決闘は過激な愛に似ている
お互いに向き合い、身体をほぐしながら構えを取る。
俺の身体にはまだ疲労感が残っていたがあまり気にしないことにした。
昨日のザクトとの試合とは違うのだ。
勝敗など正直どうでもいい。ただ、オークの文化において、こうやって剣を打ち合わせることは言葉を交わす以上の意味があるようだった。
お互いの積み上げてきた鍛錬の量、勝利という1つの目標へ至るための意思の強さ、武器を合わせることでその人物の人となりの一部をより直感的に感じることが、オークにとって重要なのだと俺は解釈した。
キルベ姫は長剣は鞘にしまって固定した。俺も懐のナイフには魔法を使って刃を一時的に潰した。お互いに刃はなし。とはいえ、武器の重量は変わらないのだ。下手に攻撃を受ければ打ち身や骨折は免れない。気を抜けば大怪我をすることになる。気を抜くことは許されない。
俺は相対したキルベ姫の一挙手一投足を見逃さないように全体像を眺める。
長剣を肩の高さに構えた基本的な上段の構え。
彼女の袖がめくりあがり、余計な肉を全てそぎ落としたような二の腕が剥き出しになる。
それでいて脇から胸元に至るラインにはきっちりと女性らしい柔らかさが残っているのだから、こういう場でなければ少しばかり煽情的であっただろう。
だが、今は剣を向き合わせた勝負の場。
今の俺にそんなことに惑わされる感情は一欠けらもなかった。
「…………多分な……」
「え?」
「いえ、なんでもありません。それより、あの掛け声はいらないのですか?」
「掛け声?……あぁ……『ヴァクトゥ』のことか?」
「そう、それです」
「あれは、古来より我々が戦いを鼓舞するための祈りの言葉……神聖な決闘の上でしか使ってはいけないのだ……このような訓練では唱えてはならないのだ」
「……なるほど」
オーク族の主神は戦神キルイス。それは『ロマヌス経典』に乗る列記とした神々の一柱ではあるが、この『ヴァクトゥ』という祈りはそこには載っていない。類似する祈りもないことを考えると。『ヴァクトゥ』というのはオーク族の土着の宗教観のようだった。
まだまだ学ぶべきことは多い。
俺は頭の中でそう呟いたのを最後に戦闘へと思考を切り替え、後ろに下げた足を軽く沈みこませた。
「……すぅ……はぁ……」
ここは、士官学校の武器や行動が制限された決闘の場ではない。
俺は腕を肩の高さに掲げ、余計な力を抜く。
そして、俺が構えを取った瞬間。
キルベ姫が飛び出した。
地面が抉れるほどの蹴り足。
一気に加速したキルベ姫は低い姿勢で突撃姿勢をとり、そのまま間合いへと踏み込んだ。上段から重量を乗せた袈裟切り。俺はそれを身体を開いてかわした。空振りに終わった剣であったが、キルベ姫はすぐさまに足を踏み変えて流れるような連撃で逆袈裟に剣を振り上げた。
振り下ろし、振り上げる。
長剣の基本中の基本とも言える連携攻撃だが、その全てがあまりに早い。
まるで短剣を握っているかのような軽快な動きに対応が遅れる。
「……っく!!」
俺はナイフを引き抜きキルベ姫の剣を受ける。だが、それは明確な悪手であった。
キルベ姫の剣はその体躯に見合わぬ程の豪剣であった。ナイフから腕に伝わる衝撃は士官学校の同期連中と比較しても遜色ない。なんなら剛腕で鳴らした俺の友人以上の剣圧だ。
俺はその衝撃を逃がしきることができず、ナイフを吹き飛ばされた。
「っつ!!!」
握っていた指に引き千切られるような痛みが走る。二の腕から肩にかけてが雷でも撃ち込まれたように痺れた。ナイフを手放してなかったら指の骨が折れていたかもしれない。
見た目は可憐でも、中身は間違いなくオークってわけか……
キルベ姫は振り上げた勢いそのままに身体を捻り、もう一撃を加えてくる。このまま長剣の間合いで戦うのはまずい。かといって後ろに逃げようものならじり貧になるのは目に見えている。
ならば、残された道は1つ。
俺は彼女に向けて自分から前に踏み込んだ。
「っしゃぁぁあああっっっ!!!!」
「っつ!!」
振り下ろそうとしていた彼女の剣を肘のところで止め、強引に長剣の間合いの内側に入り込む。
ここはお互いの足が触れあう程の接近戦。ならば、猛威を振るうのは間合いの短いナイフの方だ。俺は右手のナイフを逆手に持ち換え、突き刺すような要領でキルベ姫の脇腹を狙った。
「っく!!」
キルベ姫はそれを腕でブロックする。手首を止められ、ナイフが振り抜けない。キルベ姫はこの距離での格闘戦を嫌ったのか俺の腹を蹴り飛ばし、強引に距離をあけた。
力の入った蹴りではなかったはずなのにその衝撃たるや、馬上突撃でもくらったかのような威力だった。
俺はなんとか仰向けにひっくり返ることだけはしないように足を踏ん張って耐える。
キルベ姫は軽い足取りで距離を取り、再び得物を上段に構えた。
「はぁっ……はぁっ……」
俺は肺になんとか空気を取り込もうと荒い息をあげる。
一回の攻防だというのに、まるで数時間打ち合ったかのような疲労具合だ。
それに対してキルベ姫の方はまだまだ余裕がありそうだった。
わずかに上気した頬と湿ったきめ細やかな肌は午後下がりの陽気の中では極めて美しく映った。
「くそっ……でも、つけ入る隙はある……なっ!!」
今度は俺の方から仕掛けた。
キルベ姫もほぼ同時に動き出す。
キルベ姫は俺の正中を狙って鋭い突きを放った。
剣の攻撃で一番回避がしにくく、出が速いのが『突き』の攻撃だ。
最速、最短で相手の急所を抉る剣。
だが、それは最初から予想していた。
俺は前かがみになり、膝を折って身体を一気に沈み込ませた。
「っっ!!」
地を這う程に低い姿勢で剣をかいくぐる。俺はそのまま自分の体重を前に前へとかけて一気に加速した。その動きは四足獣かと見まがうばかりの俊敏さだ。暗殺者を逆に殺す為のナイフ格闘術。
相手より低い姿勢から、剥き出しの急所を狙う為の動きだった。
俺は両手にナイフを持ち、一瞬でキルベ姫の懐に飛び込んだ。
低い姿勢から切り上げるように腕を振り上げ、クロスするように反対の腕を走らせる。
短い間合いで2度、3度とナイフを振り、キルベ姫に迫る。
キルベ姫はそれを全て剣で防いだ。
だが、俺の攻撃は終わらない。
お互いの吐息がかかる程の距離。彼女の心臓の鼓動が聞こえてきそうになる程の間合いで俺は腕を振り続ける。キルベ姫は彼女は剣を両手で持ち換え、盾のように構えてその攻撃を受けだした。
完全に守勢に回らせた。俺達は円形闘技場の枠を超え、花畑に踏み込み、更にそのまま森の中へと入っていく。だが、お互いに戦いをやめることはしなかった。
俺のナイフは彼女の防御の癖を見抜き、徐々に鋭さを増していく。
彼女の方も体力の余裕からか虎視眈々と俺の隙を伺っている。
お互がいがお互いの全てを視界に収め、ただ相手のことに思考の全てを費やす。
決闘は過激な愛に似ている、と言われるもあながち嘘ではないのだ。
だが、この愛には必ず終わりが来る。
「っ…………」
ほとんど無呼吸で攻め立てていた俺の身体に限界が近づいていた。
心臓が悲鳴をあげる。肺がこれ以上なく痛む。足や腕の動きが鈍くなっていく。
そして、ついに俺の攻め手が緩んだ。
「っ!!!おぉぉっ!!」
軽い裂帛と共にキルベ姫が俺のナイフを跳ね上げた。
俺の手からナイフが飛んでいき、腕が跳ね上がる。間合いが半歩開く。
すぐさま彼女は剣の刃を握り、長剣を逆さまに持ちあげた。
この間合いでは長剣を全力で振るには距離が近すぎる。だからこそ、彼女は剣を逆さまに持ち、柄の部分をハンマーにして使うことにしたのだ。
「っっ!!!」
攻撃は避けきれない。ナイフで受ける余裕もない。
俺は片腕で側頭部を庇った。頭部を殴られて気絶するよりは腕一本犠牲にする方がましだった。
風切り音と共に俺の前腕に柄部分がぶち当たる。
「っっっっっ!!!!」
声の出ない悲鳴が喉奥に詰まる。
肉が潰れる音がして骨がミシミシと軋む。
それでも殺しきれない衝撃が頭へと到達するが、幸か不幸か気を失う程ではなかった。
「っつぁ!!」
俺は袖からもう一本ナイフを引き抜き、それを彼女の胸元の服に引っ掛けた。
「っえ!!」
俺は彼女の上半身を引き寄せバランスを崩し、膝裏に足をかけた。関節に力をかけ、キルベ姫に膝をつかせる。
すぐさま俺は下半身の力を総動員して背筋に力を込めた。身体全体をムチのように体をしならせ、身体を反らせ、ため込んだ全身の力を一点に集めた『頭突き』を叩き込む。
狙いはその鼻っ柱。だが、彼女もすぐさま狙いに気づき応戦する。
「おらぁっ!!」
「ふんっっ!!」
2人の額と額が激突した。
骨がぶつかり合う鈍い音。衝撃は腰まで響いた。音が森の中に反響し、枝葉が揺れたような気がしたがきっと気のせいだろう。
額を合わせたまま、お互いに動きが止まる。
お互いの瞳に相手の瞳が反射する。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……」
鼻先がわずかに触れる。お互いの吐息を吸い込む程の距離。少しでも動けば唇が触れあいそうになる。
だが、ロマンチックには程遠い。俺の額は裂け、血が滴り、顎まで伝っていく。
合わせたままの額からは彼女の方にも血が流れていき、その鼻筋の脇に赤い軌跡を残した。
流れた血は彼女の唇の端で止まる。
そして、次の瞬間、キルベ姫が息を吐きだした。
「くふっ……ふふふ……」
それは彼女が笑った声だった。
「私の……負け……だな」
囁くようなその声。喉を震わす彼女の首元には俺のナイフの先端が当たっていた。




