05 スタンピード
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少しだけ昔のことを思い出していた。きっと深い森の吐く息が記憶を引きずり出したのだろう。
騎士、冒険者の区別なく無限に湧き続けるモンスターの大群を討伐していく。筋肉には全く自信のないルーディリアの戦い方は主に魔法戦だ。
鼻先を殴るように石つぶてを浴びせ、ひるんだところで風の刃を使って首を落とす。
頭を水で覆って息が出来ない状態から、胸を一突きする。
森の中の性質上、火は使わないようにしていたが他の冒険者や騎士には使う者もいる。
彼らの使う炎は不思議と燃え広がることなく消えていった。
「銀糸の魔女、よそ見をするなっ!」
騎士の一人が剣をルーディリアの背後に突き立てる。姿を消して近づいてきたのだろう。人よりやや大きいカマキリのようなモンスターが腕の鎌を振り上げた状態で絶命していた。
「…すまない、助かった」
少しバツが悪いが礼を言うと「礼には及ばん」と騎士がモンスターの集団に向かって駆けていく。
不意にルーディリアの背がぞく、と震えた。目の前の魔力の渦がドクン、と脈打ったのだ。気配がどんどん大きくなって、やがて誰もがその異変に気づいた。
「退けっ!退けえっ!」
誰かの叫びが先か、渦が弾けるのが先か、全員が一瞬で離脱する。
渦の中から今までとは格の違うモンスターが一気に溢れだした。いよいよ本格的なスタンピードの始まりに戦慄する。
視線を敵の軍勢に向けたとき、目の前に石つぶてが見えた。
「っ!」
一瞬ひるんだところで背後に風を感じた。風の刃が首を落とす、と思われたところで全て消える。身体の周囲に張り巡らせた空間魔法は半ば無意識だった。
背中に冷たいものが滑り落ちる。
「…やってくれるじゃない」
自分の十八番で攻撃されたことにルーディリアは嫌な予感を覚えた。対峙する熊の魔物が目をひたり、と見据えてニヤリと笑う。
「渦の中から貴様の動きはよく見えていた。得意技で始末しようと思ったんだが、外れてしまったなあ」
熊の姿で流暢に人語を操ることに純粋な嫌悪を感じてルーディリアは眉をギュッと寄せた。
周りでは一時は劣勢を強いられているものの、騎士や冒険者による健闘が続いている。目の前の熊もそれに気づいているのだろう。魔物達はどことなく動きがぎこちなく感じる。
「今回我らは引くが、次はそうはいかん。だが、手土産一つなく帰ったら散っていった同胞達に申し訳が立たん……その首、貰うぞ」
一気に間合いを詰められ足を払われる。バランスを崩したルーディリアに魔物は機を逃すことなく冷静にその豪腕を振りかぶった。
あっと思った時には身体ごと真っ二つに……なっていなかった。
「……無事か」
黒いローブが目の前で風に揺れた。
落ち着いた低い声が響く。
こちらを振り返ることなく黒い瞳は目の前の敵を睨んでいる。
抜き身の剣を構えたアルバート・レインクロウその人がそこには立っていた。
ルーディリアはその後ろ姿を一瞬だけ凝視し、慌てて立ち上がると「大丈夫です」と返事をする。
熊の魔物がアルバートを見据えた。
「我が名はゴルバ。獣の魔物を率いる戦士だ」
「…私はアルバート・レインクロウ。この地を守る戦士だ」
双方譲れぬものを背負い、地を蹴った。
その目には互いしか映っていない。ルーディリアはその光景にチリリとした苛立ちを感じる。自分は…敵に認識すらされない。
そんな中、アルバートはゴルバの初撃をかわし、二手三手と斬り結ぶ。爪と刃の競り合いでアルバートが手首を返す。いなされた爪が一瞬横滑りに弾かれゴルバの体勢が崩れたところで勝負は決まった。
「……見事」
崩れゆくゴルバの最後の台詞を皮切りに魔物達が渦に向かって逃げ出し始める。その姿に騎士達や冒険者はホッと安堵の息を吐いた。
「銀糸の魔女、怪我はないか?」
アルバートの言葉にルーディリアがフードの中で僅かに目を見張る。
「閣下は私をご存じなのですか?」
純粋な驚きと共に問いかけると今度はアーノルドが怪訝な眼差しを向けてきた。
「城塞都市シルヴィアを拠点に活躍するAランク冒険者である銀糸の魔女を知らぬ者などいない」
Aランクは確かにもらっているが、自分より力が勝る、鍛え上げた騎士にも周知されていることに純粋に驚く。特にアルバートはそれらの騎士を束ねる立場だ。
「そうですか。それは光栄なことですね」
ほんの少しはにかむとうつむく。その時、長い銀の髪が一房フードの中から零れ落ちた。アルバートはその銀髪を目にして片方の眉をピクリと動かす。そのまま「銀糸の魔女…」と呟くと髪に触れてきた。
急に自分の髪に触れてきたアルバートにルーディリアは少し慌てた様子で距離を取る。
男が女の髪に触れる意味を知らない歳じゃない。目を丸くしてフードの中から真っ直ぐ睨み付けてきた双眸は…星の煌めきを宿した蒼だった。
「何をするんですか!」
ルーディリアが睨み付けたまま問えば、アルバートは面白い、と口元を笑みに歪めて言った。
「私はこの地の領主だぞ。何の問題がある?」
たかだか冒険者の髪に触れただけのこと、誰に何を咎められることもない。また、彼にそんなことを出来る立場の者もいない。
「……男性が、女性の髪に意味もなく触れるなど、品位を疑われますよ」
言葉に滲む嫌悪感にアルバートは口角を吊り上げる。完全に遊ばれていることにルーディリアがフードの中で眉を寄せると、後ろから「今のはアルバートが悪いだろ」と突っ込みが入った。
「…キースか」
そこには騎士の格好をした優男が立っていた。着飾れば見映えがするだろうと思わせる整った顔立ちに金の髪…ルーディリアはどちらの家の貴族だったろうかと貴族年鑑を頭の中でめくる。
「どうも、うちの隊長が失礼を致しました。私は副隊長を拝命しておりますキース・ロンバルディアと申します。銀糸の魔女殿」
そう言ってスマートにルーディリアの手を取ると跪いて甲に口づけした。
ああ、ロンバルディア家の確か三男だったか、と合点がいく。確かレインクロウ家を寄り親に持つロンバルディア子爵家の子息だ。
「…丁寧な挨拶、痛み入ります。髪のことは…驚いただけですからお気になさらず」
ローブの中からそれだけ言うとルーディリアは口を閉じた。その返事にキースはアルバートに視線を送る。
アルバートが溜め息をつくと「その…すまなかった。確かにみだりに髪になど触れるものではない、許してくれるか、銀糸の魔女」と胸に手を当てて謝罪する。ルーディリアが肩をすくめて溜め息をついた。
「…受け取ります。その代わりと言うわけではないのですが、私を閣下の騎士団に混ぜて頂きたいのです」
魔術だけでしのぎを削る戦い方では、今後、確実に負ける。現に自分はゴルバに見向きもされなかった。
敵にとっての自分は既に死んでいたのだ。
自分には単純に筋力がない。スタンピードを乗り切るためには強くなるしかない。
アルバートが目を細めてルーディリアを見た。
「訓練経験のない者には辛いぞ」
その言葉に実質的な了解を得たことを知る。次のスタンピードでは敵に自分を無視させたりしない。
そう、心に誓った。




