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常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
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21

一旦森の奥へと引いたフォルト達は、先程の場所から遠ざかると周囲を慎重に確認する。

どうやら、近くに獣の気配もなく、今すぐに戦闘を始めるような事態にはならなそうだ。

ユグノーの方も、少し泳がせて此方の反応を待つつもりなのか、後を追ってきている様子はない。

フォルトは特に重傷な者達を草むらに横たえさせると、怪我の状態を確認させた。



「どうだ?」

「何本か骨が折れているようですが、命に別状はなさそうです」



フォルトの問いに、簡単に傷の処置をしていた騎士が僅かに表情を緩めて答えた。

それに頷いて返してから、フォルトは顔を顰めて黙り込む。

他の怪我人を見ていた近衛騎士が、後を小柄な魔導師に任せ、疲れたような溜め息をつきながらフォルトの隣に立った。



「で、どうするんです?」

「……」



肩を竦めつつ尋ねてくる騎士の問いに、フォルトは考え込むように眉間に皺を寄せた。

ユグノーと名乗る魔族は、はっきり言って得体が知れない。

そもそも、その正体というイスタヴァドルは、古の伝記に度々登場する魔族なのだ。

魔導師の話を疑うわけではないが、フォルトにしてみれば酷く現実味に欠ける話だった。


目を閉じ、フォルトは白の部屋で起こった出来事を思い返す。

部屋が森へと転じた瞬間、その場にいた全員が酷い頭痛に襲われた。

正気を保っていた魔導師達が言うには、強制的に魔術をかけられたことによる副作用だったのではないかとのことだった。


そして、その無理やり体にねじ込まれた術は、傀儡術によく似たものであったという。

細かい構成が荒削りで力任せな部分も多かったが、何よりも力の性質が先程放出されたユグノーのものと同じだったのだそうだ。

つまり、兵達を操り仲間同士を襲わせたのは、十中八九彼であったということだ。


魔族というのは、基本的に人間の扱うような、繊細で綿密な構成を持つ魔術は苦手としている。

底なしに近い力を持つ彼らにとって、人の魔術は、邪魔な石ころを巨人が道具を用いて砕くようなものなのだ。

それならば、叩き潰して粉々にしてしまう方が早い。


昔、まだ自分達が少年の域を出ない頃、戯れにカーデュレンや、当時王太子であった陛下に尋ねた事があった。

魔導師が一小隊を操り、戦わせることは可能なのか、と。

カーデュレンは、相応の魔導師ならば多数の人間に傀儡術をかけることも可能だが、その後は暫く使い物にならないだろうと答えていた。

自分も出来ない事はないが、やりたいとは思わないと苦笑するカーデュレンに、陛下も同意するように肩を竦めた。


魔術大国のフェヴィリウスで上位に位置する彼らですらそうなのだから、一般の魔導師が簡単に行えるものではない。

今回の遠征では、兵の中には手練れの魔導師も数多くいた。

彼らを操るにはその魔力を凌駕する力で押さえつけねばならない。

兵達の混乱状態がユグノーの魔術によるものだとすれば、彼は相応の魔力を消費しているはずなのだ。

ユグノーが膨大な魔力を持つ魔族であるというのは、紛れもない事実なのだろう。


それに、魔族は人と違い、己の力のみで魔術を発動するため、一回の術を行使するのに大量の魔力を消費する。

多くの人間を無理やり操る術を使うとすれば、相当の魔力量が必要になってくるのだ。

だというのに、ユグノーからは全く疲れた様子が伺えなかった。

つまり、彼にとってこの程度の魔力の消費など、痛くも痒くもないということだ。


そもそも、意思を無視して人を操る傀儡術は、禁術に近しい扱いを受けている。

他国でもそれは同様で、書籍を含んだ傀儡術に関する情報は全て厳重に管理されていた。

フェヴィリウスでも、術を使える者は国へ登録することが義務付けられており、他者へ継承する際には許可が必要になる。

許可を得ずに術の情報を漏らした場合、関与した全ての者が相応の罰を受ける。

それ故に、簡単には傀儡術の情報は出回らないようになっているのだ。


にも関わらず、ユグノーは傀儡術を使ってみせた。

これが、構成もなにも無視した、魔族の魔術であったなら、それ程おかしいことはない。

だが、ユグノーは大まかにだが、人の(・・)扱う傀儡術を知っていて、それに類似した術を使用していた。

何者かが彼に術を教えたか、あるいはその情報を簡単に知り得る状況に居たということになる。


彼が執事として潜り込んでいたのは、レストリア公爵邸だった。

公爵は傀儡術利用者に登録されてはいなかったが、彼の邸宅から見つかったモノから推測すれば、公爵が傀儡術を知っていても不思議ではない。

傀儡術だけならまだしも、公爵邸からはその他にも大量の禁術の書籍や呪具が発見されている。

ユグノーがどれだけの知識を得ているのか、今の時点では想像もつかない。

予想以上の難しい状況に、自然とフォルトの顔付きも厳しいものになる。



「闇雲に立ち向かったのでは、あの魔族には勝てないと言うことか」



顎に手を当て暫く考え込んでいたフォルトは、各々体を休めていた兵達に聞こえるよう声を上げた。



「この中で、動ける者は何人いる」



フォルトの問いに、騎士や魔導師の大半が立ち上がる。

彼らの顔を見渡してから、フォルトは一つ頷き、自分の近くに集まるよう指示を出す。



「我々の相手は魔族だ、無策では到底適わないだろう。何か良い案があれば、この場で提案してくれ」



そう前置いてから、フォルトは初めに己の考えを話し出す。

兵達は真剣な表情でそれを聞き、騎士や魔導師として、それぞれの視点から意見を述べる。

暫くそうして煮詰めていく内に、何とか実行に移せそうなモノが出来上がった。



「……では、これでいこう。他に、意見のある者はいるか?」



フォルトの最終確認に、皆緊張を隠せない表情を浮かべつつ無言で首を振る。

今まで、知能の低い魔物を相手にしたことはあっても、上級魔族とやり合ったことがある者は1人もいない。

古の時代にはごくたまにあったようだが、住み分けの出来ている現在、顔を合わせる事すら無いに等しかった。


その古とて、魔族1人を退けるのに、国の全勢力を傾けたと言われている。

本来なら、このような人数、しかも怪我人を含めた状態で戦えるような相手では無い。

だからといって、諦めるという選択肢は自分達にはないのだ。

もし勝機があるとすれば、相手が油断している状態で意表をつき、速攻戦に持ち込むしかないだろう。



「ならば、大まかな流れは以上だ。細かい部分は、各々考え、行動するように」



そうフォルトが締めくくった時、戦闘の始まりを告げるように、遠くで爆発音が響いた。

追い詰めるのを楽しむかのごとく、爆音は少しずつフォルト達へと近付いてくる。



「レイン、いけそうか?」



真っ直ぐに前を見据えながら、フォルトは隣に立つ近衛騎士に声をかけた。



「まぁ、何とかやってみます」



近衛騎士は肩を竦めながら、苦笑いを浮かべつつ深々と溜め息をつく。

現在、動ける者は年若い騎士であったり、第一騎士団の所属でない者も多い。

そのため、危険の伴う作戦の要を任せるには少しばかり不安があった。


その点、近衛騎士は長年同じ隊で剣を振るったこともある旧知の仲だ。

どのような動きができるか、ある程度の予想をつけることができる。

今回の作戦を実施するに当たり、彼にはユグノーの気を引き付けるという、最も重要な役割を担ってもらっていた。

必然的に、その危険度もあがる。



「すまないな」



第一騎士団団長から代理を任されている以上、全ての決断権は己にある。

敵を退けるために、兵を危険にさらすような決断もしなければならない。

苦渋の表情を浮かべるフォルトに、近衛騎士は一瞬目を丸めてから、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

すらりと鞘から剣を抜き、音もなく構える。



「それよりも、王都に戻ったら飯奢ってくれるって話、忘れないで下さいよ、副団長」



近衛騎士の軽口に、フォルトは面食らったように言葉を無くす。

だが、直ぐに我に返ると、一つ頷き同じように笑みを浮かべた。



「いくぞ」



低く唸るような号令をかけ、フォルトは自ら先陣を切って駆け出した。




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