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旅立ちのとき

帰国を早めるとしてからのジェレミア外交官の行動は早かった。

ザクト殿と話を手早くまとめ、騎士連中に指示を飛ばし、オークの村を駆けまわって食料品等の確保をすませた。そして、手紙が到着してからわずか3日でジェレミア外交官は帰国の準備を全て整えた。

その間、俺が暇していたかというとそういう訳もない。帝国に早急に戻るとなれば王族には相応の準備がいるのだ。例え俺が王家の中のはみ出し者だとしても血に嘘はつけない。王族が帝都までの道中にある町に泊まるだけでも必要な書類がごまんとある。キルベ姫も早急な旅の準備に忙しく、出発までの間、俺がキルベ姫の姿を見ることは一度としてなかった。


そして、いざ出発の日。


酋長の邸宅の前にホロ付きの大きな4輪の馬車が2台も用意されていた。1つは食料などを積み込む馬車、もう一つはキルベ姫が乗り込むための馬車だ。

それらの馬車は帝国のものよりも車輪が分厚くて車高が低いのもあり、重厚感を感じる作りであったが大きさそのものは変わりなかった。聞くところによると森の中を進む都合で小回りが効かないと不便なのだそうだ。ただ、俺の目を引いたのはその馬車を曳く馬の方だった。帝国で主に使われている馬とはまるで違う。体躯だけみても1.5倍、足の太さは2倍、体重に至っては3倍はありそうだった。もはや馬というよりは象に近い。おそらく、オークの体重を支える馬ともなればこれぐらいの大きさが必要なのだろう。


オークが用意した2台の馬車のうち後方にある馬車には騎士の1人が御者として乗り込んだ。彼はおっかなびっくり手綱を握り、一刻も早くこの場を去りたいと顔に書いていた。他の騎士達の姿は見えない。ジェレミアが先んじて出発させたのだ。

俺達がこの『黒の森』にやってくるまでに乗ってきた馬と馬車は近くの村に繋いでいる。『黒の森』を徒歩で抜けるのに3日、近村にたどり着くにはそこから半日はかかる。騎士達に森の出口まで馬を連れてこさせればスムーズに帝都への帰り道を進める。


オークの馬車には食料や水に加えて帝国への贈り物がわんさかと積み込まれていった。宝石、装飾品、衣類、更には武器までもが馬車の中に収められていく。俺としてはその中にキヴェイが含まれていないことだけを願うばかりだ。

荷の積み込みをしているのは村のオーク達だ。流石に彼等の顔を覚えてはいないが(というよりオークの顔を識別することが困難ではあるのだ)、その内の何人かはこの前のキヴェイの儀式に参加していたのを微かに判別できた。彼等と目が合い、咄嗟に愛想笑いを振りまくと、彼等は俺に向かってしきりに手を振って挨拶をしてくれた。


「……なんというか……間抜け面だな……」


俺は口の中だけでそう呟く。


戦う時は歴戦の将軍ですら逃げ出すであろう鬼気迫る形相なのに、平時であればむしろ愛嬌を感じるような顔つきだ。

「知性が溶けている」などという評価もこういう印象から広がったものなのではないだろうか。


俺はそう思いながら手を振り返した。


惜しむべくは俺がオーク語で別れの挨拶をできないことだった。国に戻ったら早急にオーク語の勉強をしなければならないと胸に誓う。


そこまで考え、俺は盛大にため息を吐いた。


「……なんでこんなことになっちまったんだか……」


俺は木々の隙間から見える青空に向けて小さな声で呟いた。

ここに来るまではおよそ絶望の日々だった。

帝国への愛国心だけで自分の心を支え、オークの集落から資源を簒奪してやろうと胸に誓っていた。


それが今やどうだ、この惨状は。


俺は他国の姫に心を奪われ、他国の民との別れを惜しみ、次に訪問する時のことを既に考え始めている。


「……我ながら直情的で短絡的だ……吟遊詩人も呆れて詩の一節にもならん……」


とはいえ、民衆というのは直情的で短絡的な話が好きなのだからおそらく俺も詩にされるだろうな。それが悲劇や滑稽話で終わらないことを祈るばかりだ。


そんなことを考えながら積み荷の監督をしていると、背後の大きな扉が開く音が聞こえた。振り返ればジェレミア外交官とザクト殿が数人のオークを引き連れて出てきたところだった。巨体のオーク達の中にジェレミア外交官が囲まれているのはまるで大人の集まりに子供が紛れ込んだような滑稽さがあった。だが、ジェレミア外交官はそんなこと気にも留めていない様子だ。


ザクト殿は俺を見つけるや否や大きく腕を広げ、すぐさま肩の十字の傷を見せつけてきた。

傷は塞がりつつあったが、よっぽど気に入ったらしかった。


刺青にしたりしないだろうな……


そんなことを思いながら俺はいつもの愛想笑いと共に会釈をしておいた。

そして、俺はジェレミア外交官と共に最終確認を行った。


「前々から言っていた通り、キルベ姫の姿は隠したまま帝都まで帰ります。騎士連中にもお姿を晒さないように注意を払ってください」

「わかっている……だが、そこまで徹底する必要はあるのか?どうせ帝都で発表するのだろ?」

「ええ。ですが、それまでは徹底して秘匿する。そういう方針です」

「…………」


そのことに対して俺はいまいち納得がいっていなかった。

キルベ姫を堂々連れて凱旋という訳にはいかないのはわかっていたが、それにしたってわざわざ代役まで立てる必要はあるのだろうか。


俺はザクト殿と後方に佇む2人のオークへと目を向ける。2人共に筋骨隆々のオークだ。この里の中でも生粋の戦士らしい。


彼等の役割はキルベ姫の代役とその護衛役だ。


つまり、オークの男女が並んているはずのだが、俺の目ではどっちが男性なのか女性なのかすら判別できなかった。


一応、2人の素性は大まかに聞いている。

女性側のオークは普段はキルベ姫の身の回りの世話をする付き人で、男性側のオークはザクト殿の年の離れた弟らしい。


彼等は大多数のオーク達がそうであるように巨大な一枚布を巻き付けるような服を着ていた。その服の上から頑丈な革製の旅装束に身を固めている。彼等の服には藍色に彩られた独特な模様の入った服飾が施されていた。それらの文様が正装の証だということは俺でも知っていた。


「それで姫はどうやって移動する手筈になっているのです?」

「ご心配に及びません。既に2台目の馬車に荷物に紛れて乗り込んでおります」

「一国の姫を荷物扱いせざるおえないとは……普通なら国際問題だぞ」

「なに、彼等は気にしませんよ。戦いに勝つためなら糞尿を纏って泥中を進むことも厭わぬ方達です」

「どうりで臭いわけだ」

「ほっほっほっほ」


ちなみに今の話は作り話ではない。

それは過去の帝国とオーク達の戦いでの記録だ。オーク達は糞尿を纏って虫をおびき寄せることで魔法による探知を誤魔化したのだ。彼等はその方法で夜闇に紛れて帝国軍の輜重部隊に幾度となく奇襲をかけて補給路を寸断して撤退に追い込んだ。その時に『オークが臭い』という印象は一際強固なものになった。


まぁ、実際に体臭が強いのは否定しないが。


俺は襟を整え、ジェレミア外交官と共にザクト殿へと向き直った。


「…………」


別れの挨拶。公用語での別れの言葉。

それは、仰々しいだけの決まり文句。

感情など込めたことはない。


いつも通りにそれを口にするだけ。


そのはずなのに、俺は声をどこかに置き忘れてきたかのように押し黙ってしまった。


「………………」

「ゴロニア王子?いかがしました?」

「…………いや……あぁ……ジェレミア外交官、ザクト殿は公用語を聞き取れないということでよろしいか?」

「え、ええ……」

「なら、こうお伝えください」


俺は自分の袖に仕込んでいるナイフの柄に指を置いた。


俺のナイフ格闘術。それは俺の身体に染みついた母の忘れ形見だ。

手を取り、足を取り、俺がどんな時でも生き残れるようにと母が教えてくれた。


帝国では誰も評価などしてくれなかったものだった。


「ザクト殿に……ありがとうございました。と」

「…………」


ジェレミア外交官がほんのりと頬を緩めた。


「はい、わかりました」


ジェレミア外交官がオーク語で二言三言礼を言うと、ザクト殿は歯を見せて笑い、再度傷口を指さした。


「ゴロニア王子、ザクト殿は『また、武技を見せて欲しい。次は万全で来い』と」

「それは勘弁願いたいな」

「満更でもない顔のようですが?」

「そんなはずないだろ。歴戦の外交官の眼は雲っておいでのようだ。さっさと、文明的な帝都に帰るとしよう」

「その態度、いつまで固辞するおつもりなのです?」

「余計な世話だ」


ジェレミア外交官はザクト殿にオーク語で何やら挨拶を述べていた。

俺は手筈通りに2台目の馬車の荷台へと乗り込んだ。御者台に騎士が座っている馬車だ。

俺は手綱を握る騎士に一声かけたものの、彼は俺のことを当然のように無視した。

だが、そんな態度をいちいち気にしてはられない。ジェレミア外交官も同じようにこちらの荷台に乗り込んだ。1台目の馬車には御者台に2人のオークが乗り込み、森を抜ける為に先導してもらえるようになっている。


「では出発しましょう」

「ああ」


ジェレミア外交官が騎士に出発を命じ、馬が動き出す。


その時だった。


森を揺るがす程の大音量が鳴り響いた。

空気を震わすような『ブォォォオオオ』というぐもった音が轟きとなって地まで揺らしているかのようだった。それは数百倍にでかくなった豚の鳴き声か、もしくは世界一下手くそな吹奏楽者が奏でるラッパのどちらかかと思えた。


「なんだこれはっ!?」


振り返れば、ザクト殿を含めた見送りに来ていたオーク達が空に向けて口を開けて喉を鳴らしていた。


「ジェレミア外交官……まさかこれは」

「ええ、オーク達の見送りですよ」


ジェレミア外交官は平気な顔をしているが、耳栓が欲しい程の大音量であった。


「あれは何の意味があるのだ!!」


俺は彼等の吠え声に負けぬように声を張りあげる。


「あれは戦神キルイスの祈りです。覚えがあるでしょ?」

「はぁっ!?先陣を切る時に捧げる祈りか!?これがっ!?」


それは戦場でよく行われるまじないの1つだ。

開戦の際に戦神キルイスに向けて叫び、戦場で死ぬ時に自分の魂をキルイスに見つけてもらうのだ。

恐怖を捨て去り、命の限り叫ぶときの声だ。確かによく聞けば僅かな抑揚があり、そのリズムは戦神キルイスの祈りに合致する。


それをオークが行うとここまでの迫力になるのか。


自分は歴史として『オークと帝国の戦争』を知っている。

だが、俺が物心ついた時には既に帝国はオークとの和平を結んでおり、実際に俺が戦場でオークと相対したことはなかった。

これだけの吠え声を聞けば、『叫びだけで岩を割る』と言われるだけのことはある。


「だが!なぜこのタイミングで!?」

「オークが森の外に出ていくのは大変なんですよ。偏見と好機の目はどこに行こうと必ず痛みを伴います。彼等にとってこれは鬨の声なのです。世界と戦う為の開戦の義なのですよ。王子も偏見があったでしょ?」

「否定はしないがな!!」


その鬨の声は俺達が完全に森の中に入るまで続いた。オークの里から遠ざかるにつれ、オーク達の声は聞こえなくなり最後には消えていった。最後まで吠えていたのはきっと娘と弟を送り出すザクト殿のものであっただろうな、なんてことを思った。


木漏れ日の中を進む馬車。森の中の腐葉土と青葉の香りに包まれ、俺はふと後ろを振り返った。木々の向こうにオーク達の里が消え、そして見えなくなっていく。


そんな俺のことを横目に見ていたジェレミア外交官が小さく呟いた。


「名残惜しいですか?」

「冗談を言うな……誰がこのんでこんな場所……」

「気に入ったのならいつでも訪れてよいのですぞ」

「そのうち嫌でも住むことになるんだ。わざわざ何度も訪れる意味もないだろう。こんなむさくるしい場所」

「相変わらずでございますな……ちなみにキルベ姫がそこの食料袋に隠れておりますので、あまり意地を張るものではございませんよ」

「なっ!!!ちょっ、ちょっと待て!!手筈では1台目に乗り込むはずだろ!待て!キルベ姫!!」


俺は御者台の騎士がこちらに注目してないことを確認し、すぐさま食料袋の脇へとすっ飛んだ。


「先の言葉はその、えと、本心ではない!!あっ、違う、この前の約束のことではない!いや、むしろあの時の言葉の方が本心だ!また来る、必ずこの里を訪れる!!」

「王子……」

「なんだ!?」

「冗談です」

「……は?」

「ですから冗談です。姫は1台目に乗っておられます」


ピシリ、と音がした。


間違いなく俺のこめかみで何かがキレた音だった。


「……いやはや……私も、ゴロニア王子がそこまで取り乱すとは思ってもみなくてですね……」

「…………」

「……しかし、思っていた以上に入れ込んでいるご様子で……」

「…………」

「……流石に一国の王子としてはいかがなものかと思いますぞ……まぁ、一般的な好青年という面で考えれば今の言動も及第点かもしれませんが……政務に影響のないようにお願いしますよ」

「……黙れ」

「いえいえ、私は喋ることが仕事ですので。しかも、このオークの里との国交回復は私の長年の集大成です。ここに来て1人の王子のお粗末な言動で台無しになれては困ります。それと、私は国王陛下よりこの件に関して一任されていることもゆめゆめお忘れなきようお願いしますぞ」


俺はキヴェイを一杯丸々飲み干したような気分で押し黙り、怒りで震える手で自分の頭を抱えて髪をかき上げた。


「ジェレミア外交官……私は王子だぞ」

「血筋しか誇れるものがないとは、ついぞそこまで落ちぶれたとは思いませんでしたな。母君が泣いておられますぞ」

「その言葉は王族の多くに刺さるのではないか?口は慎め」

「先も言いました通り、私は喋ることが仕事です。当然、相手を見て喋っておりますよ。ろくな権力も持たず、自ら動かせる私兵は1人、専属の文官も同じく1人という、本当に王族かどうか疑わしい末の王子に持ち合わせる礼儀としてはこの程度でいいかと存じます」

「もういい……取り乱した自分が悪かった……」

「おや、随分と早い降参ですな」

「お前は随分興奮しているようだ」

「そりゃそうですよ」


ジェレミア外交官はふと馬車の後方へと目線を向けた。オークの里はもう見えない。

だが、ジェレミア外交官はどこか哀愁を漂わせた瞳でその方向を眺めていた。


「ようやく……私の仕事が終わるのですから」


それは、張り詰めた糸が緩んだかのような声音だった。


何かを懐かしむような、過ぎ去った時間を惜しむような、大切な宝物を語るような、それでいてどこか寂しげな、そんな言い方だった。

ジェレミアは普段こそ年齢を感じさせない凛とした顔つきをしていたが、その時のジェレミアは随分と老けているように見えたのだった。


「ジェレミア外交官……1つ聞いてもいいか?」

「…………なんでしょう?」

「その『仕事』ってのはいったい」


一呼吸。


たったそれだけだった。


それだけで、ジェレミアはいつもの隙の無い好々爺とした顔つきに戻ってしまっていた


「もちろん今回の政略結婚に決まっていますでしょ」

「…………」


答えるつもりはない。


言外にそう言われた気がした。


そうであるなら、自分にはジェレミア外交官の口を開かせることはできない。

俺にはそんなことができる権力も魔術も話術も持ち合わせがない。


ならば無駄な努力に時間を費やすのは無駄だ。

あいにく、自分にはやらなければならないことが山ほどあるのだ。


「外交官、ちょうどいい。私にオーク語のご教授をお願いしてよろしいか?」

「ええ、ええ、もちろんですとも。随分と遅くなりましたが、始めましょう」

「お手柔らかに頼むよ」

「それはゴロニア王子の頭の出来次第です」


いつになく一言多いジェレミア外交官に苦笑いを返しながら俺は少しずつオーク語について学んでいくのだった。

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