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持ちうる刃

俺は闘技場の隅に座り、両腕を休めていた。

持参していた軟膏を両腕の前腕に塗り付け、筋肉を支えるように包帯で腕を締め上げる。気休め程度だが、少しでも筋肉の疲れを抜いておきたかった。先の一戦でのダメージは身体に確実に蓄積している。手はまだ痺れるし、呼吸するたびに肋骨が痛む。自分のシャツをめくりあげると腹に数か所打ち身ができていた。


「うっ……」


鈍い痛みに顔をしかめながらも俺は呼吸を整えつつ、全身の力を抜く。


「うわぁああああああ!!」


叫び声が聞こえ、顔をあげると目の前で騎士の一人が宙を舞っていた。

オーク族の戦士のと1対1(タイマン)を行った騎士の末路である。

俺の体力が回復する間に騎士達は一人ずつ闘技場でオークと勝負を強要されていた。


俺は心の中だけで彼等に謝罪の言葉を述べる。


俺がもう一戦などと言いださなければ彼等はこんなことをせずに済んだのだ。


「まったく、どういうつもりですかゴロニア王子」

「そう怖い顔をするなジェレミア外交官」


倒れた騎士達の様子を見てきたジェレミアは非常に渋い顔で俺を見下ろしてくる。


「怖い顔にもなります。ザクト殿が寛大であったからよかったものの。私の外交努力を無に帰すつもりですか」

「それに関して本当に済まなかった。まさか見抜かれるとは思っていなかったのでな。なんとか次の一戦で挽回してみせるさ」

「当たり前です」


ジェレミアは目の前で護衛の騎士達が次々と叩き伏せられていく状況のことなどまるで見向きもしなかった。彼にとってはこの場所は護衛などいらない場所なのだろう。それだけオーク族を理解し、信頼しているのだ。


その気持ちが俺にも少しわかった気がした。


闘技場の中心に3人目の騎士が引きずりだされてくる。彼の顔色を真っ青で、すがるように聖印を握り締めていた。

筋骨隆々のオークと相対した彼は斧槍ポールアックスを震える手で構え、がむしゃらに突っ込んでいった。オーク族の戦士がそれを雄叫びをあげながら迎撃する。オークが振るう棍棒の風がここにいる俺の髪を軽く揺らしていた。


「決闘ではお互い一つの獲物を使い、正々堂々と戦う。そんな常識が嫌いだったはずなのにな」

「そうだったのですか?」

「ジェレミアも私の経歴は知っているだろう。私には結局『卑怯者』の血が通っているのだ。行儀の良い騎士達の戦いは肌に合わないのさ」


闘技場で騎士が吹き飛ばされ、武器を放り捨てて「参った!」と連呼する。

俺はそれを見届けて、自分の愛剣を腰に差して立ち上がった。


「……ゴロニア王子」

「わかっている。もう無様は晒さない」

「いえ、そうではなく……」

「ん?」


俺はジェレミアを振り返る。ジェレミアはその細腕で両拳を握りしめていた。


「頑張ってください」

「…………は?」

「今、王子はここにいるオーク族から高評価を得ております。これで良い勝負ができれば帝国との同盟もスムーズに進みます」

「高評価?あんな無様な戦いをしたのにか?」

「先程あんなに声援を受けていて何を言っているんですか。そもそも、オーク族は『小兵が活躍する話』が好きなんですよ」

「……そうか……」


先程の一戦でオーク達から聞こえてきたのは嘲笑でなく、応援だったのか。


俺は反省するように自分の側頭部を拳で小突く。ネガティブな思考に陥って、物事を悪くとらえるのは俺の悪い癖だ。


「ジェレミア……」

「はい、なんでしょう」

「帝国に戻ったら、オークの文化をもっと教えてくれ」

「当たり前です。ゴロニア王子にはオーク族に婿入りしていただくのですから!」

「ははは、そうだな……」


俺は剣を腰に履いたまま闘技場の中央へと足を進める。

それを見て、ザクトが棍棒を手に取り立ち上がった。

闘技場からオーク達がはけていく。


俺が中央まで歩いて行くと、先程まで戦っていたオーク族の戦士と入れ違いざまに肩を軽くポンと叩たかれた。それだけで膝が砕けるんじゃないかという衝撃であったが、俺はなんとか笑顔を返すことができた。

周囲からも野太い声があがり、彼等の顔色からして確かに歓声のようであった。


どうやら、本当に気に入られれているらしい。


しかし、大柄なオーク族が『小兵が活躍する話』が好きというのはどうなのだ?

この世界にオーク族よりデカい種族など、純粋な巨人族だけだ。魔物共の中にはそういう巨大な輩もいるだろうが、オーク族が自分より大きな相手に立ち向かうことなどほとんどないだろうに。


その辺りも今度ジェレミアに聞いておこうと心にとめ、俺は深く、長く、息を吐きだした。


「さて……」


気持ちをニュートラルの位置に戻し、再び俺はザクトの前に立つ。

先程のような強烈なプレッシャーはない。筋肉を萎縮させるような緊張感もない。

俺は軽くその場で跳ねるようにして準備運動とし、構えた。


剣は握らない。武器は持たない。左手を腰のあたりの添え、右の掌を地面と水平にして肩の位置へと持ち上げる。それを見て、ザクトはニヤリと笑い、棍棒を肩に担ぎながら俺を見下ろした。

俺もまたそれに応えるように八重歯を見せるように笑ってみせた。


そんな俺達を指差し、騎士達が声をあげていた。


「……なんだ?なんでゴロニア王子は武器を持たない」

「ジェレミア殿!王子を止めねば、このままではまた『本気を出していない』などと罵られることに」

「そ、そうだ!そうしたら我々がまた決闘の場に駆り出されることになってしまう!!」


騎士達の声が耳に届く。だが、俺にはもうそんなことどうでもよかった。


このスタイルで戦うのは久々だった。そして、決闘という場で使うのは初めてだ。


次の瞬間、ザクト殿が高々と拳を振り上げた。


「ヴァクトゥ!ヴァクトゥ!」


それに応じるように周囲オークも雄叫びを上げる。


「ヴァクトゥ!ヴァクトゥ!」


俺もなんだか楽しくなり、構えをといて拳を突き上げた。


「ヴァクトゥ!ヴァクトゥ!」


俺達の雄叫びは一つとなり、呼応し、より巨大なうねりとなって闘技場を席巻する。


「ヴァクトゥゥウウウウウ!!!」


なんだか、燃えてきた。


3度目の鐘が鳴る。


ザクト殿が肩に担いだ棍棒を無造作ともいえる動作で振り下ろした。

それに対する俺の対応は既に決まっていた。


俺は自分の袖口から素早くナイフを引き抜いた。


刃渡り4インチ(約10cm)、柄を含めても8インチ(約20cm)程度の長さのナイフ。刃は鎌状に曲がり、湾曲の内側が研いである。それだけであれば普通のナイフだが、このナイフは柄の尾部がリング状になっている。

このナイフはそのリングに小指や人差し指を通して使う特殊なナイフだ。

俺はそれを両手に構え、身を翻した。棍棒を紙一重でかわし、その棍棒にナイフを引っかけて、棍棒の下をくぐるように身体を落とす。そして、俺は一気にザクトの足元に滑り込んだ。這うような低い姿勢から大きく踏み込む。狙うのはその足。


俺は目にもとまらぬ速さでナイフを二回走らせた。


周囲から歓声があがった。


刃はザクト殿にまでは届きこそしなかった。

だが、ザクト殿は大きく飛びはねるように後退していた。


惜しい……


俺は右手のナイフを逆手に持ち替え、再び最初と同じ構えに戻る。


剣は苦手だ。重くて遅い。

槍は苦手だ。長くて不便だ。

弓は苦手だ。足を止めるのは性に合わない。

魔法は苦手だ。そもそも精霊の声ってのがいまいちわからない。


だが、ただ一つ。俺にも得意なものがあった。


それは、幼き頃に母から習った武術。


対暗殺者用のナイフ格闘術だ。

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