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常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
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26



ラズフィスは微かに瞼を震わせ、ゆっくりと目を開いた。

ぼんやりとした頭のまま、一体自分はどうしたのだったかと考えた所ではっと身を起こす。

急に体を動かしたせいか、血の気が下がったような目眩に襲われた。

眉間に皺を寄せ、黙ってそれをやり過ごしてから、ラズフィスは周囲を見渡した。


あれからどれほどの時間が経過したのか、とっぷりと日が暮れ、辺りは暗闇に包み込まれている。

隣を見下ろして見れば、カーデュレンや兵達がうつ伏せになって倒れていた。

目をこらすと、僅かにその背が上下に動いており、その事実にラズフィスは胸をなで下ろす。


不意に壇上を見上げた彼は、そこに有るべきモノが無くなっていることに気づいて目を見開いた。

この部屋の中で存在を主張するように置かれていたはずの巨大な黒水晶が、跡形もなく消えている。

正確には、まるで内側から弾けたように砕け散っていたのだ。


まさか、封じられていた魔女の魔力が暴走したのかと考えたが、それにしては室内は殆ど荒れた様子がない。

なにより、気を失ったとはいえ、同室にいた自分達もほぼ無傷の状態だ。


一体どうしたことかと考え込んでいたラズフィスは、砕け散った黒水晶の近くに、布に包まれたものを見つけた。

確認するためにそばまで近寄ってみれば、それは見覚えのある古びたローブだった。

覆うように広げられたそれは、ちょうど人の形に盛り上がっている。


まさか、と思いながら、浮かんだ考えを否定するために首を振る。

早鐘のように鳴り響く鼓動を押さえつけるように一度拳を握り、ラズフィスはローブへと指先を伸ばす。

ローブへ触れる直前、一瞬戸惑うように手を止めた後、一気に布を剥ぎ取る。


捲り上げたローブの下から表れたのは、彼の予想とは違っていた。

そこに横たわっていたのは、虚空を見つめるレストリア公爵だった。

口からは一筋の血が流れ、その茜色の瞳には生気がない。

歪な笑みを張り付けたまま、公爵は事切れていた。


彼がしてきたことを聞いた今、国民を預かる王として、母を奪われた人間として、そう簡単に許せるものではない。

だが、若くして国の頂に立つことになったラズフィスを、何かと気にかけてくれていたのもまたレストリア公爵だった。

それが偽りの姿であったのだとしても、ラズフィス達が助けられていたのは事実だった。


恨めば良いのか、悲しめば良いのか、それとも、安堵すれば良いのか。

様々な感情が混じり合い、正直なところどんな表情をつくるべきか、ラズフィスには分からなかった。

ローブを握り締めたまま、唖然と立ち尽くしていたラズフィスだったが、感情を押し殺したような静かな声が彼の耳を打った。



「私が自分の意思で動けるようになった時には、もう手の施しようがありませんでした」



思わず目を見開き、背後を振り返ると、石壁を切り取ったような窓の側に人影を見つけた。

彼女は窓枠に背をもたせかけ、開け放たれ窓から片足を外に投げ出すようにしてそこに座っていた。

長く伸びた彼女の黒髪を、穏やかな夜風がふわりと遊ばせていく。

こちらを背にしたまま、彼女は気怠げな様子で、深い森を照らす月をぼんやりと見つめているようだった。



「あんな人間でも、一応はあなたの身内ですから、出来うることなら助けたかったんですけど……。力及ばず、申し訳ありません」



自嘲するように小さく笑ってから、彼女は僅かに俯いた。

そんな彼女の様子に、漸く金縛りが解けたラズフィスは、無言で人影へと近付いた。

腕を伸ばせば捕まえられる位置で足を止め、彼は彼女を見下ろした。

すぐそばに来ていることも、不躾な視線に曝されているこても気付いているだろうに、彼女がこちらを振り向く気配はない。


夢でも幻影でもないことを確認するように、ラズフィスは隈無く彼女を観察する。

どんな魔術を使ったのか、切断された筈の右腕も元の場所におさまっていた。

簡単に見る限り、滑らかな肌には傷一つ残っていない。

その事実にどこか安堵しながら、ラズフィスはそっと目を伏せた。


話したいことは山ほどあるのだが、初めにかける言葉が見つからずに暫し考えを巡らせる。

言いよどむように何度か唇を開いては閉じを繰り返し、僅かに彼女から視線を逸らす。

そうして、意を決したように向き直り、ラズフィスが口を開いた時、それを遮るように再び彼女が話し出した。



「それにしても、さすがは金と言うべきでしょうか。あれだけの魔力にあてられて、よくこんなに早く意識が戻りましたね」



わざとらしいくらいの明るい声に、ラズフィスは顔を顰めて目を細めた。

彼女らしからぬ様子に、無理やり此方を振り向かせたい気持ちが湧き上がる。

何とかそれを抑え、勤めて平静な声を保ちながら、彼は彼女の後姿を見つめつつ問いかけた。



「それは、こちらの台詞だ。あの魔力の矛先は、間違いなくお前だった。あれだけの魔力を受け、なぜお前は平気でいられた」



現に、剥き出しの魔力をもろに浴びたのだろうレストリア公爵はその命を失う結果となった。

あの表情から推測するに、己が死んだことを理解する暇も無かったのだろう。


さらに不可解な点は、自分達がこうして生きていることだった。

同じ空間に居たラズフィス達も、同様に荒れ狂った大量の魔力をその身に受けたはずだ。

それが、今こうして無事に五体満足で生きている。


何故公爵は死に、自分達は助かったのか、詳しいことは分からない。

ただ、ラズフィスは意識を失う寸前に、自分達を包み込んだ魔力が関係していると踏んでいた。

さらに、間違いなければ、不思議な防御壁のようなものを形作っていたのは、黒の魔力だった。

そして、あの場で黒の魔力を扱える人間はただ一人だ。


ただし、この塔で再会した時、彼女の魔力はどこか歪で、不安定な様子だった。

レストリア公爵に魔力の媒体として扱われていたからこそ、大掛かりな魔術が発動できていたのだろう。

仮にラズフィスが彼女に呼びかけたあの時、彼女の意識が戻っていたとしても、その様に強固な防御壁を瞬時に造れるとは思えない。


しかし、今は彼女の魔力も落ち着き、彼女の内で穏やかに凪いでいた。

大きな力の揺らぎは見えず、元の彼女と同様、殆ど魔力などないように見える。

普通の魔導師ならば、公爵の魔力移譲の術が失敗に終わったのだと思っただろう。


だが、ラズフィスは黒と対極の、金を持つ者だった。

それ故に、気付いてしまった。

彼女の中に、あの時解き放たれた魔女の魔力が留まっているということに。



「あれほどの魔力を取り込み、何故平静でいられる」



黒水晶に封じられていた力は、間違いなく膨大な魔力だった。

普通の人間がその魔力を取り込めば、それこそ発狂するどころではないはずだ。

だと言うのに、彼女は狂うどころか、元の自分を取り戻していた。

そればかりか、あんなにも荒れ狂っていた魔女の魔力は、嘘のようになりを潜めている。

まるで、そこが本来の在るべき場所だったとでもいうように。


ずっと、不思議だったのだ。

彼女が好んで口ずさんでいた、耳慣れない曲調の歌。

王城に集まる魔導師では思いつかないような、独特でいて風変わりな魔術。

国最大の蔵書を誇る国立図書館の、数多の著書にも記されていない古の知識。


一体、彼女はどこでそれらの情報を得ていたのだろうか。

古代魔術に詳しいという、彼女の育ての親に当たる人物についても不明な点が多かった。


そして、何より印象深かったのは、彼女が時折見せた、どこか遠くの情景に焦がれるような表情だった。

愛おしむようでいて、どこか諦めきったような彼女の様子は、まだ幼い子供であったラズフィスの小さな胸をも締め付けるものだった。



「ユーリ、お前は一体何者なんだ?」



宵闇の中、静まり返った室内にラズフィスの声が響く。

彼女はほんの一瞬、その黒曜の瞳で彼を捉えた。

しかし、すぐに視線を逸らすと、再び仄かな明かりを放つ月へ目を向ける。

どちらも言葉を漏らすこともなく、静寂だけが二人の間に横たわっていた。

そうして、暫くの時間が経った頃、彼女がぽつりと呟くように言葉を紡いだ。



「私の名は、ユーリシア。――かつて、常闇の魔女と呼ばれた女です」



薄雲が月を覆い、ゆっくりと振り向いた彼女の表情を隠す。

ラズフィスは、己が焦がれて止まない夜色の眼差しが、ただ真っ直ぐに自分を捉えているのを感じていた。



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