06 新しい日常
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そのままアルバート様の騎士団に着いていくことになったルーディリアは女性の騎士団員と行動を共にするように伝達を受ける。
一歩踏み出すと足先にビリッとした痛みを覚える。ひとまず終わったことを自覚したからだろう。急に身体のあちこちが痛み始める。
よく見れば腕にも足にも傷が出来ていた。
軽く手を当てて傷を癒す。ローブの中で全身に癒しを施すとルーディリアは伝達された場所へと向かうことにする。
男所帯の中に柔らかい曲線の女性が何人か混じっていた。そんな彼女たちを嘗めるように見回す視線がちらちら感じられる。
男の中に女が混ざることの危うさを肌身で感じられた。
「銀糸の魔女、こっちにいらっしゃい」
女性の中の一人が手招きしてくれる。それにルーディリアは素直に着いていく。彼女たちが秋波を送ってくる男性にウィンクや投げキッスで返事をすると甲高い口笛が男達から返ってくる。
人混みの中から背の高い女騎士がこちらに向かって歩いてきた。
歩きながら女騎士がさりげなく男性騎士に目配せすると相手の男性は女性に対してすれ違いざま肩にポンと手を置いた。次に女性が男性の肩をやはりポンと叩く。
一気に周りの男性の反応が大きくなり「シンディ、俺達もどうだ?」とか、別の女性騎士に男性騎士が手を出して怒られたり受け入れられたりしている。
「うちは男女の規律は結構ゆるいの。男も女も命をかけて戦ってるわけだしね。恋愛は許されているのよ」
今、肩を叩きあっていたシャーロットと呼ばれるお姉さんが私たちの方に歩いてきた。うねる豪奢な金髪を背になびかせて気さくな笑みを浮かべている。
「銀糸の魔女…ルーだったっけ。貴女も早く恋人を見つけなさいな。そのためにはまず、フードを脱ぐことから始めないとだけどね」
頭をポン、と叩かれた。そのまま座り込んで装備の手入れを始める。お姉さん達が顔を見合わせてクス、と笑うなか、ルーディリアはますますフードを目深にかぶった。
その後、森から撤退するとシルヴィアの駐屯地に戻る。都市の中心部に位置するそこは石作りの堅牢な建物で中庭を囲むような造りになっていた。
「ここがシルヴィアの駐屯地。ルーなら知ってるか。でも中には入ったことないでしょ?」
シャーロットさんが食堂、図書室、訓練場、最後に自分達の部屋を案内してくれた。狭いながらも一人一部屋を与えられる部屋の中には既にルーディリアの為のベッドが用意されており、その上には騎士団の制服が、備え付けのチェストの中には数枚の下着とシャツが入っていた。
「あー、ローブは脱いでそれに着替えろってことだね。終わったら閣下の所まで案内してあげるよ」
シャーロットさんが苦笑気味に「案外早く脱ぐことになったね」と言う。どうやら彼女なりにフォローを入れてくれているようだ。
ルーディリアはちょっとだけ躊躇ったがフードの端に指をかけて頭の後ろに送る。銀糸の名の由来となった流れる銀髪が現れた。あらわになった双眸は星のような蒼に煌めいている。
傷一つない白い肌と整った顔立ち、美しい髪…それらが陽光を受けて輝いていた。
「これは、ちょっと隠した方が良かったかもね」
シャーロットが頬をひきつらせると着替えが整うまでベッドに軽く腰掛けた。
「あんた、ちょっとぽやっとしてるところがあるから心配だねえ。男所帯で一人部屋なんだから本当に気をつけなさいよ」
シャーロットはルーディリアに視線を投げると忠告する。望まない妊娠をして前線を退く女騎士は毎年一定数いるのだ。男は無責任でいれば終わるが女はお腹に子どもが出来る。育てていかなければいけない。
「ちょっと説教臭くなったね。よし、じゃあ閣下の所まで案内してあげるよ」
シャーロットが気安い笑みで案内してくれた。
荒い石造りはそのままに所々に調度品が置かれ、貴族のエリアに入ったことを知らされる。
ある廊下を曲がるとそこから先は床に絨毯が敷かれていた。その先には立派な扉がいくつも並んでおり、奥には重厚感のある他よりもやや大きめの扉が立ち塞がっている。
シャーロットがノックをすると中から「入れ」と返事が聞こえ、扉を開けると執務机の向こう側にアルバートが座っていた。
ルーディリアを一瞥すると不機嫌そうに眉を寄せる。シャーロットへ「ご苦労、下がっていい」と言って部屋から追い出した。
シャーロットが短く「はっ」と言って敬礼する。
扉がパタンと閉まって部屋の中にはアルバートとルーディリアの2人きりになった。
「レインクロウ閣下、このたびは騎士団入りを許可して頂きありがとうございます」
まず、ルーディリアが銀糸の魔女の顔で挨拶をする。アルバートの顔が一段と不機嫌なものになった。
「……礼には及ばない。こちらとしてもAランク冒険者を部下に迎えられて光栄だ、と言っておこう」
その言葉にルーディリアは僅かに眉を寄せると黙り込む。アルバートが目をすがめて見せた。
「不服そうだな」
その言葉をきっかけにルーディリアが一言、絞り出すように「負けました」と言う。ゴルバとの一戦を言っているだろうということはわかっていたが、アルバートは敢えて何も言わずに次の言葉を待つ。
「敵にとって私は眼中にもない存在だったんです。相手に不足なしと向き合うことを選んだのは、貴方です」
彼女は確かに強い。戦い方を見るに、どうやら空間魔法も所持している。戦闘で受けた傷が癒えていることを考えればおそらく治癒魔法も持っているだろう。
しかし、圧倒的な力とスピードの前になす術もなく敗北した。
本気で落ち込んでいる彼女には申し訳ないが、ルーディリアの悔しそうな顔を見ると、アルバートはやけに素直な反応をするものだと思ってしまう。
「あの場では言わなかったが、今さら筋力を鍛えたところで遅いだろう。どうするつもりだ」
騎士団の強さは一朝一夕に身につくものではない。彼女の魔法と同じように時をかけて積み重ねていくものだ。冒険者である以上、彼女もその程度のことくらいわかっているはずだった。
「せめて初撃を避けられるようになりたいのです。そうすれば魔法が入る余地も生まれるはずですから」
攻撃が入る隙を作るにはフィジカルも求められる。敵が強ければ強いほどそれは顕著になった。
「そうか」とアルバートが立ち上がり、ルーディリアの横に立つ。
「これを、避けたいと言うことか」
気付けば自分の首にひたりと当てられていた抜き身の刃に全身が粟立った。
「…いつの間に」
動けば斬られる、そう思うと立ち竦んでしまう。横でカチ、と剣を納める金属音が響いた。
「常に空間魔法と防御魔法、そして身体強化の魔術を使うこと。最後に騎士団のトレーニングに欠かさず参加し続けること。これで能力の向上は見込める」
今の一撃もかわせるようになるだろうか。いや、少なくとも目視出来るようにはなりたい。
「あの場に立つだけで既に強者なのだ。その上でさらに高みを目指す以上、成長は必ずする。焦るな」
アルバートの一言一言がルーディリアの心に積もっていくようだ。彼の言葉が落ち込んでいる自分に届くことが、ルーディリアには不思議な感覚だった。
「今日は休むといい。行っていいぞ」
部下に対する上司の顔でアルバートが言うと頭を下げて部屋を出ていく。
パタン、と扉が閉まりしばらく経ってからアルバートは大きく息を吐くと椅子にドカッと座った。
「ずいぶんと楽しいお話をされておりましたねえ、閣下?」
茶化すような声で隣の部屋から入ってきた腹心に「うるさい」と呻く。座ったまま顔を覆うと「なぜ彼女がここにいるんだ」と言った。
「さっきはやり過ぎて夫人の怒りを買いましたからね、やはり貴婦人には相応の対応をしなければならないということですね」
うんうん、と頷きながらキースがさっきの自分のやらかし…髪の毛の一件を野次った。あれは確かに自分もやり過ぎたと思っている。
「確信がなかったんだ。仕方ないだろう」
まさか結婚して屋敷で待っているはずの妻がこんな所にいるなんて思わないじゃないか。つい確認したくて髪に触れたら、ああなってしまった。キースが肩をすくめる。
「しかし、ルーディリア様が銀糸の魔女だったとは…追いかけてきてもらって良かったですね。夫冥利に尽きるんじゃないですか?」
キースの勘違いにアルバートはひらひらと片手を上げて否定する。
「まさか…あれはそういうことじゃない。大体彼女は私が彼女の正体に気づいていないと思っている。それに正直、彼女はそんなことどうだっていいんだろう。自分が結婚していることを忘れている可能性すらある……頭の中はゴルバとの一戦で一杯だ」
これでも一応、一夜を共にした仲なのだ。それなのに意識すらしてもらえないとは。こっちは何年彼女を見てきたと思っているのか。
「せめて髪色を変えるとか閣下を見て視線をそらすとか、何かありそうなものですけどね。一応は新婚の嫁にそんな対応すらしてもらえないなんて…俺が閣下なら今頃号泣していますよ」
キースの軽口にアルバートが顔をしかめる。
「彼女が私よりゴルバに意識を集中したいなら、それはそれでいいさ」
気苦労が多いですね、とキースは上司にして幼なじみの男に笑った。
「早く熊の魔物から嫁を取り返せたらいいですね」
キースの軽口にアルバートが今度こそフンと鼻を鳴らした。




