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9 月夜の告白

誤字脱字報告、ありがとうございます。スタンプブクマ、励みになります。


あれから2ヶ月、毎日同じことを勤勉に繰り返し、時間を見つけては鍛練にはげむ。


そうしてアルバートの動きをコピーし、仮想敵であるゴルバを討伐するために剣を振るが、いつもイメージの中のゴルバの爪が自分の顔をかすめるように迫って来る。


半身ずらして避けると伸ばされた熊の腕に剣を振り下ろした。イメージとは言え、やっと攻撃が入った次の瞬間、風切り音が背後で響く。


頭で考えるまでもなく身体が反応した。剣を構えて向き直ると夜を溶かした黒い姿が視界に入る。


上から振り下ろされた剣を受け、手首を反すと相手の衝撃を逃がした。刃と刃が噛み合う金属音が響く。


しばらく撃ち合いは続いたが、終わるときは呆気なかった。疲労から攻める剣をいなす力に隙が生まれ、そこを力でこじ開けられる。


「あっ」


手から剣を弾かれ、そのまま流れるように刃を首に当てられて試合はおしまいだ。


「さすがに閣下は強いですね」


ルーディリアがフッと息を吐くと、アルバートも唇をわずかに歪めて笑う。


「ずいぶん、動けるようになったな。以前の君なら魔法に頼り、私の剣を受けることは叶わなかったはずだ」


「閣下の指導のたまものです」


それからしばらく二人で黙って見つめ合う。

ルーディリアが静かに微笑むと「ここは、良いところですね」と言った。



いつでも死が近くにある城塞都市シルビアという土地の性格上、余所者でも受け入れるという、覚悟の決まった懐の大きな人達が多いと感じていた。


しかし、やはり一番はやはり目の前の人だろう。


ルーディリアはアルバートをまっすぐ見つめて秘密でもなんでもないけれど、言い出せずに黙っていたことを口にした。


「急に入団を希望しただけでなく、そもそも冒険者の姿で現れた私を拒絶することなく受け入れて下さった。そして、この2ヶ月、一言だって追及することなく置いて下さった」


ぽつりぽつりと静かに口にするルーディリアにアルバートは無言で耳を傾ける。


「閣下はなぜ、私に……貴方の妻に、屋敷へ帰れと仰らなかったのですか?」


いつでも、彼が一言屋敷に帰れと言ってしまえば自分はここから出ていくしかなかったはずだ。そうして、結局は逃げるように飛び出したレインクロウ辺境伯家に戻るしかなかっただろう。


「貴方は私をルーディリアではなく、ルーとして扱って下さった。妻ではなく、冒険者として迎えて下さった」


それは、なぜですか…と蒼い目でまっすぐに見上げた。アルバートはそんな彼女に向かって微笑みを浮かべる。


アルバートの黒い瞳はどこまでもやさしい。


「貴女がここに居たいと言ったからだ」


そっと銀の髪に触れる。今度は拒絶されなかった。


「銀糸の魔女ルー…この名は貴女の誇りなのだろう?私は、貴女を大切にしたかった」


ルーディリアが過ごした過去から現在に続く時間の中で、アルバートが共有したものはあまりにも少ない。だからこそ彼は、彼女の積み上げた努力と経験を軽んじるようなことはしたくなかった。


「貴女が誇りを持って銀糸の魔女を名乗るなら、正体を暴きたてるような無粋な真似はしない」


銀の髪を一すくい手に取ると、口づける。


「私が…貴女を愛していると言ったら…信じてくれるか?」


ルーディリアが耳まで真っ赤になりながら「あっ…え…?」と狼狽えた。

アルバートが苦笑すると「銀糸の魔女から夫に愛される妻に戻りたいなら、いつでも私の部屋に来なさい」とその耳に囁く。


立ち竦むルーディリアに「冗談だ」と言うと夜の就寝を告げる鐘の音が響き渡った。


「就寝の時間だ。部屋に戻るといい」


アルバートが言うと、ルーディリアは1歩後ずさる。そして「失礼しますっ」と叫ぶと、くるっと身体を反転させて駆けていった。

銀の髪がさらさらと夜に揺れてアルバートの鼻先を掠める。

騎士の隊舎で使っているシャンプーの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。




ベッドに潜り込むとルーディリアは火照った身体のまま目を無理やりに閉じる。しかし、平常心をどこに置いてきたのか、あわあわと混乱していた。


「わ、私を…愛している…ですって? え、この私を?」


アルバート・レインクロウとルーディリア・エインズワースの結婚は完全に政略のはずだ。それなのに何故、愛なんてセリフが出てくるのだろう。


それに、夫に愛される妻に戻りたいなら部屋に来いって……つまりはそういうことよね、と再び顔が熱くなる。


どきどきとうるさい心音を誤魔化すように耳を塞ぐが、余計に身体の中の音が響いただけだった。



一方その頃、アルバートは自室でルーディリアの姿を思い出していた。

一心に剣を振る姿はいまだに荒削りではあるが、この2ヶ月の鍛練が着実に身体に染み付いている動きだった。


細身のしなやかな身体が自分の動きを丁寧に真似ている。彼女の視線の先にいるのは姿なきゴルバだろう。

それはアルバートに敵の姿を幻視させるほど見事な動きだった。


夜闇にぽっかりと浮かぶ、冴えざえと明るい月の光が彼女の美しい銀を跳ね返して輝く。汗が飛び散り、蒼い瞳がまっすぐに姿なきゴルバをとらえて煌めいた。


背中にぞくりと戦慄が走る。

気づけば剣を抜いていた。


自分の剣に驚くものの、しっかりと刃で受け止めてくる彼女に口端が吊り上がる。基礎訓練と剣の鍛練を丁寧に行っていることは見て知っていた。他の教官達からの評価も高い。


だがしかし、いくら薄く筋肉がついてきたとは言え、アルバートの剣を正面から受けるには及ばない。どうするつもりだ、と剣筋を見れば彼女の手首が反って勢いがそらされる。


何度か打ち合うが、そのつど力がそらされてしまった。魔法使いとして常に戦ってきた戦闘経験が自然、彼女にとっての最適を選んだのだろう。


先ほどまで姿なき熊の魔獣ゴルバに向けられていた視線が今ではまっすぐ自分に向けられている。

彼女が自分だけを見ている事実に背中が粟立つ。彼女とのつば競り合いでは互いに至近距離から見つめ合い、まるでダンスをしているようだと思った。


その幻のように美しい光景に酔っていたのだろうか。

興奮に背中を押されるように口から「愛している」と言葉がこぼれてしまった。


その時の彼女のまん丸な目を思い出してアルバートはクスクスと笑う。まさか自分が男から愛を囁かれるとは思っていなかったのだろう。


彼女…妻は耳まで真っ赤になって逃げていった。


「可愛い人だ」


指に絡めた銀糸の手触りを胸にベッドに横たわる。

部屋の灯りは落ち、夜はふけていった。






少しずつ縮まる距離。

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