11月:命日
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11月2日。
この日はお母さんの命日だった。
毎年11月だけは喫茶店での面会を休んで、墓地で輝美さんとお父さんの三人で墓参りをした。
前回は散々な幕引きに終わったけど、この日ばかりは無視できず、お父さんからはまた長文のLINEが届いた。
聞けば年末に式を挙げるのも、命日にお母さんに挨拶してからがいいという由衣さんの希望によるものらしい。
……ということは彼女も来るわけだ。
気まずさで凍えそうだったけど、自ら撒いた種なので仕方がない。
私は制服に着替えた。
朝から暇そうにしていた春美ちゃんが、私の髪を三つ編みに編んでいた。
輝美さんは店を閉め、ぴしっとしたスーツを着込んで、先に玄関で私を待っていた。
「私どうしたらいいかな?」
私は背後の春美ちゃんにたずねた。
「さあ? なるようにしかならないんじゃない?」
暖かくも、冷たくもない口調で、春美ちゃんは言った。
「無責任!」
「私がなんの責任を負わなきゃいけないのよ」
「私のこと煽ったじゃん」
「八つ当たりされるようなことは言ってないよ」
と春美ちゃんは、私の背中を両手でトンと押した。
「はい、できた」
私がキッと振り返ると春美ちゃんは言った。
「いぶきちゃんは美人ですねえ」
「それで得したことなんて一度もない」
私は言った。
「もし私がお母さんに似ないでブスだったら――」
そこから先の言葉を、私はぐっと飲み込んだ。一瞬、ドス黒い感情の渦が私を飲み込みかけた。私は慌ててそれを引っ込めた。うまく言葉にできないけど、それは言ってはいけないことだ。
「いぶきちゃんはいま何歳?」
「14」
知ってるくせにと思いながら私は答えた。
「じゃあ、14歳らしい立ち振る舞いをしてきたらいいよ。いぶきちゃんは自分が思ってるほど大人でも子供でもないよ。ほら輝美さんが待ってる」
そう言って春美ちゃんは、私の背中を押して、階段のところまで連れて行った。
「いってらっしゃい」
「……行ってきます」
腑に落ちないものを感じながら、私は階段を降りた。
車を降りて霊園に向かうと、閑散としたそこに、黒い服を着た男女の姿が見えた。遠目にも絵になる二人だった。お墓を前にたたずむ細い二人のシルエット。壮絶な物語のワンシーンを切り取ったみたいな似合い方をしていた。
お父さんたちも私たちに気付いたようだ。
お父さんは小さく手を上げて、由衣さんは深く頭を下げた。
墓の前まで来ると、私はまずお母さんに挨拶をした。
ほとんど写真でしか知らないきれいな女性。
私を産んでくれた人。
お父さんの愛した人。
花を活けて、線香を捧げ、手を合わせる。
こんにちわ。八月以来ですね。
私はざわついてはいますが一応元気です。
由衣さんとはもう挨拶をしたんでしょうか。
お母さんとはまた違う、美人な人ですね。
お母さんは怒っていますか? それとも祝福していますか?
私はよくわかりません。
反対はしてないなけれど、素直に喜ぶことは出来ないといった感じです。
でも、あれもこれもどれも、お母さんが死んでしまったから起きたことです。
反省して下さい。
私はお父さんが好きです。
もちろん恋愛的な意味じゃなくて、父親として。
でも先日、春美ちゃんにそれがごっちゃになっていると言われてしまいました。
それが本当なら親子そろって道徳的じゃありませんね。
もうすぐ冬が来ます。
秋はすぐ終わってしまって嫌ですね。
冬が来たらお父さんと由衣さんは結婚式を挙げます。
私は式に出ようと思います。
春美ちゃんの作ったドレスを着て、輝美さんのカチューシャをつけて。
私は二人を祝福したいと思います。
でも、まだいまはそうできる自信がありません。
もしお母さんがこの結婚に反対でないのなら、私の背中を押してください。
お父さんは変わろうと、もしかしたらもう変わってしまったのかもしれません。
この前、お父さんは私のことをぶったんです。
私には考えられないことでした。
お父さんは父親として娘をぶちました。
はじめてでしたけど、あれはそうゆう平手打ちでした。
私はもうお父さんの女ではないのです。
私も変わりたいと思います。
できればいい方向に。
結婚式は大切な通過儀礼だと、そう思うようになりました。
怖いです。
児童相談所に駆け込んだあのときの勇気を、もう一度掘り返して探しています。
それと、ひそかに考えていることがあります。
お母さん、私はお母さんのことを、本当になにも知りません。
だから生きていたころのお母さんに会いに行こうと思います。
私はお父さんのことばかりで、お母さんと向き合ってきませんでした。
記憶もないので当然ですね。
上手く説明できないですけど、祝福のためにはそれが必要だと思ったんです。
式が終わったら、また報告に来ます。
最後に、産んでくれてありがとうございます。
私はいま、幸せです。
ひと通りの儀式が終わると、私たちは二対二で向き合う形になった。
前回のこともあるので非常に気まずい感じだ。
「あのっ」
と由衣さんが口火を切った。
「いぶきさんと二人でお話しさせてもらってもいいですか?」
正直に、正直に言うと「めんどくさっ」と思った。
でも、その覚悟はしてきた。
それに、私が彼女の立場でもきっとそう言いだすだろう。
私と由衣さんは霊園入り口の広場に出た。
実際のところ、私たちより、お父さんと輝美さんを二人きりにするほうが心配だったりする。
「今日は三つ編みなんですね」
歩きながら由衣さんが言った。声色に少し緊張があった。
「同居人がやりたがるんです」
私は答えた。
「三つ編みってかわいくないと似合わないのに、よく似合ってますよ」
「ありがとうございます」
会話はいったんそこで途切れた。
私たちは、座るところもないので、大きな木の下で立ち止まった。
由衣さんはうーんと大きく背伸びをして、その場にしゃがみ込むと、私を見上げて言った。
「ねえ、お父さんのことくれませんか?」
言葉こそ敬語だが、彼女はより素に近い部分で私に語りかけた。
「愛してます。幸せにします。ご飯もちゃんと食べさせます。だからお願いします」
このとおり、と両手を合わせる由衣さんを見て、堅物のお父さんの相手にしてはフランクな女性だなと思った。お母さんもこんな感じだったんだろうか。
私は言った。
「べつに私は一度だって反対なんかしてませんよ」
「本当に!? うれしい!」
と言って、由衣さんはいきなり私に抱き着いてきた。
不思議と嫌悪感はなかった。
なんの根拠もないけど、こうゆうところはお母さんと似ていると思った。
もごもごと彼女の抱擁から脱出したころ、由衣さんは言った。
「べつに母親と思えなんて言いません。ただ時々誠二さんの愚痴を言い合ったりそうゆうことが出来たらいいなあって。あ、連絡先。直接お聞きしたかったから誠二さんには聞かなかったんです」
私は「はあ」とスマホを差し出し、彼女と連絡先を交換した。
「それと」
彼女は急に居住まいを正した。
「この前は急に会いに行ってしまってごめんなさい。あれは全部なにも言わずにいた私が悪いんです」
そんなことはない。子供でもわかる、悪いのは私だ。
由衣さんは言った。
「私、誠二さんが人をぶつところなんて想像したこともなかったです。冗談でもそんなことする人じゃない。それにわかったんです。あれは私をかばったんじゃなくて、いぶきさんに自分が傷つくようなことを言ってほしくなかったからだって。だから場をかき乱した私が悪いんです。本当にごめんなさい」
私はなにか言い返したかったが、たかが14歳の子供に、大人を本気で言い負かすことなんてできやしないのはわかりきっていた。
「父が娘をぶつことなんてよくあることですよ」
私はなんとか口を開いた。まあ、そんな経験なかったですけどね。
「いぶきさんは大人ですね」
由衣さんはにっこりと微笑んで言った。
「さすが誠二さんのお子さんね」




