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命令の下に

「くっ、はっ!あぁ!はぁ……はぁ……はぁ……」


「大丈夫レイ君!?」


「少し、休めば……大丈夫、です」



 レイは魔力全消費による疲労でその場にティルファに支えながら倒れ込む。

 その際ジャルグーンベアーの攻撃で傷ついた部位から血が流れ出ているのにティルファは気づく。

 魔導剣士という職業柄、治癒魔法はてんでド素人にも等しいティルファであるが、それでも何もしないよりはマシだと思いレイに初級魔法の簡易治療(ヒール)を施す。



「んっ、くっ……」



 傷口を塞ぐまでには至らないが、傷口にとても薄い膜を張り、止血することが出来た。

 これで少なくともレイが失血死することは無い。

 ティルファもこれで一安心と周囲に対する警戒を解いてレイの隣に腰を落ち着ける。



「……ふぅ、ありがとうございます。ティルファさん」


「ううん。気にしないで。私がもっと治癒魔法に長けていたら良い治療が出来たんだけど……攻撃に特化し過ぎて治癒系の魔法は苦手なんだよね。あはは……」


「それでも、血は止まってるみたいですし、痛みもかなり治まりました。後ほんの少ししたら魔力も全回復すると思うのでお陰でまたすぐに探索を開始出来ますよ」


「ホント?良かったぁ」



 ティルファはレイの言葉に安堵する。

 レイの傷は端から見れば重傷そのもので本来ならここで離脱して高位の治癒士に看てもらうのが当然なのだ。

 応急措置程度の簡易治療(ヒール)で済まして放っておくものでは無い。

 が、レイの言葉と様子を見る限りそれが嘘で無いことが分かる。

 ティルファの魔法が予想以上に効いたのか、それともレイ自身に驚異的な治癒能力が備わっているのか。

 答えがどちらなのか、はたまたそれ以外なのかは分からないが、それから数分後にはレイは自由に動けるまでに回復した。



「……ホントに大丈夫なの?」


「えぇ大丈夫ですよ。ほら」


「あっ!コラ!」



 回復するや否やレイは探索を再開しようとティルファに言った。

 しかし、それでもレイの体が心配なのは変わりないのでその身を安じる。

 そんなティルファを見て自分は本当に大丈夫なのだと証明する為にレイはその場でポーンポーンとジャンプをする。

 元重傷者がそんなことをしたのだからティルファが怒るのも無理は無い。

 けれどもレイには早くこの場から去らないといけないという気持ちが強かった。



「見ての通り僕は大丈夫です。……ですから早くこの場から移動しましょう。何か……嫌な予感がするんです」


「嫌な予感?」


「はい。まるでまだ……脅威が去っていないような感じです」



 レイは自身が空けた穴を見ながらティルファに言う。

 あれだけの素早さを持つジャルグーンベアーが本当にこれで倒せたのだろうか?

 そのことばかりが先程からレイの頭をグルグル回っていた。

 それはティルファも同じことだったのだが、いつまで経っても追撃される様子が無いので大丈夫だろうとタカをくくっていたのだ。

 一応自分達の周りに生体反応があるか索敵の魔法をかけてみたが特に反応は無し。

 それを聞いたレイはようやく安心し、探索の足を進めようとした瞬間、不意に穴からガラガラと岩が崩れる音がした。



「…………?気のせい、か?」


「普通に穴の側面が崩れただけじゃない?気にする程のことでもないよ」


「そう、ですね」


「レイ君は過敏になりすぎ!悪くは無いけど、それを続けているとそのうち疲れて集中力が切れちゃうよ?」



 ティルファはそう言ってレイを諭すが、それは間違いであるとすぐに知らしめられることになる。

 何故なら、


「!ティルファさん!上!」


「えっ!なっ!?」



 レイが気にしていた穴の方向から黒い物体が飛んだかと思うと、二人の上空には倒したはずのジャルグーンベアーが居たからだ。

 レイの嫌な予感は当たっていた。

 ……ただし。



「うっ……!」


「体が半分無い……?どうしてこれで生きているの……?」



 そのジャルグーンベアーには下半身が存在していなかった。

 理由は勿論、未知の侵略者で押し潰されたからに他ならない。




『グ…………オォ、オォォォォォォォ…………!』



 そして二人は目の前のジャルグーンベアーを見て混乱する。

 理解が出来ないのだ。

 下半身の全てを失って尚生きているその生命力と、ティルファの索敵魔法にも引っ掛からない程弱っているのにも関わらず、衰えを見せないその両目から感じる殺意が。

 ジャルグーンベアーはそのまま墜落すると、両腕を使ってズリズリと這いずるように二人へとゆっくり接近する。

 レイとティルファはこのジャルグーンベアーに攻撃をすることは無く、ジャルグーンベアーが近づくのに合わせて後ろへ後ずさる。



「ティルファさん、殺る、べきですよね?」


「え……あ、う、うん」



『……………………』



 ジャルグーンベアーには最早唸る元気すら殆ど残っていない。

 だが、ジャルグーンベアーはそんなことは意にも介さずというように、ただ一心に前へ前へと二人に向かいながらその重い体を引きずって進む。



「早めに……やるべきだよな……せめて楽に殺してやろう。風槍(ウィンドラン)――――――」


「待ってレイ君」


「ティルファさん……?」



 魔法の発動をティルファに遮られ、レイはポカンとする。



「話が、したい」


「え?」



 ティルファは近づくジャルグーンベアーに歩みより、その眼前まで行くとその場にしゃがみ込み、ジャルグーンベアーの顔を覗き込みながら語り掛ける。



「……ねぇ、私に教えて。何があなたをそんなにも動かすの?あなたはもう楽になっていいはずなのに、どうして苦しむ道を自ら歩むの?」


「ティルファさん!?」



『………………』



 ジャルグーンベアーにティルファの言葉は届いていない。

 けれどもティルファの言葉の意味を本能的にジャルグーンベアーは感じ取っていた。

 今は体を引きずるのを止め、ティルファの言葉に耳を傾けている。



「あなたは王。この樹海の王。数百の魔物を従えることの出来る絶対的な王。……いや、王の資質を持つ者と言った方が正しいのかもしれない。私達は以前、あなたと同種の魔物と戦ったわ。とても、強かった。けれどもその強さは仲間の命を物のように扱って得た偽りの強さ。あなたとは違う」


「そのジャルグーンベアーは前に戦った奴とは違うんですか?」


「うん。ほぼ間違い無いと思う。そうでしょ?」



『………………グォォ』



 ジャルグーンベアーはまるでティルファの言葉に反応し、唸る。

 ティルファはその唸りを肯定の意だと解釈して話を続ける。



「そのジャルグーンベアーはあなたのように自らの命を賭して戦うことは無かった。自分は遠い安全な場所に居座り、そこから仲間の魔物に指示を出し、自殺特攻させる。仲間を従える将の取る行動してはあまりにも劣悪だけど、私達にその攻撃が有効なのは間違い無かった。私達は度重なる魔物の波のような攻撃に苦戦して、撤退を余儀なくされた」



『オォォォ……!』



 ざまあみろ。

 まるでそう言っているかのようにジャルグーンベアーは唸る。



「でもあなたは違った。あなたもそのジャルグーンベアーと同じように仲間も魔物を……縄張りの中に居る魔物に指示を出して私達を襲わせることは出来たはず。自殺特攻でなくても、少数精鋭でジワジワと私達を弱らせることは出来た。だけどあなたはそれをしなかった。何故?」



『………………』



 ジャルグーンベアーは何も応えない。



「私が思うに、あなたは私達と出会った瞬間私達がその辺に居るような雑魚ではないと感じ取ったのだと思う。あなたの方が私達より格上なのは間違いないのだろうけど、配下の魔物は違う。私達にけしかけた所で返り討ちになるのが分かっていたからこそあなたは仲間の魔物を使わなかった。余計な犠牲を出させない為に」



『………………』



「そんな!もしそれが本当なら僕達が戦う意味なんて」


「そう。無かった。けれども戦う意味が無くとも、戦わざるを得ない理由があった。……違う?」



『オォォォォォォ…………』



「あなたよりも更に格上の存在、あなたが決して敵わないと悟ってしまった存在。あなたはそれに命令されてこうして私達の目の前に姿を現した」



『ォォォ……ォォォ……』



 苦しそうに、そして悲しみの色を含んだ声でジャルグーンベアーが()く。



「私達が最初に戦った、あのジャルグーンベアーに命令されて」


「ティルファさん……?確かにあいつなら仲間の魔物を……格下の魔物の命を考えずに僕達にけしかけるかも知れませんが、こいつは間違いなくあのジャルグーンベアーより格上ですよ?そんなことが……」



『グォォォォォォォ!!!ォォォォォォォ!オォォォォォォ!』



「なっ!?」



 レイのその言葉に反応するように、突然目の前のジャルグーンベアーが吠え始める。

 体が半分無いのにも関わらず、先程のような弱々しさを一切見せず、まるで何かを訴えるように。



『ォォォォォォォ…………ォォォ…………』



「そう……そっか」



 ただ、ティルファはジャルグーンベアーのその訴えが通じているようで、吠え終わり、再びグッタリとしてしまったジャルグーンベアーの頭を優しく撫でる。

 そして最後にこれだけは伝えたいと言わんばかりに、ジャルグーンベアーは小さな声でそっと鳴く。



『ォォォ…………』



「……うん。分かった。必ず、あなたのその想いは届けてみせる。だから、もう安心して眠って。あなたはもう充分頑張った。休んでいいんだよ」


「ティルファさん……」



『グォォ…………――――――――――』



 ジャルグーンベアーは最後にそう鳴くと、静かに息を引きとった。

 それを確認するとティルファは魔法で地面に穴を掘り、そこにジャルグーンベアーを埋葬した。

 ジャルグーンベアーに敬意を払うように丁寧に。



「ティルファさん、僕には何が何だか……ティルファさんはジャルグーンベアーの言葉が分かったのですか?」


「分かった、というよりは伝わったの方が正しいかな。私の持つ能力(スキル)の中に以心伝心という能力(スキル)があるの。効果は一対一ならどんな生き物でも意志疎通が出来るというもの。それが動物であれ、魔物であれ。多少の齟齬(そご)が発生することもあるから完璧とは言えないんだけどね」


「そんな能力(スキル)が……それであいつは何と?」


「……!ごめんレイ君。話は後。来る!」


「え?」



『ゴガァァァァァァァァァ!!!』



「くっ!?」


「なっ!?」



 突如として鳴り響く咆哮。

 それは空気が震動しているかのようにビリビリと響きレイ達の体を震わせ、怯ませる。

 そんな二人の前に、その咆哮の主が姿を現す。

 体は赤黒い毛で覆われ、体の大きさは先程のジャルグーンベアーより少し小さいくらい。

 両腕には鋭く長い爪があり、何よりも目立つのは丁度額の中心辺りに生えている角。

 何とも言えぬ禍々しさを纏ったその姿は鬼と呼ぶに相応しかった。




「レイ君!」


「は、はい!」


観察眼(ハウンド)の使用許可を出します!これから迎え撃つ敵に、死力を尽くして!」


「分かりました!」



『ゴガァァァァァァァァァ!!!』



 鬼と成り果てた魔物……かつてレイ達を追い込んだジャルグーンベアーとの再戦が今始まった。

次回でとうとう本命であるあのジャルグーンベアーが登場します。

今回でジャルグーンベアーは死んだじゃないか!

という方の為に補足で簡単に説明させて頂きますと、ジャルグーンベアーという魔物は一体限りの固有魔物(ユニークモンスター)ではありません。

数が極端に少ないというだけで、ジャルグーン樹海の中にはまだ何体かジャルグーンベアーが生息しています。

今回はその中の一体と二人が戦ったという事になります。

鬼と化したジャルグーンベアーとの戦いはどうなるのか……

拙いながらも頑張らせて頂きますので楽しみにしておいて下さい(笑)


次回の投稿も次の土曜日になります。

感想・評価・批評等随時受け付けておりますのでこれからもヨロシクお願い致します。

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