11月:ドレス
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私はお父さんに結婚式の席を用意してほしいと頼んだ。私の専属スタイリスト兼由衣さんのお友達の春美ちゃんだ。
本当は静さんにも来てもらいたかった。お父さんと親交があったのだし、出席してもぜんぜん変じゃない。でも私がそう言うと静さんは首を横に振った。静さんには静さんの思いがある。私はしつこく言わなかった。でも本当は、春美ちゃんの作ったドレスを着た私を、彼女に見てもらいたかった。
結婚式の準備はとにかく何か月も前から大忙しとは聞くけど、私にはそのお鉢は回ってくることはなかった。スピーチなんか頼まれたらどうしようと内心震えていたけど、由衣さんは『ただ来てくれて一緒にヴァージンロードを歩いてくれればそれで充分です』とLINEで言った。
でも私は由衣さんの報告や愚痴や、春美ちゃんのミシンの音を聞いていると、自分もせわしなく式の準備に追われている気分だった。
「できたー!」
春美ちゃんの大声は隣の部屋まではっきり聞こえた。きっと下まで聞こえてるんじゃないかなあ。
「出来たよ! いぶきちゃん!」
まもなくノックもなしに私の部屋のドアが開かれて、私は春美ちゃんに引きずられて彼女の部屋に行った。
散らかりきった部屋の中央では、トルソーが黒いドレスを着て佇んでいた。
不覚にも、私は見惚れてしまった。全身真っ黒のそれは、一片の無駄もないシンプルなワンピースで、体のラインが出るけれど上品さを損なわず、袖の部分は控えめな柄の入ったレースになっていた。
「ほら服脱いで。着せてあげる」
私は言われるがままパジャマを脱いだ。
私にドレスを着せると、春美ちゃんは大切そうに背中のファスナーを上げた。
「大丈夫そうだね。ちょっとまっすぐ立ってみて」
言われた通りにすると、春美ちゃんは職人の目で言った。
「うん、いいね。腕を回したりしてみて、きつくない?」
「うん、大丈夫。そんなに暴れるわけじゃないし」
ドレスはしつこく採寸しただけあって、私の体の隅々にまでピッタリで、その分着るのに手間取った。脱ぐときに苦労しそうだ。
「じゃあ姿見の前に立ってみようか。自分で見てみて、いまのいぶきちゃんの体と同じ形をした、いまのいぶきちゃんしか着れないドレスだよ」
私は姿見の前に立った。
自分で言うのもアレですけどね、鏡に映ったドレスの少女は美しかった。
ドレスは私の汚れた過去を隠し、純真さを取り戻したかのように、私を飾った。
でも、私は思った。私はこんなに綺麗な人間じゃない。本当の私はもっと……。
「あ、靴はどこ? 履いてるところ撮らせて? SNSに上げていいよね? 顔は隠すから」
「……下駄箱。取ってくるから待ってて」
私は製作者の言うことに素直に従って春美ちゃんの部屋を出た。階段で裾を踏まないように慎重に降りると、ダイニングにはまだ明かりがついていた。
一孝だ。いつもならみんなが引っ込むタイミングで自分も部屋に戻るのに、今日はよっぽど興が乗ってるみたいだ。
私は彼の後ろを素通りした。集中しているときの一孝は、誰かが近くを通ったくらいでは顔を上げたりなんかしないのだ。
一階まで下りて、6人暮らしでぎゅうぎゅう詰の下駄箱から、由衣さんから貰った靴を引っ張り出した。普段履きするわけじゃないし、こんなことならはじめから部屋に置いておけばよかった。
靴を持って二階への階段を登り、再び一孝の後ろを素通りしようとすると
「そういえば、さっき春美が大声――」
一孝が振り返った。
固まる私に、一孝は私の全身をくまなく見ると
「完成したんだ。似合ってるよ。すごく綺麗だ」
と言った。
「み、みるな」
私は階段まで走った。




