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第4話

******************************


質問:「親しくしていた友人が、私を異性として見ていたことがショックです」


回答:

 尊敬することと異性として恋愛対象として好きであることとは決して矛盾することではないと思います。

 今までそういったことをまったく言って来なかったのは、あなたがそういったことが苦手なことに気付いていたから避けて来ただけで、ずっと好きだったのかも知れません。

 異性を好きになることと性欲があることは同じではありませんが、無関係ではありません。

 誠実であることと性欲があることも矛盾しません。

 あなたが今まで見て来たその人への信頼というものは、そのことだけで否定していいものではないと思います。

 それもその人で、これもその人なんです。

 私があなたが言われたようなことを言われたとしても、私は特に残念とか嫌とか思いません。

 でも、それは本当に人それぞれで、あなたはそれを嫌だと思うと感じていたからお友達は今まで言わないようにしていたし、今回言ってしまったことを謝まり悔いてもいるわけです。

 口から出た言葉は戻せませんし、知ってしまったことは知らないことにはできません。

 あなたがそれがどうしても嫌で許せないのなら、たとえそれが、世間一般からどう見えたとしても、それはあなたにとって嫌で許せないことなのです。

 ただ、私から見て、そのお友達は、とてもあなたを大切に思っているように見えます。そして、大切に扱っていると思います。そういうのを「尊敬している」というのだと私は思います。


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質問:「私は昔、勉強が出来ませんでした。中学時代の恩師のおかげで勉強が出来るようになり、数学教師を目指しています。しかし、今、大学では、もともと勉強の出来た優秀な人ばかりに囲まれて自信をなくしています」


回答:

 高校の数学教師です。

 好んで底辺校ばかりを歴任し、現在も定時制高校にいます。

 まず言いたいのは、「元から数学が得意だった先生には、分からない生徒の気持ちは分からない」というのは、実際にあるということです。

 でもね、それだけじゃないんです。

 出来なかった先生は、出来るようになる過程を知っているんです。

 始めから出来た先生は、なんとなく理解できてしまいます。しかし、出来なかった先生は、知識を獲得する過程を知っている。

 よく「名プレイヤーは、必ずしも、名コーチならず」と言いますが、あれです。

 天才的なバッターに打撃のコツを聞こうと思ったら、「そんなもん来た球を打つだけだ!」と言われてしまうようなものです。

 理解する過程を意識せずに理解している人では、理解する過程を教えるのは、なかなか難しいと思います。

 長年教師をやっていますが、分からないには分からないのアルゴリズムがあるのです。

 何につまずきやすいか? 何で誤解しやすいか? どういうものが理解しやすいのか?

 経験を積むほどに分かって行くのですが、実際、勉強の出来なかった人には、自分の体験というアドバンテージがあります。

 中学か高校か、どちらの教師になるか、まったく考えていないのでしたら、ぜひ、高校の教師になって頂きたいです。そして、私のように底辺校ばかりを回って頂きたい。

 中学は、同じ地域の生徒が無差別に集まります。だから、当然、勉強の出来る生徒も居れば、出来ない生徒も居ます。出来ない生徒ばかりに手をかけるわけには行きません。

 その点、高校は、良くも悪くも、ある程度、偏差値で輪切りされています。まぁ、差はありますが、中学ほどではありません。底辺校に行けば、勉強の出来ない生徒がたくさんいます。

 一番先生に向いていない人は、生徒を愛せない人だと、私は思います。

 二番目に先生に向いていない人は、生徒の成長を喜べない人だと思います。

 自分が教師に向いているか考えるとき、この2点を優先して考えて下さい。

 技術がどうとかについては、やはり場数を踏むのが大切です。なんとかなります。ならないというなら、研修期間も無しに現場に放り込む国が悪いんです。

 教育実習では、一番後ろの席でも聞こえる声で話し、一番後ろの席でも見える字で板書さえしていればいいんです。技術は求められていないと思っていいくらい。情熱を見せてきて下さい。

 自信なんかなくてもいいんです。信念を持ちましょう!教師になるという信念を!


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質問:「障がいを持っています。自分のことをすごいと思えることもたくさんあります。ダメだと思うこともたくさんあります」


回答:

 なんの役にも立たないけど、確実に言えることは、

「あなたより詰んでる人はたくさんいます。そして、あなたより自由な人もたくさんいます」

 ということです。


 障がいとか制約とか不自由さで言ったら、もっと大変な人がたくさんいて、その人たちから見たら、ずっとずっと自由なんだと思います。

 ただ、では、それは、いわゆる世間一般でいうところの「普通」なのか?というと、「ちょっとわけあり」であることは否めないと思います。

 でも、どんな立場の誰であっても、上を見ても下を見てもキリがないのは同じことだと思います。

 あなたはあなたを生きて行くしかないんだと思います。


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質問:「高3女子です。今だに進路が決まりません」


回答:

 就職がいいと思います。

 もちろん「おいしい」求人なんて残っていないでしょう。

 しかし、他人がやりたがらない仕事なら、まだ求人はあるでしょうし、採用担当者も真剣に対応してくれるでしょう。

 しかし、一般的に他人がやりたがらない仕事はツラい仕事です。

 それを、あなたがやりたいと思えるかどうか? だと思います。

 ここで簡単にやりたくないと言わないで下さい。

 ツラい仕事とひとくちに言っても、仕事の内容によって、ツラさの内容が違います。

 とりあえず残っている求人を見て、

「あー、そのツラさは私にとってはそれほどでもないわ」

 というのを探してみましょう。

 人によって、細かいのがダメ、汚いのがダメ、暑さ寒さがダメ、1人きりがダメなど、ツラいと感じるものは違います。

 もし、あなたに、他人には我慢できないことで、それほど苦にならないことがあったら、それは1つの才能なんです。

 就職を希望して、残っている求人の中で、我慢できそうなもの、特に苦にならないものを探してみましょう。

 気付いていない才能に気付くかもしれません。


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質問:「とても幸せです。でも、悩みもあって死にたくなってしまいます。私は『贅沢者』ですよね?」


回答:

 幸せでもありますし、不幸せでもあるから、死にたくなっても何も不思議ではありません。

 だから、「贅沢者」と自分を責めるのをやめましょう。

 ほんの少しですが楽になれるかも知れません。

 世の中、0か1かの二元論ではないんです。

 幸せでもあり不幸せでもあることなんてよくあることです。

 幸せを喜び、不幸せを嘆いていいんです。

 それは決して「贅沢」などではありません。


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質問:「合唱のピアノ伴奏するはずだったAが逃げたため、私が千人以上のお客さんの前でピアノ伴奏することになりました」


回答:

 同情します。

 大変ですね。

 でも、誰にも否定的なことは言われてないんですよね。

 皆、本当に申し訳ないけれど、あなたに頼るしかない。と思っているからではないでしょうか?

 先輩がピアノを見ると言っているのも、少しでも、あなたの力になりたい。という思いからではないでしょうか?

 それに、あなたは、そこまでされたAを信じられるのですか?

 任せられるのですか?

 あなたが断れば、皆、困るのではないでしょうか?

 確かに、経験したことのない大舞台です。

 でも、10人も100人も1000人も変わらない。と言っている人がいました。

 なぜだと思いますか?

 一人一人に音楽を届けるのだから、何人いても変わらないと言うのです。

 Aは、そんな風には考えられないと思います。

 あなたは、出来ると思います。

 会場の一人一人のために、弾いてみませんか?


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質問:「24歳男です。身長が低いことをコンプレックスに思っていないんですが、強がりだと思われているでしょうか?」


回答: 実際コンプレックスに思っているかどうかは、誰にも分からないわけですよ。

 本当にコンプレックスに思ってないことさえ伝われば、それはさすがに強がりとは思われないでしょう。 でも、他人が何を思っているかは、絶対に誰にも分かりません。

 だから、あなたのコンプレックスに思っていない言動も、本当はコンプレックスに思っているのに、それをひた隠しにした強がりだと、勘違いする人も出て来るわけです。

「いや、本当にコンプレックスに思ってないんだよ」

 と言ったとしても、それすら強がりと思う人は思うわけです。


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質問:「先生が前回の授業でどこまでやったのか忘れてしまい、僕に聞いてきたので答えました。でも、だいぶ授業が進んでから、それが間違っていたことに気付いて、先生にそれを言ったら、先生は怒って怒鳴りました」


回答:

 まず、どこまでやったか分からなくなったのは、その先生のミスであり、悪い点。

 そして、間違えていたとはいえ、あなたが教えてくれたことには、感謝しなければならない。

 そして、間違えて教えてられたのに、まったく違和感がなかったのも、先生の落ち度。

 そして、あなたが間違いに気づかない。または、気づいたのに間違いを報告しない場合だって大いにあるのに、あなたがキチンと報告してくれた。

 そのことに感謝しないどころか、怒った上に怒鳴ったのは酷いと思います。


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質問:「何しても死ぬのになぜあなたは今生きてるんですか? 今すぐ死なない理由は何ですか?」


回答:

「何しても死ぬのになぜあなたは今生きてるんですか?」

 って、

「結局、家に帰って来るのに、なんで旅行に行くんですか?」

 と同じことじゃないですか?


 旅行に意味はありませんか?

 もし、観光旅行だったりしたら、ヘタしたら、見るだけで帰ってきちゃいますよ?

 旅行先で何かを見たり、何かを食べたり、温泉に浸かったり。

 意味ないですか?


 ついでに、もう一つ例え話。

 雨が降っています。

 傘がありません。

 家に帰るのに、走っても、歩いても、雨に濡れる量は同じなのか?

 もし、

「今死ぬのも、年老いて死ぬのも、同じ」

 だとしたら、走って帰っても、歩いて帰っても、濡れる量は同じでしょうね。

 そんなバカな話がありますか?

 走って帰った方が濡れないに決まってます。


 今、見えているものが下らなく思えるのですか?

 色を失っていますか?

 あるいは、それすらも、やがて忘れてしまうかも知れないし、思い出に変わるのかも知れません。


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質問:「今、大学生で就活中なんですが、どうしても医者になる夢を諦められません」


回答:

 挑戦すべきは今ではない、と思います。

 「挑戦」というと、全てを賭けて臨まねばならないような気がしてしまうかもしれませんが、そんなことはありません。

 まず、卒業、就職しましょう。

 安定を手に入れましょう。

 ズルくなんかありません。それだって努力の結果です。

 さて、就職先は、余裕が持てそうということを考えて選びましょう。

 そう、就職してから、働きながら、医学部を目指すのです。

 職を持ちながら就職活動するのはマズいですけど、医学部を目指すくらいいいじゃないですか。

 何もかも捨てることはないし、完全に諦めることもない。

 往生際悪く、諦め悪く、したたかに、ズルく、賢く、愚かに、生きればいいんです。


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質問:「学校に行きたくない日があります。親にいくら気持ちを説明しても分かってくれません」


回答:

 親なんてそんなもんです。

 何遍言っても忘れられるなんてしょっちゅうです。

 100回忘れられたら101回目もいとわず教えてあげましょう。

 あなたが行けない理由だって、理解できな過ぎると、どうしても他に本当の理由があるんじゃないかと考えてしまうのは人間の性なので、根気よくあなたの気持ちを伝えるしかないんです。

「そんな気分じゃないから悩んでるんです!」

 と思うかもしれませんが、学校や勉強なんざぁいくらでも放っぽり出していいですけど、自分の親は放っぽり出さないでください。向き合って下さい。

 あなたが親に向き合う前に、親が親の距離感であなたに向き合って来てしまって、あなたのペースで話ができないのなら、それすらも言って、自分のテンポで話をする場を作ることにしてもいいんですよ。

 親が違うなら親に違うと言いなさい。

 そして、家を落ち着ける場所にしましょう。

 落ち着ける場所をひとつ手に入れましょう。

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