第3話
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質問:「生き生きと生きている人はなんだか楽しそうです。私もそうなりたい」
回答:
なんで楽しそうに見えると思いますか?
楽しいからです!
「ふざけるな!」
って思いましたか?
でもね、積極的に楽しんで行けば、いろいろと楽しむことは、出来るんです。
娘が、昔、イギリスに長く旅行することになったとき、スーツケースをレンタルすることにしました。
しかし、届いたのは、ひどく旧型のボロボロのスーツケースだったんです。
ここで、
「なんだよ!このオンボロは!」
って、言ってしまったら、気分が落ち込みますよね。
そこで、私は、そのスーツケースのことを、
「歴戦の勇者」
って呼んだんです。
そしたら、娘も気に入って、
「歴戦の勇者」
って呼んでました。
オンボロのスーツケースが来て、それを、嘆いても、楽しんでも、どの道、スーツケースはオンボロのままです。
だったら、楽しんだ方がいい!
それが、生き生きと生きるってことなのかなぁ?って思うんですよ。
ちょっと考え方を変えて、ちょっとしたことを楽しむ。
そういった努力をしてみて下さい。
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質問:「仲の良い友達にも裏の顔があるのではないかと思うと信じられません」
回答:
すみません。この話を読んで、あなたがどう思うのか、私には予想が付きません。
だから、もし、あなたが不快になってしまったら、本当に申し訳ありません。
でも、それは、決して狙ったことではないのです。
私は、大学生のころ、友人と2人で中国を旅しました。
中国を旅する日本人は、現地の人たちには、いいカモのようで、あの手この手で金をせしめようとして来ました。
ある大学の教員を名乗る男は、私たちを自分の家に招き入れました。
そのとき、私たちは、彼の年老いたお母さんにも会ったのです。
その人は、とてもとてもいい人のように見えました。
しかし、その大学の職員を名乗る男も結局は、私たちから金をせしめようとしていました。
どうやら、彼が大学の職員なのも、水墨画を描いているのも本当らしかったけど、彼の作品はとてもとても安いらしかった。
さて、彼の正体が分かったあと、私と友人は、昨日見たおばあさんについて、少し意見を交わした。
「そんな風に見えなかった」
「あの人も悪い人なのか?」
でも、それから、何十年も経った今、私は思うのです。
あのおばあさんにとって、裕福な外国人旅行者は、森の中で偶然見つけたたわわに実を付けた果物のなる木なのではないだろうか?と。
日本人だって、そんなものに出会ったら、それはもう、大喜びで実をもいで食べるだろう。
現地の人たちが裕福な外国人旅行者を見る目は、そんな感じなのかも知れない。
出会ったことを、神に感謝したりしているのかも知れない。
天からのお恵みくらいに思っているのかも知れない。
対等な人間だと思ってくれている保証なんてどこにもないのだから。
だから、きっと、あのおばあさんは、いい中国人なんだと思う。
中国人に対しては、とてもいい人なんだと思う。
表情とかににじみ出るほどに。
ただ、それは日本人に対してまでではなかった。
あなたの信じる、あなたの大切な、あなたにとって誠実な、お友達だって、どんな時にもいつだって、同じく等しく、同じ人格とは限らないし、限らないことが自然だとすら言える。
それが、「等しくない」ことが、同じあなたという人に対して起こる。
これをあなたは恐れている。
でも、それは、当たり前? 珍しい?
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質問:「職場に訳の分からない細かいルールが多くて腹が立ちます」
回答:
すき家って牛丼チェーン店があります。
ランチのサラダ付きのセットを注文したところ、新人らしいアルバイト店員さんが、サラダのフタを取って捨てて渡して来たんです。
あのサラダって、縦に長い入れものに入っていて、ドレッシングをかけたら、再びフタをして振らないと、ドレッシングが行き渡らないんです。だから、フタを捨てられちゃうととても困るんです。
どうやら、新人のアルバイト店員さんは、気を利かせたつもりだったようなんですけど、完全に勇足でした。
封筒の封をする前に確認するのも、ミスを減らすためなんでしょうね。
そのあとの開封してはいけないってのは、よく分からないですけど、何か理由があるのかも知れません。
分からなかったら聞いてみたらいいんじゃないでしょうか?
納得できたら守れますか?
無意味なマジナイとは限りませんよ。
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質問:「学力別クラス分けで、自分と同じくらいの点数の子が上のクラスになって悔しいです」
回答:
同じくらいであってもあなたの方が点が低かったのなら、ちょうどそこが境目だったのでしょうね。
どうしたって、どこかに境目は出来てしまいます。
「あと少しなんだからいいじゃないか!」
と言っていたら、教室に入れる人数を超えてしまいます。
教室に入れる人数で決めないとしたら、振り分ける人数のバランスが悪くなってしまうかもしれません。
何にしろ、どうしても、どこかに境目を作らなければならないのです。
あなたが境目にならないようにすれば、他の誰かが境目になるのです。
あなたが苦しみから解放されれば、他の誰かが苦しむのです。
まぁ、今回は、たまたまちょっと貧乏くじを引いてしまいました。
次回は、今回以上に頑張りましょう。
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質問:「夢が見つかりません。皆さんは、どうやって夢を見つけましたか?」
回答:
一般論は置いておいて、私の場合はこうだった、という話をします。
まず、何がしたいか?何が向いているか?これを第一には考えませんでした。
「何をして生きたら面白いと思えるか?」
これを第一としました。
「何をしているときが面白いか?」
この「面白い」は、決して娯楽や快楽としての面白いではありません。
それがなぜ、娯楽や快楽の面白いではいけないかというと、仕事だから不真面目だからといったことではありません。
そんなものは、すぐに飽きてしまうからです。
一生しゃぶり続けても飽きない、味が抜け切らない。そんな、スルメよりも噛めば噛むほど味の出るものでなくては困るからです。
こいつとなら一生付き合えるほど面白いと思えるものなら、多少ツラかろうが向いてなかろうが、やっていけるし、面白い人生になると思ったのです。
まず、これは面白いと思えるものを見つける。
次に、それで稼げる仕事を見つける。
これが私の将来の進路の決め方でした。
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質問:「なぜ、兵庫県はいじめが多いのですか?」
回答:
まぁ、もし、兵庫県にいじめが多いというデータがあるとしても、それで、兵庫県にいじめが多いということにはなりません。
私の住んでいる場所の近くに、死亡率の高い救急病院があるんです。
そう聞くと「腕の悪い病院なのかな?」と思われるかも知れませんが、違うんです。
その救急病院は、どんなに助かる見込みがないような救急患者も、迷うことなく受け入れているんです。
よく助かる見込みが少ない救急患者さんが、救急病院に受け入れてもらえずにたらい回しにされて、救急車の中で亡くなった、なんて話を聞きませんか?
さて、話を兵庫県のいじめに戻しますと、データ上、いじめが少ないからと言って、実際、いじめが少ないとは限りません。
あるいは、隠しているだけかも知れませんし、もしくは、調査すらしていなくて実態を把握していないだけかも知れません。
兵庫県は、いじめがあることを、正直に言っているからデータ上いじめが多いのかも知れません。
何にしても、本当のところなんて、なかなかそう簡単には分からないものなのです。
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質問:「いじめられています。先生に相談したいけど恥ずかしいです」
回答:
①恥ずかしいことではないから、親や先生に相談する。
考えてみよう。下痢をする人間とイジメをする人間。人間として恥ずかしいのはどちらだ?
明らかにイジメをする人間だ。
あなたは何も恥じることはない。
恥ずかしい人間は奴らだ。
相談しなさい。
②支援学校の子たちの真似をすることを強要された。やらなかったから足に画鋲を刺された。
このことはとても誉めたい。
奴らの言いなりにならなかったのも偉いけど、真似をすることは支援学級の子たちへの侮辱でもある。ありがとうと言いたい。
もう一度言う。恥ずかしいのは奴らだ。君は何ひとつ恥ずかしいことはない。むしろ立派だ。相談するといい。そして、立ち向かうといい。
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質問:「何度も『分からない』と質問する生徒は好きですか?」
回答:
好きですよ。
ただ、分かるまで「分からない」しか言わないんじゃ困ってしまいますけどね。
少しでも分かったことがあったら、「これがこうなるからこうなんですね」と言ってくれたり、
分からないことを、「なんで、ここでいきなりこれが出て来るのか分からない」とか言ってくれないと、あなたを分かるようにする手がかりが分かりません。
そういうことを言って、分かるまで質問する生徒は大好きです。
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質問:「大好きな祖母がパーキンソン病になりました。弱って行く祖母にどう接して行けばいいですか?」
回答:
いくつか書かせてください。
私の妻が、妻の実の母親が亡くなる数ヶ月前、ほとんど病院にお見舞いに行けていませんでした。
妻は、お母さんの容態が危なくなったときに、そのことを悔いてか、顔を伏せていたので、私は、
「顔を伏せていたら、お母さんがお前の顔を見られないだろ」
と言って、顔を上げさせました。
お願いがあります。
と言っても、言われなくても分かっていらっしゃることかと思いますが。
・可能な限り、以前通り接してあげてください。
出来れば優しくもしないでください。
なぜかというと、優しく、腫れ物に触るように扱われたら、自分の死期が近いからなのだなと思われるからです。
おじいさまは、あるいは、そういうお考えなのかも知れません。
・可能な限り幸せそうな顔を見せてあげてください。
これも難しい注文かと思いますが、愛する家族の表情が曇っていたら哀しいです。
ましてやそれが、自分のせいかも知れないなんて思ったら、切なくなります。
可能な限り幸せそうにしていてください。
・甘やかすだけでなく甘えてください。
人にとって、他者に必要とされることは嬉しいものです。
ましてや、自分が迷惑ばかりかけていれば、自分の存在に否定的になるというものです。
甘えてください。頼ってください。
自己肯定感を上げてあげてください。
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質問:「私には幸せな家庭があるのに、大学生時代の元カレが忘れられません」
回答:
それは別に家族への裏切りではないし、忘れる必要はないのではないでしょうか?
結局は、今、家族を選び、これからも家族を選び続けるのでしょうし、その気持ちが揺らぐことすらないのではありませんか?
それは裏切ってなくありませんか?
「1番」は、いろいろあっていいし、ひとつである必要はないと思います。
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質問:「医学部5年生です。医師が患者にしてあげられることの少なさに絶望しています」
回答:
確かに寄り添うことは大切なんですが、あなたの文章を読んでいて頭をよぎった言葉は、
「ミイラ取りがミイラになる」
です。
他人の痛みが分かるのはとても良いことなんですが、あなたがその痛みに押しつぶされてしまわないか、とても心配です。
冷酷になれとは言いませんが、少し仕事とプライベートを分ける術を身に付けなければ、あなたの精神がもたないと思います。
死の宣告は難しい問題ですよね。
知らないからこそ頑張れるということもあるでしょうから。
私はこう思うのです。
「患者に寄り添う」
ということは、決して、
「患者のツラさを背負う」
ということではないのだと。
常にそばに寄り添っていて、何かあればすぐに手を差し伸べられるようにしてはいても、決して背負わない。
背負って潰されてはいけない。
その患者さんが亡くなったとしても、次の患者さんがあなたを待っている。
あなたは、多くの患者さんにとって「必要」な人だから。
背負うことなく、寄り添い続けて欲しいと思います。




