08 私の大好きなお義姉さま
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リーリアは毎日が幸せだった。優しい父に綺麗な母。そして可愛い自分。最後に最高の、国一番の夫が手に入った。
でも、一番ほしいものがまだだ。
陛下から婚姻の許可を得て、半年後には結婚式を迎えるという今、リーリアは昨夜のことを思い出してそっと下腹部を撫でた。
殿下も自分も若いからすぐに子宝に恵まれるだろう。そうしたらどちらに似た子になるかしら、と想像しない日はない。
「リーリアさま、殿下からの贈り物です」
侍女が大きな包みを手に部屋に入ってきた。
中にはリーリアが好みそうなフリルのたっぷりついた桃色のドレスが入っている。一緒にアクセサリーと靴などの小物も合わせて入っていた。
「まあ、素敵。とっても可愛いらしいわ」
華やいだ声できゃあ、と喜んだリーリアに侍女達が微笑む。彼女たちはリーリアの笑い声を聞くのが好きなのだ。
リーリアは皇太子からの贈り物に目を輝かせて身体に当てたり光りに透かしてみたりしている。それまで黙って控えていた侍女頭が「コホン」と一つ咳払いをするとリーリアさま、と厳しい声を出した。
「あまり感情をお出しになりませんよう。素直で可愛らしいところはリーリア様の美徳ですが、それは皇太子妃殿下としての美徳とは言いかねます」
叱られてしゅん、と眉を八の字に下げるリーリアに侍女頭は尚も厳しい声で続けた。
「あと僅かでご政務の刻限です。片付けは侍女に任せて、リーリア様はご自分の執務室にお急ぎ下さいませ」
厳しい侍女頭の言葉にリーリアは半泣きになりながら「もうそんな時間なの?あーあ、楽しい時はあっという間ね。早く殿下にお会いしたいわ…」とこぼした。
それには答えようとせず、淡々とした口調で「お急ぎ下さいませ」とだけ言う侍女頭に肩をすくめる。とたん、侍女頭から「はしたない言動はお慎み下さいませ」と叱責が飛ぶ。
ウンザリした様子を隠そうともせずノロノロと歩きはじめるリーリアに侍女頭が忌々しそうに呟いた。
「あれで本当に務まるのかしら」と。
その言葉にリーリアの大きな目が見開かれ、みるみるうちに涙で一杯になる。手のひらで顔を覆うとワアッと声を上げて泣き出した。
慌てて侍女達がリーリアを執務室に押し込むとソファに座らせる。バタバタとお茶やら菓子やらを用意するがリーリアのしゃくり上げる声は止まらない。
「うぅ…酷い、酷いわ。あんまりだわ」
泣き続けるリーリアに周りは閉口してしまった。そして自然と彼女たちの視線は一点、侍女頭のきちっと結わえられたお団子頭に注がれる。部下たちの無言の圧力にとうとう耐えきれなかった侍女頭がしぶしぶ、といった様子でリーリアに頭を下げた。
「申し訳ございません、リーリア様」
「…ううん、いいの。だってライザは立派になれって言ってくれていたのよね。それなのにこんな風に泣いちゃって……こちらこそごめんなさい」
えへへ、と泣きながらもいじらしく笑うリーリアに侍女達がたまらず「リーリア様…」と声をかける。そっと背中に手を添えて細い彼女を支えていた。
「みんな、ありがとう。私は大丈夫だから仕事をするわ」
そう言って執務机に座るとリーリアは書類とにらめっこを始めた。うーん、うーんと唸りながら頑張っている。
「あーあ、こんなときお義姉さまがいて下さったらなあ…」
小さな呟きは殊の外大きく侍女達が顔を見合わせるのを視界の隅で確認する。
リーリアは眉を寄せると「お義姉さまは本当はとっても優しいのよ。学院では少し手加減を忘れただけで……ほら、姉妹ってそういうところ、あるじゃない?」と苦笑する。
侍女達が顔を見合わせると、一人が微笑みを浮かべてカップに茶を注ぐとぬるくなったものと取り替えた。
「リーリア様は、お姉さまが大好きで大切なんですね」
「ええ勿論よ。だって昔から一緒にいるんだもの。本当はわたし、お義姉さまと仲直りしたいのよ」
顔を曇らせてしゅん、とうつむくリーリアに侍女が「それでしたら」と提案した。
「今ではリーリア様の方が上位の立場なのですから、召喚すれば良いのですわ」
リーリアは侍女の言葉に首をかしげる。
「でも、お義姉さまは私の顔を見るのも嫌だろうなって…だから手紙一つ書けなくて…」
ぐすぐすと再び泣き始めたリーリアに侍女達が必死に慰める。
「そうだ!半年後の結婚式にご夫婦でお招きしてはいかがでしょう!」
一人が手をパチンと叩いて華やいだ声でそう言った。
「……来てくれるかしら」
なおも泣き止まずに不安げに呟くリーリアに別の侍女が「皇太子妃殿下からの召喚となれば断ることは難しいかと。王家への反逆の意図ありと思われますので」と言う。
そしてニコッと笑うと「大丈夫ですよ」と元気つけた。
「お義姉さま………会いたいわ」
自分をひどく虐めて、苦しめた姉を思い出して涙を浮かべるリーリアに侍女達はますます心を掴まれていくのだった。
夜、寝室に下がるとベッドに入ったのを確認して侍女が明かりを落とす。リーリアは柔らかく微笑むと「ありがとう」と言って目を閉じた。
暗闇で思い出すのはお義姉さまの顔。昼間侍女達にお義姉さまを大好きと言っていたことは嘘ではない。リーリアはルーディリアが好きで好きで、大好きだった。
だからよく、姉妹で遊んだものだ。
「また、お義姉さまと遊びたいわ」
小さなあくびを漏らすとリーリアはルーディリアの銀と蒼を思い出す。
リーリアにとって、自分のためにお義姉さまが温め続けてくれた皇太子妃の席に自分が座るのは当たり前に約束されたことだった。
お義姉さまは先妻の子で自分は後妻の子だ。お義姉さまに権力は持たせないと、お父様は最初から決めていたらしい。何だったら先妻はお父様とお母様に殺されたのだとリーリアはほぼ確信していた。
お義姉さまは私よりも劣る存在だ。家では親にそう言い続けられて育てられた。
お母様の真似をしてお義姉さまの大切な持ち物を一つ一つ奪い取っては目の前で粉々に壊してやった。
普段は何も言わずに黙って耐えているだけのお義姉さまも母親の形見のペンダントを壊した時だけは泣きながら抵抗していた。
ペンダントの先はロケットになっていて、赤ん坊のお義姉さまを抱いた母親の小さな小さな肖像画が入っていることを私たちはみんな知っていたのだ。
お義姉さまは涙を流しながら「お母様!お母様!」と気が狂ったみたいにわめき散らしていた。
あの、気取った青い目が涙であふれていたし、何だったら顔は鼻水でぐちゃぐちゃだった。
銀の髪が涙で汚れた頬に張りついて、とっても汚なくて、それがとっても「可愛い」と思ったことは今となっては懐かしい、いい思い出だ。
私とお母さまは顔を見合わせるとお義姉さまに優しく言ってきかせてあげた。
「お義姉さまの本当のお母さまは土の下にいるわ。だから、死者の物は死者に返してあげましょう?未練は捨てた方がいいわ」
使用人数名に抑え込ませて身動きできないお義姉さまの鼻先でペンダントをゆらん、ゆらんと右に左に揺らしながらリーリアは可愛らしく微笑んだ。
「リーリアの言う通りよ。お前の母親はもう死んだの。それにしてもこの髪…目も、あの女によく似ていること。おお嫌だ。死んだ母親にそっくりで…薄気味悪いわ」
嫌悪をあらわにルーディリアの顔を地面に押しつけた。
そのままお母様は細く尖ったヒールで蹴り続ける。お義姉さまの頭がボールみたいに左右に揺れた。私はそれを見て、何だか愉快な気持ちになったのを覚えている。
「お・ね・え・さ・ま」
にっこり笑って声をかけると、土と涙と鼻水と血液で汚したお義姉さまがノロノロと顔を上げた。
手のひらにペンダントを乗せて、炎を出す。手のひらの炎にまかれてチェーンもトップも高熱で熔けて一滴の金に変わった。それすらも消えると、空に煙が立ち昇る。
もちろん、肖像画は一番先に燃えてカスになっていた。
その時のお義姉さまの顔は多分、一生忘れられない。
それを見たリーリアは身体中が満たされるような、甘く疼くような、言葉に出来ない独特な感覚を覚えた。ただ、ひどく興奮したのは覚えている。
お母様を見ると私と同じような感覚なのだろう。興奮気味に頬を紅潮させてお義姉さまの顔に長い爪で引っ掻き傷を作っていた。
「ああルーディリア、私が男ならお前を犯したろうに…口惜しいこと」
涙で汚れた血塗れの頬を優しく撫でながら、お母様はうっとりとそう言った。
お義姉さまはそんなお母様を見上げて、恐怖に凍りつきそうな顔をしていたっけ…。
可愛くて、大好きなお義姉さまが逃げ場もないのに逃げ惑うような、追い詰められた野ねずみのような顔をしていた。
「あの時は…素晴らしかったわね…」
そう可憐で愛らしく優しいと評判のリーリアはベッドの上で口元を緩めて思い出に浸っていた。
可愛い相手は虐めて、いたぶって、泣かせて、心の中まで爪を立てて自分のものにしてしまいたい。
自分の手で嘆き苦しむ姿が見たい。
自分にすがりついて惨めに許しを乞う姿が見たい。
それがリーリアの「好き」ということだった。
「私の姿を見ただけで怯えて隠れる可愛いお義姉さまだったのに、ある日を境に生意気になってしまったわ」
お母様が森に棄てたあと、奇跡的に戻ってきたお義姉さまは、もうそれまでの震えて縮こまる様子は見せなくなってしまった。
最初は強がっているのかと思ったけど、どうもそうではないらしい。
屋敷に残った僅かばかりの母親の形見を壊しても、燃やしても、もう心を揺らして泣きわめくことをしなくなってしまったのだ。
「……あの男はお義姉さまの弱みになれるかしら」
あの男がお義姉さまを熱のこもった目で見つめていたことには気づいていた。
愛し、愛され、心の中の柔らかい場所にたどり着いたなら、お義姉さまを再び、ただの可愛い女の子に戻せたなら、またお義姉さまと一緒に遊びたい。
あの、可愛い可愛いお義姉さまにもう一度会いたい。
私が唯一欲しいと思った、蒼い綺麗なお星さま。銀に揺れる流れ星。
リーリアにとってルーディリアは夜を彩る星空だ。
したたるような輝きを塗りつぶしてしまいたい。
アルバート・レインクロウ…期待しているわよ、とリーリアは口の中で呟いて微笑った。




