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同じ頃、王の率いる一行は塔の上層に差し掛かっていた。
しかし、さすがは常闇の魔女の住処と言ったところか、そう簡単に最上階へ進ませてはくれないらしい。
ラズフィスは、目を閉じたまま神経を張り詰め、剣を硬く握り締める。
その直後、こちらに向かって下降してきたコカトリスの気配を感じ横に飛び退く。
鋭い嘴が階段を削ったのか、パラパラと石の欠片が崩れる音がする。
コカトリスが振り返る前に、ラズフィスは素早く駆け寄ると、背後からその首を切り落とした。
横倒しになった魔獣の体からは、血が流れることはなく、霧になって消えていく。
その様子を確認して、ラズフィスはようやく肩から力を抜いた。
あの白い部屋を出てから一行を待っていたのは、数々の魔物の群れだった。
階段を上がっているときには、悪魔やケルベロスなど小さくて素早いものが、部屋に入ればゴーレムや火蜥蜴等大きく力の強い魔物が襲い掛かってくる。
そのどれもが、倒した直後、霧となって消えていくのだ。
つまり、本物の魔物ではなく、魔力で造り上げられた幻術なのだろう。
だが、幻術でありながらも、その能力は本物に等しいようで、鋭い嘴で抉り取られた階段は無残な姿を晒している。
恐らく、先ほどのコカトリスも、その目を見れば本物同様に石に変わってしまうことだろう。
そんな恐ろしい擬似魔物だらけとは、何とも物騒な塔である。
ふと顔を上げると、少し先でカーデュレンがシルバーウルフを氷の刃で貫いていた。
霧となって消えた狼に、彼は大きく息を吐いてから、こちらに歩み寄ってくる。
「陛下、お怪我はございませんか」
「ああ、大事ない」
頷いて返してから、ほんの少し疲れの滲む表情で、ラズフィスは肩を竦めた。
「この塔の中だけで、図鑑に載る全ての魔物を見ることが叶いそうだな」
「本当に、どうすれば幻影でこれだけ正確な魔を作り出せるのか、お聞きしたいくらいですよ」
「全くだ」
(……主様)
カーデュレンの言葉に同意し、苦笑を漏らしていたラズフィスだったが、不意に頭の中で精霊の声が響き目を瞠る。
どうやら、こちらと話ができる程度には、あの白い部屋で受けた衝撃から回復したらしい。
無理をして耳飾りから出て来ようとするのを留めてから、ラズフィスはリリアージュへ何事かと問いかけた。
(急がないと……。何だか、とっても、とっても嫌な予感がするの)
精霊と常闇の魔力は相性が良いとは言えず、彼女達が嫌な空気を感じるのは不自然なことではない。
だが、それにしては、己の精霊の様子がおかしいのだ。
嫌と言うよりは、何かを恐れるような気配が伝わってくる。
声を震わせる精霊に、ラズフィスは眉根を寄せた。
精霊の感覚は、人間のそれよりはるかに鋭い。
人間の己ですら、常闇の魔力が、ここにきて異様な速さで膨張しているのを感じていた。
まるで、今まで眠っていた何かが目覚めかけているような、そんな感覚。
それに応じるかのように、魔物達の動きも盛んになっているようだった。
ラズフィスは覗き窓に視線を走らせ、目を細める。
日は傾き始め、外は幾ばくもしない内に夕暮れを迎えるだろう。
じきに闇が世界を包む。
そうなれば、魔物達はますます活気づき、上へと昇るのが困難になることが予測される。
どうにかして、夕刻を迎える前にこの魔物だらけの階を抜けなければならない。
「カーデュレン」
「はい」
「急ぐぞ」
横から飛びかかってきた魔獣を斬り伏せ、己の剣を握り直し、ラズフィスは再び上を目指して階段を駆け昇った。
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あれから休みなく階段を昇りり続け、ラズフィスも兵達も息を切らせていた。
魔導師達などは、今にも倒れんほどの顔色だが、魔物だらけのこの搭内で気を緩めることは死に繋がる可能性もある。
だが、だいぶ上層まで昇ったためか、魔物達の姿もまばらになっていた。
少し兵達を休ませようかと考え、ラズフィスが声を上げようとした時、頭の中で精霊の驚いたような声が響いた。
(主様! 大変、大変です! 何かが落ちてきます!)
精霊の声に頭上を見上げると、天井の中央部が物凄い勢いでこちらに迫ってきていた。
「皆、壁に退けよ!」
声を張り上げてから、自身も壁に背を貼り付ける。
その目の前を、何か大きな塊が勢い良く通り過ぎていった。
風圧で身体が壁に押し付けられ、ラズフィスの髪が舞い上がる。
彼を通り過ぎた少し下の辺りで、それは轟音を立てて止まった。
階段から下を覗いたラズフィスは、その見覚えのある物に目を見開いた。
螺旋階段の吹き抜け部分にぴたりと納まっていたのは、いつか見た円形の運搬装置だったのだ。
昔の記憶と同じように、床の周囲を縁取っている紋様が、今は複雑な構成図であると分かる。
ラズフィスは沈黙を保つ装置へと飛び乗り、辺りを見渡してから上を仰ぎ見た。
階段は絶え間なく続き、頂上に辿り着くまでにどれだけの時間を費やすか分からない。
この装置が使えるのなら、これほどありがたいことはないだろう。
ラズフィスは己の後ろで興味深げに構成図を観察していたカーデュレンを呼び寄せた。
「カーデュレン、これに使われている魔術の解読は可能か?」
「随分と古い言語や構成式も用いているようですが、できないこともないでしょう」
「上手くすれば、上へ昇る手間を省けるやもしれぬ。調べてみよ」
「畏まりました」
王より命を受けたカーデュレンは、魔導師達と共に装置に張り巡らされた構成式を調べ始める。
その様子を暫らく眺めてから、ラズフィスは邪魔にならないよう装置の端に寄った。
魔術に対しては戦力外である騎士達も、見慣れぬ魔方陣を興味深げに観察している。
「一体、何なんだろうな、これ……」
「人や物を運搬する装置だそうだ」
「へ……陛下!」
独り言に答えが返ってきたことに驚きながら、騎士は背後を振り返った。
普段ならば、一介の騎士が王に問いかけるなど不敬でしかないが、遠征中の今は多少のことは容認されている。
疑問の方が勝った騎士は、恐る恐る王へと尋ねた。
「陛下はこれが何かをご存知なのですか?」
「どのようなものかを、ほんの少し聞きかじっただけではあるがな」
答えた王は目を細め、どこか遠くを眺めながらふと苦笑する。
その返答から察するに、一国の王という立場にあっても、そんなに頻繁に見るような物ではないのだろう。
騎士自身、転移の魔術は見たことがあっても、この様な大々的な装置は王都でも目にした記憶がない。
ただ、似た様な装置という点では、友好国のヘルメニア帝国で一度だけ見たことがある。
彼の国は魔術が発達しておらず、技術国家として名高い。
発明家が多く集まったヘルメニアでは、独特の文化や物があふれていた。
その中で、水圧や蒸気を利用して動く、貨物用の昇降機がそれに当たる。
だが、騎士が見たものはもっと小型で、非常にゆっくりとした動きだった。
あれだけでも大変珍しい物であったのに、それよりも遥かに巨大な装置が動く様など想像もつかない。
驚きを隠せないでいる騎士をよそに、ラズフィスは顎に手を当てて考え込んでいるカーデュレンに近付いた。
彼は装置の端に設置された小さな石碑を眺め、何か考え込んでいるようだった。
昔、ユーリに連れられていた時は興奮していたこともあり、この石碑には気付かなかった。
どうやら平らになった上の部分は文字盤になっているらしく、これが装置を操る基盤になるようだ。
その石碑の柱の部分にも、びっしりと魔術構成式が掘り込まれている。
「動かせそうか?」
「恐らくは、可能かと。それにしても、この構成図はどのような人物が描いたものなのでしょうか」
カーデュレンは掘り込まれた構成図や、文字盤をなぞりながら軽く首を振った。
「とても複雑で、常人には考えつかないような構成式が組み込まれてます。実に面白い」
「興味をそそるか?」
「時間があれば、隅々まで解析したいくらいですよ」
残念そうな笑みを浮かべてから、彼は王に振り返り頭を垂れる。
「急場凌ぎではありますが、ある程度の解読は済みました」
装置を動かすこと自体は簡単で、それ程魔力も必要ないようだ。
物や人を乗せて動かす目的のためか、力の属性指定もない。
多少の魔力のある人間なら、誰にでも操作できるように作られたのだろう。
「では、参ります」
文字盤に向き直ると、カーデュレンは一つ息を吐き、その上に手を翳す。
詠唱と共に魔方陣が淡く光りを放ち始めた。
一行が固唾を呑んで見守る中、装置は鈍い音を立てて動き始める。
徐々にその速さを増しながら、それは上へ上へと昇り始めたのだった。




