16話 悔いる父と焦る母と不憫な子供。
時は少し遡りリリックが家を出てすぐの後のこと、執務室で溜まった仕事をしながら先ほどの息子の事を考えるのはイーサン・エメラルド公爵だ。
彼は家族に興味がないという訳ではなかった。
確かに他の家と比べると興味がないように思えるが、子供たちの話はよく聞いていたし、妻のこともそれなりに愛している。
だが、彼はもっと子供たちに興味を持つべきだったと後悔していた。
妻がリリックを気に入らない事は気づいていた。
妻はリリックを出産する際ひどい出血で命を落としかけた事がある。
その後、彼女は子供の出来ない体になり、産後うつを発症した。
だが、気に入らないと言っても育児を乳母にさせたりそれくらいだろうと思っていたし、彼自身も妻を傷つけたリリックを庇う事をしようとは思わなかった。
そうして知らないふりを続けていた。
今思えば彼が興味を引いた子供は長男だけだったのだろう。
まさか妻が暴行まで行ってるとは思いもしなかったのだ。
気づいた頃にはもう遅かった。
妻の実家であるガーネット侯爵は武器流通において多大なる支援を受けている。
彼女を咎めてしまえば、プライドの高い妻は主人であるイーサンに対してもそれなりの報復をしてくるだろう。
リリックを1人家から追い出す事が1番手っ取り早いと彼は考えた。
きっと息子は悲しみ。
どうしてだと喚くだろう。
だが、それがリリックにとっての安全策だと彼は思っていた。
しかし、実際はあっさりと家を出て行かれてしまった。
普通に考えれば出ていくのは当たり前だろう。
ずっと酷い目にあってきたのだから。
だが彼はそれを想像していなかったのだ。
当たり前に自分を父として思ってくれていると思っていた。
だがあの時、関係を切られたのはリリックでは無く父の方だった。
そうしてイーサンは自らの過ちに気づくことになったのだ。
イーサンが仕事をしながら息子のことを考えているとドンドンと騒がしく扉が叩かれた。
「リリックを追い出したってどういうことですか?!」
入ってきたのは元凶のクローリア夫人だ。
茶会が終わり事を聞きつけ怒鳴り込んできた。
「モルガナイトから以前より打診されていたからな、テストしてあいつが適任だと考えたまでだ。」
「そんなの分家でもよかったでしょ?!」
妻の反応は想像していたものとは全く異なり切羽詰まったように、イーサンを責め立てる。
「お前はリリックが気に入らないんじゃなかったのか?」
「そ、そんなことありません。ちゃんと愛していましたわ!そんな息子を私に相談もなく追い出すなんて」
あまりにも必死な訴えに本当に愛していたのではないかと思いそうになる。
「もう、決定したことだ。」
「そんなッ…」
クローリアは親指の爪をガジガジと噛み動揺しているのが見て取れる。
この反応はお気に入りのおもちゃを取られたというより、何か露見するのを恐れているような反応だ。
そんなに暴力を振るっていたことがバレるのが怖いのか?イーサンは妻に対して不信感を募らせていた。
「最悪だわ!」
部屋に戻ったクローリアは物に当たる。
部屋をうろうろとしブツブツと考え耽るそんな中扉がノックされた。
「後にしてちょうだい」とクローリアが言うも外から聞こえたのはある人物の声で急いで部屋に招き入れた。
フードを深く被ったその人物はリリックと共に辺境伯領へ向かったアンジーだった。
「本当にあいつは辺境伯領に行ったの?」
「それが…道中で魔物に遭遇しまして、私だけ馬で逃げてきました。」
アンジーは知っていたのだ。
この夫人が息子に対して冷たいだけではなく非道な事を。
だから侍女として最悪の過ちを堂々と話したのだ。
「それじゃあリリックは?」
「騎士団の到着も時間がかかってたようですし最後に見た時には魔獣に襲われているところで、その後大きな音が鳴ってましたので潰されて餌になってるかと。」
逃げる途中アンジーは一度振り返っていた。リリックが魔法を発動させる直前までを
「アンジー… あなたって、本当に最高だわ」
夫人は目を蕩けさせて口角を上げる。
「そうよ、さっさと殺して終えばよかったのよ」
先ほどまでと打って変わって高らかに笑う夫人は悪魔そのものだ。
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シグルス・モルガナイトは剣術と魔術両方に優れており、隣国からの侵攻や魔獣討伐など数々の功績を上げている優秀な人物だ。
だが、そんな彼も一度敗北したことがある。
10年に一度王都で行われる剣術大会でイーサン・エメラルドに接戦の末に敗北した。
その日からシグルスにとってイーサン・エメラルドはライバルになった。
そんな男の子供が我が家に来ると今朝知らせがきたのだ。
以前より、うちの婿養子になれそうな奴は居ないかと相談していたところだ。
「てっきり分家の誰かが来るのかと思ったが、末息子を手放すとはな」
思いもよらぬ知らせにシグルスは胸を高鳴らせていた。
ライバルの息子である子供に期待したのだ。
日時やその他諸々の話を詰めようと手紙を出そうとした頃だった。
執務室の扉が叩かれて入ってきたのは愛娘のルイーザだ。
「父上少しよろしいでしょうか。」
「少し待ってくれイーサンに手紙を出すところなんだ。」
「いえ、そのエメラルド家の子を連れて参りました。」
「なに?!」
シグルスは愛娘から報告を聞いて考えていた。
この家にこのまま置いて良いものかどうかを、エメラルド家とその分家は魔法を殆ど使用しない。
それどころか学ぶことすらもあまりしようとはしないため魔力も年々減少していっている。
平民に比べればそこそこの魔力だが、貴族にとっては割と少なめだ。
だからこそ婿養子候補の相談をした。
そんな彼の家の子供が魔法を、それもレッドベアを一撃する攻撃を放つとはいくら愛娘の話でも、到底信用できないものだった。
「それから、彼の瞳は深い緑色です。」
「なんだと?」
「それ故に、才能がないとして婿養子に決まったそうです。」
(確かに瞳の色の濃淡で力が左右するすることもあるが、深い緑の瞳で8歳にしてレッドベアを一撃で屠る魔力量なんてまるで…)
シグルスの頭の中には考えたくも無い仮説が生じた。
「あと、何かと訳ありなようで、魔法や討伐のことは実家に隠して欲しいと…少しでいいから住ませてくれと申してます。私としては領民を守ってもらった借りがありますので少しここに置いてやってはどうかなと、、」
「ふむ。彼に直接話を聞こう、そして決める。」
そして少年から家庭での話を聞いてシグルスはがっかりした。
それは少年ではなくライバルであるイーサン・エメラルドにだ。
イーサンは寡黙で規律を重んじるお固い性格でシグルスは彼のことが苦手だったが剣を交えたあの日イーサンの剣は力強く信念があり、それでいて野生的な強さがあった。
シグルスは敗北したもののその剣に惹かれ尊敬し憧れを抱いた。
そんなイーサンが家庭では息子に対しての虐待を黙認する冷酷な人間だったのかと酷く落胆したのだ。
そんな過酷な状況で育った少年は誰よりも勇敢的でシグルスの興味を引いた。
そしてその家庭環境故に死にたがりに見えた。
8歳にして無意識に死に方を見つけようとしている。
シグルスにはそう見えてしまったのだ。
きっとこの少年を置けば面倒な事に巻き込まれるだろう。
だがこの不憫な少年を実家へ送り返すことも、放り出すことも出来なかった。
そして何よりシグルス自身がこの少年を鍛えたいと思ってしまったのだ。
その翌日エメラルド家から届いた手紙には、"勝手に行ってしまった。世話係を1人つけている。よろしく頼む"それだけだった。
子供を心配するような文言は一つもなく、あの荷車から馬がいないのは、世話係は主人を置いて馬で逃げだからなのかと理解し、酷く怒りを覚えた。
シグルスはその手紙をぐしゃぐしゃに握りしめ炎魔法で灰にし、手紙を一切返さなかった。




