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常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
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19



覗き窓から見える景色が、信じられない速さで階下へ流れていく。

その様子に目を奪われている内に、装置は最上階へ到達したようだった。


僅かな振動と、石が擦れる音を響かせて装置は完全に停止する。

最上階と思わしき部屋は窓一つなく、暗闇と静寂にに包まれていた。

今までは覗き窓からある程度の光が取り込まれていたのだが、この部屋にはその僅かな光すら届かない。


魔導師の一人が詠唱し、炎で辺りを照らす。

ぼんやりと映し出された光景に、一行は驚いたように回りを見渡した。


どこまでも続くかのような広い空間の中、部屋の床一面が澄んだ水で満たされていたのだ。

水の底を覗いてみると、ようやく光りが届くような場所で何かが動く。

ラズフィスは魔導師に声をかけ、水中を照らさせる。

そうして浮かび上がってきた光景に、皆声もなく目を瞠った。


石畳の路地、レンガ造りの街並み、見事な彫刻の施された教会、建物を繋ぐ長い回廊。

水の底には、時間を止めたかのような水中都市が広がっていたのだ。

街路樹の代わりに、様々な形をした珊瑚が群生しており、その合間を縫って、たくさんの魚が悠々と泳ぎまわっている。


一行が水中都市に見入っていた時、どこかから水滴の落ちる音が響いた。

ラズフィスが我に返って顔を上げると、装置から続く飛び石の道の先に、いつの間にか重厚な木製の扉が浮かんでいた。

だが、どういった原理なのか、そこにあるのは扉だけだった。

いくら目をこらしてみても、その先にあるべきはずの部屋や壁は見当たらない。



「……どういたしますか?」

「……行くしかあるまい」



小声で尋ねてくるカーデュレンに答えを返し、ラズフィスは扉の方へと歩みを進めた。

近衛騎士を先頭に、一行は警戒を強めながら飛び石を渡り始める。

飛び石に足をつける度に、水面に波紋が生まれては消えていく。

それは扉に近づけば近づくほど大きなものになるようだった。

静寂の中で、靴音と水滴が水面を叩く音だけが響いていた。


ラズフィスは扉の前の大きな平石に辿り着くと、木製の扉を仰ぎ見る。

装置の上からみた扉はやや大きいといった印象だったのだが、近くまで来るとその大きさに驚かされた。


見上げる程の巨大な扉には、生命の樹が掘り込まれ、それを取り巻くように、無数の構成図が描かれている。

ラズフィスは横に控えるカーデュレンと視線を交わすと、兵に扉を開くように命じた。

騎士がニ名扉の前に立ち、両手をついて押し開くように力を入れる。

古びた蝶番が擦れ、音を立てながらゆっくりと扉が開いていく。



「っ!」



完全に扉が開いた瞬間、視界が真っ白に染まった。

それほど明るい光ではなかったが、暗闇に慣れたラズフィスの目は刺されるような痛みを感じる。

ようやく光に慣れた目が室内の景色を映し出す。


大きな開け放しの窓の向こうで太陽が傾き、夕暮れ時の茜色の光が石壁の室内を包んでいた。

広くはない部屋の中央には、天井に届かんばかりの巨大な黒水晶が浮かんでいる。

その周囲を、可視化された構成式が取り囲んでいた。


式により発動されつつある魔術が、反発を受けながらも少しずつ黒水晶を浸食している。

僅かに削れ、水晶のひび割れた場所から、濃厚な黒の魔力が漏れ出しているのが感じられた。

魔力の変調の原因は、あの魔術が原因だろう。


これだけの大々的な術は、とても遠隔操作できるものではない。

発動途中ということは、現在どこかでこの魔術を行使している人物がいるということだ。

目を凝らして良く見てみれば、短い階段を上った先、水晶の前に人影が佇んでいた。

その背が己の良く知るモノであることに、ラズフィスは僅かに顔を歪めた。


水晶の前、こちらに背を向けて立つ人影こそ、現在、王の暗殺未遂事件の首謀者としてその身を追われている人物。

精霊から話を聞かされながらも、俄には信じられなかった。

嫌、信じたくなかったというのが正直な所だ。

いつかは真相を聞きださねばならないと覚悟していたが、まさかここで会うことになるとは思いもしなかった。



「どうしてあなたが……」



父が急逝してから、多くの助言をラズフィスに与えてくれていた。

あれがまやかしであったとは思いたくなかった。

締め付けられたように、ラズフィスの喉から擦れた声が漏れる。



「……伯父上」



魔術の発動を示す独特の淡い光りを放つのは、レストリア公爵その人だったのだ。





***********





魔女の塔の最上階で、想像だにしていなかった人物の登場で、兵達に動揺が走る。

そんな中、声を張り上げたのはカーデュレンだった。



「レストリア公! 何をなさっておいでなのです!?」



普段、声を荒げる事のない彼の見慣れぬ姿に、部下である魔導師が目を丸めた。

だが、そんなカーデュレンの言葉に反応すら返さず、公爵は魔術の行使を続ける。



「このような……、あなた程の方なら、これがどんな事を引き起こすか、分かっておいでのはずだ!」

「五月蝿い羽虫だ」



カーデュレンの言葉を遮ったのは、冷え切った公爵の低い声だった。

彼は面倒臭げな声色を隠そうともせず、薄暗い部屋の隅へと視線を向ける。



「アルサ、虫共を黙らせろ」



公爵が命じた瞬間、異様なまでの圧力が一行の体を押しつぶす。

詠唱も、魔力の揺らぎも感じなかった。

対処する隙すら与えられず、騎士も魔導師も床に膝をつく。



「……っ!」

「ぐっ!」

「これ、は……」



その圧倒的な魔力に、誰もが体を動かすことすら儘ならない。

ラズフィスの周りでは、バチバチと火花が散り、魔力が反発している。

金の魔力に反発する力があるとすれば、只一つ。



「これは、黒の魔力……!」



呻くように呟き、ラズフィスは無理やり顔を上げる。

魔女の末裔が他の属性の魔力を操れないのと同じように、他の属性を持つ人間は黒の魔力を扱えない。

フェヴィリウスの王族で、生まれながらの魔導師である公爵が利用できる力ではないはずだ。


それに、公爵は現在、水晶を破壊する為の魔術を発動中だ。

ならば、ラズフィス達を押さえつけるこの魔力は、別の人間のものだろう。

フェヴィリウスの魔導師すら凌ぐ強大な力は、本来ならば魔女の末裔が持ちえるはずのない魔力量だ。


段々と増していく不吉な予感に、ラズフィスの中で何かが警鐘を鳴らす。

そんな時、公爵が不意に思い出した、とでも言うように首を傾げた。



「あぁ、そういえば、お前達に見せるのは初めてだったな」



彼は部屋の影になっている場所に視線を向けると、至極楽しげな笑みを浮かべた。



「出てくるが良い」



夕闇の中、こつりと小さく靴音が響いた。

初めに使い古されたローブが、そして徐々にそれを纏う人物の姿が、茜色に染められ、あらわになっていく。

長い黒髪が、体の動きに合わせてふわりと舞う。

虚空を見つめる闇色の瞳は、何も映さず、感情の色も見えない。



「そん、な……」



声も出せずに目を瞠るラズフィスの隣で、カーデュレンが唸るように呟いて表情を歪めた。

公爵の前に歩み寄った人物が振り返り、その硝子玉のような瞳に一行の姿を捉える。



「紹介しよう」



唖然と段上を見上げるラズフィスに、公爵は満足げな表情を浮かべて両手を広げた。



「これは人形アルサ。わしが造り上げた、優秀な魔術兵器だ」



公爵の言葉が耳を打つが、それすらも気にしている余裕はなかった。

ただ一点を見つめたまま、ラズフィスは視線を逸らすこともできない。


あの夜に失ってから、再び己の傍に取り戻すことを願わない日はなかった。

だが、決してこのような再会を望んでいたわけではない。

ラズフィスの喉から、擦れた声が漏れたが、結局言葉になることはなかった。



(……ユー……リ……)



心から求めてやまなかった女は、ただ静かにラズフィスを見下ろしていた。





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