表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
66/80

25



どれほど人が傷つこうと、悲しもうと関係ない。

王になるという妄執に捕らわれたレストリア公爵にとって、目的こそが全てなのだ。

周囲の状況など目に入らない様子で、公爵は薄ら笑いを浮かべながら話し続けた。


王妃が傀儡術をかけられたのは、公爵がクリスティーナの出産前祝いに訪れた時だったらしい。

祝福の呪いと偽り、集中するためと断って側仕えの侍女を控えの間に下げさせ、王妃に術をかけた。

祝福の魔術に紛れさせ、傀儡術や魔力移譲の術を組み込むのには相当の苦労を要したようだ。

周りの人間達に気付かれぬよう、偽装の術を何重にも重ねあわせた、レストリア公爵渾身の魔術であった。


術の安定していない段階で術を解かれては、今までの苦労が水の泡と消える。

エルガリオーネ自身に違和感を感じさせないよう、少しずつ傀儡術の威力を強め、同時に彼女に送る魔力量も高めていく必要があった。

移譲する魔力量の微妙な調節のため、わざわざ常闇の森に魔力を吸収する陣をつくり、そこから屋敷の開かずの部屋へ引き込んで、手を加えてからエルガリオーネへと魔力を移す。

並みならぬ公爵の努力により、計画は途中まで滞りなく進んだ。


だが、彼の予想以上にエルガリオーネは魔術に抗い、ついには自ら命を絶ってしまった。

あと少しで最良の道具が手に入る所で、またしても彼の望みは潰えたのだ。


失意に陥る暇もなく、彼は次の器を探すために様々な手を講じた。

実験回数が増やす代わりに、禁術を隠蔽のための労力も惜しまなかった。

人身売買の売人に繋がりを持ち、魔女の末裔を買ったりもした。

しかし、エルガリオーネ以上の適正者を見つけることは、とうとうできなかった。


そうしている内に、レストリア公爵にも魔力の衰えが目立ち始めた。

魔力の衰えは、同時に肉体の老化を齎す。

早くなんとかしなければという焦りだけが、公爵の精神を追い込んでいった。


そんな中、甥である現国王の即位10周年の祝賀祭に、彼も来賓として呼ばれる事となった。

その様な事にかまけている暇はなかったが、王の伯父という立場上、出席しない訳にはいかない。

レストリア公爵は陰鬱とした気持ちを隠して王都へと赴いた。


だが、天は彼を見捨てはしなかった。

祝賀会の夜、城壁側のバルコニーの傍で休んでいたことが、公爵の運命を動かしたのだ。


あの日、苛立つ気持ちを静めるために、レストリア公爵は窓際で身を潜めていた。

そんな時、一人の女がひっそりとバルコニーに出て行くのを見つけた。

特に興味も引かれなかったため、その場に留まっていた公爵だったが、暫らく後に同じようにバルコニーに消えた甥の姿に目を瞠った。


壁際により、僅かにガラス戸の隙間を開け、魔術を使って外の会話に耳をすませる。

聞こえてきた内容から察するに、あの黒髪の娘は、かつてラズフィスの魔力を解放した女であるようだった。

女の方は分からないが、どうやらラズフィスは随分と彼女に執心らしい。

しかも、あの女は魔女の末裔だったと記憶している。


末裔としては下の中程度の魔力で、器としての期待はできないが、上手くすればラズフィスに多少の痛手を与えることができるかもしれない。

女が一人で庭に居る所を狙い、レストリア公爵は彼女に傀儡術を施した。


元の魔力が少ないためか、女は王妃と違っていとも簡単に術にかかった。

やはり器にはなり得ないと思いつつも、女に普段通りに過ごすよう命じ、公爵は領地へと戻った。

だが、彼の予想に反して、女は乾いた土が水を吸うように、瞬く間に魔力を吸収していったのだ。

これならば、上手くすればラズフィスを暗殺することもできるかもしれない。


ある程度魔力が増強した所で、公爵は女に王を殺害するように命じた。

暗殺は失敗に終わったわけだが、結果として、彼は優秀な魔術兵器を手に入れることができた。



「今や、人形アルサは国の魔導師団に匹敵する程の魔力を得た。不意をついたとは言え、見事お前達を押さえ込むこともできたのだ」



ユーリの髪を掴み、レストリア公爵は無理やりに顔を上げさせる。

彼女は悲鳴すら上げず、大人しく主人に従う。

満足げな笑みを浮かべてユーリの髪から手を離し、公爵は恍惚とした表情で魔力の結晶に向き直った。



「こやつに更なる魔力を吸収させれば、わしは最強の兵器を手にすることになる。まったく、素晴らしいと思わんか!」

「馬鹿な! ただの人間が、魔女の魔力全てを吸収できるわけがない」



己を捕らえる魔術から抜け出そうともがきながら、カーデュレンは顔を歪めて吼える。

ひび割れた水晶から漏れる魔力は、予想していたよりも遥かに膨大な量だ。



「暴発すれば、この塔は愚か、フェヴィリウス全土を巻き込んだ惨事になると、何故分からないのです!!」

「黙れ! 暴発など知ったことか! わしの王位継承に比べれば、些細な事よ!!」



目を血走らせ、唾を飛ばしながら、レストリア公爵は喚く。



「そうだ、いっその事、一度全て壊してしまうのも面白い」

「なっ……」

「わしこそが、まこと王に相応しい。わしを認めぬ世界など、跡形もなく消え去れば良いのだ!!」

「……貴方は、狂っている」



額に片手を置き、天を仰いで笑い続ける公爵に、カーデュレンは血の気が引く思いがした。

誰の言葉も彼には届かず、公爵の中に残るのはもはや狂気のみだ。



「ふむ、もう良い。アルサ、耳障りな虫どもを押しつぶしてしまえ」



公爵は笑いをおさめると、ユーリに一言命じて黒水晶に向き直り、中断していた詠唱を再開した。

彼を止めようと、ラズフィスは黒の魔力に抗い、唇を噛み締めて立ち上がる。

しかし、直後に先程までとは比べものにならないほどの圧力が、一行を押しつぶした。

ラズフィスは両手と片膝を付き、辛うじて体勢を保つ。



「……ぐ……ぁ……」



同じように体を起こしていたカーデュレンが、床に叩き付けられて苦しげな声を漏らした。

魔力に耐性のない騎士などは、もう指一本すら動かせずにいる。

このまま圧力が増していけば、骨は砕け、内臓は潰れ、圧死は免れない。

ラズフィスは拳を握り締め、反発の火花を散らせながら少しずつ顔を上げる。

視線の先では、此方に左手を翳したユーリが、無表情で自分達を見下ろしていた。



「……頼……む……」



かつて、魔女の怒りは広大な台地を瞬く間に焦土へ変えたという。

それ程の凄まじい魔力を、人が簡単に御せるはずがない。

無理やり叩き起こされた彼の力は、暴発し全てのものに牙を剥くだろう。

まして、その受け皿として直接影響を受けるユーリは、魂すら消滅してしまう可能性だってあるのだ。

祈る思いで、ラズフィスは言葉を紡ぐ。



「わ……たしは……皆を、お前を……失いたく……ない」



一行を押し潰さんと、更に増していく圧力に歯を食い縛りながら、ラズフィスは段上を見上げた。

小さく詠唱を続ける彼女の闇色の瞳からは、やはり何の感情も読み取れない。

重い足を引きずり、数歩進んだ所で、ラズフィスは増していく圧力にとうとう膝をついた。

人目も憚らず舌打ちをして、彼は有らん限り声を張り上げ、彼女の名を咆哮した。



「目を……覚ま、せ……! ユーリ!!」



まるで、それに答えるかのように、ユーリの指先が僅かにぴくりと動いた。

ゆっくりと彼女の眼が空を彷徨い、最後にラズフィスを捉える。

お互いの視線が交わったかに思えた瞬間、甲高い音を立てて水晶が砕けた。

数秒の空白の後、眩い閃光がラズフィスの目を焼き、室内が白一色に染まる。


思わず顔を片腕で覆った時、ラズフィスは何か温かなものが自分達の周囲を包み込んだのを感じた。

訝しげに思う間もなく、凄まじい音と爆風が、なす術のない一行に襲い掛かる。

塔全体を揺るがすような衝撃を感じながら、ラズフィスの意識は闇へと沈んでいった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。




― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ