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常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
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14



数名の魔導師達と入り口の壁を調べていたカーデュレンは、深い溜め息をつきながら首を横に振った。

壁から離れてラズフィスの元まで戻ると、疲れたように眉間を揉んだ。



「お手上げですね。何をしようと、ピクリとも動かない」

「閉じ込められた、と言うことですか」



カーデュレンの言葉に、ラズフィスの側に控えていたフォルトが難しい表情で壁を睨めつけた。

兵の半数近くが塔の中に入った頃、轟音を立てて入り口が閉じてしまった。

力自慢の騎士達が数名で体当たりをしても、壁はびくともしない。


ならばと、カーデュレンを初め、魔導師が魔力を流してみたが、こちらも何の反応もみられない。

入り口が開いた時のように、王自身が魔力を流してみたが、今回は沈黙が返るばかり。

何者かによって、塔の中に誘い込まれたとみるのが妥当だろう。

フォルトと並んで壁を見つめていたラズフィスだったが、息を吐いて背後に続く暗闇へと振り返る。



「退路を断たれた今、先へ進む他道はなかろう」



彼の言葉にフォルトは小さく頷き返し、兵へと号令の声を上げた。



「これより、塔の内部へ入る。皆、警戒を怠るな!」



ピリッと走った緊張はそのままに、一行は仄暗く狭い一本道へと踏み出した。

コツコツと複数の靴音が石壁に反響し、狭い道のあちこちから聞こえてくる。

両側の壁に取り付けられた自動で灯るランプは健在のようで、一行が近づけば明かりが灯り、通り過ぎればふっとかき消えた。


初めは気味が悪そうに見ていた者達も、奥に進む内に気にも止めなくなっていた。

そんなことに一々驚いていては、この塔を登りきることはできないと気付いたからだ。


ラズフィスが以前この通路を進んだ時は、ユーリに連れられ上層の書庫のような部屋に直行した。

だが、今回の目的は調査であり、常闇の魔力に深く関係のありそうな場所は余す所なく調べる必要がある。

そのため、一行は狭い通路の両側に造られた部屋も念入りに確認していた。

保存の魔術がかけられた食物が、大量に積まれた食品倉庫。

乾燥させた草花や魔獣の骨や角等、魔法薬の材料が所狭しと並べられた部屋。

さらには埃だらけの客間や応接間、茶や軽食を準備できるような小さな台所等も見つかった。


明らかに、かつて此処に誰かが住まい、来客もあったような痕跡があちらこちらに転がっていた。

蜘蛛の巣が張った客間の内の一つには、厚く埃の積もったテーブルの上に、茶器と欠けたカップが時を止めたように放置されていた。

所々壁にかけられた絵画は虫が食い、剥がれかけて原型を留めていない。



「この部屋も、特に不審な点はないようですね」

「そうか」



応接間だったと思わしき部屋を見渡していたラズフィスは、騎士に声をかけられ軽く頷きを返した。

その後もいくつか部屋を見てまわり、とうとう通路は突き当たりに差し掛かる。

突き当りにあるのは、蝶番や取っ手のさび付いた一際古い木製の扉だ。

先頭の騎士が慎重に扉を開けた先に広がる光景を目にし、ラズフィスは僅かに眉を寄せる。


己の記憶では、この場所は何も置かれていない空き部屋で、床に特殊な陣が描かれていたはずだ。

だが、扉の先は吹き抜けの空間が広がり、床は一面白い石材で覆われていた。

この場所ではなかったのかと周りを見渡してみるが、他に入り口らしいものは見当たらない。

その代わりに、壁に沿って螺旋階段が付けられ、上へ上へと繋がっていた。

あの不思議な陣が見当たらない以上、塔を登るにはあれを利用しなくてはならないだろう。


この石造りの塔は、雲に届くほどの高さがあった。

いくらフェヴィリウスの兵達が、魔力によって体力を強化されているとしても、限度というものがある。

頂上へたどり着くまでに、一体どれほどの時間がかかるだろうか。

特に体力に自信がない魔導師達は、憂鬱な表情を隠しもせず、天高く続く螺旋階段を見上げていた。





*************





それからどれだけの時が経ったのか、あまり外の光が届かない塔の中に居るため、時間の感覚が麻痺しつつある。

ただ、稀に設けられた覗き窓から入る光りや、伸びる影から想像するなら、そろそろ昼を過ぎた頃だろう。


暫しの休息を取るための号令がかかると、各々壁に凭れたり、階段に座り込むなどして体を休め始める。

携帯袋から干し肉を取り出してかじる者や、興味深げに階段の端から吹き抜けを見下ろす者もいた。

螺旋階段の吹き抜け側へつきだしている方は、手摺りも柵もなく剥き出しに見えた。

しかし、どういった原理かは分からないが、透明な結界が張られているらしく、誤って下へ落ちると言うことはないようだ。

カーデュレンもこの結界が気になるようで、コンコンと叩いてみては不思議そうに首を傾げていた。


そうして暫く体を休めてから、一行は再び階段を登り始めた。

ひたすら登り続けると、頭上に天井のようなものが見えてくる。

塔の外観や覗き窓から見える景色から想像するに、まだ塔の中腹辺りに差し掛かったくらいだろう。

少なくとも、幼き頃、ユーリに傷を手当てしてもらった部屋は、もっと上層だったはずだ。


更に階段を進み続けて一刻程した頃、天井の端に古びた木戸が見えた。

どうやら階段もそこに繋がっているらしい。

木戸まで到達すると、先頭にいた騎士が、後ろを歩いていた騎士に松明を手渡す。

慎重に木戸を押し上げ、僅かに顔を覗かせて辺りを確認する。

騎士は一通り確認し終えると、振り返って王やフォルトに頷いて見せた。

それにやはり無言でラズフィスが頷き返すと、騎士は完全に木戸を押し開き剣に片手を置いたまま階段を登り始めた。


魔導師が炎の魔術で照らしだした先には、何もない空間が広がっていた。

窓すらない、まるで騎士の訓練所のような部屋は、塔の径から推測されるよりも明らかに広い造りになっている。


天井は高く、壁はどこまでも白く、一体どこが床と壁の境目であるかも見分けがつきにくい。

方向感覚が狂いそうな空間の中で、目に付く出入り口は自分達が出てきた木戸だけだ。

だが、塔の上へと登るためには、ここ以外の出口を捜さなければならない。



「リリアージュ、起きているか?」



ラズフィスは己の精霊に、小声で呼びかける。

遠征に出てくる前に兄弟石の記憶を探らせたためか、リリアージュは少し疲れているようだった。

そのため、暫く守り石の中で休ませていたのだ。



(はい、主様)



眠っているかと思ったのだが、返事は直ぐに返ってきた。

この調子だと、少し前には目を覚まして外の様子を伺っていたのだろう。

それならば、話も早いと言うものだ。



「精霊であるお前ならば、僅かな風の流れも読み取れるだろう。この部屋の出口を探して欲しい」

(了解です!)



元気よく返事をして、リリアージュは守り石から飛び出し人型をとる。

ただ、どこかそわそわとした感じで王の側から離れようとはしない。

普段賑やかな精霊にしては珍しい反応に、ラズフィスは訝しげに眉をひそめた。



「どうした?」

「何だかとっても不思議な場所です。たくさんの魔力が混ざり合ってて、生きてるみたいです」



ラズフィスの問いに答えつつ、リリアージュは不安そうに辺りを見渡した。

やはり、この塔には様々な魔術がかけられているのだろう。

精霊程ではないが、ラズフィスにも多少は魔力の流れを感じ取る事ができるが、まるで鼓動を打つように流れる魔力の質が変わるのだ。

この中で風の流れを探れというのも酷な話だが、彼女にはやってもらわねばならない。

ぽんと片手を小さな頭にのせ、ラズフィスは己の精霊に語りかけた。



「やれそうか?」

「リリア、頑張ります」



彼の言葉にこくりと頷き返して、精霊は集中するために目を閉じた。

暫らく耳を澄ませる様にしていたリリアージュだったが、突然パッと目を開き部屋の奥を指差す。



「あっちです! あっちに向かって風が流れてます!」



リリアージュが指差す先は、やはり白い空間が広がるばかりだ。

人の目では確認できないが、感覚の鋭い精霊が言うのだから何かあるのだろう。

ラズフィスはリリアージュに案内をさせながら、彼女の指差す方へと足を踏み出した。

そのまま数歩足を進めていたラズフィスだったが、パラリと上から降ってきた砂塵に顔を顰める。

不意に頭上を振り仰いだ彼は、目を見開き、鋭く声を上げた。



「リリアージュ!」

「はい!」



精霊はそれだけで主が何を命じたいのか理解したようで、上に向かって風を巻き起こす。

物凄い勢いで降りてきていた壁が、暴風に煽られ僅かに勢いを削がれる。

その隙に、壁の落下地点にいた者達は素早く前後に避けた。



「もう……もた、なぃで、すぅ……!」



顔を真っ赤にして踏ん張っていたリリアージュだったが、そう宣言すると弾かれるように後ろに吹っ飛んだ。

己の精霊を抱き止め、顔を上げたラズフィスが目にしたのは、止めるものの無くなった壁が勢いよく床にぶつかる瞬間だった。

物凄い地響きと風圧を巻き起こしながら、壁は広がっていた白の空間を二つに分断した。



「ふ……副団長!」

「カーデュレン様、ご無事ですか!?」

「おーい、ギル、お前無事か? まさか、潰されてないよな」

「その声はフェルディか? こっちは大丈夫だ。それより、お前こそ足潰れてねぇか?」



暫くの沈黙の後、壁を挟んでお互いの無事を確認しあう声が響く。

どうやら、運悪く壁の下敷きになった者はいないらしい。

ホッと息をつき、ラズフィスが腕の中を見下ろすと、目を回した精霊がぐったりと伸びている。

小さく苦笑をもらしてから、彼は壁の向こうへと声をかけた。



「フォルト、フォルトはおるか?」

「は、こちらに」



ラズフィスの声に、壁の向こうでフォルトが動く気配がする。



「どうやら、我々は分断されたようだ」



この塔に潜む者の仕業か、或いは魔女に近づく者への罠だったのか。

正確な所は分からないが、ラズフィス達は見事に兵力を分けられてしまっていた。

これで、更に半数の兵が塔の頂上へと登るのが難しくなったという事だ。


だが、それでも自分達は立ち止まる訳にはいかない。

塔に入ってからというもの、溢れ出す常闇の魔力量が爆発的に増えている気がするのだ。

このままでは、いつ暴発を引き起こしても可笑しくはない。



「そちらの指揮はそなたに任せる。出口が見つかるようなら、追ってまいれ」

「……承知致しました」



声に心配そうな色を宿しているものの、フォルトは先に行くラズフィスを止めない。

彼も、この異様な魔力の膨張に気付いているのだろう。

ラズフィス達が先に行くとなれば、当然この異様な空間にフォルト達をおいて行くことになる。

このような場所に兵達を残すのは心苦しいが、彼らなら何とか自分達で脱出してくれるだろうという信頼もあった。



「ご武運を」

「そなた達もな」



短く言葉を交わし、ラズフィスはカーデュレンを伴って踵を返す。

リリアージュは当分使い物にならなそうなので、守り石の中にもどしておく。

ただでさえ、生まれたばかりの精霊である彼女にとって、この膨大な黒の魔力に晒されるのはそれだけでもきつい筈だ。

そんな中、リリアージュはよく頑張ってくれた方だろう。


彼女が探し当てた出口も、先程壁が落ちてきたときの風圧でか、僅かにひしゃげて見つけやすくなっている。

厳しい表情を崩さぬまま、ラズフィスは半開きになった出口に向けて歩みを進めた。





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