14話 走れ。帰宅部エース。
この屋敷に来て1週間の間に僕の部屋を用意してもらい、邸を案内してもらったり、勉強を教えてもらったり、マルティナちゃんと夫人の3人で、お茶会をしたり、ものすごく平和な日々を過ごしている。
リリックの父に言い返した日からいつの間にか僕のコミュ症は治りつつある。
普通に会話が出来るようになった。
自分から話題を振ったりするのはまだ出来ないけど、前の自分に比べるとなかなかの成長だ。
夫人は僕の生い立ちを聞いてか分からないが凄く優しくしてくれる。
マルティナちゃんも少しずつだが僕に慣れようとしてくれていた。
こんな風に優しさを向けられて、それを素直に受け取るのって凄く心が穏やかになるんだな。
前世の蔵三は決して最初から皆に蔑まれていたわけではなかった。
彼に同情したり、親切心から優しさを向けるものもいたが、それを彼は捻くれて解釈して"偽善者"と跳ね除けていたのだ。
そして彼の周りから人がいなくなった。
彼が1人だったのは自業自得だ。
勇者リリックとしての未来が崩れた時、彼の中のしょうもないプライドも全て崩れ去ったのだろう。
自分が愚か者であることを彼自身が本当の意味で受け入れたからこそ彼は今変わりつつある。
僕がモルガナイト邸に来てから二週間がたった。
初めて会った次の日からシグルスさんやルイーザさんは魔獣討伐に出ており今日久々に帰ってきたのだ。
シグルスさんは帰宅早々僕を運動着に着替えさせて訓練場へと呼び出した。
(ああ、とてつもなく嫌な予感がする…)
重い腰を上げてトボトボと訓練場へ向かうと満面の笑みでシグルスさんが待ち構えていた。
「よぉ!坊主!予定が入って遅くなってしまって悪いな、今日から早速始めようか。」
(ずっと討伐に行っててくれ〜〜〜!!)
心の中で大文句をかましながら、渋々訓練を始める事にした。
と言うより、拒否権など無かった。
「いきなりキツイのはご遠慮願いたいです。」
「初日だからな、とりあえず今日は日が暮れるまで走れ」
「はい?!」
(日が暮れるまでって今さっきお昼食べたところなんだけど?!)
驚く僕を見て何をそんなに驚いてるんだ?とでも言いたげな顔で「魔力を使うにも体力がいる。お前はまず体力をつけて、それから本格的な訓練だ。いっぱい食っていっぱい寝ろ。お前の体は貧相すぎる」
確かにリリックは子供にしては少し痩せ型だと思う。
だからってそんな哀れんだ顔で見なくても…
「さ、走れ走れ。手を抜いたら明日はもっとキツくするぞ」
清々しいほどの笑顔でシグルスさんは僕の背中を押した。
それからはもうとにかく走った。
限界まで走って、少し休んで、また走ってを繰り返していた。
その日の夜、僕はどうやって食事をして風呂に入って寝たか覚えていない。
次の日、僕の体は若いせいもあってそんなに疲れを感じなかったが頭ではあの疲労感を覚えている。
午前中に勉学を学び、午後はまた走った。
そして一週間がたった。
僕はまだ走っている。
毎日の訓練にシグルスさんが付くほど暇ではないので、騎士団の方やルイーザさんが交代で監視についていた。
3日目のシグルスさんが居ない日一度逃げようとコースを外れたが何故かシグルスさんが猛スピードで追ってきた。
美丈夫が真顔で迫ってくるあの時の恐怖は今でも忘れない。
二週間経っても僕はまだ走っていた。
「あーっ!クソッ…いつまで、走るんだ僕はっ!も、むりッしぬ、、きつ…も、いーや強くならなくていー!ぼ、くには、もーむりっ!今日で…も、お、おわりッ!」
さすがに走ってばかりの元帰宅部エースはシグルスさんの恐怖より怠惰を取りたくなっていた。
〈「リリックおにーちゃーん頑張ってー!」〉
「あ、耐えたがんばろ。」
僕は何度も心折れそうになったが、そんな時に限ってマルティナちゃんという心のヒーリングエンジェルが現れるのでなかなか辞めれずにいた。
走り続けて1ヶ月がたった頃だった。
「よーし!今日のランニングは終わりだ!戻ってこい!」
(ん?まだ一時間くらいしか走ってないのに?)
僕は1時間くらいのランニングであれば息が上がらない程度に体力がついた。
シグルスさんによって肉体改造されてしまったのだ。
「だいぶ体力がついたからな今日から剣の稽古を始めようと思う。」
「…剣術…ですか?僕に剣の才能はありませんよ。」
ずっと魔法を訓練していくのだと思っていたので、落胆さを隠しきれないのと剣術は少しトラウマだ。
「たった8歳で何を言っている。お前は才能があると分かった上でないと稽古をしないのか?」
「それは…でも、魔法使えるなら魔法だけを鍛えれば…」
ああ、シグルスさんの言う通りだ。
僕は魔法が使える。
使えると分かっているから魔法の訓練がしたい。
「魔法を封じられたらどうする?」
「そんなことっ…」
ないとは言い切れない。
魔力封じの魔道具なんてあってもおかしくは無いだろう。
だからきっと物理的な強さは必要なんだろう。
でも…
「きっとやるだけ無駄ですよ…僕は人よりずっと劣ってますから。きっとシグルスさんの時間を無駄にしてしまいます。」
〈「じゃかましい!あほんだらッ!!」〉
シグルスさんは僕に向かって怒鳴りつけた。
「うじうじうじうじと、やっても居ない奴がなに腑抜けた事を言ってるんだ。騎士団が皆、剣の才能があるからと言ってやっているわけじゃ無い。憧れを抱いた者や大切なものを守りたくて強くなる為に騎士を目指した。お前には力が必要だ。出来る、出来ないじゃ無い。やるんだ。」
シグルスさんは真剣な眼差しで僕を叱った。
そうだ、これまで僕は変わっていた気でいたけど結局出来そうに無い事を初めから決めつけてまた“やらない”選択を取ろうとした。
これの何処が変わったって言えるのだろうか。
このままじゃ、きっとまたすぐに僕は僕を嫌いになってしまう。
「やります。情けない事言ってしまってすみません。だけど、もし、出来なくても見捨てないでもらえますか?」
僕は怖かったんだ。
自分が無能であるとこの家の人にバレてしまったら、もうここで今までのように仲良くして貰えなくなるんじゃないかって、だからやると決めたのにまだ情けないことを吐く。
そんな僕をみてシグルスさんは目線を合わせるために屈んで「見捨てるわけないだろう。それに俺はお前がどんなに否定したって強くなると思っている。誰かを守りたくて恐怖に立ち向かうお前が弱いなんて思わない。」と言ってくれた。
その言葉はすんなりと心の中に入ってきて、僕を安心させてくれた。
瞳のふちに溜まった涙を拭いて剣の稽古を始めた。




