宴会に行くときには少し身構える
どうしてこうなった?
俺は最初に待機していた質素な部屋へと戻り、頭を抱えていた。
ザクトや他のオーク族の戦士に気に入られたこともあり、今晩の晩餐会は豪勢に行うことになったのは良かった。彼等に良い印象を持ってもらい、彼等の内側に深く自分の存在を刻み込むことには成功した。
だが、俺がオーク族に良い印象を持ってどうする!
なんで俺は『オーク族の一員として生きていくこともちょっと良いかな』なんて思ってんだよ!!
キルベ姫に好意を抱いてしまったことはもういい。いや、本当はよくないのだが。しかし、あれは不意打ちみたいなものだ。
だが、その父親まで好印象を抱いてしまったのはどうなのだ。相手は紛れもない生粋のオークで多少武技に真摯だっただけだ。臭いし、デカいし、汚いしで、生理的に受け付けない相手のはずだったろ!
それがなんでこう、一緒に食卓を囲むのを楽しみにしてんだ俺は!
自分は帝国の人間であり、ここには『政略結婚』の為の道具としてやってきたのだ。
オーク族に取り入り、利益を引き出し、内側から簒奪するための先兵なのだ。
最終的にはオーク族の森を奪い取ることまで視野に入れてたはずだろ。
それを俺は自分に何度も言い聞かせる。そうでもしないと、自分の感情がオークと帝国の間で非常に激しく揺れ動いてしまうのだ。
たった1日滞在しただけだというのに、18年生きてきた帝国と同等の比重をこの国のオーク達に置きかけている自分が本当に信じられなかった。
だがしかし!だがしかし!まだ、俺には残された道がある!
人間が生きる為に必要なもの。それは衣食住だ。
『住』に関してはキルベ姫の部屋を見る限りでは問題なさそうだった。『衣』に関しては自前の服があるのであるので関係ない。
だが、『食』に関してはどうであろうか?
確かにキルベ姫の部屋でいただいた『ビィバァデ』やクッキーは悪くなかった。
だが、毎度あれだけを食べているわけがない。本来の食生活に関してはまだ未知のままだ。
相手は森の奥に住む未開の地のオーク。血の滴る生肉を喰らうとさえ言われている。
そんな彼等の料理がまともであるはずがない。食事が口に合わないというのは致命的なのは間違いないのだ。3食マズい飯を食っていれば、この土地に対する想いも、キルベ姫に対する感情も、ザクト殿に対する尊敬の念も綺麗さっぱり消え去るに違いない。
そうだ。もうそれしかない。
俺は膝を強く掴んでそう決意する。
願わくば、夕餉には俺がドン引きするぐらいのゲテモノ料理が出てくることが望ましい。
西には猿の脳みそを食す文化があると噂に聞いたことある。流石にそれは眉唾物であろうが、俺としてはそれぐらいインパクトのあるものが欲しいところであった。
そこまで考えて、俺はふと昔言われた言葉を思い出した。
『好きなものを好きになるのに理由はいらない……ただ、好きだったものを嫌いになるために理由がいるだけ』
俺は頭を掻きむしっていた手を止め、背もたれに寄り掛かった。
なんで唐突にその言葉を思い出したのだろうか。
「………母様……」
あれはいつの頃だったか。俺は母の膝の上に乗り、木漏れ日の中にいた。
そんな俺に向け、母がそう言ったのだ。
あの時は言葉の意味などわからなかった。だが、どこか寂しそうな母の瞳だけはよく覚えていた。
俺は自嘲するように吐息を吐き出した。
「…… 好きだったものを嫌いになるために理由がいるだけ……か……」
そんな時だった。
「ゴロニア王子、夕餉の支度ができたそうですよ」
ジェレミアが外からそう告げた。
「そうか。では参ろう」
俺は髪をかき上げ、王子としての仮面をもう一度しっかりと被りなおす。
自分の見る世界は全て帝国の礎になる為に存在するのだと心に言い聞かせる。
世界の全ては我々が支配するものだという不遜な態度を腹に据える。
そして、俺は数度の深呼吸を経て、扉を開けてジェレミアを出迎えた。
そこに立っていたジェレミアは顔から色を亡くし、恐怖の表情を浮かべて、20年は老けたような顔をしていた。
俺の仮面が一気に剥がされた。
「ジェレミア!?どうした!?何かあったのか!?」
歴戦の外交官である彼がこんな顔をしているなどただ事ではない。
俺の中の少し浮かれていた気持ちが急速にしぼんでいく。
俺がオークの人達に何か失礼なことでもしたのだろうか?ザクト殿の逆鱗に触れるようなことをしたのか?それとも、キルベ姫に取り返しのつかない失礼でも働いてしまったのだろうか?
彼等を嫌おうとしている俺であるが、彼等に嫌われるのは困るのだ。
誠に自分勝手なのはわかっているが、それが俺の一番の目標なのだ。
だが、そんな俺の心配をよそにジェレミアは「いえいえ、なんでもないですよ」と疲れた笑顔を見せた。
「いえ、その、今夜の夕餉のことで少し。まぁ、王子は普通に夕餉をお楽しみください。私としては『あれ』の経験は豊富ですが。やはり、私の経験してきた『あれ』が特別酷いものばかりであった可能性もあり得ますから」
「ジェレミア?何の話だ?」
「いえいえいえ、お気になさらず。オークの宴は無礼講。酒の席での言葉に責務なし。王子も失礼のない程度に気を抜いて楽しんでくだされ」
「そ、そうだな」
「ささ、こちらに。皆が王子をお待ちですよ」
歴戦の外交官たるジェレミアがまるで処刑台にでも向かうかのように意気消沈して俺を案内していく。
俺はその後ろ姿を見ながら、息を詰めた。
確かに俺は晩飯にゲテモノを期待した。二度と見たくないような食事を期待した。
だが、このジェレミアの反応は予想外だった。
まさか、本当に口をつけるのも躊躇うようなものが出てくるのか?
巨大な昆虫の姿焼きとか、ヒルのような生き物の踊り食いとか、そういうものを食べなければならないのだろうか?
具体例が頭の中に浮かび、俺は既に軽い吐き気を覚え始めていた。
だが、よく考えろ。
この里にはキルベ姫がいる。彼女がそういうのを食べている様子が想像できるか?
巨大昆虫をナイフとフォークできっちり捌いて食べるキルベ姫。
蛇のような生き物を頭からツルリと飲み込むキルベ姫。
「……………なくはなさそうだな……」
「王子?何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。盲目というのは本当に大変なのだと思っただけだ」
「はい?」
俺は自分の思考回路が相当毒されていることに軽く絶望しながらジェレミアの後を付いて行った。
俺が案内されたのはやはりザクト殿の屋敷であった。最初と同じように中央扉を開け、その奥に通される。そして、ジェレミアは俺を屋敷の真ん中を突っ切らせて裏庭へと案内した。
そこは円形の広場だった。
その広場の真ん中に巨大な火が盛大に炊かれている。野営で作る竈とはまるで違う。薪を組み、その上に火種を落として燃え上がらせたような大きいだけの粗雑な焚火だ。
その周りには既にオーク達が集まっており、宴の準備が進められていた。アルコール臭のする樽が並べられ、様々な料理が運び込まれ、打楽器を中心とした音楽隊が音を軽く合わせている。
だが、俺が一番目を引いたのはその中央の焚火の上で焼かれているものであった。
そこには丸々太った豚が太い枝に縛られて炎の上で回されていた。
皮に軽い切れ込みがいれられ、岩塩をまぶされながら焼かれる豚。それだけなら、ただの丸焼きだ。オーク達はその豚の肛門を切り開き、中に野菜や穀物を詰め込んでいったのだ。
「……………」
あまりにも野蛮な料理方だが、正直に言って俺は少し安心していた。
少なくとも見た目だけは普通のものが出てきそうであった。
「どうかされましたか?ゴロニア王子?」
「いや……気にしないでくれ」
俺は『なんでもない』とでも言うように手を振る。
だが、その内心ではジェレミアに非難の声をあげていた。
なんだ散々脅かしてきたが、蓋を開けてみれば大したことではないじゃないか。
そう思っていた矢先だった。
「うっ……」
ジェレミアが何かに引いたように足を止めた。
「ジェレミア、先程から何を心配しているので」
「あ……いえ、その……」
ジェレミアは顔を引きつらせ、逃げ道を探すかのように視線を泳がせていた。
俺はジェレミアの視線から彼が見ていたものの当たりを付けた。
それは飲み物だった。
ジェレミアが見ていたのは樽の中に入れられた酒のような飲み物。見るからにドロリとした白濁色の液体で、甘ったるい匂いがここまで漂ってくる。乳から作った酒だろうか?だが、この程度の酒であれば帝国にもあるし、近隣諸国にはもっと甘い酒もある。この程度でジェレミアが怯むとはどういうことだろう?
「ジェレミア外交官。何を怯えているのです?」
「そうですな……やはり『あれ』があるということはもう覚悟を決めるしかないでしょうしな」
「『あれ』とは、あの酒か?」
「はい……あれは『キヴェイ』という飲み物です」
「『キヴェイ』?」
その名前には確か覚えがあった。オークのことに不勉強な自分でも流石に結婚に至るまでの手順は学んでいた。その中に確か『キヴェイの儀式』というのがあったはずだ。
「あれは、とある木の根から作られた酒なのですが、あれを回し飲みするのです。その輪に入ったものはコミュニティーの一員として認められる。民家の中で行えば家族の一員になり、鍛冶組合の中で行えば新たな仲間として迎えられる。そして、今日はオークの各分野のトップが集まる場での『キヴェイの儀式』です。つまり……」
「私が……オークの集落に受け入れられるということですか?」
「左様です。私もこの地に来て幾度と行いました」
ジェレミアはそのことを思い出したのか小さく身震いした。
先程からジェレミアが怯えていたのはこの儀式のせいなのか。
そんなに恐ろしい儀式なのだろうか?
だが、流石に命に関わるものではないだろう。
「『キヴェイの儀式』という儀式は名前だけは知っている。だが、その儀式は正式な結婚式の前に行うとの話じゃなかったのか」
「はい……元々そういうつもりでした。結婚式の前に『キヴェイの儀式』を行い、オークの一員となってから結婚式をあげるという手順でした。ですが、ゴロニア王子のことをオークの皆が気に入ってしまったのです。特にザクト殿が。それで予定が繰り上げになりました。この儀式が終わればゴロニア王子は晴れてオークの部族の一員となるのです」
つまり、この儀式を終えれば俺はもういつでも帝国を離れてこの部族に合流してもいいことになる。それこそ、結婚など関係なく、キルベ姫との婚姻が御破算になったとしても、俺にはこのオーク達の森に永住することができるのだ。
俺の腹の奥が揺れた気がした。
本格的に自分が帝国という枠組みから外れようとしている。
なんだかんだ言っても産まれてずっと過ごしてきた帝国だ。
いざ離れる準備が進むと、感傷が訪れる。
だが、それはもう仕方のない話だった。キルベ姫との政略結婚が進めばいつかは必ず訪れるものだ。
その瞬間が、予定より早まっただけ。
俺はクールダウンした頭でそう思うことにした。
「構いませんよ。それで帝国に帰れなくなるわけではないのでしょう。オークの部族入りは遅かれ早かれ行われるのです。今さら逃げも隠れもしません」
俺は眉一つ動かさずにそう言ってのける。
だが、俺の頭の中では帝国で過ごした日々が駆け抜けていた。辛いことの方が多かった18年間であるが、自分にもやはり帝国を思う気持ちは残されていたらしかった。
俺は自嘲するように笑う。
心配することなどなかった。
俺は結局、根っからの帝国王子なのだ。
どれだけ、オーク達に気持ちが揺れようとも、根っこのところでの愛国心は変わらない。
これならば俺はしっかりとこの里を帝国の為に『利用』してやれるだろう。
ジェレミアはそんな俺の顔になんらかの覚悟の色を感じ取ったのだろう。
彼は「何も心配することはありませんでしたな」と呟き、再び俺を広場の奥へと案内していった。
そうだ、俺にはやはり帝国王家の血が確かに流れているのだ。
俺は自信を持って、オーク達の待つ宴の席へと踏み出していった。




