第15話 “再会と出会い”
神代家。
神奈備島において、神和ぎの育成や援助を目的として活動してきた一族。
しかし実際は、神和ぎの持つある力による、神和ぎの暴走を防ぐための抑止力として存在するらしい。また、昔は神奈備島の歴史を伝承する役目も請け負っていたらしく、神代家の人間は度々日諸木学園に赴いて特別授業の講師をやっていた事もあるという。後にこの役目は他の一族へと受け継がれたが、その一族はこの役目を軽んじていたらしく、次第に行われなくなってしまった。結果、島の住人の多くが神和ぎに対して独自の解釈を行ってしまい、神和ぎに対して憧れる一方でその役目をはっきりと理解していない人間の増加を招いた。そういった人間は無作為に神和ぎとして選ばれた際に、何もできずに神さびとの戦闘で死亡したり、島民とトラブルを起こしたりして、どんな形であれ早死にしている。
歴史の伝承を他の者に委ねた結果、神和ぎ候補である島の住人の質の低下を招いてしまった事を教訓に、神代家では神和ぎの育成に集中する事になった。神代家の人間が神和ぎに選ばれた場合、その人間は次の神和ぎを育てる役目を負う事になる。そのために、神代家の神和ぎは戦闘で死ぬ事を許されなかった。戦闘で死亡すれば、次の神和ぎを選ぶのは天照大神である。それでは育成する意味がなくなるのだ。戦闘で死なないためには、ひたすらに技を磨くしかなかった。若くして神和ぎに選ばれた神代家の人間は、学校に通う事も許されず、死に物狂いで戦闘訓練を施されたという。
神奈備島の王とまでいわれた神和ぎであるにも関わらず、神代家の神和ぎは島の住人により自由を奪われた。しかしそれは同時に、孤独である神和ぎを守るための処置でもあった。
このシステムは成功し、神和ぎの質の低下を防ぐ事ができた。しかし、ある代を境に再び神和ぎの質は低下し始め、このシステムは一度崩壊したという。
まぁそんなわけで、神代家九十九代目神和ぎの神代トヨことクソババアは、このシステムを再び確立すべく、奮闘しているのである。
☆ ☆ ☆
「……と、いうわけ。わかった?」
長くて小難しい話を終えた優衣子は、大きく背伸びをしながら言った。優衣子が背伸びをすると大きい胸が強調されてしまい、向かいに座る守哉は思わずその胸に釘づけになってしまった。
時刻は午前7時50分、場所は磐境寮の食堂である。無数に並べられたテーブルの一つに、守哉と優衣子は向かい合って座っている。
何故、優衣子が神代家の説明をしていたかというと、いつもより早く起きた守哉が、学校に行くまでには時間があるからと言って、暇つぶし程度に聞いてみたからだった。いつも面倒だと言って説明を拒む優衣子であったが、今日に限っては教えてくれた。
それを不思議に思った守哉は、ついでに聞いてみる事にした。
「なあ、なんで今日に限って教えてくれる気になったんだ?前は面倒だとか言ってたくせに」
「んー……それはね、クソババアにね、未鏡君が神和ぎに関連している事について聞いてきたら、面倒くさがらずにちゃんと教える事って言われたからよ。実に不愉快だわ」
不機嫌そうな顔で優衣子は言った。
「ふーん……。なんであのババアがそんな事言い出したのかな?」
「なんでも、あなたが何かにつけて七瀬ちゃんに質問するものだから、七瀬ちゃんが迷惑してるんですって」
「そうだったのか?そりゃ悪い事したな……。じゃあ、これからはわからない事はあんたに聞けばいいわけだな」
「そしたら私が迷惑だわ。わからない事は自分で調べなさいよ」
「どうやって調べるんだよ。言っとくけど、学校の図書室にはこの島について書かれてる本は一冊もなかったぞ」
ライトノベルなら大量にあったけどな、と守哉は付け加えた。
「神奈備島古事録でも読めば?ババアに言ったら貸してくれるわよ、きっと」
「それもそうだな。あんまり気乗りしないけど」
「気乗りしなくてもそうしなさい。というか、そろそろ登校する時間じゃないの?」
壁にかけられた時計を指差しながら優衣子は言った。時刻は8時になろうとしている。
「みたいだな。じゃあ、行くかな」
「いつも思ってたけど、未鏡君、登校するの早いわね。今から教室行ってもHRまで20分以上はあるんじゃないの?」
「まぁな。でも、最近は忠幸と喋ってるから、つまらなくはないよ」
「へぇ。仲の良い友達、出来たのね」
意外そうな顔で優衣子は言った。その言葉の裏に隠された意味を悟りながら、守哉は苦笑して答えた。
「色々あったんだよ。色々な」
「三日前のお泊りが切欠かしら?」
「ま、そんなところだ」
守哉と忠幸が鎮守の森に入り藤丸を鎮めてから既に三日が経っている。その間、守哉は忠幸と親交を深めていた。忠幸は思っていたより明るく社交的なヤツで、藤丸の事から立ち直ってからというもの、クラス内での株を一気に上げていた。今では学級委員のように振舞っているほどである。また、クラスで孤立している守哉をフォローしてくれるようにもなった。おかげで、守哉をいじめるクラスメイトは随分と減っていた。
「とにかく、行ってくるよ」
「ええ。行ってらっしゃい」
食堂の扉を開き、ロビーに出る。不意に、後ろ手で食堂の扉を閉める直前、守哉は顔だけ出して聞いた。
「なぁ、あと一つ聞いていいか?」
「何?長くなりそうなら学校から帰ってきてからにしてよ?」
「いや、なんでそんなにこの島の事について詳しいんだ?」
守哉の問いに、優衣子はいやらしい笑みを浮かべてテーブルに突っ伏し、顔を伏せたまま答えた。
「ヒ~ミ~ツ~♪」
守哉はそんな優衣子に苦笑すると、今度こそ食堂の扉を閉めて寮を出た。
☆ ☆ ☆
教室に入ると、既に数人の生徒が登校していた。
以前は登校する度に冷たい視線を送られていた守哉だが、最近ではそういった事はなくなった。これも忠幸のおかげである。忠幸がクラスメイトになるべく守哉に関わらないように呼びかけてくれたのだ。忠幸としては守哉にはクラスに馴染んでもらいたかったらしいが、守哉はそれは無理だと主張し、クラスメイトに自分を無視するよう呼びかけてほしいと頼んだのである。
そんなわけで、守哉も先に登校しているクラスメイトを無視して自分の席に座った。
机の中を覗いてみる。どうやら、今日は何も入っていないようだった。少しほっとしながら、守哉は窓の外に視線を向けた。
この教室の窓から見える景色は、校舎裏と鎮守の森の木々くらいのものだが、守哉は飽きもせず毎日眺めていた。この島ならではの不思議な現象を期待しているのだが、今のところ窓の外で不思議な現象が起きた事はない。しかし、今日に限っては少し違っていた。
窓の外、学校を囲むフェンスの内側に生えている木の木陰に、一匹の三毛猫がいたのだ。
「藤丸!?」
驚いて窓を開いて顔を出す。その様子にクラスメイトの何人かが気づいていぶかしんだ顔を向けたが、守哉はそれを無視した。
守哉が気づくのを待っていたのか、三毛猫は守哉のいる窓へ近寄ってきて―――
「よう、神和ぎ。久しぶりだニャ」
喋った。
守哉は唖然としてしばらく言葉が出てこなかった。そんな様子を見て三毛猫は猫にあるまじき不敵な笑みを浮かべると、いきなり二本足で立ち上がって腕を組んだ。
ようやく我に返った守哉は、
「お、お前、鎮められて成仏したんじゃなかったのか!?」
「成仏?縁起の悪い事を言うニャ。荒霊は鎮められたら和魂にニャるんだ。忘れたのかニャ?」
「いや、忘れたも何も、初耳なんだけど」
というか、成仏するのはむしろ縁起のいい事なんじゃないだろうか、と守哉は思った。
「そんな基本的な事も知らニャいのか?……ん?お前、よく見たら黒髪ニャ。てことは、島の外の人間だったんだニャ。それじゃあ島の事を知らニャいのも頷けるニャ」
うんうん、と三毛猫は頷いた。なんとも人間らしい仕草だった。
「よし、俺が色々教えてやろうじゃニャいか。お前には恩義があるからニャ。ニャぁに、礼には及ばないニャ」
「ちょ……ちょっと待て。お前、藤丸だよな?忠幸の飼い猫の」
「そうニャけど?ニャんだ、疑ってるのかニャ?」
「いや、そうじゃなくて。前会った時は全然喋らなかったじゃないか」
猫なのだからそれが当たり前なのだが。
「あの時は荒霊だったからニャ。いやぁ、あの時は本当に迷惑をかけたニャ。怪我、大丈夫かニャ?」
「あ、ああ……もう治った。ていうか、どういう事なんだ。説明してくれ」
「勿論だニャ。お前の頼みは断れないからニャ」
そう言うと、三毛猫……もとい藤丸は、コンクリートの上にお座りして語りだした。
「神和ぎによって鎮められた荒霊は、和魂という存在に昇格できるのニャ。魂の階級が上がるという事だニャ。それにより、自身を構成する神力がこの島に満ちる唯一神の神力と同化して増幅されるのニャ」
「魂の階級って?」
「お前どれだけ無知ニャんだ?ニャにも知らニャいにもほどがあるニャ」
藤丸は呆れ顔で言った。猫にバカにされていると思うと、なんだかむかついてくる。
「いいから教えろよ」
「わかってるニャ。魂の階級っていうのは、上下関係によって断層的に秩序づけられた魂の位階制の事ニャ。別名、ソウル・ヒエラルキー。頂点である第一位は神様、第二位は神さび、第三位は人間、第四位はその他の動植物、そして一番下の第五位に意思を持たない物質、という風に階級がつけられているのニャ。ちなみに、荒霊は第四位、和魂は第三位ニャ。これで大体わかったかニャ?」
「いや、わからん」
「ニャんとも理解力の低い頭ニャね~。少しは勉強したらどうニャ?」
「猫に言われたくねぇよ」
さすがにかちんときて、守哉は険しい表情で言った。
「まぁ、勉強はこれからしていけばいいニャ。教師は俺がやってやるから安心しろニャ」
「……猫に勉強教わる人間ってどうよ?」
というか、なんでコイツはそんな事を知っているのだろうか。猫のくせに。
試しに聞いてみた。
「こ、こんなの常識ニャ。この島では知ってて当たり前ニャ」
えへん、と胸を反らしながら藤丸は言った。その偉そうな態度が逆にバカっぽく見える。
「知識を知りたければ、神奈備島古事録を読む事ニャ。あれに大体の事は書いてあるニャ」
「わかったよ。今度七瀬に借りてくるかな」
「おっと、そろそろHRが近いみたいだニャ。あんまり俺と話してると周囲から変な目で見られるニャよ」
そう言うと、藤丸は立ち去ろうと腰を上げた。
「それってつまり、お前の姿は俺以外の人間に見えてないって事なのか?」
「そういうところは察しがいいヤツだニャ。俺の姿を見れるのは俺並みか俺以上に神力を持っているヤツだけニャ。そんニャわけで、基本的に一般人には俺の姿は見えニャいのニャ」
「それがわかってるならこんな人目につく場所に来るなよ」
「仕方ニャいんだニャ。お前に再会できる場所といったら、学校以外には思いつかニャかったのニャ。あちこちぶらつくのも面倒だから、和魂になってからずっとここで待ってたのニャ」
「そうだったのか。そりゃ悪い事したな」
「別にいいニャ。ていうか、俺が和魂に昇格したのは昨日の夜だったのニャ。むしろこんニャに早く会えてよかったニャ」
「そっか。でも、なんで俺に会いに来たんだ?忠幸のところじゃなくて」
そう言うと、藤丸は少しの間目を閉じた。
「……忠幸の事は、もういいのニャ。実は、昨日の晩に様子を見に行ったのニャ。以前俺が飼われてた家は誰も住んでニャかったから探すのに苦労したけどニャ。そしたら、あいつ仏壇にご主人の遺影の横に俺の写真を置いてくれてたのニャ。だから、もういいのニャ」
「そんだけで満足するもんなのか?」
「もちろんそれだけじゃニャいけどニャ。まぁ、とにかく今の俺にとっては忠幸と一緒にお前に恩を返す事の方が大事ニャ。だから、気にするニャ」
「忠幸と一緒にって、どういう事だよ」
「言葉通りの意味ニャ。後は察しろニャ」
そう言うと、藤丸は林の中に姿を消した。
なんだかよくわからないが、どうやら友達が一匹増えたようだ。
「おい、窓から首出して何やってるんだ?」
かけられた声に振り向くと、いつの間にか忠幸が登校していた。いつもよりも遅い登校だったが、どうやら寝坊したらしい。赤いツンツン頭の先が力なく曲がり、下を向いている。
「いやぁ、悪い悪い。実は、目覚ましの調子が悪くってさぁ……」
ぺらぺらと饒舌に語りだした忠幸を尻目に、守哉は横目で窓の外を見た。
そこには何もいなかったけれど、不思議と誰かが自分を見守ってくれているような、そんな気がした。
☆ ☆ ☆
放課後。HRが終わると、忠幸が途中まで一緒に帰ろうと言ってくれたので、守哉は快く承諾した。二人は帰る方向が正反対だったが、最近では校門まで並んで帰るのが当たり前になりつつあった。
たわいない話をしながら昇降口に行くと、見慣れた水色の髪の女の子がいたので、守哉は親しげに声をかけた。
「今から帰りか?珍しいよな、ここで会うのは」
話しかけられた女の子は、怪訝な顔で振り向いた。肩より少し下まで伸ばした水色の髪に、白いワンピース。まさしくそれは七瀬であるはずだったのだが、いつもより目つきが鋭い気がする。
多少違和感を感じた守哉だったが、特に気にしない事にした。
「あれ?今日は髪おろしてるんだな。いつもより大人びて見えるよ」
守哉が微笑みながら言うと、七瀬は険しい表情になって言った。
「あんた誰?」
「え?い、いや……守哉だよ。忘れたのか?」
いつもと違って七瀬の声にはトゲが含まれていた。七瀬らしからぬ反応に守哉は戸惑ってしまう。
そこで七瀬は、ある事に気づいて守哉を睨みつけた。
「その髪……まさか、あんたが未鏡守哉!?」
「だから、そう言ってるじゃねぇか。どうしたんだよ、今日は」
「何馴れ馴れしい口聞いてんのよッ!!!」
そう言うと、七瀬はいきなり守哉の胸倉を掴んだ。突然の事に混乱した守哉は、慌てて腕を振り解こうとしてもがいた。
「ちょ、離せって!なんなんだよ、一体!?」
「それはこっちの台詞よ!いきなり馴れ馴れしく話しかけてきて、何様のつもり!?」
「いや、何様って言われても……!」
「神和ぎだからって皆が自分の思い通りになると思ってんじゃないわよっ!!」
「そんな事思ってないっての!」
「じゃあ何で話しかけてくんのよ!!」
二人の喧騒に気づいて野次馬が集まってくる。唖然として成り行きを見つめていた忠幸だったが、野次馬に何事かと話しかけられて我に返った。急いで守哉の胸倉を掴み上げている七瀬を引き離そうとする。
「おい、それぐらいにしとけって!周りの迷惑になるだろ!?」
「それを言うならこいつに言いなさいよ!こうなった原因作ったのはこいつなのよ!?」
「今一方的に危害を加えてるのは君だろ!いいから離してやれって!」
「なによ!あんた、こいつの肩持つ気なわけ!?こいつは未鏡守哉なのよ!わかってんの!?」
「わかってるけど離してやれって!!」
華奢な割りに力の強い七瀬に、忠幸も引き離せない。次第に守哉の首が絞まり、息ができなくなった守哉の顔色がどんどん悪くなっていく。それに気づいた忠幸は急いで引き剥がそうとするが、それに対抗するように七瀬は腕に力を込めていく。
「……も、もう無理……」
限界の近づいた守哉がぴくぴくと痙攣し始めたその時。
「……おねえちゃん!」
廊下に、七瀬らしき少女の声が響いた。
驚いて声のした方を向くと、そこにはいつも通り水色の髪をツインテールにした女の子が立っていた。
思わず守哉は今自分の胸倉を掴み上げている少女と見比べてしまう。
「ど、どうなってんの?」
間抜けな声でそう言うと、いい感じに首が絞まって守哉は気を失った。




