9月:返事
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日曜日。
お父さんは少し疲れた顔をしていた。
私たちは一か月ぶりに喫茶店の窓際の席で向かい合った。
輝美さんが忙しそうなので、私は喫茶店の道具を借りて二人分のコーヒーを淹れた。お客さんに出すわけじゃないので許してくれるだろう。
お父さんは久しぶりの「娘が淹れたコーヒー」を、大変ありがたそうに飲んだ。
「いぶきのコーヒーを飲むのは四年ぶりかな」
お父さんは、泣き出すんじゃないかというくらい感慨深く、カップを眺めた。
「豆も器具もぜんぜん違うけどね」
「そうだね。ぜんぜん違う味だ」
とお父さんは言った。
コーヒーサイフォンを買ったんだ。そう言いかけて私は口をつむった。私がどんなコーヒー器具を買って、どれだけおいしいコーヒーを入れても、お父さんはこの家に上がってそれを飲むことができない。言ったところで無駄に羨望を抱かせるだけだ。それに、お父さんも自分も飲みたいとは言わないだろう。そのへんはわきまえているのだ。今度魔法瓶にでも入れて渡してみてもいいかもしれない。
名残惜しそうにコーヒーを飲み干すと、お父さんは言った。
「夏休みはどうだった?」
「みのりちゃんとボランティアしてたよ」
「ボランティア?」
「うん。みのりちゃんと一孝の育った施設でお手伝い。宿題みたり、一緒に遊んだりしてた」
「それは、立派だね。偉いよ。親がいなくても子供は勝手に育つんだね」
お父さんは大層感心した様子だった。
「そんな大袈裟なものじゃないよ。二日に一回くらいしか行ってないし」
「十分偉いよ。きみはあまり外に出ないから、想像もつかなかったな」
それは私も同じだ。私がなんの見返りのない労働に勤しんでいたなんて、自分でもちょっと驚いている。
私は、ボランティアをめぐって起きたみのりちゃんと一孝の喧嘩について、一部始終をお父さんに話した。時間はたっぷりある。
「彼は悔しかったんだろうね」
お父さんはその見解を述べた。
「自分だけ相手の腕の中で保護されているようで、特にその年ごろの男の子は情けなく感じるかもしれない。対等でいたかったんだと思うよ。事前にちゃんと話し合っていれば良かったね」
「そうだね。でも二人とも意外と頑固だから」
「ボランティアもいいけど、友達とはちゃんと遊んだかい?」
「学校の友達とは一回ショッピングモールに買い物に行ったよ、でもそのくらい。わかってると思うけど、友達がいないわけじゃないからね。あまり深く付き合わないってだけ」
「うん。でもお父さんとしてはもう少し遊んでいてほしいな」
あなたのせいでもあるんですよ、と言いたかった。言わないけど。私は華やかな同級生たちを対等に見れない。どこかで冷めて見下したり、逆に自分はこうなれないと見上げることしかできない。そんな自分が嫌になる。だから現在の河野家に、年上しかいないことが、私はとても心地がいい。
「でも、聞いて。みんなで花火行ったよ」
「長良川のかい? それは良かったね」
「うん。浴衣着て、ここから歩いて。下駄で歩くの疲れちゃった。河原まで行ってねみんなでシートの上で。音がすごい近かった」
私はスマホで、みんなで撮った写真を見せた。
浴衣姿の私を見てお父さんは少し安心したみたいだった。
「お父さんは花火見た?」
「マンションから見たよ」
「あそこからも少し見えるもんね」
「そうだね」
「女と一緒に?」
「はは……」
図星のようだ。
「いぶき……」
「出席しますから」
私はまた同じ質問をされる前に言った。
もう何千万回と繰り返したみたいに、この問答に飽き飽きしていた。
「……わかった。決心してくれてありがとう」
お父さんは言った。
だから決心なんて先月もうしたんだってば。
私はうんざりしながら、ようやくいまになって、式への出席が嫌になってきた。
「どんな人なの?」
私はたずねた。べつに聞きたくもなかったけど、自然な流れというやつだ。
「そうだね、お父さんの会社の古い同僚で、お母さんのこともよく知っている人だよ」
「ふーん。人間的には?」
お父さんはもごもごとと口ごもっていた。いい年をして自分の女について語るのは恥ずかしいものなのだろうか。それともお父さんがそうゆうことが苦手なだけか。どちらかといえば後者の気がした。
「明るい人だよ。ちょっと激しいところもあるけど、明るい人かな」
明るいということしかわからなかったけど、お父さんにはそうゆう引っ張って行ってくれる人が合っていると思った。それはお父さんという輪郭が語る、私のお母さんのイメージとも一致していた。
『お母さんに似ているの?』
一番聞きたかった質問を、私はそっと胸にしまった。




