07 騎士の1日
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翌朝からトレーニングが始まった。
朝から走り込み、朝食、体術、剣術、昼食、午後からは巡回でシルヴィアの街を警護、戻ってからは夕食までの2時間を休憩に当て、食べたら入浴して就寝という生活スタイルだった。
起床係がベルを鳴らして廊下を走っていき、騎士達が目を覚まして10分後には中庭集合。
着いた順に20周軽く走って朝ごはんだが、人の流れに着いていって適当に食事を済ませると一人で席を立ち、体術の稽古へと移動する。
ルーディリアは基本的に誰とも関わらなかったから集団生活の送り方を理解していない。誰かと行動しようという意識がそもそもなかった。
昨日、色々と面倒を見てくれたシャーロットは肩を叩き合っていた男と並んで歩いているし、他にも数人の女性騎士が居たが必ずと言っていいほど隣には男がいる。
男のいない女性騎士など自分だけじゃないのかと思うと殿下がエスコートを拒否してきたパーティーを思い出してしまう。
あの時は男のエスコートがない女は価値がないかのような意識が大半だったが、騎士団ではそうでもないようだ。
ルーディリアが一人でいることに誰も妙な視線を送ってこない。それどころか好意のようなものを感じさせるような視線をあちこちから投げられた。
それらに戸惑うように見回すと近くに恋人と立っていた黒髪の女性騎士が男達に「困ってるだろ!さかってるんじゃないよ、あんたら!」と一喝してくれた。
「あ、ありがとうございます」
ルーディリアがホッとしてはにかむように笑うと女性騎士は「私はアイリス。ルーだったっけ…あんたも嫌なら嫌って自分で言いなさいよ」と片眉をクッと吊り上げる。
「は、はい」
ルーディリアがシュン、となって肩を落とすとアイリスがため息をついた。
「ジョン、私は今回ルーと組むよ。悪いけど相手は他を当たってくれる?」
「…仕方ないな」
二人のやり取りを黙って見ていた恋人の男性、ジョンがチラ、とルーディリアを見ると肩をすくめて離れていく。
ルーディリアはアイリスと一緒に体術の稽古をすることになった。
二人一組で組手を行う。そこそこに動けないわけではないがルーディリアは魔法使いだ。組手の中で思考は魔法を放っていた。
訓練時間は組手をして終わった。そのタイミングで教官がパンパンと手を叩いて注目を集める。彼の隣には木箱があり、そこから何本もの剣の柄が見えている。
武骨な木箱に乱雑に放り込まれた模擬刀が一人ずつに配られた。ルーディリアも1本手に取って軽く振ってみる。模擬刀とはいえ剣の意外な重さによろめく。
大抵の冒険者はみんなそうだが、自分の持てる才能を伸ばす。魔術の才能があるものが剣を使うことなどほとんどない。時間の無駄だからだ。
だからルーディリアも魔法で挑み、しかしそれは敵に届かずに敗北を喫した。
だが、敵の動きをアルバート閣下は無駄のない剣さばきで対応していたのだ。
要するにルーディリアは敵にも、そしてアルバートにも敗北したという事だった。
正直、魔法使いが剣士に負けたことに対して思うところがないわけじゃない。だけど、そんなことを口にする隙もないほどの敗北にルーディリアは打ちのめされていたのだ。
剣を持って昨日の記憶を頼りに振ってみる。
ブン、と鈍い風切り音を立てて安定しない軌道のまま地面に剣先が突き刺さった。
今まで、体重の軽さと小柄な肉体は自分にとっての強みになってくれていた。敵の目を撹乱し、機動力を高め、そうして一瞬の隙を作る。
しかしゴルバはそれを上回るスピードと獣の剛力で正面から打ち破ってきた。
まるで小賢しい羽虫を払うかのように…。
「く…っそ……」
熊の魔物の余裕に満ちた声を思い出して悔しさに歯をくいしばる。アルバート閣下との打ち合いが続けざまによみがえって、そこから先のやり取りも同時に思い出された。
頭の中に沸き上がる映像を拾ってはトレースするようにルーディリアにはまだ重たい剣を振り続ける。
一合、二合、三合……そこからの手首を反しての、敵がよろめいた隙を突いた打ち下ろし。
剣が重いなどと言っていては、敵が速いなどと嘆いていては、到底たどり着けない武の極みを目指してルーディリアはひたすらに稽古に打ち込んだ。
訓練が終了したあと、教官がルーディリアを手招きする。他のみんなが目と目で視線を交わし、その場を離れる。ルーディリアを呼んだ教官のその手には一般騎士が持つ剣が握られていた。
「騎士ルー、お前にこれを持つ覚悟はあるか」
覚悟、とはなんの事だろう。無言で教官を見つめていると彼は目をわずかに細めて「覚悟があるなら誓え」と言う。
ルーディリアはしばらく沈黙し、そして跪いた。
「持てる力で弱き者を傷つけず
欲に溺れて何物の力にも媚びず
己の足で立ち 己の目で見る
弱者には救いを 強者には導きを
もたらさんことを 誓います」
「レインクロウに忠誠を
領地と民を護る剣となり盾となれ」
教官がおごそかな声で返すと剣をルーディリアに渡した。たった今、ルーディリアはレインクロウ領の騎士となったのだ。
渡された剣を見て浸っていると、タイミング良く昼休憩の時間を告げる鐘の音が辺り一面に響き渡る。ルーディリアは昼ご飯も早々に街へと出ていった。
騎士になってからの初めての任務になる。
晴れて騎士の証である剣を腰に下げて巡回していく。冒険者の時は深くフードを被っていたためルーディリアの素顔を知らない者も多い。
毎日のように寄っていた八百屋のおかみさんも、パン屋の店主も初めましてと言わんばかりに話しかけてきた。
「あんた新しく入った騎士様かい? ここはいっつも魔物の被害にあってるから騎士様が増えるのはありがたいよ。ほら、持っておいき」
言うとおかみさんが赤く熟れたリンゴを五つ、袋に詰めてくれた。
「マーシャの所のリンゴも美味いが、俺の所のパンも中々いけるぞ。ほら、細っこくちゃ力なんて出ないぞ、持ってけ」
店主がそう言うと紙袋にぎっしり詰め込まれた焼きたてのパンを一抱え渡してくれる。
ルーディリアは今さら自分は貴方達が毎日会っていた銀糸の魔女です、とは言い出せずに笑って受けとると「ありがとう」と言った。
この街が魔物の脅威にいつも晒されていることも、街のみんなが優しくて気のいい人達なこともルーディリアはよく知っている。
たとえ自分が冒険者であれ騎士であれ、彼らの笑顔と日常のささいな出来事たちを護りたいと思った。
騎士の巡回にはいくつかの大切な意味がある。
一つは純粋にパトロール。街に問題が起きていないか、誰かが困っていないかを見てまわる、いわゆる事件や事故を防ぐためのもの。
そしてもう一つ。
護るべき人びとを知ること。
名前は何て言うのか、家族は何人いるのか、家族構成はどうなのか、どこに住んでいるのか、何の仕事をしているのか、職場はどこか、好きな食べ物は何か、大切なものは何なのか…そういう、人を構成するさまざまな要素を知るために騎士は人びとの間で相談を受け、話を聞き、あるいは彼らだけが知る大層ではない日常的なヒミツの数々を教えてもらう。
それが騎士のパトロールの二つ目の意味だ。
実際にその二つは分けられないほど密接で、時に同じ意味を持つ。
なぜなら、問題が発生するとは「いつもとは違う何か」が起きていることを意味するからだ。
違いが生み出す違和感を感じるためには、その日常を深く、広く知らなければならない。
だから毎日見てまわるのだ。同じような会話、同じような表情、同じような風景を何度も繰り返すうちに何かの違いに遭遇した時、それは違和感を伴って不快感として知らせてくる。
そのシグナルを常に感じとれるように、日常のあたりまえを毎日毎日重ねているのだ。
ルーディリアは街を見回ったあと、駐屯地に戻ると夕食までの2時間を訓練に使うことにした。まずは今朝習った基本の型をおさらいし、素振りを続けて行う。
そうして、ゴルバとアルバートの一戦を思い出しては真似していく。何度か同じ動きを繰り返していたら、夕食の刻限を告げる鐘が鳴り響いた。
夕食後、再び剣を振りに訓練場まで足を伸ばす。彼らの一戦を何度も思い返してはアルバートの動きを真似する。アルバートの目線、足運び、身体の動き、筋肉のしなり、そして、剣筋まで真似ていく。
少しずつ速く、鋭く、動きを丁寧に解析して真似して、自分の身体に染み込ませる。アルバートと同化するようなその動きを就寝時間ぎりぎりまで続けた。
いつかたどり着きたい武の極致。
ルーディリアにとってのそれは夜の色をした男の姿をしていた。




