二章 昭和六十年の小川村
1
カーテンをなびかせ、少し開けておいた窓から、朝の冷たい風が私の顔をなでた。客間で目を覚ましたのは、六時だった。起床後、顔を洗い、居間に向かうと、伯母さんは朝食の準備中のようだ。
「おはようございます」
台所で鍋の様子を見ていた伯母さんに声をかける。
「おはよう、早いわね。まだ朝食できてないわよ」
「構いませんよ、普段の朝食はもっと遅いですから」
「温かいものをちゃんと食べてる? やめておきましょうか、お母さんに耳がタコになるくらい言われてるわよね」
「そうですね……行方不明事件のことですけど、私なりに調べてみようと思います」
「そう……大変でしょうけど、いい結果が出るといいわね」
「それで、伯母さんに協力していただきたいんです。できれば、十九年前に証言した方から、話を聞きたいんです」
「あれから十九年だもの、村から去った人もいるわよ」
「そうでしょうね。それで、当時から村に住んでいる方を教えてくれませんか?」
「うーん、そうねー……二年前に小学校が廃校になったのもあって、引っ越した人が多いから――」
伯母さんは、ぬか漬けからきゅうりを取り出しながら、村の住人の事を思い出している。
「事件の一年後、吉永さんは引っ越してしまったし。お子さんが沙也加ちゃんの同級生だった、岸本さんはまだ住んでるわね。他の同級生の家は引っ越したはずよ。後は、高木さん、雑貨屋は閉めちゃったけどまだ村に住んでるわね。それから、ひろ子さん。山崎商店は息子さんに手伝ってもらいながら続けてるわ。あそこが閉まったら、とっても不便だわ」
「学校関係者はどうでしょうか?」
「事件から六年後まで、長田さんが校長だったけど、亡くなってしまって、息子さんは引っ越してしまったわ。
当時の先生は誰も村に残ってないと思うけど……」
焼き魚のいい匂いが台所に漂って来た。久しく嗅いでなかった匂いだ。
「葬儀に来てましたけど、駐在所に勤めてるのは若い人でしたね」
「ええ、まだ二十代よ、名前は佐伯亮太朗。辰男さんは素直でいい子だって言ってたわ」
この後、駐在所に行くつもりだったが、伯母さんの言うことから予想すると、相手は私の要求を聞いてくれそうだ。
「吉永家と他の同級生がどこに引っ越したか知りませんか?」
「吉永さんは東京に戻ったらしいわ。他の子は……聞いた事もあるけど忘れちゃったわ。十年以上前の事だから」
伯母さんは、お盆に乗せて、お茶碗、味噌汁、漬物、焼き魚を居間に持っていく。
私は居間に移動し、新聞をめくった。大きな事件が起きてないことだけを確認し、新聞を畳んだ。伯母さんが自分の分の朝食を持ってきたので、食事を始めた。家でゆっくり朝食を食べるのはいつ以来だろう。
仕事を始めてから自炊などしたことが無い、朝はだいたい、トーストだ。週末に喫茶店でモーニングを食べたのもずいぶん前の事だ。これが休暇の最後の出来事なら、最高の思い出で終わるのだが――。
ふと、後飾り祭壇に置かれた伯父さんの遺影が気になった、その表情は穏やかだ。
朝食を食べ、伯母さんに別れを告げると車に乗り込む。伯母さんは車の横に来て見送ってくれる。
「来てくれてありがとう、気を付けて帰ってね。ご両親にもよろしく言っといてね」
「もしかしたら、四十九日に来るかもしれません」
今日の昼までに決着がつくことは無いだろう、事件も私の心も、【鬼子】も――。
私は車を走らせた。昨日、この村に来たときは村を見る目が違う。遠目で廃校になった小学校が見える。時間があれば学校から歩いて当時の状況を再現しよう。
家を出てから二、三分で駐在所に着いた。駐在所の前で駐車し、車を降りた。車が止まった気配を感じて、駐在所の前まで青い制服を着た青々しい青年が出てきた。
「あっ! お疲れ様です!」
佐伯巡査はビシッと敬礼した。私が警視庁の警視であることを、生前、伯父さんから聞いていたらしく、葬儀場で顔を合わせた時も丁寧に挨拶された。
「楽にしていいよ、非番だから」
「はい! 何か御用ですか?」
「ああ、ちょっと……中で話そうか」
佐伯は中に入るなり、お茶を用意しようとしたので、慌てて止めた。
「ゆっくりしたいのも山々だが、今日中に東京に帰らないといけないから」
「そうでしたか……東京は犯罪が多いですものね」
この村より犯罪が少ない場所もそうないだろう。
「それでね、昨日、伯母と話していて、伯父が関わった事件の話になったんだよ」
「もしかして、大昔の小学生行方不明事件ですか?」
「知っているのかい?」
「私はこの村の出身ではありませんが、引っ越す前にこの村の事を調べましたから」
「……調べた、というと?」
「所轄のK東警察署で大川村でおきた事件の記録を確認しました」
「それは仕事熱心だね」
佐伯は少し照れ臭そうに笑った。そうした仕草が、本当に少し前まで学生だったと感じさせる。
「大川村で未解決の事件は行方不明事件だけだったので、印象に残っています。それに、K東警察署の先輩方の中にも記憶に残っていると話す方もいました」
「ほう、詳しく聞かせてくれ」
これは予想外にいい情報が聞けた。流石に非番の警視庁の警視が、特に理由もなく警察署を訪れ、事件の事を聞かせてくれと頼むわけにはいかない。
「そんな……ただの雑談ですよ。あんな不思議な事件は二度と無かったと言ってました」
不思議か――捜索しても手掛かり一つ見つからないのではそう思うか。
「この事件、君はどう思う?」
「えっ! 本官がですか!?」
「雑談だよ」
「はぁ、そうですね……先輩も言ってましたが、子供の母親が怪しいと思います」
吉永沙也加の母か――まぁ、遺留品が出ない、村の外には出てない、それなら家に帰ったと判断するだろうな。
【鬼子】――母親が犯人なら、この言葉が宙に浮く。できれば違ってほしいが――。
「実は、伯父の残した、当時の捜査記録が見たくなってね。どうだろう、残っているなら見せてくれないか?」
「……特別ですよ。辰男さんにはお世話になりましたから」
そう言って佐伯は駐在所の奥に入っていく。私は後に続いた。
佐伯はロッカーの中から段ボールを引っ張り出した。
「これに過去の捜査記録が入ってます」
段ボールを開けると、表紙に捜査記録と書かれたノートがぎっしり詰まっていた。
ほとんどの表紙が事故か紛失だ。
東京なら一月でいっぱいになるだろうが、この村では何年分だろうか。
私と佐伯は段ボールの中からノートを取り出し、昭和四十一年の表紙に行方不明事件と書かれたものを探した。
「ありました、これですよね」
佐伯が渡してきた、表紙には、吉永沙也加行方不明事件、と書かれている。
中には昭和四十一年九月十二日のことが書かれていた。
「これだね、協力ありがとう」
「いえ、見つかってよかったです」
佐伯は他のノートを、段ボールに戻しながら、笑って言った。
「それと、現在この村に住んでいるか、確かめたい人がいるんだけど、教えてくれるかい?」
「ええ、それなら簡単ですよ」
佐伯は駐在所の玄関前に戻り、小さい金庫を解錠し、巡回連絡カードを取り出した。
私も懐から手帳を取り出した。
私は駐在所から入ってすぐの場所にある、来客用の机の椅子に座った。私は駐在所の入り口横の壁に、貼られている村の地図を、簡単に手帳へ書き写した。地図を描いたページを破り、昨日、日記を書き写したページを開いた。
「まずは……岸本進平の家族。彼自身は村を出て行ったらしい」
「岸本さんですね……あぁ、多分これですね。今は康弘、茜の夫婦だけが住んでいます住所はここです」
佐伯は壁の地図の横に立って、家の場所を指さした。
「次は、引っ越したらしいんだが、亀山豊、桑原勉、小森由美、剣持和歌子、彼らとその家族」
私は名前を手帳に書いて破ると、佐伯に渡した。
「……いませんね、同じ苗字の家はありますが、近い親族では無いようです」
「そうか、長田琢真はどうだろうか、彼も引っ越したらしいが――」
「……いませんね」
伯母さんの言った通りか――彼よりも伯母さんの方が、村の事情に詳しいのだから当然か。
「山崎商店は健在のようだが、夫婦でやってるのかな?」
「いえ、ご主人は亡くられていて、奥さんがやっています。時々、サラリーマンの息子さんが手伝っています」
「それと、高木千枝子。高木雑貨屋は廃業したらしいが、住まいはそのままかな?」
「ええ、場所はここですね。まだ店名の跡があるのですぐ分かると思います」
私は地図を見ながら、吉永家はどこだろう、と考えたが、彼に聞くより村の住人に聞いた方が早いと思った。
当時から住む住人の話から、新情報を得ないと、【鬼子】にはたどり着かないだろう――。
2
「ありがとう、手間をかけたね」
私はそう言って、椅子から立ち上がり、駐在所を出ようとして、指名手配のポスターが目に入った。
「……そうだ、行方不明なのだから、情報提供のポスターが作られたはずだ、ここにあるかい?」
「たぶんあると思いますよ」
佐伯はすぐ近くの大きいロッカーを開けて、中を漁りだした。
沢山のポスターを取り出し、机に置いた。
二人で一枚一枚広げて確認する。
「これですね」
佐伯が広げたポスターを見ると、白いワンピースを着た、小学生女児の写真が載っていた。吉永沙也加の名前も入っている。
私は彼女を探すのか――。
伯母さんが「可愛い子だった」と言ったのも頷ける容姿だった。
「まるでアイドルの写真ですね」
佐伯がボソリと言った。
駐在所から出ると、車のエンジンを入れながら、地図を確認した。今の情報では、話を聞きに行く場所は三か所だ。岸本家、高木家、山崎家。山崎商店の奥方は日中なら店内にいるだろうから後回しでいい。
高木家から行ってみるか――岸本家に行く前に、情報を得ておきたい。地図が書かれた手帳のページをサンバイザーに挟み、車を高木家に向かって走らせた。
2分ほどで高木家に着いた、店だった建物の上部には、薄く「高木雑貨屋」の文字が確認できる。すぐ近くに山崎商店が見えるが、シャッターが閉まっている。まだ開店前の様だ。
地図を手に取り、車から降りた。
高木家のチャイムを押す。話を聞かせてくれるといいが――。
扉を開けた高木千枝子は、歳の頃七十代中盤、寝間着で、まだ寝ぼけまなこといった感じだ。
「すいません、朝早く、私、芳賀辰男の甥でして、村の皆さんには葬儀で大変お世話になりました」
へりくだった態度ながら、ハキハキとものを言う私に、彼女は少したじろいだ。
「あら、辰男さんの甥っ子さん……わざわざ来てもらって申し訳ないわね」
「いえいえ、実は私、今日で東京に帰るのですが、次はいつ来られるか分からいなんです」
「あらそうー、菜苗さんも寂しいでしょうね」
「それもありますが……せっかくの機会なので、村の皆さんに、伯父さんの思い出も聞いておきたくて――」
私は出来る限り、伯父思いの甥っ子のふりをした。自分で言うのもなんだが、嘘偽りのない姿でもあるはずだ。
「そう……私に話せることなんて、大したことは無いけど……聞きます?」
「ぜひ!」
「じゃあ、中にどうぞ」
彼女は明らかに戸惑っていたが、伯父の死を悼む私を、追い返すわけにもいかないと思ったのだろう、家の中に入れてくれた。
居間のテーブルの皿は空になっている、コーヒーが入ったコップだけが残っていた、朝食は終えたようだ。
「コーヒー飲みます? お茶のほうがいいかしら?」
「いえ、お構いなく。この後、他のお宅にも訪ねようと思いますので」
「あらそうなの、皆さん驚くでしょうね」
私と彼女は居間のちゃぶ台を挟んで、向かい合って座った。
「高木さんは伯父さんとの付き合いは長いんですか」
「ええ、私はこの村の生まれですから。五十年以上前に、辰男さんがこの村に来た時から、知っているわよ。張り切っている好青年だったわ」
「高木さんの一番印象に残っている伯父さんの姿はなんですか?」
「……急に言われてもねー。けど、お通夜の後に皆とも話したんだけど、沙也加ちゃんが行方不明になった時かしら――」
思った通りだ。「一番印象に残っている」、そう聞けば、行方不明事件の事を口にすると思った。
「夜明けから、日付けが変わるまで、村中を探し回ってたわ。数日で靴がボロボロになったって奥さんも言ってたわ」
「行方不明の事は伯母さんに聞きました。子供がいなくなる直前に、この店に来てたらしいですね?」
「ええ。それで、当時、警察に散々話を聞かれたわ。もちろん辰男さんにも何度も聞かれたわ」
「……伯父さんはどんな質問をしましたか?」
「それは沙也加ちゃんの事をしつこく聞いてきたわ。辰男さんも、警察官なんだって、その時ハッキリと思ったわ」
「どんな様子だったんですか?」
「何時もと変わらなかったわ。友達とお喋りしてたわ」
「間違いなく、沙也加ちゃんでしたか?」
「その質問、百回は聞かれたわ。もちろん答えは、ハイよ」
彼女は当時を思い出して、うんざりした顔をした。
当時の話はこれ以上聞いても無駄だろう、彼女の証言は、警察の捜査記録を見た方が正確だ。
「事件後の村の状況はどうでした?」
「それはテレビの取材とか来て、大変だったわー。私は直前に見たから、余計に取材が多くって――」
「その後……捜査が終了してからは、どうでした?」
「どうって……元の静かな村に戻ったわ」
「行方不明になった子と、仲が良かった子供たちは、動揺したんじゃ無いですか?」
「……事件直後は悲しんでたけど、子供は切り替わりが早いから――それに、沙也加ちゃんは引っ越してきて半年くらいだったし」
「事件後に同級生からその子の名前は出ましたか?」
「……さぁ、覚えてないけど――変なこと聞くわね?」
「すいません、つい気になって……伯父さんはどうでした? 所轄の警官が引き上げた後も、捜索を続けましたか?」
「……続けてはいたようだけど、そこまで熱心ではなかったようだったけど。そりゃね、吉永さんからすれば、不満だったろうけど――あの姿を見ると、これ以上捜査を続けろなんて言えないわよ……」
伯母さんも言っていたが、伯父さんは吉永沙也加の捜索に、命を削っていたようだ。
「吉永さんのお宅は村の端だったそうですが、場所は分かりますか?」
私は村の地図を見せて聞いた。
「ここだったわ、今もそのまま残ってるわ」
彼女は地図に指でさしながら答えた。
「どうも、ありがとうございました」
私は立ち上がり頭を下げた。
彼女は玄関まで見送ってくれた。
「ああ、それと、当時の校長の息子さんをご存知ですか?」
私は玄関に腰を下ろし、靴を履きながら聞いた。
「琢真くんね、彼も大変だったみたい。警察にずっと疑われて……お父さんが亡くなって、村に居づらくなったのか、教師を辞めて、村から出てってしまったわ」
「今はどうしてるんでしょうか?」
「さぁ――私はお父さんの葬式で見たのが最後だったわ」
私は丁寧にお礼を言って、高木家を後にした。
車のドアに手を掛けたところで、山崎商店のシャッターが開いた。せっかくだ、山崎氏に話しを聞こう。
「おはようございます。山崎さんですか?」
「ええ……もしかして辰男さんとこの?」
「はい、辰男の甥です」
「この度はご愁傷様で」
山崎ひろ子は八十歳ほどだろうか、頭を紫に染め、割烹着に青い前掛けをしている。
「実は今日中に東京へ帰ることになってまして、その前に村の皆さんに、伯父さんの思い出を聞いておこうと思いまして……」
「あらー、伯父さん思いねー! ああ、そういえば伯父さんに憧れて、警察官になったんですってね」
「ええ、もしお時間があれば、昔のお話し、聞かせてもらえますか?」
「いいわよ、中へどうぞ」
山崎商店の中は醤油やお酢といった、日用品が並んでいる。
店の奥へ入ると、レジカウンターの前に椅子が置かれている。店の常連が椅子に座り、彼女と話すのだろう。
私はその椅子に、彼女はカウンターの椅子に座った。
「早速ですが、伯父さんはどんな警察官でしたか?」
「真面目な人だったわ。村の為に働く事が生き甲斐って感じだった」
「……一番それを感じたのはどんな時でしたか?」
「一番……そうね、やっぱり沙也加ちゃんの時かしら――」
「小学生が行方不明になった事件ですね?」
「ええ、知ってたのね。あの時は私も大変だったけど、辰男さんの必死な姿を見たら、愚痴も言えなかったわ」
「山崎さんは、どう大変だったんですか?」
「それは、警察に何度も質問されたもの。大人の中で最後に沙也加ちゃんを見たのが私たちだったから。旦那と一緒に供述書ってやつ作って、警察に渡したわ」
「どんな事を書いたんですか?」
「見たい? まだ残ってると思うけど」
「警察に渡したのではないのですか?」
「また同じこと聞かれたら、たまらないから、写しをとっておいたのよ」
当時書いた供述書が手に入るとは、行幸だったな。
3
行方不明の日の事は供述書を読めばいい。その後の事を聞いた方がいいだろう。
「行方不明になった子の同級生も大変だったのではないですか?」
「そーねー……けど、子供って大人と違って引きづらないから、事件後も元気が良くて安心したのを覚えてるわ」
「……行方不明になった子の親御さんは、そうはいかなかったでしょうね?」
「そりゃもう、公開捜査になってから、報道陣が吉永さんの家に押しかけてきて、辰男さんが追い払ってたみたいだけど……沙也加ちゃんが行方不明になって、一月でお母さんは家を出たみたい。彼女は嫌がったらしいけど、お父さんが『村から離れた方が良い』、って説得したみたい」
「事件後に、お母さんに会いましたか?」
「いいえ、お父さんは一年後に、『東京に帰ります、お騒がせしました』、って挨拶に来て、私、泣いちゃった」
「学校の方はどうでしたか? 教師の方々も大変だったでしょう?」
「……今だから言うけど、警察は教師の琢真くんを疑ってたみたい。結局、川に落ちた事故、と発表したけど――」
「疑われた方は、事件後も肩身が狭かったのでは?」
「ええ、だって校長の息子さんでしょ。本人は、学校から去るつもりだったけど、事件後も教師を続けられたのは、子供たちが説得したからだと聞いたわ」
「そんなに子供に人気の教師だったんですか?」
「うーん、側からは、そんな感じには見えなかったけどね。あの子、暗かったし。ただ、子供たちの演劇の手伝いしてたから、それでかもって、彼のお父さんが言ってたわ」
「事件当時も、隣町に演劇の小道具を持っていってたらしいですね」
「ええ。それも子供が一緒に乗ってたのよ。警察は私の証言も、子供の話も信じないの。警察ってそいうものなの?」
「ハハハ、警察はなんでも疑うんですよ。それで、事件後も子供たちは教師と仲良くしてたんですか?」
「そうなんじゃない。学校の中でのことは知らないし、外で一緒にいるのは見なかったわ」
「彼は今、どうしているんでしょう?」
「さあ、村から出っていてからは知らないわ」
「伯父さんは子供たちとどうでした?」
「仲良さそうだったけど。ほら、子供って制服とか好きだから」
「伯父さんが子供の事をなにか言ってませんでしたか?」
「うーん……やんちゃな子が多かったから、心配はしてたけど。まぁ、沙也加ちゃんの事があったから余計に気を付けてたのかも――」
「その子の同級生の家族で、村に残っているのは岸本家だけらしいですね」
「――ああ、そうかもね。この村もどんどん寂れていくし、若い人は都会に引っ越したほうがいいわよね」
彼女は遠い目で、店の中から、村を見ている。
十九年前、ここから見える店先に、吉永沙也加もいただろう。
「岸本家の方は、今、ご在宅でしょうか?」
「まだいると思うけど。奥さんは昼前からパートに行ってるみたい」
彼女からは必要な話を聞けた。進平家に向かおう。
私は彼女から、供述書を受け取ると、礼を言って店を出た。
車に乗ると、地図で岸本家の場所を確認し、車を走らせた。
岸本家にはすぐに着いた。
車から降り、周囲を見渡すが。空き家が多いのか、家の数のわりに、生活感をあまり感じない。
私は岸本家のチャイムを押した。
「はーい」
家の中から女性の声が聞こえた。
「あら、どちら様?」
「私、芳賀辰夫の甥で、芳賀誠と言います。葬儀では、村の皆にご協力いただき、ありがとうございました」
「あら、お礼なんていいのに。わざわざすみません」
「それと、せっかくなので、村の皆さんに、伯父さんの思い出を、聞いて回ってるのですが、よろしいですか?」
「えーと……いきなり言われても――」
「今、お忙しいですか?」
「いえ、けど、私なんかでよろしいのかしら?」
「他のお宅で聞いた話では、こちらのお子さんとも交流があったとか――」
「……ええ、確かに進平は辰男さんに、大変お世話になりました。そういった話でよければ……」
彼女は薄い笑顔で言った。目じりや口元に深いしわが見える。
「是非とも!」
事件前後の子供の話は聞いておきたい。
家の中に入ると、古い家ながら、綺麗に掃除されている。だが、壁や柱にはラクガキやキャクターシールが残っている。子供の思い出を残しているのだろう。
居間に入ると、掘り炬燵が迎え入れてくれた。
私と彼女は堀に足を下ろし、向かい合った。
「辰男さんがいなくなって、村も寂しくなるわ」
「伯父さんは子供たちとも、よく交流していたようですね」
「……まぁ、進平は出来の悪い子だったから、ずいぶんご迷惑をおかけいたしました」
「たとえばどんな事がありました?」
「我が子の事で、お恥ずかしい話ですけど……看板に落書きしたり、窓ガラスを割ったり……村の中の事は辰男さんが対応してくれるから、私も安心できたけど、もし辰男さんが居なかったら、私の手にはおえなかったかも――」
「……彼一人でやってたのですか? 友達と一緒になにかしたりは、ありませんでしたか?」
「たまに、亀山さんのとこの子があの子に付き合わされて、辰男さんに怒られてたけど……それくらいかしら」
なんとなく歯切れの悪さを感じる。他人の子の事を悪く言うのを、避けようとしているのだろうか――。
「十九年前に行方不明になった子がいたそうですね。その子とも仲は良かったですか」
「……沙也加ちゃんね。あの子とは仲が良かったみたい。少なくとも行方不明前は――」
「どういう事ですか?」
「いや……大した事じゃなくて。吉永さんが引っ越してきてから、いつも家で沙也加ちゃんの話をしてたのに、あれ以来話さなくなったのよ。それだけショックだったのかもね」
「事件直前までは話してたんですね?」
「多分ね。ずいぶん前の事だから、覚えてないわ」
「……小学校卒業後は村から出て行ったとか?」
「ええ、あの子には寮生活の方がいいでしょうしね」
「その後は、村に帰らずですか?」
「そうよ。正月くらい、帰ってくればいいのにね」
「息子さんの同級生の事は、ご存知ですか?」
「ええ、みんな幼なじみで、小さい頃から一緒に遊んでたわ。その子たちも、中学からは寮生活だったわ」
「今、それぞれどうしてるかご存知ですか?」
「えーと……小森さんのとこの子は、東京で音楽関係の仕事してるって聞いたわ。桑原さんの子は、弁護士になったとか凄いわよね。あらやだ、貴方も警視らしいわね。辰男さんが凄いって言ってたわ」
「はぁ、まぁ……他の子の事は覚えてますか?」
「えーと……剣持さんのとこは、スポーツ選手をやってるわ。陸上選手よ。亀山さんの子は、教師をしてるらしいけど……進平なら詳しいでしょうけど」
弁護士にスポーツ選手……足取りは掴めそうだ。
「その、進平さんは、どうしてるんです?」
「それがよく分からないのよ。東京にいると思うけど、なんの仕事をしてるのか……連絡も無いし――」
「【親の心子知らず】ですか」
「まぁ、【便りがないのが無事の知らせ】、警察にお世話になってないならいいのよ」
彼女はどこか諦めたような顔でため息をついた。
「進平君の進学先はご存知ですよね?」
「ええ、高校は関東だったわ。けど、卒業後、進学したのか、就職したのか分からないの。困った子よね」
「高校名は覚えてますか?」
「いいえ……なぜ?」
「いえ、知ってる高校かと思って――」
子供たちの事で聞けそうなのはこんなところか――。
「進平君が小学校に通っていた頃の、教師の方が今、どうしているかご存知ですか?」
「確か、担任だった根本先生は、結婚して村を出ていったわ。それと、長田琢真さん。友達に彼の親戚がいるから、聞いたんだけど……彼、自殺したらしいわ」
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「えっ!! 自殺ですか!? いつの事です?」
「十年ほど前の事よ。校長のお父さんが亡くなって、教師を辞めて、村を離れて東京に行ってからよ……」
長田琢真は当時の本ボシだった人物だ。話しを聞きたかったが――。
「彼には親しい人がいたんでしょうか?」
「結婚はしてなかったらしいけど……」
「そうですか……よろしければ、親戚のお友達の連絡先を教えてもらえますか?」
かなり踏み込んだ要求だった。彼女の顔からも、困惑の色が見える。
「どうしてそこまでする、必要があるのかしら?」
行方不明事件の事をぼかしながら、話しを聞いてきたので、彼女はこちらの質問の意図が分からない。
子供が当事者、と言っていい立場の彼女にとって、部外者が、興味本位で、事件の事を調べるのは、好ましい事ではないだろう。
しかし、これ以上、誤魔化しながら聞くのは、不信感を与えるだけだ。
「一つは、伯父さんが十九年前の事件が未解決で終わったことを、悔やんでいたからです。もう一つは、私は子供の頃、夏休みの度に村に遊びに来ました。私にとって子供の頃の思い出の場所で、子供が行方不明になり、今も真相が解明されていないのは、無視できないのです」
臭いセリフだったかもしれない。【鬼子】の事を調べている、とは言えないので仕方ない。
「……沙也加ちゃんは川に落ちて死んだのよ。何を調べるって言うの?」
「遺体は発見されていません。川には痕跡もなかったようです」
「それは警察が見つけられなかっただけでしょ」
「……貴女も当時、川に落ちたのだと思いましたか?」
「どういう意味?」
「警察は長田琢真の事を疑っていたようですが……」
彼女の顔は険しくなっていく。明確に拒絶の意思が見える。
「それも警察が無実と判断しました。私はあの事故とは無関係です。話すことなんてありません」
やはり踏み込み過ぎたようだ。これ以上は話しを聞けないだろう――。
私は手帳を懐にしまった。
「お話し聞かせていただいてありがとうございました。朝早くから、お邪魔して申し訳ございませんでした」
私は頭を下げて、立ち上がり、居間から玄関に向かった。
彼女は座ったままで、見送りはしなかった。
車の中に入り、エンジンをかけると、頭の中を整理した。
彼女の反応は過敏だったような気がする。川に落ちた事故、ということに強いこだわりを持っているようにも感じた。だが、当時の警察の調査に、不快感を感じたからかもしれない。
しかし、長田琢真が自殺していたとは……。こちらも十年近く前の事らしい、調べるのは簡単ではないだろう。
私は腕時計を確認した。昼まで時間がある。学校前から当時の足取りを再現する時間はありそうだ。
私は車を学校に走らせた。
小川村小学校は築五十年ほどの木造小学校だ。二年前に廃校になったらしいが、現在では地域の活動に利用しているとか。建物はそれほど傷んではない、校庭は雑草まみれだが、門は閉ざされていて、中には入れない。
(校舎から校門までの見晴らしは悪くない。吉永沙也加が下校するのを、確認するのに問題はなさそうだ)
私は地図で、当時の吉永沙也加の帰り道を確認しながら歩いていく。
「ケケケケケケ」
蝉の声と風の音が聞こえるこの道を歩いていると、気持ちが子供の時分に戻っていく。
だが、今は感傷にふけっている時ではない。この道を今更歩いたところで、何かが見つかるわけではないが、歩いてみないことには、当時の事を想像するのが難しい。
吉永沙也加が歩き、そして、伯父さんも何度となく歩いただろう。
学校からの坂を下ると、道は二股に分かれる。
左に少し行けば、橋がかかっている。それを通り過ぎると、山の麓にある墓地がある。叔父さんもそこに納骨されるのだろう。
橋を渡れば、隣町への道に出ることができる。
事件当時、長田琢真が車で隣町へ向かった道だ。
右の道が、吉永沙也加が歩いた道だ。私は川に沿った、右の道を歩く。
橋の下から七十メートルほど上流は、勾配が急になっていて、段差ができている。その前には魚道が見える。
(そうか……舟の可能性もあったか。だが、あれでは舟で下流に向かうのは無理だ……)
学校を出てから、道沿いにある建物は、倉庫などで民家はなく、吉永沙也加の目撃者が少ないことの、説得力を感じさせる。
十分ほど歩くと、二股の道に出た。少し前に車を置いていた場所だ。左に高木雑貨店。道を挟んで右に山崎商店。左の道の先が叔父さんと叔母さんの家だ。
子供たちは先に高木雑貨店、その後、山崎商店に向かったようだ。手帳で確認すると、吉永沙也加は行方不明前、ここに三十分ほどいた。その後、吉永家に向かった。家は右の山崎商店の先にある。
ここで吉永沙也加を目撃した大人は、通行人も含めて、五人以上いたようだ。
村の中では、唯一の日用品を売る商店があるので、この辺りの人通りは多いほうだろう。と言っても、吉永沙也加と子供たちが、店から出て家に向かうのを、見た大人はいない。誰か大人一人でも彼らと一緒に帰っていれば、事件の真相に迫れたかもしれなかったが――。
右の道を進むと、すぐに別れ道がある。
片方は、山道への道路で、隣県へと続いている。伯母さんの話しでは、別に通りやすい道が作られ、この道を使う人は少ない。
もう片方は村の奥へと続く道だ。川に沿う形で、田畑があるが、放置され、荒れ果てている畑も多い。吉永沙也加の家はこの先にある。十分ほど歩くと、道は二股に分かれた。
地図では左が山の麓に沿った道で、この道は農道に繋がっている。農道の先は村の中心部、同級生の家があり、その先は山崎書店の裏側に出る。ただし、ここと農道の間は、車が通れる道幅ではない。
ここから大きな畑がいくつか見える。手入れされてないものもある。
岸本家の祖父、岸本幸治が、子供たちを目撃したのは、あの場所からだろう。見晴らしは木が邪魔をしてよくない。子供を見たのは、子供たちが農道を歩いている、ところだったのだろう。
右が吉永家に向かう道。この先は吉永家以外の、建物や畑は無い。つまり、この道を通るのは、吉永家に用のあるものだけだ。
道には、木の枝や石が散乱している。今では誰も使わない道のようだ。
道を進むと、大きな門が現れた。門の隙間から見た家は、洋風の二階建ての家だ。玄関の上に、突き出した、二階のテラスが、裕福なものが住む家だと、主張しているように感じる。
庭も広そうだが、背の高い雑草に覆われて、全容は分からない。
家の周りには黒い鉄の柵が設置されている。柵には植物の蔦が張り付いて、柵の形が確認できないほどだ。吉永沙也加は、この家に帰ろうとして、消息を断ったのか――。
私は、十九年の歳月を感じさせる家を、目に焼き付けて、その場を後にした。
沙也加ちゃんとはすぐに仲良くなれた。
彼女は都会から来たことも、家が金持ちなのも自慢しなかった。
遊びに誘っても、「私、体が弱いから、皆の迷惑にならない?」、と言って遠慮がちにしている。
彼女の困り顔をみると心が悲しくなる。
「俺がいるから大丈夫! いいから行こう!」
進平が無神経に沙也加ちゃんの手を引き、遊びに誘う。
彼女は少し困惑気味に笑う。
沙也加ちゃんの大きな家は、玄関も大きい。玄関の奥で、沙也加ちゃんのお母さんがこっちを見てる。遠くて表情はハッキリ分からないけど、笑顔に見える。
昨日の晩御飯の時お母さんが言ってたけど、沙也加ちゃん、都会では病気がちであまり学校に行けなくて、クラスメイトと上手くいかなくなったって。沙也加ちゃんのお母さん、ここの学校で上手くいくか心配してたから一緒に遊んであげてって、お母さん言ってたけど、人の都合なんか考えない自分勝手な進平がいるから、沙也加ちゃんは望んでも一人にはなれないんじゃないかな。
彼女は外に出るとき必ずつばの広い白い帽子をかぶり、日傘を持っていく、白い傘の端っこにレースの付いたオシャレな日傘。私には似合わないし、必要ない。だって私は会った大人に「太陽みたいな子ね」と必ず言われるほど元気いっぱいなんだもん。
広い庭を色とりどりの花に、見送られながら、三人で遊びに行く。
沙也加ちゃんを連れて三人で公園に行くと、豊くんと勉くんが大きな本を広げて見ていた。
「なに見てるの?」
「魚の捕まえ方!」
「網や竹のかごの作り方がのってるんだ」
「へー、面白そう、やってみようぜ」
五人で公園のベンチに座って、道具をどこで集めるか、どこで作るか話し合った。
もうすぐ水の冷たさが気持ちよくなる頃だ。進平は水遊びが好きだ。私も好きだけど。毎年川でどっちが泳ぐのが早いか競走する。
沙也加ちゃんは泳げるのだろうか?
きっと可愛い水着を着るんだろうな。




