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一ヶ月の雇い月  作者: 千早 朔
第八章

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第三十三話


「彼女、けっこういい仕事してるでしょ」

「ああ。おかげて抜けた『穴』の影響は、最小限に済んでいるな」

「ああ……あの人か」


 ライバル会社と通じていた、哀れな男。


「別にそこまで興味はないんだけど、どうなったの?」

「一旦様子を見ようと課長に上げる事なく、一社員として据え置いていたんだがな。余程ショックだったらしく、使い物にならなくなった。今は、庶務についている」

「そう……」


 あっちは正しく自業自得だ。首を切られなかっただけでも、幸いな結末だろう。

 下手に刺激して記憶を取り戻されても厄介だと、結月は返事を書かない代わりに、礼を告げて欲しいと頼んだ。

 仁志は快く請け負ってくれたが、よくよく考えたら社長自ら礼を伝えにいっては、気弱な彼女が恐縮しそうだと、やっぱり逸見に伝えてもらうよう依頼を変更した。

 少し不満そうだったが、一応頷いてくれたので、大丈夫だろう。


 着替えた仁志と食事をとり、まったりとした時間を過ごして、順に風呂に入る。

 自然と与えられる穏やかな時間に結月はすっかり気を抜いていたが、いざ寝室へと踏み入れて、はっと気を引き締めた。


(そうだった。すっかり忘れていた)


 後から踏み入れた仁志によって、パタリと部屋の扉が閉められる。

 若干、過剰反応気味に肩が跳ねてしまったが、正直確実に、結月の方が場数は踏んでいる。

 というか、おそらく仁志は『男』を相手にするのは、初めてだろう。


(ここはっ、おれが頑張らないと……!)


 妙な使命感にかられ、結月はいそいそとベッドに乗り上げた。

 仁志は先程から扉の前で佇み、先に進んでこない。挙動不審な結月を観察しているのだろう。

 届く視線を身に感じながら、結月は布団の上に正座をし、ちょんと手をついて頭を下げた。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」

「……出迎えの時といい、お前のその妙な知識は誰に吹きこまれたんだ?」

「いや、吹きこまれたってワケじゃないけど……自然と?」

「そんな不自然な自然があってたまるか」


 呆れたように言う仁志は遠い目をしながら歩を進め、ベッドマットの端にギシリと腰掛けた。反動で揺れた身体に、結月の心臓がドクリと跳ねる。

 見つめる仁志の手が伸びてくる様をスローモーションのように感じながら、緊張に喚き立てる鼓動を耳に、結月はギュッと目を閉じた。

 軽く肩に触れた掌が、優しく結月を押し倒す。


(っ、とうとう……!)


「寝ろ」

「…………え?」


 衝撃に、聞き間違いかと結月が目を開くと、ふかふかの掛け布団をかけられた。パチリとサイドボードの電灯を消した仁志が隣に転がる。

 近い顔に鼓動が強くなる。だが狼狽しながら見つめ続けても、瞼を下ろした仁志は本当に寝る体制に入っているようだ。


「……しないの?」


 揺れる声で呟くと、仁志が仕方なそうに目を開く。見上げる結月の顔を捉えると、苦笑を浮かべて頭を撫でてきた。


「してほしいのか?」

「そ、いう、わけじゃないけど……」

「なら、寝ろ。……やっと手に入れたんだ、大事にさせろ」


(……ズルい)


 そんな風に言われては、何も言えなくなってしまう。

 結月の沈黙を納得ととったのか、仁志は再び目を閉じると、穏やかな呼吸を繰り返す。

 本当に。本当に、触れないままでいいんだ。

 胸の奥にチリリとくすぶったむず痒さ。頬に熱が集中する。その顔を見られないようにと結月は顔の半分までを布団に隠して、暫くしてから、ソロリと仁志を見上げた。

 あの日と同じように近くで見る寝顔も、関係が変わった今では、哀しさよりも愛おしさがこみ上げてくる。


 そっと、結月は布団から上体を伸ばし、眠る彼の頬に唇を落とした。

 瞬間、開かれた双眸が、悪戯を見つけたと言わんばかりに愉しげに細まる。


「……結月」

「っ、ごめんって」

「違う。言っただろう? するなら口にしろ」

「!」


 言った仁志は「やり直しだ」と、再び瞼を静かに下ろす。


(やり直しって……)


 改めて仕切り直されると、どうにもやり辛い。

 堪らず「なら、そっちからしてよ」と結月が言うも、「それはまた後でな」と目を閉じたまま返される。


(また後でって……後でまたするんだ)


「結月」

「あーもー、わかったよ」


 投げやりに言って覚悟を決めた結月は、がむしゃらに唇を重ねた。

 途端、仁志が小さく吹き出す。何事かと眉を顰めると、「あれだけ積極的だった割には、随分と可愛いキスだな」とクツクツと笑う。

 触れるだけで離れた、幼い戯れを言っているのだろう。

 羞恥にさらに熱が登り、慌てて布団に潜り砦にする。すると、宥めるように布団の上から撫でる掌が往復して、いまだ笑いを噛み殺す声が結月の耳に届いた。


「出てこい、結月。『後で』と言っただろう」

「ヤダ! もーいらない! このまま寝る!」

「拗ねるな」

「拗ねてない!」


 悔しいと思うのに、こんな些細なやり取りも嫌でないから困る。


「結月」

「っ」

「……寂しいから、出てこい」


 強請るような声色につい絆されて、結月がモソモソと目だけを現すと、柔らかなキスが与えられる。

 何度も、何度も。しつこいくらいに触れる唇にいよいよ根負けして、結月がソロリと布団を下ろすと、仁志はやはり掠めるようなキスで唇に触れた。


「……人に文句言った割には、そっちこそカワイーちゅーじゃんか」

「すまん。つい、嬉しくてな。俺は、これでいいと思ってる」

「…………」

「俺達は、初めたばかりだろう? 急ぐことはない。むしろ、お前が段階を踏んでくれているのが、俺にはたまらなく嬉しい」


 言いながら仁志は瞳を蕩けさせる。

 欲ではなく、慈愛に満ちた瞳に捉えられ、結月はたまらず仁志の胸元に顔を押し付けた。


 恥ずかしい。なんて目でみるんだ、この男は。


 ベッドの中での羞恥なんてとっくに捨てたと思っていたのに、どうにもこの男に対しては、ままならない事ばかりだ。

 けれどもこの男はきっと、変わらず「それでいい」と言うのだろう。わかってしまうのが、更に結月をたまらなくさせる。


「……へんなの」


 苦し紛れの悪態にも、仁志が笑んだ気配がする。

 安堵を教える掌が後頭部にまわり、もう一度と促す仕草に、結月はそっと顔を上げた。


「……選んだのは、結月だろう」


 色を濃くした琥珀色の瞳も、穏やかに落とされる声も。

 与えられる甘さも全て、愛おしくて苦しい。


 待つように瞼を閉じた結月の唇に落とされたのは、やはり優しく触れるだけの、骨の髄まで染みこむような、甘い甘いキスだった。



***One month later?⇒***


ご愛読ありがとうございました。

あらすじにも記載していた通り、続きの小話を「一ヶ月後の結び月」として別途投稿しております。※R18作品です


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