9月:みのり
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夜9時過ぎ、私はリビングでドラマを観ていた。評判の良いファンタジーの大長編で、夏休みの途中から見始めたけど、まだぜんぜん終わらない。
「ただいまー」
みのりちゃんが帰ってきた。彼女は私と違って、外でよくお友達と遊ぶので、小遣い稼ぎに週二回アルバイトに出ている。
「「おかえり」」
と私と、例のごとくダイニングで勉強していた一孝が言った。
「ねえ、いぶきちゃん、このあとテレビ使っていい? ゲームしたい」
「あと15分くらいでこの話終わるから、そのあとならいいよ」
「本当に? じゃあ私、先にお風呂入ってくる」
そう言ってみのりちゃんは脱衣所に直行した。
私はドラマを見終わると一孝と自分の分のホットコーヒーを淹れて、風呂上がりのみのりちゃん用にアイスコーヒーを作った。痩せすぎのみのりちゃんのためにガムシロップをたっぷり入れて冷蔵庫に入れた。
私が一孝の横にカップを置こうとすると、その前に彼は
「いつもありがとう」
とノートからまったく目を離さずに言った。
「もっとちゃんと感謝してください」
私が苦情を申し立てると、一孝はペンを置いて私を見上げた。
「いつも本当に感謝してるよ。でも無理して淹れてくれなくてもいいからね」
いつも無理をしているのはどっちだか。
「はい、どういたしまして」
「いやー働いたあとのお風呂はしみるねー」
そこにパジャマに着替えたみのりちゃんが、オジさん臭いことを言いながら戻ってきた。彼女は冷蔵庫の取っ手に手をかけた。
「あ、コーヒーあるじゃん。飲んでいいの?」
「うん。よく混ぜてね」
みのりちゃんはテレビゲームをはじめ、私はすることもないのでそれを横で見ていた。一孝は変わらず勉強だ。
画面では長い剣を持った戦士が、グロテスクなモンスターの攻撃を転がりながら避けていて、隙を見ては斬りかかっていた。
みのりちゃんが下手なのか、ゲームが難しいのか、テレビには頻繁に「GAMEOVER」の文字がおどろおどろしいBGMと共に表示されていた。
「だめだ、終わり終わり」
みのりちゃんはそう言ってゲームの電源を落とすと、残ったアイスコーヒーを一気に飲み干した。溶けかけの氷が、じゃらっと音を立てる。
「このゲームには女の子には難し過ぎる」
「だったらやらなきゃいいのに」
「でも面白いんだよう」
「施設はゲーム取り合いだったもんな」
突然ダイニングから一孝の声が聞こえた。時々驚くけど、一孝は勉強している最中もよく周りの声を聴いていて、たまに会話に入ってくることがある。
「いぶきちゃんもやるー?」
「え、いい」
いまさっき、難し過ぎると言ったのに。それに剣と魔法のファンタジーは終わる気配のないドラマでおなかいっぱいだ。
さて、と一孝は席を立つと律儀にコーヒーカップを洗い始めた。
「俺は聞きたいラジオがあるからそろそろ部屋に戻るよ」
もちろんそのラジオも勉強しながら聞くのだろう。
カップを布巾の上にひっくり返して、一孝は
「じゃあ、おやすみ」
とまだ寝ないくせにそう言って階段を登って行った。
私は彼の背中に
「おやすみ」
と言った。
「いぶきちゃん、これ観よ。最近ハマってるんだー」
みのりちゃんはサブスクのホーム画面をカチャカチャリモコンで動かして、履歴のところから人気の恋愛リアリティーショーを選択した。
「いや、興味ないよ」
恋愛で、リアリティーで、ショーなんて私からもっとも遠いジャンルだ。確かにこの番組のことは学校でも耳にするから、人気なのはそうなんでしょうけど。
「観たら絶対ハマるから」
みのりちゃんはそう言って最新話を再生させた。
「あのね、スポーツだと思ってみるの。いまこの男子が、ボールもってぐんぐん前に来てるから、あとはもうシュートするだけ。それをいけ―! いけー! って応援するの」
スポーツもそんなに観ないんだけどな。と思いながら、自分の付き合いの悪さには思うところがあるので、たまには付き合うことにした。
観ていて思ったのはドラマでもスポーツでも大事なのは感情移入だということだ。私は恋愛に一生懸命な登場人物たちにちっとも感情移入出来なかったし、それを見世物と割り切って楽しむこともできなかった。
みのりちゃんは、わーきゃー言いながら、彼らの恋を応援したり、その言動に憤慨したりしていたが、私はどこまでも他人事の域を出なかった。
「いやー、来週まで待てないねー」
再生が終わって、みのりちゃんはそんなことを言っていたが、私は来週横にはいないと思っていただきたい。
「ねえ、一孝とみのりちゃんってどんな関係?」
私は軽い仕返しのつもりで、みのりちゃんに質問した。
みのりちゃんは、珍しくちょっと嫌そうな顔になった。なんていうか聞き飽きたって感じだ。
「中学は一緒だったから、前はよく聞かれたよ、そうゆうの」
みのりちゃんは言った。
「物心つく前から横にいたやつ。それだけ」
きっと一孝に同じ質問をしても、一言一句同じ返答をしたに違いない。
短い付き合いだけど、私の目に映る彼らは、お互いのことを自分以上に思っていて、大切ななにかを預け合っているみたいだった。
幼馴染というより、もはや半身のような。
だからこそ、二人が恋愛関係に発展するとは思えなかった。最初のころは半信半疑だったけど、今では確信している。
絡み合ってひとつになった二本の木のように、彼らは長い年月をかけて近づきすぎてしまった。
でもそれは永遠じゃない。別々の学校へ行き、別々の人間関係を作り、同じ時を過ごすのはもはやこの家にいるときだけだ。彼らがここを卒業するとき、二人は別々の道を進むだろう。その兆候はすでにある。別々のものを見て、別々の場所へ枝を伸ばし、いづれその枝葉は大きく袂を分かつていく。私とお父さんがそうであったように。永遠に続くものなどないのだ。
彼ら二人は時々、私をそんな儚い気持ちにさせた。
みのりちゃんは言った。
「いぶきちゃんこそどうなのさ。いい人いないの?」
「うちは女子校なので」
「先生とかいるじゃん」
「そんな不毛なことはしません」
「もったいないなー。いぶきちゃんなら選びたい放題じゃん」
みのりちゃんは私がここにいる事情を知らない。それは一孝も、みどりちゃんも同じだ。もしかしたら誰かに聞かされているかも知らないけど、輝美さんも草太さんも春美ちゃんも、わざわざ話さないだろう。隠しているつもりはない。本当はいつかは話したい。もし嫌われてしまったらと思うと怖いけど、私だけ彼らの事情を知っているのは、なんというかフェアじゃない。
『どうして父親と離れて暮らしているの?』
私はいつその質問が来ても答える準備をしている。みのりちゃんがボランティアをしていたことを包み隠さず私に話したように、そのときが来たら、私は彼らに話すつもりだ。包み隠さず、そのすべてを。
「いぶきちゃんに好きな人が出来たら教えてね。私も彼氏が出来たら真っ先に教えるから、それで、振られたら慰めて」
「振られる前提なの?」
みのりちゃんは笑った。
「私そうゆうとこあるからさ」




