種族の壁を越えて
全てを凪ぎ払う嵐と、全てを押し潰す闇之天体がぶつかり合う。
本来、物理的に考えて両者がぶつかり合うなどと言うことは起こり得ない。
けれども確かに嵐と闇之天体はぶつかり合い、拮抗して宙に留まり続けている。
完全に物理法則を無視したお互いの技は周囲の樹を巻き込みつつ、相対する攻撃の威力を打ち消そうとバリバリと放電しながら押して押し返す。
完全に互角かと思われた攻撃だが、変化は突然現れた。
嵐の威力が急激に増したのだ。
それまでは上空でのみ鋭い風撃を放ち続けていた嵐は、レイが倒れている地面をも吹き飛ばしかねない程の暴風を下方にも生み出し始めた。
突然の威力増大にレイは困惑する。
しかし、全魔力消費のせいで逃げたくとも逃げることは出来ない。
辛うじて動けるようになるまでにも後数分はかかる。
せめて何が原因なのかが分かれば対策をすることが出来るかもしれないのに。
そんなことを考えながら必死になって原因を考える。
そして気付く。
嵐の威力が強くなってしまった原因に。
嵐は……嵐に限らず台風や竜巻、ハリケーンなどの風による災害は大気圧の低下によって引き起こされる自然現象である。
その原因となるのは大気圧の低下によるもので、それは空気が重くなることによって発生する。
空気が重くなる理由としては高高度に空気があったり、太陽光などの熱によって空気の密度が高くなったりと原因は数多くある。
嵐の威力が急激に増したのもこれが原因で嵐を引き起こした大気圧が低下した為に激しさを増したのだ。
そしてそれを増長させたのは他でも無い、レイの闇之天体である。
空気と言えども質量は僅かにある。
原子レベルで影響を及ぼす重力は当然空気でさえもそれに重さを加える。
その結果として、空気は重くなり、大気圧は低下し嵐は更に強くなった。
レイがそれに気づいた時には既に遅かった。
一度勢いがついた嵐はみるみるうちに闇之天体から力を得て嵐と呼ぶのがおこがましいと感じる程に巨大化する。
闇之天体は少しずつ、少しずつ押されてレイの元へと返りそして、これまで上空にいるストーム・ジャルグーンベアーに向かって放たれていた闇之天体は嵐の威力に押し負け、力のベクトルがレイの方向へと替わる。
その速度は限りなく遅いものの、確実にレイへと刻一刻と近づいている。
既にレイにはこの状況を打開する術は無い。
闇之天体は未知の侵略者のように魔力が枯渇していても自身を犠牲にして全力の一撃を放つことが出来ない。
闇之天体はあくまでも、消費した魔力の量に比例して強くなる能力なのだ。
レイの魔力が全快するのは後たったの一分と少しなのだが、その前に嵐と闇之天体はレイの元へと到達する。
仮に魔法が今使えたとしても、これをどうにか出来るのは完全に発動された最上級魔法や古代魔法といったレイには使えないレベルの魔法に限られる。
到底上級魔法や異世界魔法で太刀打ち出来るものではない。
(ここまで、か)
レイは迫り来る現実を受け止め、死を覚悟する。
多少は魔力が回復したので動けはするのだが、レイは逃げない。
ただただ地面に横たわり、その身を滅ぼす攻撃を黙って眺めていた。
(…………!?)
そんな時だ。
突然レイの脳裏に鮮明な映像が映し出される。
それはまるで他人の体を借りて物事を視ているような感覚。
けれどもその視ている光景は現実のものでは無く、どこか全く別の戦場らしき場所。
辺りから黒煙が何本と立ち登り、地面には人間、魔族を問わず数多くの死体が散乱している。
そして何よりも目立つのは、巨人と例えてもなんら不自然じゃない程の巨大な魔族らしき者だ。
それは視線の持ち主の行く末を阻むように立ち塞がっており、あまりの巨大さに手も足も出ないといった感じだ。
だが、それに対して視線の持ち主は巨人に向かって両手を前に向けると、闇之天体のような黒球を複数放つ。
闇之天体と違うのはその黒球が内包された威力を解き放って周囲の物を押し潰さないということ。
複数放たれた黒球は巨人ではなく、先に放たれた黒球に向かって飛んでいき、黒球同士が衝突すると、それらは信じられない程に加速して巨人の体を突き抜ける。
それを更に複数回行い、巨人の体は蜂の巣のように穴だらけになり、絶命する。
到底勝ち目の無いような巨人対視線の持ち主との戦いはあっけなく視線の持ち主勝利で終わってしまった。
そこでレイの視線は現実に戻る。
(今のは一体……でも、どうせならやってみる価値はあるかも知れない)
レイは今の映像を視て、視線の持ち主が使用していた技を闇之天体であることを前提に仮説を立てる。
それは、闇之天体の威力を最小限に抑え、尚且つその力のベクトルを内にでは無く外に向けるというもの。
通常の闇之天体であれば外部から内部を潰すような重力のベクトルが働いているが、レイの仮説では内部から外部に向けてまるで風船が破裂するような力のベクトルを持つ闇之天体同士をぶつければ極化した作用・反作用の力が働き映像のように高速で重力球を飛ばせると考えたのだ。
しかし当然、それが出来るという保障は無い。
そもそも映像で視た光景が妄想の類いであれば成功の確率は低いし、何よりもその技が闇之天体を使用しているという保障は無い。
それに、闇之天体を使用していたとしても闇之天体の解説文には力のベクトルを変えれるなんてことは書かれていなかった。
それさえも、出来るかどうかの保障は無い。
けれども、レイはその一片の希望に掛けて今度こそ、最後の一撃を喰らわすことにする。
力のベクトルが外に向くように強くイメージし、回復した魔力を無駄無くギリギリまで使い、黒球を一つずつ放つ。
これだけではまだどの方向に力のベクトルが向いているのかは分からない。
二発目の黒球に、一つ目の黒球よりも多く魔力を加えて一つ目よりも速度を上げさせる。
そしてそれらが衝突した瞬間……
『アッゴッ……アァァァァ……!?ゴガ、アァァァァ……』
映像と全く同じように黒球は高速で弾かれ、レイに向かって来ていた闇之天体と嵐の内部を速度を落とすことなく突き抜け、ストーム・ジャルグーンベアーの胸を撃ち抜く。
力の制御を失った嵐は霧散し、ストーム・ジャルグーンベアーもそのまま地に落ちる。
闇之天体も空中で爆散し、辺りに無風の環境を作り出す。
とうとう、決着がついたのだ。
レイは力尽き、地面に伏せるストーム・ジャルグーンベアーまでフラフラと歩いて行く。
「………………」
『ゴア…………』
「お前は…………」
レイはふと、ストーム・ジャルグーンベアーに話しかける。
ティルファがあのジャルグーンベアーに話しかけた時のように。
「お前は……仲間の為に戦ったのか?お前が死なせてしまった仲間の為に、戦ったのか?……お前の身体が変化してからのお前の戦い方はK・イオマンテの時のようにただただ破壊の限りを尽くす意義の無いものでは無かった。
実際はどうなのかは知らないが、僕にはそう感じられた」
『ゴァァァァ……』
レイはティルファのように魔物や動物と意思疎通を行う事は出来ない。
だからこれはレイの一方的な返答の無い会話になる。
「でも、そう感じたからと言って僕達の命を狙うのなら手加減は出来ないし、お前の仲間の命を奪った僕達を許す事も出来なかったのだと思う。
だから僕はこのままお前に殺されてもしょうがないと考えていたし、僕との戦いに負けた以上、お前が殺されるのもしょうがないと思う」
『ゴァァ……』
「けど……だからこそ、僕はお前を殺さない。お前がもし、僕の考え通り本当に仲間を想って戦ったのなら、お前が死ぬことは仲間への償いにはならない。生き延びて仲間を死なせた敗軍の将として生きろ。少なくとも、僕達人間は生きて罪を償う。魔物の世界がどのようなルールの元に築かれているのかは分からないけれど、僕はお前を殺さず生かすことにする」
『ゴア……』
「僕がお前を殺さないのが納得いかないのなら、自分で自分の命を絶つといい。それはお前の自由だ」
『…………』
「……でももし、次にまた僕達の命を狙いに来たのならその時は容赦なく命を奪わせてもらう。それは、覚えていろ」
『ァァァァ…………』
魔物に人間の言葉がちゃんと通じているのかは分からない。
けれどもレイはそう言わずにはいられなかった。
それ程までにこの戦いで樹海の王としてのストーム・ジャルグーンベアーに敬意の念を抱き、強者としての戦い方に心を打たれたのだ。
そんな敵を……レイには殺すことが出来なかった。
「……僕は、僕達はフワラリアという植物を一刻も早く見つけなければならない。お願いだから、邪魔をしないで欲しい」
レイはそう言うとふらつきながら隠しておいたティルファを背負うと、ゆっくりとその場を離れていった。
☆★☆★☆
「ん……レイ、君?」
「あ、目が覚めましたかティルファさん?身体の調子はどうですか?一応治癒魔法を掛けたんですけど、効いてるでしょうか?」
「痛みはまだ残ってるけど……傷とかは……大丈夫みたい……」
「それなら良かったです」
「ねぇ……レイ君……」
「なんでしょうか?」
「K……イオマンテは……どうなったの……?レイ君が倒、したの……?」
「一応、倒しはしました。でも、命までは奪いませんでした。今頃自分の縄張りに戻っているか……最悪体力が回復し次第また僕達を襲って来ると思います」
「…………そう。でも、あれだけの敵を見逃したのは……何か考えがあってのことなんだよね……?」
「……はい。ごめんなさい」
「ううん……いいの。レイ君がそうしたかったのなら……それでいい。私は何も……言わないよ」
「ありがとう、ございます」
ティルファはレイとストーム・ジャルグーンベアーの戦いを見ていた訳ではないが、その戦いの最中で何があったのかを何となく察していた。
聖魔混沌騎士団や通常の魔物が相手なら、それが自分の命を脅かす敵だあれば迷いなく殺していたレイが気まぐれで敵の命を見逃すわけが無いと感じとってたからだ。
恐らく、殺意を越える別の感情にレイの心が満たされたからあの敵を見逃したのだと解釈していた。
事実それは正解である。
それ故に深くそのことについて言及されなかったこと、咎められなかったことにレイは安心していた。
通常であればどんな魔物も敵であれば殺すというのがこの世界の人類における理念であり常識であったから。
そうして暫く樹海の中を歩いていると、レイは妙に開けた場所に出た。
そこは樹木は幹の根から伐採され、地面は平坦なるように整備されており、その場所だけ陽の光が照ってある種の休憩所のようになっていた。
そして何故か、四方の隅に立っている樹には四本の深い爪痕のような傷が残っていた。
「ん?あれは……?」
「どうかした……?」
そしてその場所の中心に山積みなっている物にレイの目が行く。
見た感じ植物であるようだ。
レイはこれに観察眼を使い、調べる。
『フワラリア
本来自然界には存在せず、草王リシェンの手によって造り出された植物の1つ。
全体的に魔力が通っており、それにより地面に張った根を動かすことで自走が可能。
この植物が出す胞子を吸うと約一ヶ月程行動不能になり、それを治癒する為には球根を煎じて飲むしかない。
その他根や葉は強い毒性を持っている』
「これがフワラリア……でもどうしてこんな所に……?」
「フワラリア?でも……これはもう生きていないね」
目の前のフワラリアは完全に活動を停止しており、報告書にあったような危険性は一切無い。
レイが不思議そうにそれを見ていると、この開けた空間を作り、フワラリアを集めた張本人が姿を現した。
「レイ君……!後ろ!」
『ゴガァ』
「お前どうしてここに……!……いや、もしかしてお前がこれを?」
『ガァァァァ』
「この魔物……K・イオマンテ?……でも、毛色が全然違うような……?」
それはつい数時間前にレイと死闘を繰り広げたストーム・ジャルグーンベアーであった。
ティルファはまだレイからイオマンテが退化したことを知らないので少し戸惑う。
なのでレイが簡単に補足し、これが自分が見逃した敵なのだと説明する。
「でもどうしてフワラリアをお前が?僕達がこれを求めているのは知らない筈なのに……あっ!」
レイが何故ストーム・ジャルグーンベアーがフワラリアを持ってきたのかを考えていると、最後に自分が別れ際に言った言葉を思い出す。
『……僕は、僕達はフワラリアという植物を一刻も早く見つけなければならない。お願いだから、邪魔をしないで欲しい』
レイは確かに自分達がフワラリアを求めているということを言っていた。
それが伝わっていたということはつまり、
「まさかお前、本当に僕が言っている言葉が理解出来ているのか!?」
『ゴガァァァァ!!!』
ストーム・ジャルグーンベアーがレイの言葉を、人間の言葉を理解しているということになる。
実の所、元々ジャルグーンベアーという種はこの樹海の王となる資格を持つだけはあり知能はそれなりに高い。
とは言え動物型の魔物である以上、リシェンやリフレクティノイドのような魔族の知能には遠く及ばず、言語を理解することは敵わない。
だが、このS・ジャルグーンベアーはジャルグーンベアーからK・イオマンテ、そこから更にS・ジャルグーンベアーと二度の変化を遂げている。
その結果、身体能力同様知能も進化し、人間の言葉が理解出来るようになったのだ。
「そう、か。……ありがとうな。お陰で助かったよ。正直僕の体力も限界だったし、どこに生息しているのか分からないまま闇雲にこの樹海を探していたらキリが無かった。本当に助かったよ」
『ゴァァァァ』
「……もしかしてそれも見越して僕達が休めるようにこの空間を作ってくれたのか?」
『ゴァ!』
「マジかよ。……お前本当に僕達が戦ったジャルグーンベアーなんだろうな?いくらなんでも親切過ぎるぞ」
『ゴァァァ?』
「そんなこと無いってか」
『ゴァ!』
「凄い……ちゃんと……会話が成立してる……」
人間と魔物。
レイとストーム・ジャルグーンベアー。
互いの言葉と意思を完全に理解する事が出来ずとも、彼らは『闘い』を通じて互いを理解し、種族の壁を越えて小さな絆を築いた。
「ティルファさん」
「何?」
「目的はこれで達成出来ました。今すぐ帰ることが出来ますがどうしますか?1日ここで休んで帰るか、今すぐ帰るか。ティルファさんが決めて下さい」
「そうだね。どうしようか……?」
ティルファが今すぐ帰ることを決めないのはこの樹海に来たときのように正常に帰還することが出来なかった場合のことを考えての為だ。
あの時は二人とも全快でどんなことにも対応出来たかも知れないが、今は二人とも満身創痍で必ずしもそういくとは限らない。
だからティルファは万が一の時のことを考えて、レイに言う。
「……うん。今日はもうここで休んでいこう。多分、その方が安全だから」
「分かりました。……どうやらお前が作ってくれたこの空間は無駄になりそうに無いぞ」
「ガァァァ!」
「ついでに言えば、この空間、お前の縄張りになっているんだろう?四方に付いてる爪痕、お前のだな?」
「ガァ!」
ストーム・ジャルグーンベアーは切り落とされた両腕を拾って持ち前の再生能力でくっ付けていた。
そのお陰でジャルグーンベアーとしての習性である縄張りの範囲指定が行えるようになっていた。
これも全てはレイ達が安全に休めむことが出来る空間を作る為。
少なくとも、今のジャルグーン樹海にはこの魔物を越える力を持つ魔物は居ないのだから、誰も近づくことは出来ない。
ここはこの樹海で唯一の安全地帯であると言える。
ましてやその主が共に居るのだから尚更だ。
「それなら……安心……だな……周囲に……警戒……しなくても……敵に……襲われる……心配……無い……」
そのことを知ってレイの緊張がとうとう解けたのか、急激にレイは眠気に襲われる。
ティルファに至っては既に眠ってしまっている。
「ジャルグーン……ベアー……悪いけど……僕は……眠る……」
流石に疲労で限界だったレイはそう言うと、深い眠りに落ちてしまう。
次にレイとティルファが目が覚めたのは翌日の昼頃。
その時には既にストーム・ジャルグーンベアーの姿は無く、静寂だけがその場に残っていた。
「……帰ろっか。レイ君」
「はい」
レイ達は持てるだけのフワラリアを手に持ち、一方通行を使い世界連盟勇者斡旋ギルドの本部へと戻っていった。
悩みに悩んだ挙げ句、S・ジャルグーンベアーを生かすことに決めました。
人によっては賛否両論があるでしょうが、温かい目で見逃してもらえるとありがたいです。
次回の投稿は次の土曜日を予定しております。
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