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二章 昭和六十年の小川村


 1

 

 カーテンをなびかせ、少し開けておいた窓から、朝の冷たい風が私の顔をなでた。客間で目を覚ましたのは、六時だった。起床後、顔を洗い、居間に向かうと、伯母さんは朝食の準備中のようだ。

 「おはようございます」

 台所で鍋の様子を見ていた伯母さんに声をかける。

 「おはよう、早いわね。まだ朝食できてないわよ」

 「構いませんよ、普段の朝食はもっと遅いですから」

 「温かいものをちゃんと食べてる? やめておきましょうか、お母さんに耳がタコになるくらい言われてるわよね」

 「そうですね……行方不明事件のことですけど、私なりに調べてみようと思います」

 「そう……大変でしょうけど、いい結果が出るといいわね」

 「それで、伯母さんに協力していただきたいんです。できれば、十九年前に証言した方から、話を聞きたいんです」

 「あれから十九年だもの、村から去った人もいるわよ」

 「そうでしょうね。それで、当時から村に住んでいる方を教えてくれませんか?」

 「うーん、そうねー……二年前に小学校が廃校になったのもあって、引っ越した人が多いから――」

 伯母さんは、ぬか漬けからきゅうりを取り出しながら、村の住人の事を思い出している。

 「事件の一年後、吉永さんは引っ越してしまったし。お子さんが沙也加ちゃんの同級生だった、岸本さんはまだ住んでるわね。他の同級生の家は引っ越したはずよ。後は、高木さん、雑貨屋は閉めちゃったけどまだ村に住んでるわね。それから、ひろ子さん。山崎商店は息子さんに手伝ってもらいながら続けてるわ。あそこが閉まったら、とっても不便だわ」

 「学校関係者はどうでしょうか?」

 「事件から六年後まで、長田さんが校長だったけど、亡くなってしまって、息子さんは引っ越してしまったわ。

 当時の先生は誰も村に残ってないと思うけど……」

 焼き魚のいい匂いが台所に漂って来た。久しく嗅いでなかった匂いだ。

 「葬儀に来てましたけど、駐在所に勤めてるのは若い人でしたね」

 「ええ、まだ二十代よ、名前は佐伯亮太朗(さえきりょうたろう)。辰男さんは素直でいい子だって言ってたわ」

 この後、駐在所に行くつもりだったが、伯母さんの言うことから予想すると、相手は私の要求を聞いてくれそうだ。

 「吉永家と他の同級生がどこに引っ越したか知りませんか?」

 「吉永さんは東京に戻ったらしいわ。他の子は……聞いた事もあるけど忘れちゃったわ。十年以上前の事だから」

 伯母さんは、お盆に乗せて、お茶碗、味噌汁、漬物、焼き魚を居間に持っていく。

 私は居間に移動し、新聞をめくった。大きな事件が起きてないことだけを確認し、新聞を畳んだ。伯母さんが自分の分の朝食を持ってきたので、食事を始めた。家でゆっくり朝食を食べるのはいつ以来だろう。

 仕事を始めてから自炊などしたことが無い、朝はだいたい、トーストだ。週末に喫茶店でモーニングを食べたのもずいぶん前の事だ。これが休暇の最後の出来事なら、最高の思い出で終わるのだが――。

 ふと、後飾り祭壇に置かれた伯父さんの遺影が気になった、その表情は穏やかだ。

 朝食を食べ、伯母さんに別れを告げると車に乗り込む。伯母さんは車の横に来て見送ってくれる。

 「来てくれてありがとう、気を付けて帰ってね。ご両親にもよろしく言っといてね」

 「もしかしたら、四十九日に来るかもしれません」

 今日の昼までに決着がつくことは無いだろう、事件も私の心も、【鬼子】も――。

 

 私は車を走らせた。昨日、この村に来たときは村を見る目が違う。遠目で廃校になった小学校が見える。時間があれば学校から歩いて当時の状況を再現しよう。

 家を出てから二、三分で駐在所に着いた。駐在所の前で駐車し、車を降りた。車が止まった気配を感じて、駐在所の前まで青い制服を着た青々しい青年が出てきた。

 「あっ! お疲れ様です!」

 佐伯巡査はビシッと敬礼した。私が警視庁の警視であることを、生前、伯父さんから聞いていたらしく、葬儀場で顔を合わせた時も丁寧に挨拶された。

 「楽にしていいよ、非番だから」

 「はい! 何か御用ですか?」

 「ああ、ちょっと……中で話そうか」

 佐伯は中に入るなり、お茶を用意しようとしたので、慌てて止めた。

 「ゆっくりしたいのも山々だが、今日中に東京に帰らないといけないから」

 「そうでしたか……東京は犯罪が多いですものね」

 この村より犯罪が少ない場所もそうないだろう。

 「それでね、昨日、伯母と話していて、伯父が関わった事件の話になったんだよ」

 「もしかして、大昔の小学生行方不明事件ですか?」

 「知っているのかい?」

 「私はこの村の出身ではありませんが、引っ越す前にこの村の事を調べましたから」

 「……調べた、というと?」

 「所轄のK東警察署で大川村でおきた事件の記録を確認しました」

 「それは仕事熱心だね」

 佐伯は少し照れ臭そうに笑った。そうした仕草が、本当に少し前まで学生だったと感じさせる。

 「大川村で未解決の事件は行方不明事件だけだったので、印象に残っています。それに、K東警察署の先輩方の中にも記憶に残っていると話す方もいました」

 「ほう、詳しく聞かせてくれ」

 これは予想外にいい情報が聞けた。流石に非番の警視庁の警視が、特に理由もなく警察署を訪れ、事件の事を聞かせてくれと頼むわけにはいかない。

 「そんな……ただの雑談ですよ。あんな不思議な事件は二度と無かったと言ってました」

 不思議か――捜索しても手掛かり一つ見つからないのではそう思うか。

 「この事件、君はどう思う?」

 「えっ! 本官がですか!?」

 「雑談だよ」

 「はぁ、そうですね……先輩も言ってましたが、子供の母親が怪しいと思います」

 吉永沙也加の母か――まぁ、遺留品が出ない、村の外には出てない、それなら家に帰ったと判断するだろうな。

 【鬼子】――母親が犯人なら、この言葉が宙に浮く。できれば違ってほしいが――。

 「実は、伯父の残した、当時の捜査記録が見たくなってね。どうだろう、残っているなら見せてくれないか?」

 「……特別ですよ。辰男さんにはお世話になりましたから」

 そう言って佐伯は駐在所の奥に入っていく。私は後に続いた。

 佐伯はロッカーの中から段ボールを引っ張り出した。

 「これに過去の捜査記録が入ってます」

 段ボールを開けると、表紙に捜査記録と書かれたノートがぎっしり詰まっていた。

 ほとんどの表紙が事故か紛失だ。

 東京なら一月でいっぱいになるだろうが、この村では何年分だろうか。

 私と佐伯は段ボールの中からノートを取り出し、昭和四十一年の表紙に行方不明事件と書かれたものを探した。

 「ありました、これですよね」

 佐伯が渡してきた、表紙には、吉永沙也加行方不明事件、と書かれている。

 中には昭和四十一年九月十二日のことが書かれていた。

 「これだね、協力ありがとう」

 「いえ、見つかってよかったです」

 佐伯は他のノートを、段ボールに戻しながら、笑って言った。

 「それと、現在この村に住んでいるか、確かめたい人がいるんだけど、教えてくれるかい?」

 「ええ、それなら簡単ですよ」

 佐伯は駐在所の玄関前に戻り、小さい金庫を解錠し、巡回連絡カードを取り出した。

 私も懐から手帳を取り出した。

 私は駐在所から入ってすぐの場所にある、来客用の机の椅子に座った。私は駐在所の入り口横の壁に、貼られている村の地図を、簡単に手帳へ書き写した。地図を描いたページを破り、昨日、日記を書き写したページを開いた。

 「まずは……岸本進平の家族。彼自身は村を出て行ったらしい」

 「岸本さんですね……あぁ、多分これですね。今は康弘(やすひろ)(あかね)の夫婦だけが住んでいます住所はここです」

 佐伯は壁の地図の横に立って、家の場所を指さした。

 「次は、引っ越したらしいんだが、亀山豊、桑原勉、小森由美、剣持和歌子、彼らとその家族」

 私は名前を手帳に書いて破ると、佐伯に渡した。

 「……いませんね、同じ苗字の家はありますが、近い親族では無いようです」

 「そうか、長田琢真はどうだろうか、彼も引っ越したらしいが――」

 「……いませんね」

 伯母さんの言った通りか――彼よりも伯母さんの方が、村の事情に詳しいのだから当然か。

 「山崎商店は健在のようだが、夫婦でやってるのかな?」

 「いえ、ご主人は亡くられていて、奥さんがやっています。時々、サラリーマンの息子さんが手伝っています」

 「それと、高木千枝子。高木雑貨屋は廃業したらしいが、住まいはそのままかな?」

 「ええ、場所はここですね。まだ店名の跡があるのですぐ分かると思います」 

 私は地図を見ながら、吉永家はどこだろう、と考えたが、彼に聞くより村の住人に聞いた方が早いと思った。

 当時から住む住人の話から、新情報を得ないと、【鬼子】にはたどり着かないだろう――。

 

 2

 

 「ありがとう、手間をかけたね」

 私はそう言って、椅子から立ち上がり、駐在所を出ようとして、指名手配のポスターが目に入った。

 「……そうだ、行方不明なのだから、情報提供のポスターが作られたはずだ、ここにあるかい?」

 「たぶんあると思いますよ」

 佐伯はすぐ近くの大きいロッカーを開けて、中を漁りだした。

 沢山のポスターを取り出し、机に置いた。

 二人で一枚一枚広げて確認する。

 「これですね」

 佐伯が広げたポスターを見ると、白いワンピースを着た、小学生女児の写真が載っていた。吉永沙也加の名前も入っている。

 私は彼女を探すのか――。

 伯母さんが「可愛い子だった」と言ったのも頷ける容姿だった。

 「まるでアイドルの写真ですね」

 佐伯がボソリと言った。

 駐在所から出ると、車のエンジンを入れながら、地図を確認した。今の情報では、話を聞きに行く場所は三か所だ。岸本家、高木家、山崎家。山崎商店の奥方は日中なら店内にいるだろうから後回しでいい。

 高木家から行ってみるか――岸本家に行く前に、情報を得ておきたい。地図が書かれた手帳のページをサンバイザーに挟み、車を高木家に向かって走らせた。

 2分ほどで高木家に着いた、店だった建物の上部には、薄く「高木雑貨屋」の文字が確認できる。すぐ近くに山崎商店が見えるが、シャッターが閉まっている。まだ開店前の様だ。

 地図を手に取り、車から降りた。

 高木家のチャイムを押す。話を聞かせてくれるといいが――。

 扉を開けた高木千枝子(たかぎちえこ)は、(とし)(ころ)七十代中盤、寝間着で、まだ寝ぼけまなこといった感じだ。

 「すいません、朝早く、私、芳賀辰男の甥でして、村の皆さんには葬儀で大変お世話になりました」

 へりくだった態度ながら、ハキハキとものを言う私に、彼女は少したじろいだ。

 「あら、辰男さんの甥っ子さん……わざわざ来てもらって申し訳ないわね」

 「いえいえ、実は私、今日で東京に帰るのですが、次はいつ来られるか分からいなんです」

 「あらそうー、菜苗さんも寂しいでしょうね」

 「それもありますが……せっかくの機会なので、村の皆さんに、伯父さんの思い出も聞いておきたくて――」

 私は出来る限り、伯父思いの甥っ子のふりをした。自分で言うのもなんだが、嘘偽りのない姿でもあるはずだ。

 「そう……私に話せることなんて、大したことは無いけど……聞きます?」

 「ぜひ!」

 「じゃあ、中にどうぞ」

 彼女は明らかに戸惑っていたが、伯父の死を悼む私を、追い返すわけにもいかないと思ったのだろう、家の中に入れてくれた。

 居間のテーブルの皿は空になっている、コーヒーが入ったコップだけが残っていた、朝食は終えたようだ。

 「コーヒー飲みます? お茶のほうがいいかしら?」

 「いえ、お構いなく。この後、他のお宅にも訪ねようと思いますので」

 「あらそうなの、皆さん驚くでしょうね」

 私と彼女は居間のちゃぶ台を挟んで、向かい合って座った。

 「高木さんは伯父さんとの付き合いは長いんですか」

 「ええ、私はこの村の生まれですから。五十年以上前に、辰男さんがこの村に来た時から、知っているわよ。張り切っている好青年だったわ」

 「高木さんの一番印象に残っている伯父さんの姿はなんですか?」

 「……急に言われてもねー。けど、お通夜の後に皆とも話したんだけど、沙也加ちゃんが行方不明になった時かしら――」

 思った通りだ。「一番印象に残っている」、そう聞けば、行方不明事件の事を口にすると思った。

 「夜明けから、日付けが変わるまで、村中を探し回ってたわ。数日で靴がボロボロになったって奥さんも言ってたわ」

 「行方不明の事は伯母さんに聞きました。子供がいなくなる直前に、この店に来てたらしいですね?」

 「ええ。それで、当時、警察に散々話を聞かれたわ。もちろん辰男さんにも何度も聞かれたわ」

 「……伯父さんはどんな質問をしましたか?」

 「それは沙也加ちゃんの事をしつこく聞いてきたわ。辰男さんも、警察官なんだって、その時ハッキリと思ったわ」

 「どんな様子だったんですか?」

 「何時もと変わらなかったわ。友達とお喋りしてたわ」

 「間違いなく、沙也加ちゃんでしたか?」

 「その質問、百回は聞かれたわ。もちろん答えは、ハイよ」

 彼女は当時を思い出して、うんざりした顔をした。

 当時の話はこれ以上聞いても無駄だろう、彼女の証言は、警察の捜査記録を見た方が正確だ。

 「事件後の村の状況はどうでした?」

 「それはテレビの取材とか来て、大変だったわー。私は直前に見たから、余計に取材が多くって――」

 「その後……捜査が終了してからは、どうでした?」

 「どうって……元の静かな村に戻ったわ」

 「行方不明になった子と、仲が良かった子供たちは、動揺したんじゃ無いですか?」

 「……事件直後は悲しんでたけど、子供は切り替わりが早いから――それに、沙也加ちゃんは引っ越してきて半年くらいだったし」

 「事件後に同級生からその子の名前は出ましたか?」

 「……さぁ、覚えてないけど――変なこと聞くわね?」

 「すいません、つい気になって……伯父さんはどうでした? 所轄の警官が引き上げた後も、捜索を続けましたか?」

 「……続けてはいたようだけど、そこまで熱心ではなかったようだったけど。そりゃね、吉永さんからすれば、不満だったろうけど――あの姿を見ると、これ以上捜査を続けろなんて言えないわよ……」

 伯母さんも言っていたが、伯父さんは吉永沙也加の捜索に、命を削っていたようだ。

 「吉永さんのお宅は村の端だったそうですが、場所は分かりますか?」

 私は村の地図を見せて聞いた。

 「ここだったわ、今もそのまま残ってるわ」

 彼女は地図に指でさしながら答えた。

 「どうも、ありがとうございました」

 私は立ち上がり頭を下げた。

 彼女は玄関まで見送ってくれた。

 「ああ、それと、当時の校長の息子さんをご存知ですか?」

 私は玄関に腰を下ろし、靴を履きながら聞いた。

 「琢真くんね、彼も大変だったみたい。警察にずっと疑われて……お父さんが亡くなって、村に居づらくなったのか、教師を辞めて、村から出てってしまったわ」

 「今はどうしてるんでしょうか?」

 「さぁ――私はお父さんの葬式で見たのが最後だったわ」

 私は丁寧にお礼を言って、高木家を後にした。

 

 車のドアに手を掛けたところで、山崎商店のシャッターが開いた。せっかくだ、山崎氏に話しを聞こう。

 「おはようございます。山崎さんですか?」

 「ええ……もしかして辰男さんとこの?」

 「はい、辰男の甥です」

 「この度はご愁傷様で」

 山崎ひろ子(やまざきひろこ)は八十歳ほどだろうか、頭を紫に染め、割烹着に青い前掛けをしている。

 「実は今日中に東京へ帰ることになってまして、その前に村の皆さんに、伯父さんの思い出を聞いておこうと思いまして……」

 「あらー、伯父さん思いねー! ああ、そういえば伯父さんに憧れて、警察官になったんですってね」

 「ええ、もしお時間があれば、昔のお話し、聞かせてもらえますか?」

 「いいわよ、中へどうぞ」

 山崎商店の中は醤油やお酢といった、日用品が並んでいる。

 店の奥へ入ると、レジカウンターの前に椅子が置かれている。店の常連が椅子に座り、彼女と話すのだろう。

 私はその椅子に、彼女はカウンターの椅子に座った。

 「早速ですが、伯父さんはどんな警察官でしたか?」

 「真面目な人だったわ。村の為に働く事が生き甲斐って感じだった」

 「……一番それを感じたのはどんな時でしたか?」

 「一番……そうね、やっぱり沙也加ちゃんの時かしら――」

 「小学生が行方不明になった事件ですね?」

 「ええ、知ってたのね。あの時は私も大変だったけど、辰男さんの必死な姿を見たら、愚痴も言えなかったわ」

 「山崎さんは、どう大変だったんですか?」

 「それは、警察に何度も質問されたもの。大人の中で最後に沙也加ちゃんを見たのが私たちだったから。旦那と一緒に供述書ってやつ作って、警察に渡したわ」

 「どんな事を書いたんですか?」

 「見たい? まだ残ってると思うけど」

 「警察に渡したのではないのですか?」

 「また同じこと聞かれたら、たまらないから、写しをとっておいたのよ」

 当時書いた供述書が手に入るとは、行幸だったな。

 

 3

 

 行方不明の日の事は供述書を読めばいい。その後の事を聞いた方がいいだろう。

 「行方不明になった子の同級生も大変だったのではないですか?」

 「そーねー……けど、子供って大人と違って引きづらないから、事件後も元気が良くて安心したのを覚えてるわ」

 「……行方不明になった子の親御さんは、そうはいかなかったでしょうね?」

 「そりゃもう、公開捜査になってから、報道陣が吉永さんの家に押しかけてきて、辰男さんが追い払ってたみたいだけど……沙也加ちゃんが行方不明になって、一月でお母さんは家を出たみたい。彼女は嫌がったらしいけど、お父さんが『村から離れた方が良い』、って説得したみたい」

 「事件後に、お母さんに会いましたか?」

 「いいえ、お父さんは一年後に、『東京に帰ります、お騒がせしました』、って挨拶に来て、私、泣いちゃった」

 「学校の方はどうでしたか? 教師の方々も大変だったでしょう?」

 「……今だから言うけど、警察は教師の琢真くんを疑ってたみたい。結局、川に落ちた事故、と発表したけど――」

 「疑われた方は、事件後も肩身が狭かったのでは?」

 「ええ、だって校長の息子さんでしょ。本人は、学校から去るつもりだったけど、事件後も教師を続けられたのは、子供たちが説得したからだと聞いたわ」

 「そんなに子供に人気の教師だったんですか?」

 「うーん、(はた)からは、そんな感じには見えなかったけどね。あの子、暗かったし。ただ、子供たちの演劇の手伝いしてたから、それでかもって、彼のお父さんが言ってたわ」

 「事件当時も、隣町に演劇の小道具を持っていってたらしいですね」

 「ええ。それも子供が一緒に乗ってたのよ。警察は私の証言も、子供の話も信じないの。警察ってそいうものなの?」

 「ハハハ、警察はなんでも疑うんですよ。それで、事件後も子供たちは教師と仲良くしてたんですか?」

 「そうなんじゃない。学校の中でのことは知らないし、外で一緒にいるのは見なかったわ」

 「彼は今、どうしているんでしょう?」

 「さあ、村から出っていてからは知らないわ」

 「伯父さんは子供たちとどうでした?」

 「仲良さそうだったけど。ほら、子供って制服とか好きだから」

 「伯父さんが子供の事をなにか言ってませんでしたか?」

 「うーん……やんちゃな子が多かったから、心配はしてたけど。まぁ、沙也加ちゃんの事があったから余計に気を付けてたのかも――」

 「その子の同級生の家族で、村に残っているのは岸本家だけらしいですね」

 「――ああ、そうかもね。この村もどんどん寂れていくし、若い人は都会に引っ越したほうがいいわよね」

 彼女は遠い目で、店の中から、村を見ている。

 十九年前、ここから見える店先に、吉永沙也加もいただろう。

 「岸本家の方は、今、ご在宅でしょうか?」

 「まだいると思うけど。奥さんは昼前からパートに行ってるみたい」

 彼女からは必要な話を聞けた。進平家に向かおう。

 私は彼女から、供述書を受け取ると、礼を言って店を出た。

 

 車に乗ると、地図で岸本家の場所を確認し、車を走らせた。

 岸本家にはすぐに着いた。

 車から降り、周囲を見渡すが。空き家が多いのか、家の数のわりに、生活感をあまり感じない。

 私は岸本家のチャイムを押した。

 「はーい」

 家の中から女性の声が聞こえた。

 「あら、どちら様?」

 「私、芳賀辰夫の甥で、芳賀誠と言います。葬儀では、村の皆にご協力いただき、ありがとうございました」

 「あら、お礼なんていいのに。わざわざすみません」

 「それと、せっかくなので、村の皆さんに、伯父さんの思い出を、聞いて回ってるのですが、よろしいですか?」

 「えーと……いきなり言われても――」

 「今、お忙しいですか?」

 「いえ、けど、私なんかでよろしいのかしら?」

 「他のお宅で聞いた話では、こちらのお子さんとも交流があったとか――」

 「……ええ、確かに進平は辰男さんに、大変お世話になりました。そういった話でよければ……」

 彼女は薄い笑顔で言った。目じりや口元に深いしわが見える。

 「是非とも!」

 事件前後の子供の話は聞いておきたい。

 家の中に入ると、古い家ながら、綺麗に掃除されている。だが、壁や柱にはラクガキやキャクターシールが残っている。子供の思い出を残しているのだろう。

 居間に入ると、掘り炬燵(ごたつ)が迎え入れてくれた。

 私と彼女は堀に足を下ろし、向かい合った。

 「辰男さんがいなくなって、村も寂しくなるわ」

 「伯父さんは子供たちとも、よく交流していたようですね」

 「……まぁ、進平は出来の悪い子だったから、ずいぶんご迷惑をおかけいたしました」

 「たとえばどんな事がありました?」

 「我が子の事で、お恥ずかしい話ですけど……看板に落書きしたり、窓ガラスを割ったり……村の中の事は辰男さんが対応してくれるから、私も安心できたけど、もし辰男さんが居なかったら、私の手にはおえなかったかも――」

 「……彼一人でやってたのですか? 友達と一緒になにかしたりは、ありませんでしたか?」

 「たまに、亀山さんのとこの子があの子に付き合わされて、辰男さんに怒られてたけど……それくらいかしら」

 なんとなく歯切れの悪さを感じる。他人の子の事を悪く言うのを、避けようとしているのだろうか――。

 「十九年前に行方不明になった子がいたそうですね。その子とも仲は良かったですか」

 「……沙也加ちゃんね。あの子とは仲が良かったみたい。少なくとも行方不明前は――」

 「どういう事ですか?」

 「いや……大した事じゃなくて。吉永さんが引っ越してきてから、いつも家で沙也加ちゃんの話をしてたのに、あれ以来話さなくなったのよ。それだけショックだったのかもね」

 「事件直前までは話してたんですね?」

 「多分ね。ずいぶん前の事だから、覚えてないわ」

 「……小学校卒業後は村から出て行ったとか?」

 「ええ、あの子には寮生活の方がいいでしょうしね」

 「その後は、村に帰らずですか?」

 「そうよ。正月くらい、帰ってくればいいのにね」

 「息子さんの同級生の事は、ご存知ですか?」

 「ええ、みんな幼なじみで、小さい頃から一緒に遊んでたわ。その子たちも、中学からは寮生活だったわ」

 「今、それぞれどうしてるかご存知ですか?」

 「えーと……小森さんのとこの子は、東京で音楽関係の仕事してるって聞いたわ。桑原さんの子は、弁護士になったとか凄いわよね。あらやだ、貴方も警視らしいわね。辰男さんが凄いって言ってたわ」

 「はぁ、まぁ……他の子の事は覚えてますか?」

 「えーと……剣持さんのとこは、スポーツ選手をやってるわ。陸上選手よ。亀山さんの子は、教師をしてるらしいけど……進平なら詳しいでしょうけど」

 弁護士にスポーツ選手……足取りは掴めそうだ。

 「その、進平さんは、どうしてるんです?」

 「それがよく分からないのよ。東京にいると思うけど、なんの仕事をしてるのか……連絡も無いし――」

 「【親の心子知らず】ですか」

 「まぁ、【便りがないのが無事の知らせ】、警察にお世話になってないならいいのよ」

 彼女はどこか諦めたような顔でため息をついた。

 「進平君の進学先はご存知ですよね?」

 「ええ、高校は関東だったわ。けど、卒業後、進学したのか、就職したのか分からないの。困った子よね」

 「高校名は覚えてますか?」

 「いいえ……なぜ?」

 「いえ、知ってる高校かと思って――」

 子供たちの事で聞けそうなのはこんなところか――。

 「進平君が小学校に通っていた頃の、教師の方が今、どうしているかご存知ですか?」

 「確か、担任だった根本先生は、結婚して村を出ていったわ。それと、長田琢真さん。友達に彼の親戚がいるから、聞いたんだけど……彼、自殺したらしいわ」

 

 4

 

 「えっ!! 自殺ですか!? いつの事です?」

 「十年ほど前の事よ。校長のお父さんが亡くなって、教師を辞めて、村を離れて東京に行ってからよ……」

 長田琢真は当時の本ボシだった人物だ。話しを聞きたかったが――。

 「彼には親しい人がいたんでしょうか?」

 「結婚はしてなかったらしいけど……」

 「そうですか……よろしければ、親戚のお友達の連絡先を教えてもらえますか?」

 かなり踏み込んだ要求だった。彼女の顔からも、困惑の色が見える。

 「どうしてそこまでする、必要があるのかしら?」

 行方不明事件の事をぼかしながら、話しを聞いてきたので、彼女はこちらの質問の意図が分からない。

 子供が当事者、と言っていい立場の彼女にとって、部外者が、興味本位で、事件の事を調べるのは、好ましい事ではないだろう。

 しかし、これ以上、誤魔化しながら聞くのは、不信感を与えるだけだ。

 「一つは、伯父さんが十九年前の事件が未解決で終わったことを、悔やんでいたからです。もう一つは、私は子供の頃、夏休みの度に村に遊びに来ました。私にとって子供の頃の思い出の場所で、子供が行方不明になり、今も真相が解明されていないのは、無視できないのです」

 臭いセリフだったかもしれない。【鬼子】の事を調べている、とは言えないので仕方ない。

 「……沙也加ちゃんは川に落ちて死んだのよ。何を調べるって言うの?」

 「遺体は発見されていません。川には痕跡もなかったようです」

 「それは警察が見つけられなかっただけでしょ」

 「……貴女も当時、川に落ちたのだと思いましたか?」

 「どういう意味?」

 「警察は長田琢真の事を疑っていたようですが……」

 彼女の顔は険しくなっていく。明確に拒絶の意思が見える。

 「それも警察が無実と判断しました。私はあの事故とは無関係です。話すことなんてありません」

 やはり踏み込み過ぎたようだ。これ以上は話しを聞けないだろう――。

 私は手帳を懐にしまった。

 「お話し聞かせていただいてありがとうございました。朝早くから、お邪魔して申し訳ございませんでした」

 私は頭を下げて、立ち上がり、居間から玄関に向かった。

 彼女は座ったままで、見送りはしなかった。


 車の中に入り、エンジンをかけると、頭の中を整理した。

 彼女の反応は過敏だったような気がする。川に落ちた事故、ということに強いこだわりを持っているようにも感じた。だが、当時の警察の調査に、不快感を感じたからかもしれない。

 しかし、長田琢真が自殺していたとは……。こちらも十年近く前の事らしい、調べるのは簡単ではないだろう。

 私は腕時計を確認した。昼まで時間がある。学校前から当時の足取りを再現する時間はありそうだ。

 私は車を学校に走らせた。


 小川村小学校は築五十年ほどの木造小学校だ。二年前に廃校になったらしいが、現在では地域の活動に利用しているとか。建物はそれほど傷んではない、校庭は雑草まみれだが、門は閉ざされていて、中には入れない。

 (校舎から校門までの見晴らしは悪くない。吉永沙也加が下校するのを、確認するのに問題はなさそうだ)

 私は地図で、当時の吉永沙也加の帰り道を確認しながら歩いていく。

 

 「ケケケケケケ」

 蝉の声と風の音が聞こえるこの道を歩いていると、気持ちが子供の時分に戻っていく。

 だが、今は感傷にふけっている時ではない。この道を今更歩いたところで、何かが見つかるわけではないが、歩いてみないことには、当時の事を想像するのが難しい。

 吉永沙也加が歩き、そして、伯父さんも何度となく歩いただろう。

 学校からの坂を下ると、道は二股に分かれる。

 左に少し行けば、橋がかかっている。それを通り過ぎると、山の麓にある墓地がある。叔父さんもそこに納骨されるのだろう。

 橋を渡れば、隣町への道に出ることができる。

 事件当時、長田琢真が車で隣町へ向かった道だ。

 右の道が、吉永沙也加が歩いた道だ。私は川に沿った、右の道を歩く。

 橋の下から七十メートルほど上流は、勾配が急になっていて、段差ができている。その前には魚道(ぎょどう)が見える。

 (そうか……舟の可能性もあったか。だが、あれでは舟で下流に向かうのは無理だ……)

 学校を出てから、道沿いにある建物は、倉庫などで民家はなく、吉永沙也加の目撃者が少ないことの、説得力を感じさせる。

 十分ほど歩くと、二股の道に出た。少し前に車を置いていた場所だ。左に高木雑貨店。道を挟んで右に山崎商店。左の道の先が叔父さんと叔母さんの家だ。

 子供たちは先に高木雑貨店、その後、山崎商店に向かったようだ。手帳で確認すると、吉永沙也加は行方不明前、ここに三十分ほどいた。その後、吉永家に向かった。家は右の山崎商店の先にある。

 ここで吉永沙也加を目撃した大人は、通行人も含めて、五人以上いたようだ。

 村の中では、唯一の日用品を売る商店があるので、この辺りの人通りは多いほうだろう。と言っても、吉永沙也加と子供たちが、店から出て家に向かうのを、見た大人はいない。誰か大人一人でも彼らと一緒に帰っていれば、事件の真相に迫れたかもしれなかったが――。

 右の道を進むと、すぐに別れ道がある。

 片方は、山道への道路で、隣県へと続いている。伯母さんの話しでは、別に通りやすい道が作られ、この道を使う人は少ない。

 もう片方は村の奥へと続く道だ。川に沿う形で、田畑があるが、放置され、荒れ果てている畑も多い。吉永沙也加の家はこの先にある。十分ほど歩くと、道は二股に分かれた。

 地図では左が山の麓に沿った道で、この道は農道に繋がっている。農道の先は村の中心部、同級生の家があり、その先は山崎書店の裏側に出る。ただし、ここと農道の間は、車が通れる道幅ではない。

 ここから大きな畑がいくつか見える。手入れされてないものもある。

 岸本家の祖父、岸本幸治が、子供たちを目撃したのは、あの場所からだろう。見晴らしは木が邪魔をしてよくない。子供を見たのは、子供たちが農道を歩いている、ところだったのだろう。

 右が吉永家に向かう道。この先は吉永家以外の、建物や畑は無い。つまり、この道を通るのは、吉永家に用のあるものだけだ。

 道には、木の枝や石が散乱している。今では誰も使わない道のようだ。

 道を進むと、大きな門が現れた。門の隙間から見た家は、洋風の二階建ての家だ。玄関の上に、突き出した、二階のテラスが、裕福なものが住む家だと、主張しているように感じる。

 庭も広そうだが、背の高い雑草に覆われて、全容は分からない。

 家の周りには黒い鉄の柵が設置されている。柵には植物の蔦が張り付いて、柵の形が確認できないほどだ。吉永沙也加は、この家に帰ろうとして、消息を断ったのか――。

 私は、十九年の歳月を感じさせる家を、目に焼き付けて、その場を後にした。

 



 

 

 沙也加(さやか)ちゃんとはすぐに仲良(なかよ)くなれた。

 彼女(かのじょ)都会(とかい)から()たことも、(いえ)金持(かねも)ちなのも自慢(じまん)しなかった。

 (あそ)びに(さそ)っても、「(わたし)(からだ)(よわ)いから、(みんな)迷惑(めいわく)にならない?」、と()って遠慮(えんりょ)がちにしている。

 彼女(かのじょ)(こま)(かお)をみると(こころ)(かな)しくなる。

 「(おれ)がいるから大丈夫(だいじょうぶ)! いいから()こう!」

 進平(しんぺい)無神経(むしんけい)沙也加(さやか)ちゃんの()()き、(あそ)びに(さそ)う。

 彼女(かのじょ)(すこ)困惑気味(こんわくぎみ)(わら)う。

 沙也加(さやか)ちゃんの(おお)きな(いえ)は、玄関(げんかん)(おお)きい。玄関(げんかん)(おく)で、沙也加(さやか)ちゃんのお(かあ)さんがこっちを()てる。(とお)くて表情(ひょうじょう)はハッキリ()からないけど、笑顔(えがお)()える。

 昨日(きのう)晩御飯(ばんごはん)(とき)(かあ)さんが()ってたけど、沙也加(さやか)ちゃん、都会(とかい)では病気(びょうき)がちであまり学校(がっこう)()けなくて、クラスメイトと上手(うま)くいかなくなったって。沙也加(さやか)ちゃんのお(かあ)さん、ここの学校(がっこう)上手(うま)くいくか心配(しんぱい)してたから一緒(いっしょ)(あそ)んであげてって、お(かあ)さん()ってたけど、(ひと)都合(つごう)なんか(かんが)えない自分勝手(じぶんかって)進平(しんぺい)がいるから、沙也加(さやか)ちゃんは(のぞ)んでも一人(ひとり)にはなれないんじゃないかな。

 彼女(かのじょ)(そと)()るとき(かなら)ずつばの(ひろ)(しろ)帽子(ぼうし)をかぶり、日傘(ひがさ)()っていく、(しろ)(かさ)(はじ)っこにレースの()いたオシャレな日傘(ひがさ)(わたし)には似合(にあ)わないし、必要(ひつよう)ない。だって(わたし)()った大人(おとな)に「太陽(たいよう)みたいな()ね」と(かなら)()われるほど元気(げんき)いっぱいなんだもん。

 (ひろ)(にわ)(いろ)とりどりの(はな)に、見送(みおく)られながら、三人(さんにん)(あそ)びに()く。

 沙也加(さやか)ちゃんを()れて三人(さんにん)公園(こうえん)()くと、(ゆたか)くんと(つとむ)くんが(おお)きな(ほん)(ひろ)げて()ていた。

 「なに()てるの?」

 「(さかな)(つか)まえ(かた)!」

 「(あみ)(たけ)のかごの(つく)(かた)がのってるんだ」

 「へー、面白(おもしろ)そう、やってみようぜ」

 五人(ごにん)公園(こうえん)のベンチに(すわ)って、道具(どうぐ)をどこで(あつ)めるか、どこで(つく)るか(はな)()った。

 もうすぐ(みず)(つめ)たさが気持(きも)ちよくなる(ころ)だ。進平(しんぺい)水遊(みずあそ)びが()きだ。(わたし)()きだけど。毎年川(まいとしかわ)でどっちが(およ)ぐのが(はや)いか競走(きょうそう)する。

 沙也加(さやか)ちゃんは(およ)げるのだろうか?

 きっと可愛(かわい)水着(みずぎ)()るんだろうな。

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