一章 葬儀の夜
1
「ケケケケケ」
車から降りると蝉の声が出迎えた。朝は聞こえなかったと思うが、それどころではなく耳に入らなかったのかもしれない。
「誠君、今日はありがとうね」
伯母さんが家の鍵を開けながら言った。
「気にしないでください」
車の後部座席に乗っていた四人の親戚も、車から降りると口々に私にお礼を言ってきた。
「大きな車で助かったわ」
「あそこの火葬場、小さいから、沢山の車で行けないものね」
一人は紫色の風呂敷に包まれた骨箱を持っている。骨壷の中には伯父さんの遺灰が入っている。
芳賀辰男、私の父の兄だ。この小川村の駐在所に勤務していた警察官だった。定年後も警察の仕事を手伝っていたらしく、今年も年が明けてすぐの頃は、交通整理などを手伝っていたらしい。
春先に体調を崩し、病院で診断の結果、癌を告知された。その後は自宅で療養していたが、二日前に亡くなった。
伯母さんが家の扉を開けると、骨箱を受け取り、家の中に入っていく。私たちもそれに続く。
家の中に入り、伯父さんの遺影が飾られた、後飾り祭壇に骨箱を置くと、伯母さんは手を合わせた。
それが終わると、それが合図だったように女性たちは世間話に花を咲かせた。
「誠君がこれてよかったわ。仕事は忙しいんでしょ?」
「まぁ……たまたま予定がなかったので――」
警視庁で警視として働いている都合上、簡単には仕事を休めない。伯父さんの容態が悪い事を聞いて、一度会いに行きたいと思っていたが、四月、五月と事件が止まることなく起きて、家に帰る時間もないほどの忙しさだった。やっと一息付けると思ったところで、伯父さんの訃報が届いた。
上司に事情を話すと、快く葬儀への参加を認めてくれた。手がけている事件が途切れたのもあるだろう。
「へー、そんなこともあるのね。辰男さんもそうだったの?」
「あははは、あの人に非番なんてなかったわ。だって、退職後も頼まれてもないのに、手伝いに行ってたのよ」
「アハハハ、亭主元気で留守がいいってやつね」
「ほんと、ほんと。癌になってから、家でしょぼくれちゃって……こっちも気を使って、大変だったわ」
「誠君はそうなっちゃダメよ、まだ結婚してないんだから。彼女を大切にしなさいよ」
「はぁ……」
私は居心地の悪さから部屋を後にした。火葬場でも「結婚はまだか?」、「いい人はいないのか?」と散々標的にされた。母がいないからまだましだった。父と母はインフルエンザで寝込んでいて伯父の葬儀に参加できなかった。父は、「兄さんの呪いだ、お前は可愛がられたから無事なんだ」、と軽口を叩いていたからそれほど重い病態ではなさそうだった。
玄関先を見ると、男性陣がタバコを咥え、こちらも世間話だ。皆、私より年上だ。警察官の自分がいてはできない話もあるだろう、家の奥に足を向ける。
廊下から窓越しに庭を見る。蝉の声が聞こえる、もうすぐ夏だ。この縁側に座って、スイカを食べたりしたな……。
私は掃き出し窓を開け、縁側に座る。心地よい風が吹いている。庭の紫陽花や南天が風に揺れる。伯父さんと伯母さんは花があまり好きではなかったようで、他に庭にあるのは盆栽が二つほどだ。
犬を飼っていたらしいが、三年ほど前に死んでしまったらしい、犬小屋だけが残っている。
庭を充分堪能し、廊下へと戻った。もう少し時間を潰したい――家の奥へと向かう。
私は奥の部屋に入っていく、そこは伯父さんの書斎だ。子供の頃、この家に泊まるときはこの部屋で寝ていた。
書斎は子供の頃からさほど変わりはないように見えた。ただ、和室の畳はきれいになっているように思えた。買い換えたのだろう。壁には賞状が吊るされている。ほとんどは伯父さんが警察官の時に貰ったものだった。
私は畳に仰向けで寝ころんだ。
夏休みはよくここに泊まりに来ていた。川や森がすぐ近くで、カブトムシ、ホタル、小魚、シカやウサギを見れることもあった。伯父さんは非番の日には遊びに付き合ってくれた。
私の一番強く記憶に残っている伯父さんの姿は、警官の制服を着ている時だ。夏祭りの警備をしている時に、酔っぱらいの喧嘩を止めていた。いつもの優しい伯父さんではなく、すごい剣幕で二人の大人の間に入って、喧嘩を止めていた。あの姿を追いかけるように自分は警察官になった。
私が「大人になったら警察官になる」と言うと、伯父さんに「誠なら警視総監になれる」と言われ、それ以来、自分の目標は警視総監になった。
もっとも、キャリアで入った警察は、自分のしたかったことなのかと、今になって思い悩んでいる。警視になり、捜査二課でこなしている仕事は自分がなりたかった警官の姿とは違っている。
だからといって立場と責任を投げ出し、交番勤務したいと言いうわけにもいかないし、周りは認めないだろう。
畳から起き上がり、改めて部屋を見渡した。
伯父さんの机には一冊のノートが置かれている。
私は座椅子に座り、そのノートを手に取ると、それは日記だった。伯父さんの近況を知れると思ったが、予想外にその日記の表紙には「昭和四十一年」の文字が入っていた。
十九年も前の日記をなぜ読んでいたんだろう? 死期が近いことを感じて、昔を懐かしんでいたのだろうか……。
私は日記を手に取り、開いてみた。日記は一ページを四分割し、その中をさらに三分割していた。
一番上に日付、その下が警官業務の記録、その下に備考欄がある。つまり、一ページで四日分だ。
村で起こった出来事の記録が書かれていたが、ほとんどが異常なしで、たまに事故や落とし物が書かれているだけ、ほとんどが空白だった。
むしろ直接仕事とは関係ない、備考欄に自然の移り変わりや、村人との交流のほうが多く書かれている。
伯父さんはこの村が好きだった。村の端から端まで毎日パトロールをしていたが、伯父さんにとっては、かけがえのない大切な時間だったであろうことが、この日記から読み取れる。
私はパラパラとページをめくっていく、するとその途中で手が止まる。なぜかというと、ページを埋め尽くさんばかりに文字がぎっしり書かれていたからだ。筆跡は今までと違って荒く、急いで書いたように見えた。
冒頭に書かれていた内容を見て、思わず息を呑んだ。
――九月十二日 一七時に吉永昌子から通報。娘の沙也加(十歳)が行方不明――
知らなかった――昭和四十一年にこの村で子供が行方不明になっていた。私が最後にこの村に遊びに来たのは十二歳の時だから――昭和三十七年だ。
中学生になってからは夏休みは塾通いだった。私の実家から小川村までは電車を乗り継いで、丸一日かかる。往復で二日だ。日本最難関の子国立大学受験合格を目標にし、勉学に勤しんでいた自分にはその時間が取れなかった。
私は仕事の書類を読むように、日記を読んだ。
伯父さんと所轄から応援に来た警官たちの懸命の捜査も、子供の発見には至っていない。
ページをめくり翌日の内容を確認する。翌日も走り書きの文字で埋め尽くされていた。
付近での遺留品探し、目撃者の捜索。村の住民全員に話を聞いた事も書かれていた。それでも子供の行方を示す、手掛かり一つ見つかっていない。
行方不明から二日後には誘拐の線で捜査が進んでいた。しかし、捜査に進展がないことが書かれている。
その後も、まったく成果の出ない捜査の結果だけが書かれている。伯父さんの嘆きともボヤキともとれる、言葉もチラホラと現れ始めた。そこから伯父さんの焦燥が見て取れる。
私はこの事件記録に魅かれ、脳は次の情報を欲して、文字の海で眼を迅速に走らせる。
ページをめくり、事件発生から六日後の記録を見た瞬間に私の眼は止まった。
そこに書かれていることが何のことか脳が理解できなかったのだ。
今までの事件記録とは一線を画す異常さが隠すことなく書かれている。
――九月十八日 鬼子を見た――
2
【鬼子】――この言葉はいったい何を指して書いたのだろう?
九月十八日には他の記述が無い。伯父さんがよほどの衝撃を受けたのは震える筆跡からも感じられる。
九月十九日を確認すると、行方不明事件以前の落ち着いた筆跡に戻り、捜査の結果も淡白に感じられる。
事件発生後の日記は一日一ページを使って、捜査記録が詳細に書かれていた。だが、九月十九日以降は、元の一ページ四日の形に戻っていた。文章も、事件発生直後の伯父さんの感情が感じられるものではなくなっていた。
その後の日付も確認すると、九月二十三日に捜査が縮小。月末には捜査本部が解散していた。
吉永沙也加行方不明事件は水難事故として処理され、吉永沙也加は発見されず、未解決で捜査を終えたようだ。
日記を最後まで読んだが、捜査本部の解散以降は、事件に関係する記述はほとんど見当たらなかった。
――おかしい、村の子供が行方不明になっているのに、伯父さんが捜査を止めるだろうか? たとえ捜査本部が解散しても、自分一人で捜索を続けそうなものだが――。
最後のページから日記をめくりなおし、九月十八日の日付のページをもう一度開いた。
――九月十八日 鬼子を見た――
――伯父さんの心境が変化したのはこれが原因に思えてならない。伯父さんは何を見たのだろう――。
私は日記を手に持ち、立ち上がると書斎から出た。居間からは先ほどと変わらずしゃべり声が聞こえてくる。
腕時計の時刻を確認すると、午後四時前だった。
今夜この家に泊まるのは私だけだ。夜は家主の伯母さんと二人きりになる。伯母さんは私以外の晩御飯の用意はしていない、夕方には親族たちは帰宅の途につくだろう。伯母さんに日記の事を聞くのはその後でいい。
私は書斎に戻り、日記を机の元の位置に置いた。親族が帰るまで、他の日記を読んでいようか――他の日記も残しているはずだ。
伯父さんの書斎を捜索し、押し入れの中にしまわれた、段ボールの中に、日記の山が入っているのを見つけた。
行方不明事件が起こったのが昭和四十一年の九月だ。日記の表紙を確認し、その一つ前の年の一冊と、その後の年の全ての日記を段ボールから取り出した。
座椅子に座り、事後の日記から読んでいく。日記は一冊が紙四十枚、八十ページだ。それが、一ページ四日分なので、一冊三百二十日分になる。
事件が起きた昭和四十一年時、伯父さんは五十六歳だ。確か伯父さんは六十五歳で退職したはずだから、昭和五十年の日記までは警官としての記録が書かれているはずだ。ただ、日記は亡くなる直前まで付けていたようで、去年、昭和五十九年と書かれている表紙もあった。
私は表紙に昭和四十一年~四十二年と書かれた日記をめくり始めた。
やはり内容は変わらず、村での平和な日々が綴られていた。
【鬼子】の言葉が頭に残っているからか、子供に関する記述を見ると目線が止まる。
――十二月十日 豊君が小学校前の凍った道で滑り転倒――
――十二月十五日 進平君が雪だるまを作っていて手が凍傷になる――
――十二月二十日 和歌子ちゃんがクリスマスツリーに使う松ぼっくりを集めていて足をくじく――
――十二月二十二日 勉くんがつららの実験で手に怪我をする――
――十二月三十日 公民館での歌唱大会子供の部で由美ちゃんが優勝――
特にこの五人の名前が出るとそこに書かれている文をしっかりと確認した。
吉永沙也加と同級生、小川村小学校の五年生はこの五人だ。
このうち、進平、勉、和歌子、由美は吉永沙也加を最後に目撃した。
何らかの形で事件に関わっている可能性は高い。
そう思ってしまうのは――【鬼子】、その文字を見たからだろう。そうでなければこの子たちを疑う理由は何もない。
伯父さんの日記の中にも、子供たちを疑った記述は一切なく、事件後も事件前と変わらず交流を続けている。
彼らは【鬼子】と関係がないのだろうか――。
日記を読み続けるが、気になる記述はなく、次の昭和四十二~四十三年の日記でも、子供たちに注目しながら読んだが、やはり当たり障りのない内容だった。
そして、昭和四十三年の日記で吉永沙也加と同級生だった五人は卒業し、中学は村から遠かったのか、全員村を出ていったようだ。
残りの日記を流れるように読み続け、昭和五十九年の日記を読み終えたところで、廊下から私の名前が聞こえた。
「誠君! みんな帰るって!」
私は書斎から出て、玄関へと向かう。
親戚たちはすでに帰り支度を終え、車に乗っている人もいた。
「それじゃ、誠君、元気でね」
「次はうちの旦那の葬儀で会いましょう」
「ははは、あんたの旦那は後二十年は生きそうだけど」
私と伯母さんは、車の音が聞こえなくなるまで、外で見送った。
「ケケケケケケ」
陽気な親戚たちが去って、家に残っているのは私と伯母さん、そして蝉だ。
家に入り、玄関で伯母さんが私に話しかける。
「お夕飯にはまだ早いわね。誠君は何か用事があるの?」
「実は、伯母さんに聞きたいことがあるんです」
「あら、何かしら。私に答えられることだといいけど」
私は伯父さんの書斎に戻り、昭和四十一年の日記を手に持ち、居間へと戻った。
「この日記の事を聞きたいんですが――」
「ふふ、まるで尋問ね」
「そういうわけでは……」
「……その日記はね、辰男さんが亡くなる前に、『俺が死んだ後に書斎の机に置いてくれ』って言い残したものなのよ」
――そうか、やはり伯父さんはこの日記の中に心残りがあったんだ。
きっと【鬼子】だ。
「誠君に見てもらいたくて頼んだのでしょうね。そして、貴方は辰男さんの思惑通り日記を読んだ。警官同士ね」
「伯母さんはこの日記を読みました?」
「いいえ。……そこに何が書かれているかは知らないけど、私が見た辰男さんの姿が真実だから」
「昭和四十一年、子供が行方不明になったのは覚えていますね?」
「ええ、沙也加ちゃんね。可愛らしい子だったわ。彼女なら誰かに攫われても不思議じゃない、皆そう言ったわ」
「事件は未解決になったようですが?」
「ええ、何も見つからなかったのよ……本当に何も……あんなに身も心もすり減らしてたのに――」
伯母さんは当時の伯父さんの姿を思い返している。
「伯母さんはこれが誘拐だと思いますか?」
「うーん……素人の意見だけどいいかしら、刑事さん?」
「どうぞ」
「沙也加ちゃんは体が弱く、引っ込み思案だったわ。一人で山の中に入ったり、水着も着ずに川に近づくような子ではなかったわ。私は誰かが彼女を連れ去ったと思うわ」
「この日記を読むところでは、最終的に川で流された可能性が高い、となっていますが?」
「当時、辰男さんが言っていたことを覚えてるの」
「なんですか?」
「『傘が無いのはおかしい』ってよく言ってわ」
傘――行方不明時に彼女が持っていた日傘のことだろうか。捜索の結果、彼女の遺留品は一つも発見されていない。日傘は最後まで見つからなかったようだ。
川で流されたのなら、川岸に傘が無いのはおかしいと考えたのだろうか。
誘拐なら、犯人が持って行ったことになるが――。
「伯父さんも誘拐だと思っていましたか?」
「うーん、そうね、微妙ね。確か、誘拐するには車を使ったはずだけど、車の痕跡が無いって事だったわ。それで捜査が行き詰ったって」
日記にも車に関する記述が多かった。車の目撃情報を探した結果、逆に車が現場付近に無かった事を証明してしまい、困惑している様子が見て取れた。
「他にこの事件で覚えていることはありますか?」
「……沢山あるけど、誠君が知りたいことは無いと思うな」
「【鬼子】という言葉に思い当たることはありますか?」
「【鬼子】? 知らないわ。歯が生えて産れた赤ん坊の事を鬼子というけど……私たちは子供と縁がなかったし――」
「伯父さんが言ってるのを聞きませんでしたか?」
「無いわ」
「ご協力ありがとうございました。【鬼子】と、この日記の事は誰にも言わないでください」
「ふふ、きっと辰男さんも笑いながら見てるでしょうね」
伯母さんは後飾り祭壇に置かれた遺影を見ながら言った。
伯父さんは私の事情聴取を見て、合格点をくれるだろうか――。
3
伯母さんとの話を終えると、私は風呂に入り、夕食をいただいた。
夕食時の話は、私が遊びに来た時の事ばかりで、行方不明事件の事は話さなかった。
私が小学生の時に作った、竹でできた水鉄砲や竹トンボを持ち出して、昔話に花を咲かせた。
こんなものを二十年近く残していたことに驚くが、伯父さんと伯母さんにとって、大切なこの家の記録だったのだろう。
「伯父さんは僕には子煩悩でしたが、村の子供たちにはどうでしたか?」
「うーん、そうね、どちらかと言うと厳しい感じかしら。子供にも罪や法の事を感じてほしかったのかもね」
「それじゃあ子供たちに嫌われたんじゃないですか?」
「まぁ、一部のやんちゃな子にはね。けど、ルールをしっかり守る礼儀正しい子には好かれてたわ。ほら、子供たちには警察官って悪人を捕まえる、ヒーローだと思われてるから」
「大人には煙たがられますけどね」
「ふふふ、私の友達にも、旦那が警官だって教えると疎遠になった人がいたなー。その人、横領で捕まったの」
「……行方不明になった子供は東京から引っ越してきたようですが、家はどうしたんでしょう?」
「ああ、あの家ね。あれは元々、吉永さんの奥さんの実家だったのよ。奥さんのお父さんは亡くなり、お母さんは都会の病院に入院したらしくてね、空き家だったの。それで沙也加ちゃんが都会の空気が悪いのが原因で喘息になったらしくて、空気がきれいなこの村に引っ越してきたのよ。奥さんの妹さんが隣町に住んでたのも都合が良かったのでしょうけど。よく家に遊びに来てたらしいわ」
「吉永さんの家は離れたところにあったようですね」
「ええ、お庭も大きい家で、柵で囲っていて、門が洋風でオシャレだったわ。奥さんの親御さんがまだ住んでるときに、お邪魔したことがあるわ」
「吉永家は裕福だったようですね」
「ええ。旦那さんは東京で社長をやってたらしいけど、売り払ったらしいわ。この村に引っ越してからは、市にある、友達の会社に勤めてるって言ってたかしら」
営利誘拐、当時の捜査本部はその線に飛びついただろう。
「普段、吉永さんの家の付近には誰も近づかないのでしょうか?」
「そうね、村のはずれにあるし、吉永さんの家で行き止まりだもの」
「彼女の同級生を覚えていますか?」
「ええ、やっぱり気にかけたもの、沙也加ちゃんとも仲良く遊んでたし……」
「同級生の家は吉永さんの家から近いのでしょうか?」
「えーと、豊君の家は遠いけど、他の四人は十分ほどかな」
「いつも、彼女の家の近くで別れていたのでしょうか?」
「そうだったみたいよ。ほら、沙也加ちゃん、体弱いし。夏だったから、気を付けてたんじゃないかな。みんな優しい子だったから」
伯母さんは私が誘拐事件を解決しようと、あの日記を話題に出したと思っている。なので私に伝えられることは無いと言ったのだ。
【鬼子】――私が知りたいのは、この言葉の意味だ。この言葉は、当時の子供たちを指して言った可能性がある。そのことを伯母さんに言及するのは、今は避けるべきだ。伯父さんの日記をみても、事件後も子供たちとは上手くやっていたようだ。伯母さんも同じだろう。それを、【鬼子】と呼ばれていたかもしれないと言っても、否定されるだけだろう。まして、伯父さんがそれを言ったことを知りたくはないだろう。
伯父さんは私にこの日記を託した。私が調べるべきことだ。
夕食を済ませると、伯父さんの書斎で残りの日記に手を伸ばす。
昭和四十一年以降の日記は見終えた。これからは事件発生前から過去に戻って行くことになる。しかし、昭和四十一年の日記では、行方不明になった吉永沙也加は、その年の四月に東京から引っ越してきている。
彼女は引っ越してから半年もたたずに誘拐された、そのことを考えれば、吉永沙也加の誘拐は、東京に住んでいた時のことに原因があるのではないかと捜査本部も疑っていたようだ。
【鬼子】――この言葉を見なければ、私もその線が一番怪しいと思っていただろう。
昭和四十一年以降の日記を見るのは、子供たちの記録を見るためだ。
誰が何をしたか。少しでも手掛かりになるものが、子供たちのことがわかることが書かれていればいいと日記をめくる。
私は日記を思ったより早く読み終えた。他の日記と同じく、ほとんどが空白であった。その上、子供に対する言及が昭和三十九年以前はほとんどなかったのだ。これ以降の日記には、吉永沙也加の同級生以外の子供のことも、頻繁に書かれていたのだが……。
私がここに来なくなったのが昭和三十八年からだ、私が来なくなって寂しくなり、子供の記述が増えたのだろうか。
昭和三十五年の日記を見終えたところで、これ以上過去の日記を見ても無駄だろうと思った。
結局、他の日記からは【鬼子】に関係すると思われる、記述は発見できなかった。
昭和四十一年の日記、これを読み解くことでしか、行方不明事件と【鬼子】を解決することは出来ないようだ。
私は手帳を取り出した。改めて事件の経過を日記で確認しながら手帳に書き記した。
まずは、吉永沙也加を中心に書き出した方がいいだろう。
――事件発生時 昭和四十一年 九月十二日月曜日 晴れ――
――七時三〇分 吉永沙也加が家を出て学校に向かう――
――一五時五〇分 同級生四人と共に下校するのを教師が目撃――
――一六時〇〇分 同級生四人と共に高木雑貨店を訪れる 十五分後店を後にする――
――一六時二〇分 同級生四人と共に山崎商店を訪れる 十分後店を後にする――
――一六時四〇分 同級生四人と別れ、一人で家に向かう――
――一八時〇〇分 吉永沙也加の母親、昌子から駐在所へ通報――
――同時刻 通報を受けた芳賀辰男は、所轄の警察署に連絡し応援を頼む――
――一八時一〇分 芳賀辰男が吉永宅に到着。母親から事情聴取を行い、付近の捜索を始める――
――一八時三〇分 警察署からパトカーが一台、警官二人が捜索に加わる――
伯父さんは一八時一〇分には行方不明の現場付近に到着している。同級生と別れたのが一六時四〇分、一時間三十分が空白の時間だ。子供一人を誘拐するには十分な時間だが――。
次は当時の警察が重視した、車に関する情報だ。
――吉永家の所有する車は一台。七時に吉永悠介が運転し、以後、一八時まで市内にある会社に駐車――
――一五時五〇分以降、村から出た車は、長田琢真が運転する車だけ。小学生の同乗者あり――
――一六時四〇分から一八時一〇分までの間、吉永宅から、隣町に向かう道には、車が通らなかったと、複数人の証言――
吉永宅は村の端にあったらしく、村の外に出る道を通ると、誰かが目撃するはずだ。それは、誰か人が道を通っても、目撃されていたということでもある。
そして、一六時四〇分から一八時一〇分までの間、その道を通った人の中に吉永沙也加はいなかった。彼女が自分の足で歩いて、村から出た可能性は無いだろう。
村には舗装されていない道も多く、車が通ればタイヤ痕が残るはずだが、それが見つからなかった。故にバイクや自転車を使った可能性も否定されている。
事件発生時、捜査本部は、彼女が村の中にいる可能性が高いと判断している。
その判断は正しいように思えるが――彼女は見つからなかった。
4
捜査本部は村の中を徹底的に捜索した結果、吉永沙也加は村の外に連れ出されたと判断した。
遺留品が一つも見つからない以上は、自然な判断だと言える。
警察は状況的に、小学校教師の長田琢真を本ボシだと睨んでいたようだ。
それは、事件発生時刻に車で村を出入りしたのが彼だけだったからだ。
次は長田琢真の行動を書き出そう。
――一五時五〇分 小学五年生児童、亀山豊と車で学校を出る――
――一五時五五分 長田琢真が運転する車が村から出るの複数人が目撃――
――一六時二〇分 隣町の公民館に到着――
――一六時四〇分 公民館から車で出る――
――一七時一〇分 長田琢真が運転する車が村に入るのを複数人が目撃――
――一七時一五分 亀山豊を家に送り届ける――
――一七時五〇分 亀山豊の母親との話を終え、学校に向かう――
――一八時〇〇分 吉永沙也加が行方不明の連絡を受けた、教員が学校から出る時に、長田琢真が車で帰って来た――
警察の検証の結果、学校から隣町の公民館までは、車を飛ばしても二十五分以上はかかるようだ。三十分で到着した彼にはアリバイがあると言っていいだろう。それに、小学生とはいえ同乗者もいる。
不可解なのは、アリバイがあるにもかかわらず、捜査本部が長田琢真への疑いを捨てないことだ。事件発生から二日目以降は彼を本ボシとして、徹底的に彼の周辺を調べている。彼の家の家宅捜索もしたようだ。無論、事件に関係するものは何も見つからなかったようだ。なぜアリバイのある彼を執拗に疑うのか? 日記には書かれていない事情があるのだろうか――。
日記によると長田琢真の父は長田耕治、小川村小学高の校長だったらしい。それが関係するのだろうか?
本格的にこの事件に取り組むなら、この日記だけでは情報が足りない。他の資料を手に入れる必要があるな――。
最後に吉永沙也加の同級生の事をまとめることにした。
吉永沙也加を除いた五年生は以下の五人だ。
――亀山豊 一七時三〇分 長田琢真が運転する車で帰宅――
――岸本進平 一六時五〇分 帰宅――
――桑原勉 一六時五五分 帰宅――
――剣持和歌子 一六時五〇分 帰宅――
――小森由美 一七時〇〇分 帰宅――
日記に出てくる子供の中でも、特に注目した五人だ。全員の家に家族が居て、帰宅時間を覚えていた。
長田琢真の車に乗り、公民館に向かったのは亀山豊。それ以外の四人が、事件当時の放課後、吉永沙也加と一緒にいた。
彼らが一六時四〇分に吉永沙也加と別れた後、彼女を見た人物はいない。それ故に、彼らの証言は非常に重要だ。彼らの証言では、吉永沙也加は別れ際、いつも通りで、どこかに行くことや、誰かに会うことなどを口にはしなかった。
吉永沙也加が彼らと別れた場所は、吉永家への分かれ道で、家まで三分の場所だった。
――一六時四五分 岸本幸治が五年生四人を目撃――
証言者は四人の子供の一人の祖父ではあるが、吉永沙也加と別れた五分後には四人が目撃されている。
そもそも、帰宅時間を考えれば、吉永沙也加と別れた後、直帰したはずだ。
彼らの証言には矛盾が見つからない。子供の証言とはいえ、四人が同じ証言をしたので、警察は彼らの証言を信用した――が。
――【鬼子】――
それが彼らの事を指すのなら、その証言は非常に疑わしくなる。もし、彼らの証言が嘘ならどうなるのか――。
車を目撃したのも、吉永沙也加を目撃したのも大人たちだ。この事件が、車を使った誘拐なら、目撃者全員が嘘の証言をしていることになる。その可能性は無いと言っていいだろう。伯父さんや警察が誰の嘘も見抜けないとは思えない。嘘を付いた人が多すぎる。結局、子供が嘘を付いていても、吉永沙也加が、いつ、何処に、どうやって、村から出たのかが分からない。
伯父さんが、重要な光景を目撃しながら、この事件を解決できなかったのは、それが理由ではないだろうか。
私がこの事件に取り組むなら、当時の警察とは別の視点を持つ必要があるだろう――。
気になるところは、一六時三〇分に商店を後にしてから、子供の祖父に目撃される一六時四五分の間。子供たちだけの時間に何があったかを知りたいが――本人たちに聞かない限りは分からないだろう。
それにしても、十五分――四人の子供たちが吉永沙也加へ何かをするのに十分な時間だろうか? 現場付近には遺留品や痕跡はないのだ。それを何らかの方法で処分したにしても、吉永沙也加はどうなったのか?
私は日記を閉じて、フーと息を吐いた。頭が熱くなっているのを感じた。時計を見ると日付が変わる直前だった。
今日はもう寝よう。明日は早くから、家を出る必要がある。休暇は明日までだ。本来の予定であれば、早朝から東京に向かい、夕方には本庁へ顔を出す予定だったが、村を出るのは昼過ぎになるだろう。
上司には「ゆっくり休んで来い」と言われたが、これでは休日返上の有様だ。
電気を消し、布団にもぐり込むと、目を閉じ、子供の頃、この村を走り回っていた時の事を思い返す。当時の村の地図を頭の中に描いていると、眠ってしまった。
「リリリリリリ」
虫の声が心地よい子守歌だった。
まだ校庭に桜の花びらが残る頃に彼女はやって来た。
「新学期に五年生の転校生がやってくる」、そんな噂が春休みに流れた。
家に転校生の親が引っ越しの挨拶に来たって言う子もいた。
だけど、ワクワクするみんなの気持ちを裏切るように、転校生は現れず、いつもの五人で授業を受けていた。
彼女は体が弱く、体調を崩して、今日まで登校できなかったみたい。
おかげで、春休みが明けてから、今日までいつ来るのかとソワソワして、みんな授業に身が入らない。
始業のチャイムが鳴り、椅子に座る全員に落ち着きがない。
いつもは先生が教室に来るまで、椅子に座らない進平くんも、背筋を伸ばして椅子に座っている。
ガラガラと音を立て、教室の扉が開く、みんなの注目がそこに集まる。
根本先生にいざなわれ、教室に入って来た彼女の姿を見て五年生のみんなは息をのんだ。
雪のように白い肌、目は大きくパッチリ、まつげは長く、長袖の白いワンピースを着た彼女は高価なお人形に見えた。
手にはつばの広い白い帽子。白色が大好きなのかな。私はカラフルなのが好きだけどなー。
「今日から、五年生に新しい仲間が参加します」
根本先生の声はいつもと違って、少し芝居かかっている。
「吉永沙也加です。東京から引っ越してきました。これから仲良くしてください」
そう言ってペコリとお辞儀した。
声は弱々しいけどガラスのように透き通っていて、目をつぶっていても彼女の姿が浮かぶ、容姿そのままの声だ。
五年生のみんなは拍手で彼女を迎えた。
彼女の声に負けぬほど拍手も目つぶった状態で誰の拍手か分かるほどみんな特徴的だ。
力強く手のひら同士をぶつけ合い、近くで聞けば耳が痛くなるような破裂音を響かせるのは進平くん。
少し不器用ながらも、必死さが伝わる拍手の和歌子ちゃん。
規則正しく、音が大きくならないように力をおさえて叩く勉くん。
彼女に見惚れているのか気の抜けたようにぱちんぱちんとただ手を合わせるだけの豊くん。
彼女はどんな拍手をするんだろう。私は昨日初めてラジオで聴いた、わりとイイ線いってる曲のリズムで拍手する。
教卓の前で、はにかむ彼女はまるで舞台の上で観客から喝さいを浴びる女優のようだった。




