8月:墓参り
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その日、私は久しぶりに学校の制服に着替えて、リビングで輝美さんを待っていた。世間的にはお盆休みに突入し、大人たちも休みに入る。輝美さんは喫茶店の営業をモーニングだけで締め切り、いつもより早く店の鍵を閉めた。毎年恒例になっている私のお母さんへの墓参りに行くためだ。
ちなみにそこにお父さんは同席しない。お父さんとはお母さんの命日に毎年行くことにしているし、輝美さんは私たち親子が命日以外で外で会うことをまだ許していない。二人でなんてもってのほかだ。
例年と違うのは私の隣にみどりちゃんがいることだ。墓地は別々の場所だけど、今日はみどりちゃんの両親の墓参りにも行く予定だった。私にとってお母さんは記憶にほとんどない遠い人だけど、みどりちゃんはお父さんを今年亡くしたばかりだ。本当に私は同席していいの? 別日にしたほうがいいんじゃないの輝美さん? と居心地の悪いものを感じていた。
私も行ってもいいの? みどりちゃんにたずねると、彼女は私の両手を取って
「紹介したいから良かったら一緒に来て」
と言った。責任重大だ。
「おそいね」
「お客さんはけないのかな」
制服姿のみどりちゃんと話していると、階段をドシドシ登ってくる音がした。
「すまん。遅くなったすぐ行こう。着替えてくる」
そう言って輝美さんは急いで部屋に引っ込んでいった。
みどりちゃんは助手席に座って、私は後部座席に座った。隣には昨日のうちに用意しておいた、花や線香や数珠が置いてあった。私は中高一貫のカトリック系の学校に通っているのだけれど、べつに本当にキリスト教徒ではないので、こうゆうときにはやはり仏教の数珠をつける。
「まずはみどりの所から行くぞ」
輝美さんはそう言って、車のエンジンをかけた。車に熱がこもっていたので私たちは窓を開けた。聞きなれた輝美さんの好きな歌が、風にかき消されそうになりながら車内に響いた。
前の座席では二人が音楽の話をしていた。みどりちゃんはお父さんの影響で音楽の趣味が古いので、輝美さんとも話が合う。私は聞きなれないバンド名や曲名を聞き流しながら、スマホを見て時間を潰した。
30分ほど走って車は止まった。
近くの農業施設に車を置かせてもらい、私たちは家と家の隙間にある細い山道を登った。はじめは左右に家々があったが、登っていくにつれて柿畑に囲まれるようになった。山道は急だったが、生い茂る木々がトンネルみたいに頭上を覆ってくれているおかげで、道中は涼しかった。
10分ほど登っただろうか、広場にたどり着いた。広場の入り口には大きな石碑があって、まずはそこに入場を願うように手を合わせた。そこからまた少し登ると、段々畑みたいにお墓が並んでいた。
お盆ということもあって、まばらに人がいた。
突然みどりちゃんは足を速めた。そして、墓参りの道具が入ったバケツを揺らしながら、その墓石の前に立っていた男性の前まで行くと、勢いよく頭を下げた。
「所長さん……みどりの親父さんの上司だ」
輝美さんが教えてくれた。
遠目で見ても恰幅のいい男性だった。夏だというのにスーツに身を包み、頭にはつばの広いハットを被っていた。マフィアの偉い人みたいだ。
「ご無沙汰してます」
みどりちゃんに遅れること、輝美さんもその男性に頭を下げた。
二人が話しているあいだに、みどりちゃんはお墓の掃除を始めた。雑巾をかけ、古いお花を捨てて、菊の花を活けた。それからリュックをごそごそとまさぐり、新品のタバコをひと箱と、タッパーに入った唐揚げを供えた。お父さんの好物なのだろうか、唐揚げは昨日の夕食に出たみどりちゃんのお手製だった。とてもおいしかった。
みどりちゃんはお墓に手を合わせた。
私もそれに倣った。亡くなって間もない人のお墓に手を合わせると、いったいどんな気持ちになるんだろう。
私が手を離した後も、みどりちゃんは随分長いこと手を合わせていた。輝美さんも同じだった。この子を無事育てますと、誓いを立てていたりするのだろうか。
「おじょうちゃん。こいつは上手くやってるか?」
所長さんが私に話しかけてきた。いかつい見た目とは裏腹に、とても穏やかな話し方をする人だった。
私は言った。
「はい。いつも料理を作ってくれます。住人のみんなとも仲良しです」
所長さんは無言でうなずいた。
「あの、よかったら食べてください。冷たいですけど」
お祈りを終えたみどりちゃんが、唐揚げの入ったタッパーを所長さんに差し出した。
所長さんはなにも言わずに、唐揚げに手を伸ばし、素手でつまんで食べはじめた。そのまま感想も言わずに、五つあった唐揚げを次々と平らげた。
次いで所長さんは供えてあったタバコに手を伸ばし、ビニールをはがして箱を開けると、口に一本咥えた。線香用に持ってきていたチャッカマンで火をつけると、大きく息を吸い込む。ところで、みどりちゃんは未成年なのに、どうやってタバコを手に入れたのだろう。彼女は背が高いから、コンビニでもばれなかったのだろうか。
所長さんはタバコの箱を自分のズボンのポケットにねじ込んだ。
まあ、お供えは持って帰るものだし、みどりちゃんが持って帰るのもまずい気がするので、それがいいか。
大きなお寺の裏にある霊園にお母さんのお墓はある。お盆休みと命日の年二回、私はここを訪れる。
広い霊園から、すっかり覚えてしまったお母さんのお墓まで歩いていくと、お墓にはまだ枯れていない花が添えられていた。お墓に供えるにはややカラフルな花々は、きっとお母さんが喜びそうなチョイスなのだろう。どうやら私たちより先にお父さんが来ていたみたいだ。ひょっとしたら婚約者を引き連れて。
お墓はきれいにされていたので掃除はせず、私はお花を供えて、線香に火をつけた。それから三人で並んで手を合わせた。
お母さん。お元気ですか。は違うか。ともかく私は病気もせず元気です。
毎度毎度言っていますが、あなたのことを覚えていなくてごめんなさい。
それから産んでくれてありがとうございます。
お父さんは再婚するみたいですね。その報告を受けたのではないでしょうか。
私は反対しませんが、お母さんも笑って許してくれるのではと想像しています。
河野家に預けられて四年が経ちました。
今年は一気に三人もメンバーが増えました。
一人は隣にいるみどりちゃんです。料理とギターが得意なかっこいい人です。
まだまだ傷心の彼女ですが、私をとてもかわいがってくれます。いい人です。
みのりちゃんと一孝という姉弟みたいな二人も入ってきました。
一孝はいつも勉強ばかりしていますが、私がコーヒーを淹れると喜びます。
みのりちゃんは明るくてまっすぐな人です。最近はよく一緒に彼らの育った施設にボランティアに行っています。私がボランティアなんて自分でも驚きです。
春美ちゃんのことはもう何度も話しましたが、今年の夏は忙しくて遊んでもらえなくて少し寂しいです。
私は少しひねくれてしまいましたが、みんなが傷を負っても人間はまっすぐと歩めるのだと教えてくれています。
お母さんはどんな人でしたか?
お父さんは昔からあまり話してくれません。
私は14歳になりました。
お父さんは口には出しませんが、どんどん写真の中のあなたに似ていっていると思います。また気が狂わないか心配です。
まあ、でも、おかげで美人と評判です。それで得したことなんて一度もありませんけどね。
11月にまた来ます。そのときはお父さんと、もしかしたら婚約者の人も一緒かもしれません。そう考えるとめまいがします。
記憶がなくても私の母親はあなただけです。
こんなに似ているんですから当然ですね。
記憶になくても、あなたと生活した数年間の延長線上に私はいます。
肉体的にだけでなく、精神的にも、あなたの存在が私を作り上げたのです。
あなたはいつも私のそばにいます。
それを感じながら私は生きています。
呪いのようだ、と言っても怒らないでくださいね。
それでは。
私は顔を上げた。
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実際、私とお母さんは強烈なまでに瓜二つだった。
11歳の年末、お父さんは珍しく私にお願いをしてきた。会社の忘年会に一緒に出てほしいというのだ。
「同僚たちがね、いぶきに会いたいって言うんだ。嫌だったらすぐ帰るからね」
お父さんがそういった付き合いで家を空けることなんて今まで一度もなかった。おそらくは私を理由にして、断り続けていたのだろう。
「いいよ!」
私はなるべく元気に答えた。これも親孝行のうちだと思った。
まだ明るい時間だった。広い座敷にはすでに満員に近い人が座っていた。
私たちがそこに入ると歓声が起きた。
私はそれが怖くてお父さんの陰に隠れた。
「あまり怖がらせないでください」
お父さんが静かだがはっきりとした声で言った。
座敷の隅に通された私は、お父さんの隣でオレンジジュースを飲んでいた。瓶からコップに移して飲むそのジュースは、普段家で飲む果汁100%のジュースよりもとろけるように甘くておいしかった。
お父さんのガードもあってか、大人たちは私を怖がらせまいと必要以上に接触してこなかった。
スマホをいじりながら退屈な会をやりすごしていると、隣にすっとジュースの瓶を持った女性が座った。
「いぶきちゃん。こんにちわ」
そう言ってその女性は、もう覚えていないが■■■■■と名乗った。
私はスマホから目を話し、彼女の目を見て
「こんにちわ」
と返した。
本当に、ただそれだけのことだった。
それだというのに余所行きに着飾ったその女性は、ジュースの瓶を落とし、あれよあれよと泣き始めた。まだ忘年会の途中なのに化粧をぐちゃぐちゃにして、大きく鼻をすすった。
べつの大人が慌てて瓶を拾った。こぼれた甘いジュースが畳にしみこんでいた。
その女性は私の肩を掴むでもなく手を当てて泣いた。
やがて大人たちにより女性は引きずられていき、お父さんは私を抱き寄せた。
いったい私は彼女になにをしたのだろう。大人の泣く姿におののきながら、なぜか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
お母さんに似ていくということ、それは自分ではどうすることもできない「さだめ」や「呪い」なのだと思った。
お母さんならこんなときどうしたのだろう?
それがわかるなら、私はその女性にそうしてあげたかった。




