15
王の一団と別れてから、フォルト達は広間から脱出するために部屋中を探索していた。
騎士達は壁伝いに歩きながら扉がないかくまなく探し、魔導師達は精霊がしたように空気の流れを探知する。
だが、壁の向こう側へと続く扉は一向に見つからず、時が過ぎるばかりだ。
なにせ、真っ白な壁は境目すら分かり難い。
探知の魔術にしても、様々な魔力が入り乱れているこの部屋では、精密さに欠けるのだそうだ。
フォルトは難しい表情のまま、突然落ちてきた壁を睨み付ける。
王と別れての時間を考えるなら、一団はそれなりに進んでしまっていることだろう。
焦ってもどうにもならぬことは理解しつつも、気が逸るのを抑えられなかった。
カーデュレンを始め、上位の魔導師や騎士がついているのだから、王が簡単に傷付けられるとは思わない。
だが、もし万が一王の身に何かあれば、自分は悔やんでも悔やみきれないだろう。
フォルトが唇を真一文字に引き結んだ時、背後から大きな溜め息が聞こえてきた。
振り返ると、近衛騎士時代の部下が両膝に手をついてうなだれていた。
「扉の捜索はどうした?」
「いや、俺の担当の場所は終わったんですがね……」
疲れ切った表情で答えてから、騎士は体を起こして周囲に目をやる。
「こいつは、砂漠から砂金粒見つけるより難しいかもしれないですよ、フォルト副団長」
肩をすくめる騎士に、フォルトの眉間は更に深い溝を刻んだ。
出口を見つけるという単純な作業ではあるが、それが何よりも難しいことはフォルトも理解している。
落下してきた壁が先へ進むのを妨害する罠であるのなら、容易に分かるような場所に出口を設けるはずがない。
更に、この白の部屋は人の感覚を狂わせる。
今は木戸を開け放ったままにしてあるから良いものの、閉じてしまえば元々の入り口さえ分からなくなりそうだ。
出口が見つからないのなら、この部屋から向こう側へ抜けるのは諦めるべきだろう。
こうしている間にも、王の身に危険が降りかかるかもしれない。
切り上げることを決断するなら、早い方が良いのだ。
この奇妙な塔で抜け道を見つけるのは至難の業だろうが、それでも自分達はどうにか道を開き、王を追わねばならない。
フォルトが部屋からの撤収を命じようとした瞬間、突然の耳鳴りと頭痛が彼を襲った。
思わず眉間に皺を寄せ、歯を食いしばって片手で顔を覆う。
そうして耐えていると、徐々に痛みが和らいできた。
「いってぇ、何だったんだ、今の。」
詰めていた息を吐き出す彼の横で、後輩の近衛騎士も小さくうなり声を上げている。
どうやら、頭痛に襲われたのはフォルトだけではなかったらしい。
騎士に声をかけようと顔を上げた彼は、目の前に広がる光景に唖然とした。
「……何だ、これは」
フォルトの呟いた言葉に近衛騎士が顔を上げる気配がして、次いで息を呑む音が聞こえてくる。
「俺、夢でも見てるんですか?」
彼の言葉に、フォルト自身返事を返す余裕などなかった。
先程まで、確かに自分達は塔の中に居たのだ。
それなのに、この目の前の光景はどうだろう。
目を見張るフォルトの赤髪を、風が浚っていく。
その空気に混じるのは、濃い緑の匂い。
「何で俺達、森の中にいるんですかね?」
いつの間にか、二人は鬱蒼と木々が生い茂る森の中に佇んでいたのだった。
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一瞬、自分達は魔女の森へと放り出されたのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
はえている草は見たことのない種類であったし、木々の葉は丸い形より針のような鋭い形のものが多い。
葉の鋭い樹木は寒冷地に多く見られ、フェヴィリウスよりもっと北の大地で目にするものだ。
ならば、そこまで飛ばされてしまったのかと焦ったのだが、驚いた事にここは先程までいた部屋の中らしい。
時折、何かの拍子に景色が揺らぎ、その向こうに白壁が見え隠れする。
顔を掠める風、木々のざわめき、鳥の鳴き声までも聞こえてくるのに、これら全てが幻というのだろうか。
警戒しつつ辺りを伺っていたフォルトだが、聞こえてきた溜め息に隣を振り返った。
「なんか、ここまで徹底されると、何が現実か分からなくなりそうですね」
「確かにな」
近衛騎士の言葉に頷ずいて返しながら、彼らは森の中を歩き始める。
ここがあの部屋の中であるなら、どこかに他の騎士や魔導師達がいるはずなのだ。
その考えが正しかったことを証明するように、程なくして地面にうずくまる茶髪の騎士を一名発見した。
声をかけようと近衛騎士が近付くが、どこか様子がおかしい。
彼はうなだれたまま、ブツブツと独り言を呟いているようだった。
顔を顰め、一度フォルトを振り仰いでから、近衛騎士は慎重に彼の肩に手をかけた。
「おい、どうし……」
近衛騎士の言葉を遮り、彼が勢い良く顔を上げた。
未だに何事かを呟いている騎士の茶色の瞳は、暗く濁り、底が見えない。
ぞくりと悪寒が背筋を走り、近衛騎士が手を引くのと同時に、突然彼が自身の剣を抜き放った。
フォルトは目を見開き、注意を促すために鋭い声を上げた。
「レイン!」
「っな!」
強烈な突きを咄嗟に身を捻ってかわした近衛騎士は、その場を飛び退いて茶髪の騎士と距離を取る。
「おい、ふざけるのもいい加減に……」
近衛騎士の言葉など聞こえていないのか、彼は続けざまに剣を振るい続ける。
眉間に皺を寄せた近衛騎士は、小さく舌打ちをすると、その懐へと飛び込んだ。
鳩尾に思い切り拳を叩き込むと、騎士は苦しげに呻いてずるずるとその場に崩れ落ちた。
念のため、持っていた縄で彼の手足を縛り上げた近衛騎士は、立ち上がって大きく息を吐く。
「一体、何だって言うんですかね?」
茶髪の騎士の事は、フォルトも、近衛騎士もよく知っていた。
第三騎士団に所属する彼は、誠実で人当たりもよく、団長の覚えもめでたい青年だ。
間違っても、突然人に切りかかるような人物ではない。
魔女の魔力に中てられたのか、もしくは疲れと幻覚で混乱していたのか。
とにかく、他にもこのように錯乱状態になるものが出てこないとは限らない。
どうにか他の兵達も探し出し、彼らの様子も確認しなければならないだろう。
考え込んでいたフォルトだったが、近衛騎士が険しい顔で森の奥を睨んでいるのを目にし、訝しげに問いかけた。
「どうした?」
「いえ、何か、今叫び声が聞こえた気がして……」
暫らく悩むようにしていた騎士だったが、腰に差した剣を確認し踵を返した。
「おい、どこへ行く」
「ちょっと様子を見てきます。副団長は、ここに居て下さい」
そう言って手を振ると、近衛騎士は文字通り森の中へと姿を消した。
まるで、魔女の塔の結界に入ったときのように消えた彼の背中に、フォルトはやはりこの森が幻影なのだと確信を持つ。
そして、地面に転がる茶髪の騎士に目を向ける。
先ほどの彼の暗い瞳は、王を襲撃したときのユーリによく似ていた。
この騎士が、錯乱していたのではなく、操られていたのだとしたら。
思い出されるのは、塔に辿り着く前に、王都のユスティナから受けた報告だった。
ラズフィスがユスティナから報告を受けた場に、カーデュレンや自分も丁度居合わせていた。
首謀者の屋敷からは、大量の禁書や呪具、そして、『常闇の魔女』に関する資料が大量に見つかったのだそうだ。
その多くは既に没収するか、彼女の手によって処分されたという。
だが、肝心の王襲撃事件の首謀者は、まだ捕まっていない。
(まさか、な)
自分の考えを振り払うように、フォルトは首を振った。
たとえ、彼の者が常闇の魔女に詳しかろうと、あのまやかしの森を抜け、この塔に辿り着くのは難しいはずだ。
過去、数多の研究者や冒険者が、同じように森に入ったが誰一人として塔を見ることは叶わなかった。
自分達も、あの炎狼が現れなければ、塔に近付くことすらできなかっただろう。
普通の人間が、あの結界の切れ目を見つけられるはずがないのだ。
だが、どうしても、フォルトの胸から嫌な予感が消えることはなかった。




