな」
「伯父さんが言ってたりしなかった?」
「うーん……記憶にないな」
「そう――」
やはり【鬼子】には特別な意味はなさそうだ。
言葉の通り、【鬼のような子供】。伯父さんは自分が見たものを、そう表現したのだろう。
「何をやってるか知らないが、お前がやってる事は兄さんに関係があるんだな」
「父さんには迷惑かけないよ」
「別にかけてもらっていいけどな。たまには父親に頼ったらどうだ」
「それなら……母さんが結婚を急かすのをやめさせてよ」
「無茶言うなよ……」
夜は父が見つけた、伯父さんとの思い出の品の、品評会だった。
父方の祖父、祖母共に亡くなり。父と伯父の実家は無くなっている。ここには祖父と祖母の品もあり、私も生前彼らが使っていたのを思い出した物もあった。
大切な思い出は物と共に、何十年たっても残るものだ。それを受け継ぐ人がいる限り。
犯罪の記録も、それを追いかける人がいる限り、消し去る事はできない。
翌日、朝食を取ると、すぐに家を出ることにした。学校の件が母の耳に入ったら大変だ。
「それでは伯母さん、次に会うのは一回忌ですね。お元気で」
「誠君も無理しないでね。私の事はちっとも気にしなくていいんだからね」
私は母の目を気にして小声で言った。
「伯父さんの件はもうすぐ、片がつきます。その時に、手紙でも送ります」
「辰男さんの仏壇の前で読ませてもらいます」
伯母さんの家を出ると、駐在所に向かう。見慣れた佐伯が、駐在所の前で待っていた。
「おはようございます」
「おはよう。君には色々と協力させて、すまなかったね」
「いえいえ、いい刺激でした」
「最後のお願いだが、今も所轄にいる警官で、十九年前の事件を担当した人を、君は把握しているね?」
「はい。全員ではないですけど」
「その中の一人に連絡をとってくれ」
「なんと言えばいいのでしょう?」
「君の知り合いが、相談したいと言っていると伝えてくれ。無論、私が警官である事と、事件を調べている事は伏せてくれ」
「……署長でも構いませんか?」
「ああ、私は今から所轄に向かう。受付に取り次ぐようにと伝えてくれ。署長が駄目なら他でいいから、話しを通しといてくれ」
「分かりました」
「ありがとう。君の協力がなければ、ここまでやれなかったよ」
「事件解決の目処が立ちましたか?」
「可能性が出てきた、といったところだ。来年の伯父さんの一回忌の時にまたくる予定だ。その時に話そう」
「楽しみにしてます。お気をつけて」
彼はビシッと敬礼をして見送ってくれた。私は伯父さんの出棺の時に車に乗っていたので、敬礼をできなかった事を思い出した。
結局佐伯とはゆっくり話しをする機会がなかった。十九年前の事件を追う事にならなければ、彼から伯父さんの話しが聞けただろう。来年の楽しみにしておこう。
一年経てば、彼はもっと立派な小川村駐在所警官になっているだろう。それも楽しみだ。
小川村から隣町に続く山道の入り口で、車を駐めた。車から降りて、小川村を見渡した。この事件を解決する事で、伯父さんはこの村で安らかに眠ることができる。この村を汚し、罰から逃れた者の罪だけは、白日の下に晒してみせる。
車に乗り、小川村から去った。
K東警察署に着くと、受付で佐伯の紹介で来たと伝え、担当者を待った。
いよいよ警察手帳を使う時が来た。こちらの事情に配慮してくれるだろうし、東京まで話しが伝わる事もないだろうが、リスクがある行動ではある事を意識して行動しないといけない。
敵対するのだけは絶対に避けなくては……。
「佐伯君の紹介で来たのは君かね? 署長の菅野です」
制服を着た、ここの署長が話しかけてきた。眼鏡をかけ、少し細身だ。髪は染めているのか真っ黒で、若く見えるが五十代以上のはずだ。
「はい。ちょっとこちらに……」
私は受付から離れ、人目を避けて警察手帳を見せた。
「私は小川村の駐在所に勤めていた、加賀辰男の甥です」
「ああ、辰男さんの……彼から聞いてる。警視になられたとか。しかし、なぜこんな事を?」
「実は十九年前の事件を調べています。協力していただけませんか?」
「ああ、小川村の……まぁ、いいでしょう。辰男さんも心残りでしたでしょうから」
「伯父さんとは親しかったんですか?」
「それこそ小川村の件で親しくなったんだよ。それはもう熱心に捜査してたな。彼にとって大切な小川村で、子供がいなくなるなど、受け入れ難い事だったのだろう」
署長は資料室に案内してくれた。話の分かる人で良かった。ここで躓いたらどうしようもなくなる。
「私も当時、捜査に参加していてね。捜査が終了した後も、辰男さんと色々話したなあ」
「どんな話しです?」
「長田という男が容疑者だったのだが、彼が何かを隠しているのは明らかだった。そこで、警察署で一番の人タラシが、彼と親しくなって情報を聞き出そうとした」
「それで、どうだったんです?」
「彼は長田とかなり親しくなったのだが、病気で入院してそのまま亡くなってしまった」
署長は棚から資料を何冊か引き抜いて、表紙を確認している。
「その後、長田の父も亡くなり、長田は村を離れてしまった。東京で長田が死んだと連絡があった時は、辰男さんは事件解決の望みがなくなったと、落胆していたよ」
署長は資料をパラパラとめくっている。
「これだね。どうぞ」
表紙に吉永沙也加行方不明事件と書かれていた。
事件の概要は頭に入っている、読むのに苦労しない。
しかし、せっかく目の前に当時の捜査官がいるのだから、一つ一つ確認していこう。もしかしたら彼が何か重要な事を思い出すかもしれない。吉永夫妻の時のように。
彼は伯父さんと好意にしてたようだし。もしかしたら、伯父さんが【鬼子】と言っていたのを聞いたかもしれない。
当時の話をしていれば、記憶が蘇る事もあるだろう。
2
私は資料を開き、吉永沙也加行方不明事件を、始めから振り返る。
「事件の第一報は一八時〇〇分、小川村駐在所の加賀辰男へ吉永沙也加の母、昌子からの電話でした。いつもなら一七時には帰ってくる娘が帰ってこず、学校や同級生の家に電話したが、娘の所在が不明だ、との事でした。加賀辰男は東署に応援を要請し、吉永家に向かった」
「私は応援に行った一人だ。もう一人はベテランの先輩だった。通報の段階では、事件性が低かった。狭い村で、子供が行ける場所も限られている。すぐに見つかると思ったんだが――」
「一八時一〇分、加賀が吉永家に到着。昌子の証言では、家に帰った痕跡がなく、家の周辺にも吉永沙也加の遺留品は無かった。加賀は周囲を捜索し、近隣の住民にも目撃の有無を確認している。一八時三〇分、東署の応援が到着」
「君の伯父さんだから言うわけではないが、初動捜査に不備があったとは思えない。なんせその後、一切の遺留品が見つからなかったわけだからな。衝動では動きようがない」
「吉永沙也加の最後の目撃情報は、一六時四〇分、吉永沙也加の同級生。吉永沙也加が家に向かったのを見たのが最後。同級生は別れ道で農道へと向かう」
「別れ道の周囲には民家がなく、その近辺にいた人物は見つからなかった。私たちは現場周辺の足跡やタイヤ痕を調べた。暗くなっていたので、慎重に調べたが私の乗っていた車と、加賀さんの自転車以外のタイヤ痕は見つからなかった。足跡も子供たちのものだけで、それも村の中央から、吉永沙也加の家に向かう道にだけしかなかった」
「吉永沙也加が家に向かう足跡はあったのですか?」
「……無いように見えたが、昌子がその近くまで探しに来たので、足跡が消えた可能性もある。私たちは現場の状況から、吉永沙也加は同級生たちと行動を共にしていると考えた。ある種の家出で、同級生の家に隠れているのだろうと思った。私は吉永家に残り、加賀さんと先輩の二人が、吉永沙也加の同級生の家を全て訪ね、彼女が居ないのを確認した。この時点で私たちは最悪の状況を想像した」
「二〇時二〇分、吉永悠介が帰宅。聴取の結果、沙也加の行方に心当たりがなく、捜索の結果から、誘拐事件と判断する」
「吉永沙也加は病弱で、一人で遠出をできる体力は無かった。周辺に彼女の遺留品は見つからず、親は東京から引っ越して間もない資産家。彼女は現場から離れた場所で、車に乗せられ誘拐されたと、先輩と加賀さんは判断した。私もその考えで間違いないと思った――」
「東署に連絡し、事件性を知らせる。翌日、東署に捜査本部が作られる。小川村の住民に事情聴取が行われ、事件当日の吉永沙也加の行動が明らかになる。七時三〇分、吉永沙也加は家を出る。白いワンピースに白い帽子、白い日傘を持っていた。七時五○分に小川村小学校に登校。一五時五〇分に下校」
「その日、不審な人物がいなかったか住民に確認したが、村人以外の人や車の目撃情報は無かった」
「一六時○○分頃、高木雑貨店の店主、高木千枝子が店を訪れた吉永沙也加を確認。一六時一五分まで店にいた。その後、山崎商店を訪れ、山崎ひろ子に確認される。一六時三〇分頃、店を去る」
「高木千枝子と山崎ひろ子、二人の大人が目撃していることから、吉永沙也加が一六時三〇分までは誘拐されていなかったと判断して、捜査は行われた」
「一六時四〇分、同級生と別れる。以後の消息は不明。当時の捜査では、子供たちの証言をどう判断しましたか?」
「重要なのは一六時三〇分頃に大人が目撃していることだ。それに、その後に子供たちを目撃した大人がいる」
「岸本幸治ですね。一六時四五分頃、彼は農作業中に、帰宅する四人の子供を目撃しています」
「そう、彼は自分が見たのは間違いなく四人だった、と証言した。子供たちが吉永沙也加に、何らかの行動をしたとして、一六時三〇分から一六時四五分までの十五分だ。店からの移動時間を考えても、子供たちにできることは限られている。吉永沙也加を移動させるのは不可能だろう。そしてこの証言で、吉永沙也加が同級生たちと一緒に行動した線は無くなった」
「警察は事故の可能性も考え、村中の捜索行ったわけですね」
「ああ、もし事故なら、帽子か傘、どちらかは見つかりそうなものだが、どちらも見つからなかった」
「誘拐の線では長田琢真が疑われました」
「行方不明時刻前後で、目撃されたのが彼の運転する車だけだった」
「しかし、彼が村を出た後、吉永沙也加は目撃されています。彼にはアリバイがあるわけですね」
「村人の証言が正しいのであればね」
「警察は住民が長田を庇って、嘘の証言をしたと、疑ったわけですね」
「そう考えると、学校での目撃情報から怪しくなる。吉永沙也加はその時、車に乗っていたのではないかと」
「一五時五〇分、長田は学校から隣町の公民館に向いました。隣町で複数の目撃者がいたと書かれています」
「車の荷台には、演劇用の小道具などが載せらていたので、隣町の住民の記憶に残っていたようだ」
「その証言は信じられたのですね」
「実は目撃者の中に元警官がいたんだ」
「一六時二〇分、長田は公民館に到着。公民館では荷台の荷物を全て下ろしたわけですね」
「公民館の職員も手伝ったが、荷台に乗ったわけではないし、運転席は覗いてない。吉永沙也加が乗っていた可能性はある」
「車はその後、一六時四〇分に公民館を出て、一七時一〇分に村に戻り、子供の家に向かいます。そして、一八時○○分、学校に帰り、長田は吉永沙也加が行方不明になった事を知る」
「その時、車の荷台から残っていた荷物を全て下ろし、荷台には吉永沙也加は居なかったと、同僚教師が証言している。まぁ、この証言は物証的に嘘ではないだろう。車はその後、警察が調べるまで動かされていない。それに、吉永沙也加を村に連れ戻したとは思えない」
「長田が吉永沙也加を車で誘拐したとしたら。彼女は隣町で降ろされた事になりますね」
「ああ、そして怪しい部分が一つあった。公民館から村まで三十〇分かかっている。帰りに子供に動物を見せるために数分間、山で車を止めたと言うんだ」
「亀山豊の証言、『山でノウサギを見つけて車を止めた』、ですね」
「ノウサギは村でも見られる。それほど珍しいものじゃないからな」
「その数分で彼が何をしたと警察は考えたのですか?」
「山で吉永沙也加を誘拐仲間に渡した。それが捜査本部の一番有力な線だった」
「しかしその説は、村ぐるみの誘拐という事が前提です。そんな面倒なやり方をするでしょうか?」
「……当時は捜査を撹乱させるためだとか、言われてたが、今となってはなんとも――それに、もしこれが村ぐるみの犯罪なら、避けては通れない事がある……」
「加賀辰男が協力したか……」
「彼は、「住民が犯罪を隠すために嘘をつけば分かる」、と言った。そして彼は、「長田以外に嘘を言っている住民はいない」、とハッキリと言い切った。だが、それが嘘だとしたら……」
「貴方はどう思うんです?」
「個人としては有り得ないと断言出来る。警官としても、彼がそこまでして長田に協力する動機がないと思う。いくら長田の父が有力者だと言っても、たかが知れている。それに、捜査本部解散後も彼は捜査を続けていた。あれが演技だったらアカデミー賞ものだ」
どう考えても、長田琢真を庇うために小川村の住民全員が嘘の証言をした、という線は無理がある。それなら、長田に不利になる、村から出た車が長田のだけだ、という証言をする必要はない。
「……伯父さんが言っていた、住民は嘘を言っていない、その中に吉永沙也加の同級生は含まれていたのでしょうか?」
「……子供は純粋な嘘をつく。それを見極めるのは難しい。嘘を見抜くというのは、相手のやましい気持ちを見抜く事だ。悪意のない嘘は見抜けない」
「貴方は吉永沙也加行方不明に、同級生が関与していると思いますか?」
「……正直に言うと思っていない。私は吉永夫妻が犯人だと思っている。状況的にその可能性しかないと思っている」
「消去法ですか? それとも何か――」
「証拠は全くない。だが、何も見つからなかったからこそ、彼らしか有り得ない。吉永沙也加は彼らの協力者が、山に運んだのだろう」
「足跡は見つからなかったんですよね?」
「消す時間はある。通報する時間は、吉永昌子がコントロールできた。犯人の痕跡を消す時間はあった」
「動機は?」
「東京に帰りたくなったが、娘が邪魔だった。世間に酷い親だと言われたくなくて、娘を行方不明にした。そんなところかもな」
署長は子供が犯罪に関わったとは思ってないようだ。
「悪意のない嘘は見抜けない」、本当に彼らに悪意はなかったのだろうか――。
3
長田琢真の話しをもっと詳しく聞く必要がある。
彼はなぜ事件から八年後に殺されたのか、その手がかりが欲しい。
「捜査本部がアリバイのある長田を疑ったのは、学校の地下室のことがあったからですよね?」
「ほう、流石、東京の警視だな。よくその事を知っているな」
「地下室の事は彼の父、長田耕治から口止めされたんですね?」
「ああ、そうだ。無論、事件と直接関係ないからだが。直接は関係なくても疑いは残る。物が物だからな」
「地下室にあった物は全て長田の持ち物でしたか?」
「ああ。長田は美術大学を卒業した後、デザインの仕事をする会社に就職したのが、彼は奇抜なデザインを好み、一般的なデザインには興味が無かったようだ。会社を辞めて地元に帰ってきた。父が学校を建ててからは、美術教師として働くことになった。地下室にあった物は、美術品として集めていた、と答えた」
確かにあの部屋にあった物はどれも、精巧な彫刻が彫られていた。
「行方不明直後、地下室は調べましたか?」
「当然だ。私は参加しなかったが、それはもう念入りに調べたと聞いた」
「吉永沙也加の痕跡は無かったんですね?」
「結果はそうだったらしい」
「結果は、というと?」
「地下室にあった道具は、最近使用された痕跡があったそうだ。捜査本部は決定的な証拠だと思った。しかし、血液検査の結果、吉永沙也加の血液型と一致しなかった。長田は血痕については、搬送業者が誤って怪我したのだろうと答えた」
「それで行方不明と無関係ですか……」
「他に疑わしい点として、吉永沙也加が行方不明になる数ヶ月前から、美術品の購入頻度が増えたことだろう」
「どういった物を買ったんですか?」
「それまでは年に一、二回大型の物を買っていたが、小さな道具を買うようになった。それが、吉永沙也加に使用するために買ったのではないかと……」
壁にかかっていた道具の事だろう。しかし、あの道具が吉永沙也加と関係するなら、処分するはずだ。
なぜ地下室を閉じるだけで置いていたのか――。
「その情報がこの捜査記録に載っていないのは、長田耕治への配慮ですか?」
「実は当時のここの署長は、長田耕治の友人だったんだ……」
「伯父には教えたんですか?」
「ああ。もっとも私が地下室の事を知ったのは、長田琢真が死んだと知らせを受けてからだ。その直後、たまたま事件を捜査した県警の警官と話す機会があったので、私が長田の事を話すと、地下室の事を教えてくれた」
「長田は吉永沙也加との関係をどう説明しましたか?」
「普通の教師と生徒。特別な関係ではないと」
「事件直前、吉永沙也加は放課後の学校によく残っていたとか。それに関しては長田の説明は?」
「吉永沙也加は東京で学校を休んでいたので、遅れた勉強を見ていたと」
「証拠はありました?」
「それが無かった。黒板に書いて、ノートを使わなかったと答えた」
長田と吉永沙也加はあの地下室にいたはずだ。しかし、当時それを示す証拠は、見つけることができなかった。同級生たちは知っていたのだろうか――。
「貴方は長田が東京で自殺した件をどう思いますか?」
「東京の警察が自殺と判断したのを、間違っているとは思わない」
「自殺の動機は、吉永沙也加の行方不明に、関係あると思いますか?」
「そうかもな。個人の感想だが」
「東京に行ってからの長田を知る人は、K県にはいないんですか?」
「私が知る限りはいない」
「……長田に地下室の美術品を売った人への、聴取は行われたんですか?」
「おそらく。記録には残ってないが」
長田の情報は思ったより得られなかった。まさか地下室の事が、東署の記録にも残っていないとは思わなかった。
他に得られる情報はあるだろうか――。
「他にこの事件の伯父さんの事で、覚えている事はありませんか?」
「うーん……熱心に村の中を調べていたな。彼は吉永沙也加の誘拐に、車が使われなかったと考えたのかもな」
「しかし、伯父さんは長田が嘘を言っていると主張したんですよね?」
「ああ。長田がどんな嘘をついてるのか見当がつかないから、長田を追求できなかった」
伯父さんは事件が子供の仕業だと考え、車は無関係だと思っていたのだろう。
しかしそれは、学校の地下室を知る前の事だ。あれが長田が事件に関係している要素になる。
「私用のお願いにもかかわらず、ご協力どうもありがとうございました」
あまり手間をかけるわけにもいかない。それに、これ以上はめぼしい情報は得られないだろう。
署長は私から資料を受け取り、元の場所に戻した。
「しかし、君はどうしてここまでして、この事件を追いかけてるんだ?」
この人なら多少は事情を話してもいいだろう。
「……実は伯父さんが私に残した遺言のようなものに、この事件の事が書かれていたんです」
「辰男さんにとってこの事件は、遺言に残すほどだったのか……まぁ、小川村の子供たちには思うところがあっただろうからな――」
「というと?」
「事件の二年ほど前だったか、小川村の子供が隣町で傷害事件を起こしたんだ」
事件の二年前!? それが吉永沙也加の同級生なら、小学三年生、八歳か。流石にないか――。
「子供とは誰です?」
「それが吉永沙也加の同級生五人だったんだよ」
「えっ! 五人が人を襲った!?」
「ああ。それも高校生二人に火炎瓶を投げつけて、火だるまにしたんだ。場所が商店街で、周りにたくさん人がいたから、すぐに消火されて、二人は軽い火傷で助かったが、人のいない場所なら死んでいただろう」
火炎瓶――小学三年生がそんな物を作ったのか!
【鬼子】、伯父さんはこの事を知った上で書いた。言葉の重みが違ってくる。
「……なぜ彼らはそんな事をしたんですか?」
「高校生二人が子供の一人を、カツアゲしていたからだ。子供たちはまだ八歳だったし、そういった事情があって、公にはしなかった」
伯母さんは知っていただろうか。たとえ知っていたとしても、私に話したりしないだろう。伯母さんにとっても、村の子供は自分の子供のようなものだろう。
この話をすれば、私が子供たちを疑う。自分の口から言うのは避けたのだ。
「その五人は、他になにか問題行動が有りましたか?」
「いや、無かった。その事件の事で辰男さんはえらく責任を感じてな。子供たちに積極的に話しかけるようになった。それであの子たちは非行に走らなかったのかもな」
そうか。事件の二年前から、日記に子供の記述が増えたのは、その一件があったからか。
「そういった事もあって、辰男さんは小川村の子供たちには、平和に過ごして欲しかっただろうに……」
事件前、小川村の住民や、吉永夫妻の話では、吉永沙也加と同級生はとても仲がいいように見えたらしい。
彼らの結束力は強い。もし吉永沙也加が仲間なら、彼女を失って、その後、何事もなく過ごしているのはおかしいのではないか?
平和か。五人の子供たちにとっては、自分たちの平和を乱す者は排除すべき敵――。
吉永沙也加がその存在になったとしたら、その理由として考えられるものは?
彼らが排除した敵は二人。吉永沙也加と長田。この二人を結び付けるのは――。
「……」
「? どうかしたか、考え込んで……」
学校の放課後、地下室、道具に付いた吉永沙也加とは違う血液型の血痕――白いワンピースに付いた血。
『放課後は先生と同級生に勉強を見てもらっていた』
これが動機――【鬼子】とは、死んだ吉永沙也加の事か!?
いや、そんなはずはない。伯父さんはこの時、学校の地下室の事を知らなかったはず。吉永沙也加の所業を知る術はなかった。それに【見た】という表現を、行方不明になっている吉永沙也加に使うだろうか――。
4
「大丈夫かね?」
「……ああ、はい。長々お話しを伺いまして、ご迷惑おかけしました」
この事件の核心は、小学校にある。できれば当時の教員に話を聞きたい。
「最後に一つお願いがあるのですが、十九年前の小学校の教員で、所在が分かる方はいますか?」
「ああ、当時、吉永沙也加の担任をしていた教員は、私の親戚と結婚したから分かるよ。今は千葉に住んでいる」
「住所を教えてください。できれば口添えもお願いします」
「住所は家に帰らないとわからないな。電話で教えようか?」
「私の家の電話番号をお教えします。明日の朝にでも電話してください」
私は署長に一礼して部屋を出た。
私はフラフラと歩き、警察署の入り口に置かれた長椅子に、力無く座る。
署長から聞いた話しが、私の頭の中を駆け巡り、乱れ絡まる。
吉永沙也加行方不明事件の犯人は、やはり五人の同級生だ。長田は子供たちに脅迫されて、共犯者になったのだ。
動機は吉永沙也加が五人の一人を、あの地下室で拷問にかけていたから。
彼女はただのごっこ遊びのつもりだったのだろうが、子供たちはその行為を許さなかった。
子供たちと長田が共犯関係と考えれば、犯行の方法もおおよそ分かってくる。
ただ、それを証明する証拠は無い。物証は無理だろうが、状況証拠だけでも何か手に入れたい。
【鬼子を見た】――伯父さんが見たものが書かれていれば、証拠の一つになったのだが――。
東京に帰り、かつての子供たちに十九年前の事を問いただすにしても、逃げ道を塞いでいなければ意味がない。
今の私が切れるカードは、長田を訪ねた岸本と思われる似顔絵、吉永沙也加のワンピースに付いた血、地下室の道具に付いていた吉永沙也加のものではない血痕、隣町での傷害事件。
あと必要なのは、吉永沙也加がどのようにして村からいなくなったのか。そして、どこに行ったのか。
それを調べる先はほとんど残っていない。
有益な情報を得られる可能性が高いのは、子供たちの家族だが、岸本の母の態度を見ても、この事件の捜査に協力してくれるとは思えない。同級生たちを警戒させるだけの結果になるだろう。
それならば、彼らから情報を聞き出すしか無いだろう。すでに事件から十九年が経っている、油断があればつけ込める。
頭が整理されて、目の前の光景を認識し始めた。私はまだ東署の中にいた。用もないのにここにいては邪魔だろう。私は立ち上がり、外に出ようとした。
「おや、貴方はいつぞやの」
入り口から入ってきた男性が声をかけてきた。声の主は公民館の館長、石坂だった。
「こんな所でどうしました?」
「伯父の四十九日で小川村に行ってまして、ついでにここに伯父のお世話になった人がいるので挨拶に……」
「そうでしたか。もう四十九日ですか。ああ、そうだ、あれから祭りの事を調べたんですよ。興味ありますか?」
すっかり忘れてたいた。学校の地下室に興味を持っていかれたからだろう。
「鬼子母神の神楽の事が分かったんですか?」
「ええ。調べたら公民館に当時の祭りを記録した資料が残ってました」
石坂は私の隣に座り話し始めた。
「祭りで神楽を行われた方は大学教授で、鬼子母神の研究をする前はインドの宗教を研究していたそうです」
大学で辻内から聞いた話だ。
「神楽を作るにあたって、子供に披露することから、子供をテーマとして取り入れる事にしたんです。それは鬼子の風習でした」
「えっ!! 鬼子!?」
「はい。日本では昔、歯が生えて産まれてきた子供を鬼子といって、忌み嫌っていたんです。殺してしまう地域もあったそうです」
「……それをどう神楽に取り入れたのですか?」
「お話しはこういったものです。昔々、ある村に身分の高い女性がいました。名前はお鷹。お鷹は『赤子に歯が生えていると将来鬼になるから殺してしまいなさい』と言いいました。そうして村で赤子が産まれると、彼女は歯を確認して、生えていると、殺させていました。彼女はそういった苛烈な性格のため、結婚相手に恵まれませんでした。そんな彼女の事を村の産婆は嫌っていました。母親が腹を痛ませて産んだ子供を、簡単に殺してしまうからです。産婆は子宝の神である鬼子母神に、赤子がもう殺されませんようにと祈りました。時が経ち、やっとお鷹も結婚して子供が産まれることになりました。同じ日に産婆の娘も子供が産まれる事になりました。同じ時に陣痛を訴えた二人は、産婆の家で並んで子供を産む事になりました。先に産まれたのは産婆の娘の子供でした。産婆は赤子を見て驚きました。歯が生えていたのです。続いてお鷹が子供を産みました。こちらには歯が生えていませんでした。その時、産婆だけに鬼子母神の声が聞こえました。『赤子を取り替えなさい。それが多くの赤子を救うでしょう』。産婆は鬼子母神の声に従い、お鷹の子と産婆の娘の子供を入れ替えました。お鷹は自分の子供に歯が生えているのを見て、悲鳴を上げました。若くはない自分がやっと産んだ赤子が、鬼子だったのです。それを見て産婆は言いました。『これは呪いじゃ。あんたが殺してきた赤子の呪いじゃ』。お鷹は自分の子供を殺したくないので、産婆に泣きつきました。産婆はこう言いました。『鬼子は成長すると産みの親を殺す。子供を捨てて、他の親に育ててもらえ』。それを聞いてお鷹は産婆の娘に子供を交換する事を提案しました。産婆の娘はお鷹が養育費を出すというので、鬼子の赤ん坊を育てるのを承知して、自分の子供をお鷹に渡しました。こうして産婆の娘の子供は殺されずに済みました。お鷹はそれ以来、鬼子を殺すのを辞めました」
「――」
「どうです、鬼子の風習に鬼子母神が登場する、ちょっと変わった話ですよね。けど、神様のお告げで人が救われる話は、ポピュラーなので聞きやすいですよね」
「……ええ、面白いお話しでした。どうもありがとうございました」
「それでは私はこれで失礼します。交通整理の打ち合わせがありますので」
石坂は交通課に向かっていった。
【鬼子】と子供の入れ替え――子供たちはこの神楽を見て、犯行を思いついたのか。
おそらく伯父さんはこの神楽を見ていなかった。学者が死んだ事で、鬼子母神の神楽は二度と行われなかった。それ故に、犯行の方法が分からなかった。
それと、伯父さんが真実に辿り着けなかった理由は、小川村の住民への理解だ。伯父さんは住民が嘘を付いたら分かる、と言っていた。商店と雑貨屋で吉永沙也加を見たという証言に、嘘がないと絶対の自信を持っていたのだろう。悪意のない純粋な嘘は見抜けない。吉永沙也加はいつも、白いワンピースに白い帽子に白い日傘。住民はその姿を見て、吉永沙也加と思い込んだのだ。人間は記憶の補完をする。話してない事を話したと思い込む事もある。彼らは間違いなく吉永沙也加だったと証言してしまった。
これで十九年前の事件の全ては明らかになった。
残った謎は――【鬼子を見た】。この謎は【鬼子】に何をやったのか、直接聞くしかないだろう。
私は今度こそ長椅子から立ち上がり、警察署を出た。必要な手札は揃った。後はカードの切り方だけだ。
車を迷う事なく東京へと走らせた。
「ケケケケケケ」
夏も終わりが近い。蝉の声が少なくなったからそう感じるのだろうか。
放課後の校庭で、僕と三人は豊くんを待っていた。
今までとは少し違う空気が四人の間に流れているのを感じる。お喋りな進平くんや和歌子ちゃん、嫌な雰囲気になった時にそれを変えてくれる由美ちゃん、けど今は誰も口を開かない、それが異常事態を証明している。
下駄箱に豊くんの姿が見えた、ゆっくりと靴を履き替えている。表情はここからでは見えない。
「どうするの?」
和歌子ちゃんが言った。誰にでもなく、全員に向けて言ったのだろう。
「先生が関係してるので慎重に行動しないと……」
「……どっちもやっちまえばいい」
「それはどうかな――長田先生はいいように使われてるだけだと思うけどな」
「大人のくせに……」
「ちょっと怖がらせるだけじゃダメ?」
「彼女は大人たちに可愛がられています……大人には彼女が被害者、僕たちが加害者に見えるでしょう」
「それじゃダメだ! 豊を救えない!」
豊くんが校舎からこっちに向かってくる。少し前まではいつも、いつでもこの笑顔が見れた。
「豊くん! 長田先生が呼んでるよー!」
豊くんの顔から笑顔が消えた。振り向いて、校舎から手を振る彼女に向かって歩いて行く。
僕たちは豊くんの背中を見て、思いを一つにした。
「やろう……誰にも俺たちが加害者だと思われないやり方で――」
「ケケケケケケ」
ひぐらしの鳴き声が校庭に響く。




