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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
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西から戻っての数週間は、あの怒涛の日々が嘘であったかのように平穏に過ぎた。

余りに暇すぎたため、ユーリはとうとうカーデュレンに泣きつき、魔術の研究室への入室許可をもぎ取った。

材料は沢山あるのに、ろくな薬の調合ができないだなんて、それだけでもストレス要因として十分だ。


微妙な反応でありながらも、カーデュレンに連れられて訪れた研究室には、様々な奇人・変人達が集まっていた。

そのトップである室長は、深緑の髪に赤い目の女性で、随分と豪胆な性格の人だった。

彼女は部外者であるユーリが部屋の一角を使用することを、面白そうの一言で許可してしまった。

だが、後になって研究員に聞いた話によると、気に入らない人間は一歩も部屋に入れさせないのだそうだ。

話を聞かせてくれた研究員は、室長のお眼鏡にかなって良かったねと言いながら、きししと奇妙な笑い声を上げた。


更に嬉しいことには、西に赴いている間に、ジョゼフがユーリの為にと中庭に加え、王城の畑の一部を整備してくれていた。

以前、世間話のついでに、いかに美味い野菜を作れるかの品種改良にこっていると話したことを覚えていてくれたらしい。


好きに使っても良いと畑を見せられたユーリは、思わず彼に抱きつく。

お礼は出来あがった野菜を少し分けてくれれば良いと、穏やかな笑顔を浮かべたジョゼフはどこか輝いて見えた。

そんなわけで、王城に連れてこられてから初めて充実した日々を送っていたユーリは、突然もたらされた話に目を丸めた。



「祝賀会……ですか?」

「えぇ」



手にしていたカップを受け皿に置き、ユーリは目の前で微笑むカーデュレンに眼をやる。



「今年で丁度、陛下のご即位10周年でして。近々、その祝賀会が催される予定なのです」

「あぁ、そう言えば。そんな話も聞きましたね」



知己の薬屋に訪れた際、現国王陛下の即位10周年のために、貴族が集まるという話を聞いた気がする。

ついこの間の事なのに、随分と遠い昔だったように思う。

ここ最近、自分の周囲がいかに目まぐるしく変わったかがまざまざと知れて、ユーリは思わず宙に眼を向けた。



「リリア、パーティーは好きです! 仲間にたくさん会えます」

「まぁ、あなたはそうでしょうね」



嬉しそうに声を上げた守り石の精霊に、ユーリは苦笑して頭を撫ぜた。

盛大な会であればあるほど、集まる宝石の数も多くなる。

なかには守り石を身につけてくる者もいるだろうし、彼女にしてみればちょっとした集会のようなものだろう。



「でも、主様はとっても忙しそうです」

「あー、なるほど。それでですか」



表情を曇らせながら精霊が呟いた一言に、ユーリは納得して思わず頷く。

どうりで最近、ラズフィスの顔を見ないと思ったのだ。

主催者である彼は、普段の仕事に加え、祝賀会の調整もしなければならないのだから、それは大変だろう。


数日前、何とか空いた時間を見つけたラズフィスが研究室に訪れた。

今にも倒れそうな顔色をしている自国の王に、室長が腹を抱えて笑うなか、ユーリはさっさと彼を追い出した。

後日、手ずから調合した滋養強壮薬を送りつけたが、精霊の話では順調な減りを見せているらしい。

追加でもう一瓶くらい作っておくかと考えていたユーリは、カーデュレンに呼びかけられて我に返った。



「それで、折り入ってご相談があるのですが」

「相談って、私にですか?」

「はい、実はユーリ殿に、ぜひ祝賀会に参加して頂きたく……」

「お断りいたします」



何が楽しくて、そんな貴族だらけの場に行かなければならないというのか。

どんなに王族と顔見知りになろうとも、所詮自分は庶民である。

煌びやかな世界には、残念ながら興味がない。

それに、そんなことに神経と労力を使う位なら、畑仕事をしていた方が何万倍も有意義な時間を過ごせる。


微笑みを浮かべたまま、即座に断りをいれたユーリに、カーデュレンの表情も固まった。

お互い笑顔のまま暫く見つめ合っていたが、やがて彼の方が根負けして息を吐く。



「ユーリ殿」

「だって、おかしいでしょう。そもそも、私の扱いは一応例の事件の重要参考人ですよね」



じとりと自分に向かってくる視線を無視し、ユーリはカップに口を付けた。

クリスティーナの言葉があったからこそ客としてまねかれたものの、一時期は取り調べまでされていた身だ。



「そんな人間が、王の祝賀会に参加するだなんて、聞いたことありませんよ」

「事件の調査の方は殆ど済んでおりますし、ユーリ殿は白という結論は出ていますから問題はありません」



事実を述べ、話を切り上げようとしたユーリだったが、珍しくカーデュレンが食い下がってくる。

訝しく思いながらも、こればかりは譲るつもりはない。

己の平穏のために、ユーリは正論を重ねた。



「身分もない私が、そのような会に出るなどおこがましいです」

「クリスティーナ様は、恩人であり、友人でもあるあなたにドレスをプレゼントしたいと張り切っておいででした」

「いやいや、そこは止めましょうよ。税の無駄遣いでしょう」



本当に、この兄妹はなぜそうも自分に物を送りたがるのか。

呆れたように呟かれたユーリの言葉だったが、カーデュレンは笑みを浮かべたまま小首を傾げた。



「では、ユーリ殿。あなたは、楽しみだと顔を輝かせるクリスティーナ様の期待を裏切ることができますか?」

「……情に訴えかけるだなんて。卑怯ですよ、カーデュレン殿」



元々、クリスティーナには故意ではないにせよ、騙していたという負い目がある。

それでなくとも、ユーリはあの兄妹には弱い所があるのだ。

暫らく己の中で葛藤していたユーリだったが、やがてがっくりと頭を垂れる。

そんな彼女を見て、カーデュレンは笑みを深めた。



「という訳ですので、諦めてください、ユーリ殿」

「……あー、森に帰りたい」



城に来てから何度目かになる呟きを溜め息と供に吐き出して、ユーリは虚ろな目で窓の外を見やった。







*************







「クリス、お願いです。お願いですから、もう少し簡素なドレスに!」



クリスティーナにすがりつく勢いで止めながら、 ユーリは早くも自分の決定を後悔していた。

カーデュレンに承諾の意を返してすぐに、針子を伴ったクリスティーナが客室を訪れた。

状況を飲み込む前にユーリは下着一枚に剥がれ、あっという間に隅々まで採寸された。


怒涛の採寸が済んだ後、彼女を待っていたのは思わず眩暈がするほどの数の試着用ドレスだった。

着せ替え人形のように、次から次へとドレスを着ては脱ぎを繰り返す。

いつの間にかクリスティーナだけでなく、彼女の侍女や客室付きの侍女まで参加し、室内は今までになく華やいでいる。


これが傍観する立場であるならこの上もなく眼福なのだが、残念ながらこの騒ぎの中心は自分なのだ。

引き攣った顔で何とか笑顔を保ちながら数時間を耐えたユーリだったが、差し出されたフリルがふんだんにあしらわれた真紅のドレスに一瞬意識を遠退かせた。


だが、ここで自分が倒れては、どのような物が宛がわれるか分かったものではない。

何とか意識を保ちながら、必死になって声を上げたというわけだ。

そもそも、あんな豪奢なドレスは、彼女達のような彫りの深い顔の人間にこそ似合うものである。

自分のように平凡な人間が着ても、衣装に負けている印象しかないだろう。

しかし、ユーリの言葉に、クリスティーナは顰め面で頬を膨らませた。



「何を言うの。ユーリの希望を聞いていたら、まるで寡婦のドレスじゃない。はっきり言わせてもらうなら、地味すぎよ!」

(地味で良いんです! 目立ちたくないんですってば!)



ユーリの心の叫びは当然ながら届くはずもなく、クリスティーナ達は彼女の主張を無視して候補のドレスについて花を咲かせている。



「ユーリ様は日に当たっておいでで、少し色味のあるお肌でございますし、こちらのお色などは如何でしょう」

「ですが、意外に淡い色合いもお似合いになるのでは?」

「そうね。この色だと、逆に肌の色が浮いてしまうかしら。あら、でもこっちも可愛くて捨てがたいわ」



あれでもない、これでもない、髪型はこうして、首飾りはどうするのかと、彼女達は更に盛り上がり始めた。

そのうち、髪も弄られ、装飾品も試しに付けられることになりそうだ。

窓の外へと目を向けると、燦々と太陽が輝いていた筈が、いつの間にか世界は茜色に染まっている。



「ユーリ!」

「「ユーリ様」」

(……もう、どうにでもしてください)



輝かんばかりの笑顔で呼ばわれ、ユーリは頭を垂れる。

彼女達と正反対の死にそうな顔を晒し、ユーリは重い足取りで鏡の前へと赴くのだった。







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