表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
63/80

22



爆音の響く方へと向かえば、図らずして彼の魔族と再び相対することになった。

木立を抜けた先には、巨大な生物が暴れたかのように空間がぽっかりとあいていた。

太い木々はなぎ倒され、地面は草一つなく焼き尽くされている。


その中央に、ユグノーは佇んでいた。

あれだけの破壊音を響かせておきながら、その燕尾服には乱れ一つない。

涼しげな表情で辺りを見渡していたユグノーは、フォルト達に目を止めるとくつりと笑みを漏らした。



「おや、かくれんぼはもうお終いですか?」



彼の問いには答えず、騎士達は声を上げてユグノーへと切りかかる。

鋭い切っ先は魔族へ届いたかに見えたが、それは透明な壁に阻まれた。

ユグノーが腕を振り払うと、一陣の風が彼らの体を吹き飛ばす。

木の幹に叩きつけられ、ずるずると崩れた騎士の横から、別の騎士がユグノーへと躍り掛かった。


ユグノーは己の影に手を差し入れると、その中から一振りの剣を抜き出し、騎士の一撃を受け止めた。

何度か甲高い鍔迫り合いの音が響いたが、ユグノーは屈み込んで騎士の懐に潜り込むとその腹に強烈な衝撃波を打ち込んだ。

腹部を押さえ、その場に倒れ込んだ騎士に、漆黒の刃が振り下ろされる瞬間、ユグノーの真下の大地が彼に向かって牙を剥いた。


己を飲み込もうとする巨大な土の掌を飛び上がってよけ、ユグノーは片手に魔力を集めて投げ下ろす。

魔力の弾丸を受け止めた土塊は、やがてその衝撃に耐えきれずに弾けとんだ。

それを視界の端に収めながら、ユグノーが地面に降り立つと、彼に向かって無数の炎が雨のように降り注ぐ。


地響きのような爆発音と共に、ユグノーの立っていた場所に土煙が上がった。

あれだけの炎の矢を受ければ、魔族と言えども無傷ではいられないはずだ。

もうもうと立ち上る土煙の向こうを、騎士や魔導師が息を呑んで見つめる。

そんな緊迫した空気の中、くつくつと楽しげな笑みが響き渡った。



「個々では敵わないとふんで、連携することにした、と言う訳ですか。成る程、我々魔族には考え付かない戦い方です。しかし……」



噴煙の向こうで、ゆらりと一つの影が揺らめく。

次の瞬間、噴煙を切り裂き、放たれた矢のような勢いでユグノーが飛び出してきた。

様子を伺っていた騎士達はすぐに応戦の構えをとるが、それより速く、もはや黒い影となったユグノーが迫る。

漆黒の剣に魔力を集中させ、彼は騎士の一団の中へと飛び込んだ。


一瞬、閃光が走り、次いで凄まじい魔力の爆発が起こる。

土や岩が爆風で舞い上がり、土埃と共に周囲に降り注ぐ。

視界が戻る頃には、地面に巨大なクレーターが出来上がっていた。

その中心に一人佇み、ユグノーは僅かに乱れた前髪をかき上げる。



「脆い」



足元に倒れ伏す兵達に哀れむような視線を投げ、ユグノーは大きく首を振った。



「史上最大の魔術国家と謳われるフェヴィリウスも、所詮はこの程度ということですか? 他愛のない」



彼は肩を落とし、片手で顔を覆って深々と息を吐く。

数秒の沈黙の後、ゆっくりと頭を上げたユグノーは、深紅の瞳を細め、手にした刃を振り上げた。



「実に残念ですよ」



勢いを持ってそれが振り下ろされる前に、ユグノーの頭上が陰る。



「まだ終わってないぜ」



落下する力をそのまま利用し、近衛騎士が真下に立つ魔族へと切りかかった。

ユグノーは他の兵達へと向けていた剣を頭上に掲げ、騎士の攻撃を受け止める。

先程の魔力の残滓が、火花となってバチバチと音を立てた。



「ほう、どうやら、まだ諦めてはいないようですね」

「当たり前だろ。ここで止めたら、騎士の名が廃る!」



ユグノーが騎士を押し返すと、彼は一旦距離を取り、再びユグノーへと切りかかる。

騎士の方も剣に魔力を纏わせているのか、彼らが剣を合わせる度に激しく火花が舞い散った。

魔導師達も、彼らの距離が離れると、騎士を援護するように魔術を放つ。


その合間を縫って、近衛騎士の渾身の一撃が、ユグノーの手から漆黒の剣を叩き落とした。

隙を付き、再び騎士が刃を閃かせたその一瞬、誰もが自分達の勝利を見た。

だが、次の瞬間、鋭く尖った刃物のようなものが騎士の体を貫いた。

小さく呻きながら騎士が己の腹部を見下ろすと、ユグノーの長く伸びた爪が、深々と突き刺さっていた。



「人間にしては、中々の剣捌きです。しかし……」

「……っ……ぁ……」



近衛騎士がゆっくりと顔を上げると、ユグノーは微笑さえ浮かべて騎士を見下ろしていた。



「ワタクシに触れるには百年早い」



彼の爪を伝った血で、騎士の足元が赤く染まっていく。

近衛騎士は僅かにふらついたが、再び両足に力を入れ、剣を固く握り締めた。

そんな騎士に、意外そうな表情をみせたユグノーだったが、背後から攻撃を仕掛けてくる気配に目を細める。

目線だけを背に送れば、こちらに切りかかってくる騎士の姿が見えた。



「残念ながら、背後から来ても同じことですよ」



ユグノーは、笑みを浮かべながら魔力を込めた気を放つ。

鋭い刃となった風は、周りの木々や岩を切り裂きながら騎士に迫る。

その刃が騎士に届いたかに思われた時、硝子が割れるような音が響いた。


ユグノーが振り返ると、粉々に砕けた氷や飛び散った水が光を反射しながら舞っている。

その先には、数人の魔導師が立ち、魔術発動の名残からか、淡く光を纏っていた。

上から響いた咆哮に、ユグノーは目を見開きつつ顔を上げた。



「……っ!」



すぐそこにまで迫った切っ先に、ユグノーは騎士の体から爪を抜き、一度体勢を整えようとした。



「させ……ねぇ……よ」



だが、騎士自身がその腕をがしりと掴んで固定する。

目を細めたユグノーは、腕を捻るようにして力を加える。

その衝撃で、近衛騎士は血を吐き、僅かに腕の力が緩んだ。

ユグノーはすかさず己の爪を引き抜くと、近衛騎士の体を衝撃波で吹き飛ばした。



「ぐっ……ぁ……」

「騎士様!」



魔術を発動していたキルカは、悲鳴を上げて術を解くと、騎士に駆け寄り治癒を行うための詠唱を始めた。

騎士はそれを止めるように片手を上げ、力を振り絞るようにして上体を起こした。

彼の視線の先では、フォルトの剣が、今まさにユグノーへと振り下ろされる所だった。


ユグノーは顔の前に手を翳し、魔力で防御壁を作り出す。

その透明な壁へ、フォルトは己の剣に力を纏わせて切り込んだ。

競り合いの衝撃で魔力が弾け、フォルトの顔や腕に傷を付けていく。

それにも構わず、フォルトは剣に込める魔力を増していく。

ビシリと音を立て、剣と壁にひびが入る。

絶叫を上げながら、フォルトは剣が壊れるのも厭わず最大の魔力を出し切った。


剣と防御壁が同時に砕け散った瞬間、凄まじい音と共に爆風が巻き上がり、再び土煙が舞い上がる。

キルカはとっさに近衛騎士の頭を抱え込み、己の体を守るように縮こまる。

他の騎士や魔導師達も、腕で目を庇ったり、深くローブを被るなどしながら、事の成り行きを見守っていた。


弾かれるように土埃の中から飛び出してきたフォルトは、受け身を取りながら地面を転がる。

素早く起き上がると、柄の先から砕けた剣を捨て、懐から小刀を取り出して構える。

誰もが固唾を呑んで見守る中、少しずつ土埃が晴れていく。

その先に服一つ乱さず立つ人影に、フォルトは奥歯を噛み締めた。



(あれだけの魔力でぶつかっても、奴に一歩引かせることすらできないのか)



抉られた地面の中心に変わらぬ様子で立つユグノーは、ゆっくりと己の顔に右手を伸ばした。

頬に一筋走った傷からは、血が流れ彼の指先を汚した。

それを暫く無言で見つめていたユグノーだったが、片手を上げて顔を覆った。

やがてその肩が震えだし、騎士達は息を呑んで剣を握り締めた。

次の瞬間、ユグノーは弾かれたように大きな笑い声を上げた。



「面白い。傷を付けられたのは久しぶりですよ」



笑いをおさめたユグノーは、狂喜を張り付けたような笑みを浮かべながら魔力を放出する。



「さぁ、もっとです。もっと、ワタクシを楽しませて下さい」



彼から放出される魔力は今までの比ではなく、それまでの戦闘が、彼にとっては遊びにも満たなかったことをフォルト達に知らしめる。

一方、自分達と言えば、策もつき、戦える人間も殆ど残されていない。

それでも足掻くためにフォルトが立ち上がった時、塔の全体を揺るがす程の爆音が響き渡った。

立っているのもやっとの振動に、ある者は木の幹に掴まり、ある者は大岩にしがみ付く。



「何だ!」

「これは、上からか?」

「まさか、魔女の魔力が暴発したのか!?」

「……陛下!」



フォルトも思わず片膝を付き、はっと気付いたように目を見開いて上を見上げた。



「もう壊れてしまいましたか……」



騎士達と同じように上層を見上げていたユグノーは、すっと目を細めて溜め息をついた。



「少しは楽しめるかと思っていたのですが、少々期待外れでしたね」



首を横に振り、肩を竦めると、放出していた魔力を霧散させる。



「駒が壊れてしまっては仕方がない、ワタクシの負けです。気も削がれましたし、フェヴィリウスからは手を引きましょう」



本当に興味を失ったのか、ユグノーから先程の狂気じみた雰囲気は薄れていた。

彼の周りにゆらりと魔力が纏わりつき、その姿が徐々に薄れていく。



「中々楽しい遊戯ゲームでしたよ」



密やかな笑い声を響かせながら、彼の魔族の姿は完全にフォルト達の目の前から消えた。

ユグノーの姿が消えると同時に、幻影は解け、森は元の白い部屋へと変わる。

その部屋のあちらこちらで、騎士や魔導師達が呆けたように辺りを見渡していた。

術師がいなくなったためか、傀儡術にかかっていた者は、次々に意識を失い倒れていく。


暫らくは様子を窺っていたフォルトだが、やがて警戒を解き深く息を吐き出す。

どうやら、本当に脅威は去ったようだった。

フォルトは小刀を仕舞い、近衛騎士の方へと足を向ける。

騎士は床に寝かされ、小柄な魔導師の手当てを受けていた。



「レイン、生きているか?」

「勝手に殺さんで下さいよ」



フォルトの言葉に顔を引き攣らせながらも、近衛騎士は目を開けて上体を起こしてこちらを見上げた。



「多少内臓やられたかもしれませんけど、何とか生きてますって」



ひらひらと手を振って見せた騎士だったが、僅かに顔を顰め再び床に倒れこむ。



「でも、さすがにちょっとキツイっすね。あの野郎、思い切り腹の中で爪捻りやがって……」



魔導師の治療のお陰か、だいぶ顔色は戻っているものの、暫らく近衛騎士には安静が必要だろう。

彼の他にも、負傷した者達がそれぞれ治癒魔法を掛け合ったり、折れた腕に添え木を当てたりしていた。

周りの兵達を見渡してから、フォルトは再び近衛騎士を見下ろす。



「死ぬなよ」

「あー、俺、彼女つくるまでは死ねないんで」



にやりと笑みを浮かべて笑っていた騎士だったが、己の笑い声が響いたのか、腹を押さえて呻き声を上げる。



「それだけ減らず口を叩けるなら、心配ないな」



そんな騎士に呆れたような視線を送りつつも、フォルトは安堵の笑みを浮かべた。

だが、すぐに表情を曇らせ、彼は上層を仰ぎ見る。

こちらの脅威が去った今、気がかりなのは先程の爆発音だ。


あれから、なりを潜めるように静まり返っているが、あれ程の爆発音だったのだ。

上層にいた者達も、ただでは済まなかったはずだ。

よもや、王が簡単にやられる人間ではないと信じているが、相手は魔女の魔力なのだ。

何が起こっても不思議ではない。

すぐにでも駆けつけたかったフォルトだったが、負傷した部下達を置いて行くわけにもいかない。



(陛下、どうぞご無事で)



拳を握り締め、フォルトは祈るように目を閉じた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。




― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ