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勝ち負け以上に大事なこと

対暗殺者用のナイフ格闘術。


目つぶし、金的、なんでもあり。四つん這いの状態から脛を狙い、必要に応じて打撃格闘戦にも移行する。泥を蹴り上げ、砂礫をぶつけて、必要ならば糞すら投げつける。生き残ることに全てを注ぎ込んだバトルスタイル。


それが俺が最も得意とする戦い方だった。


それまるで盗賊のようで、貴族にはあまりにもふさわしくない。礼儀を重んじる騎士にも向かない。王族としては恥もいいところだった。


だからこそ、ほとんど誰にも見せたことはなかった。


そのはずだったんだけどな……


たった一回の決闘でオーク族の首魁はそんな俺のつまらないしがらみを一瞬で取っ払ってしまった。


ほんと、清々しいぐらいに戦いに真摯な奴らだ。


俺は少しずつザクトと間合いを詰めていく。そして、ザクトの棍棒の間合いに入った瞬間に一気に加速した。ザクトはそんな俺へ鋭い突きを繰り出す。逆手に持ったナイフでそれを受け流し、俺は更に深く踏み込む。


次の瞬間。強烈な殺気を感じ、俺は両手のナイフをクロスさせ、右脇のあたりで盾のように構えた。その刹那、そこに棍棒の一撃が叩き込まれる。

鋭いスイング。まともに受ければナイフが折られる。

そう判断した俺は攻撃を受ける瞬間に地面を蹴った。身体を宙に浮かせ、棍棒の上を転がるように身体を捻り、衝撃を受け流す。


クルリと身体を回転させ、地面に手をついて着地する。そして着地と同時に俺は再び地面を蹴った。


ザクトの武器の間合いの内側へと踏み込み、更に低い姿勢から脛を狙う。

俺は右手のナイフを手の中で回転させる。人差し指をナイフ尾部のリングに通し、ナイフを拳から目一杯突き出した。


だが、ザクトは素早く足を引き、俺の刃をかわした。ザクトは更に一歩下がり、棍棒を振り下ろす。俺は身をひねって攻撃を避け、同時に刃の先で引っ掻くように腕を振った。


その刃がついにザクトの身体に届いた。ザクトの大腿部の皮膚が軽く裂け、血が滲む。


だが浅い。ザクトはその程度で怯むことなく、薙ぎ払うように棍棒を振った。


至近距離からの攻撃。回避は間に合わないと判断した俺は両手のナイフを捨て。剣を引き抜いた。剣を盾のように使って攻撃を斜めに受けて逸らす。棍棒の衝撃を可能な限り受け流した。だが、相手はオークだ。防御のタイミングは完璧だったにも関わらず、たった一度の攻撃で腕に痛烈な痺れが走った。恐るべき膂力だった。


その直後だった。


俺の側頭部を強烈な打撃が襲った。


「ぐっ!!」


目の奥に星が散った、視界が回り天地がひっくり返った。痛みと衝撃で脳がガンガンと揺れ、落ち着いていたはずの吐き気が一気にせり上がってきた。


それが棍棒で殴られた衝撃だったことを認識するのにわずかに時を要した。ザクトは振りきった棍棒を手元でクルリと回転させ、素早く俺の側頭部にぶつけたのだ。腰の入っていない手先だけの攻撃なので本来は大したダメージはないはずの動き。それでも、オークと比べて体格が半分程度しかない人間にとって十分強烈なものになる。


頭の中がシェイクされたように揺れる。既に体力が限界に近かったのもあり、意識が持っていかれそうになる。視界が白く染まり、眠る直前のような柔らかな睡魔が襲ってきていた。重力がどこかに消え、身体が傾いて行き、体の感覚が消えていく


このまま、倒れればきっと楽になるだろう。


地に伏せて、力を抜き、目を瞑ればもう終わる。この痛みからも、苦しさからも、全てから解放されるだろう。


その誘惑に負けそうになった、その時。


俺の視界に金色の髪が映り込んだ気がした。


その瞬間、俺の腹の奥に炎が灯った。


「こなくそがぁあああああ!!」


俺は大きく足を踏み出して踏ん張り、意識を強引に自分の手元に抱き寄せた。


俺はまだ死んでない!


そう宣言するかのようにザクトを睨み上げる。


剣を捨て、鞘を捨て。再びナイフを引き抜く。

服の内側に仕込んでるナイフは計6本。2本は捨て、2本は今握っている。だが、最後の2本を使う機会は巡ってくるか微妙なところだった。


既に腕が限界だった。感覚は麻痺しており、ナイフの重さにすら耐えられずに小刻みに震えている。これ以上長くは戦えない。どう転んでも次の攻撃がラストアタックだった。


そんな俺にザクトが棍棒を向けた。


「ヴェ!ドゥェル?」

「ん?えと……」

「王子!!ザクト殿は『それが本当の姿か!?』とおっしゃっています!!」


闘技場の外からのジェレミアの通訳を受け俺はザクトを見上げる。

ザクトの深草色の瞳の中にナイフを構える自分の姿が映っていた。

ナイフを構え、虎視淡々と相手の隙を探っている自分の姿。足先はいざとなったら砂を蹴りあげるよう準備しているし、手元のナイフは隙があれば投擲も辞さない構えであった。


騎士の決闘ではありえない姿。

王族としては唾棄すべき戦い方。


だが、これが俺の本当の姿なのだ。


俺はザクトに向け、自信をもって頷いた。

そんな俺を見下ろし、ザクト殿は鼻息を強く吹き出した。

そして、何か納得したように大きく頷いた。


「ヴィ!ヴゥアヴァイゾーン!」


ザクトがなんと言ったかわからない。だが、どうでも良かった。


そしてザクトが棍棒の構えを変えた。

中段に持つ構えから、更に武器を下げ、下段に対応するための構えを取る。

それは俺の低い姿勢からの攻撃に対応する策だ。


とはいえ、俺のやることは変わらない。


「行くぞ!!」


俺はザクトの間合いに飛び込んだ。

すかさず、下段から突き上げるような攻撃が飛んでくる。

俺はそれを右手のナイフでいなし、更に踏み込んだ。

ザクトはすぐさま追撃を行ってきた。棍棒を左手に持ち替え、振り下ろすような攻撃。俺は姿勢を低くして回避し、地面に振り下ろされた棍棒にナイフを突き立てた。


そして、俺は棍棒に足をかけた。


全体重をかけて棍棒を地面に押し付け、更にもう一本ナイフを棍棒に突き立てる。


「ボォトゥ!」


ザクトが驚いたように声をあげた。俺はその隙を逃さず、突き刺さったナイフを足場に『棍棒』を駆け上がった。


闘技場から一際大きな声があがった。


俺はザクトの肩に手をかけ、片手のナイフを抜きながら腕を切りつけた。そして、そのまま背中側に回り込む。彼の鎧のような筋肉に足を乗せ、首の上まで飛び上がり、ナイフを両手に抜き、ザクトの首に組みつこうとする。


取った!!


そう思った直後だった。


ザクトが身体を捻り、肘打ちを俺の身体に突き刺した。


「ぐぅっ!!」


肋骨が折れた痛みがあった。肝臓が押しつぶされ、呼吸が止まり、死にたくなるような激痛が背筋をかけあがった。だが、その痛みのおかげで逆に意識を飛ばさずにすんだ。


まだ、戦える。


だが、そんな俺の意志をくじくかのようにザクトが素早くその場でターンを決めた。

宙で姿勢を崩したまま落下する俺の胸倉と腰のベルトを掴む。そして、ザクトはそのまま俺を地面に叩きつけた。


「がっはっ!!」


背中から完膚なきまでに打ち付けられる。なんとか受け身を取ることはできたものの、肺の中の空気を絞り出され、まともに呼吸をすることもできなかった。


俺はそのまま大の字に横たわり、目を大きく開き、全力疾走を終えた後のように顔をしかめ、必死に呼吸する。


もう、身動き一つ取れない。指一本動かす気力もない。


心臓が痛いぐらいに胸骨を打ちつけ、身体中の血管が爆発してもおかしくない程の強さで脈打っていた。幾度も攻撃を防いだ両腕が痛い、殴られた側頭部が痛い、肘打ちをくらった右脇腹があまりにも痛い。


だが……


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


地面は冷たくて気持ちよく、空は馬鹿みたい真っ青で雲一つない。大きく風が吹き、闘技場の中の熱気を攫って冷たい森の空気を運んできてくれる。


悪くない気分だった。


少しずつ呼吸が落ち着いてくる。

そんな俺をザクトが見下ろしてきた。


彼は左腕についた十字の傷を俺に見せつけていた。

一本目の傷は俺がザクトの身体を駆け上がった時につけた傷。2本目は俺が地面に投げられた時になんとか一矢報いたくてナイフを投げて切りつけた傷だった。


ザクトはその傷を右手でなぞり、その血のついた手で俺を指差した。


「ゴロディア!グール!!」


なんと言われたのかはわからない。でも、その顔を見れば彼が自分に好印象を持ってくれているのはわかった。


俺は息を吐くと同時に小さく笑い、自分の右手に持っているナイフを顔の前でぶらさげた。


母に教わった技術。決闘の場では卑怯と罵られ、貴族としては下品と言われ、王族としては無様と言われた戦い方。この戦い方を誉めてくれたのは今まで母と友人2人の計3人だけだった。


「……なんていうか……なんていうのかな」


俺はナイフを服の内側に戻し、もう一度空を見上げた。


「ザクト殿は『気に入った』と申しておりますよ」


俺の視界にジェレミアが顔を出した。


「ゴロニア王子。良い勝負でしたよ」

「負けてしまいましたがね」


俺がそう言うと、ジェレミアは皮肉気な顔で控えめに笑った。


「ははは、ご冗談を。我々の勝ちでしょうに」

「まぁ、外交という意味では決して敗北ではないな」


オークの首魁に気に入ってもらえたのだから、結果は上々と言えた。


だが、できれば一勝ぐらいしたかったというのが俺の本音であった。


まぁ、万全状態でやりあってもザクトに勝てるかどうかはわからない。

今日のところは及第点としておくこととしよう。


そう思いつつ、俺は苦笑いを浮かべる。


そうして、いつまでも横たわっている俺にザクトがその大きな手を伸ばしてきた。正直言えば、もう少しここに寝転んでいたかったが、流石にその手を無視するわけにはいかない。


俺はその手を取って、起き上がる。

そして、俺はザクトと握手するように手を握りなおした。


闘技場にいたオークの戦士達から歓声があがる。


「ゴロディア!グール!!ジュエル、ヴィドワーズ」

「ザクト殿は『これからもよろしく』とおっしゃってます」

「そうか。そう言ってもらえるとこちらも嬉しい。そう伝えてくれ」


ジェレミアが俺の言葉を翻訳すると、ザクトもまた嬉しそうに笑った。


それは俺が初めて見るザクトの心からの笑顔であった。


オーク族の顔から好戦性と野性味を除いたような笑顔。それは不思議と愛嬌があり、親しみやすそうな印象を受ける。それに、その笑顔はどことなくキルベ姫を思い起こさせるものであった。顔は似ても似つかないぐらい違うというのに、笑顔はやはり親子なのだと思う。


しかし、オーク族というのはことごとく俺の印象を覆してくれる。


オーク族は何も考えずに力任せに暴れるだけの種族だと思っていたがそんなことはない。

ザクトを始めオーク族の戦士たちは武技に対して極めて真摯だった。

彼等の武器捌きは一朝一夕でできるものではない。あれはしっかりとした訓練の上に成り立った技術だ。大振りの攻撃と素早い攻撃を組み合わせ、状況に応じて攻め方や守り方を瞬時に切り替える戦い方は槍を主武装とする帝国兵にも応用ができそうだった。


オークの戦士というのは皆こうなのだろうか。

だったら、なんとか上手くやっていけそうな気がした。


それに、キルベ姫の父に気に入ってもらえたのは純粋に嬉しかった。

こちらが好意を抱いている相手に嫌われるというのはなかなかに応えるものがある。


しかし、さっきから何か大切なことを忘れているような気がする。


いったいなんだったか……


「ゴロニア王子。良かったですな」

「ああ」

「ところで王子、『外交上』の目的は達成できましたが、『あなた』の目標は達成できましたか?」


ジェレミアのニヤニヤとした顔を見て、俺はようやくこの決闘の本当の目的を思い出した。


「ザクト殿を生理的に拒否してキルベ姫への気持ちを冷ます作戦は成功しましたかな?」


俺はピシリと自分の笑顔が固まった音を聞いた気がした。

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