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03 森の中

誤字脱字報告、ありがとうございます。



ルーディリアは受注したクエストの内容を確認するとギルドから出て魔獣が巣食う森に向かう。


森には既に何組ものパーティーが入って任務に備えているようだった。


不意にルーディリアの目深にかぶったフードから髪が零れ落ちると、その特徴的な銀にあちこちから「銀糸の魔女だ」とひそひそ囁かれる。


ルーディリアは煩そうにフードを被り直すと問題の魔力溜まりに向かう。確かに森の奥に混沌とした魔力のうねりを感じた。


それが波のように全方位に動き、広がるたびに沢山の魔物が出現しているようだった。


あの魔力溜まりの濃度がもっと濃くなり、中でどんどん膨らんで一気に弾けたとき圧倒的な数と今までとは比較にならない強さの魔物が溢れ出す。


だがしかし、それ自体を止めることは出来ない。魔力溜まりが魔力をスタンピートという形で放出するのは言うなれば魔素のバランスだからだ。


山が噴火するように、海が津波を生むように、自然はバランスを取るために動いている。自然よりも小さな存在である自分たち人は、そのバランスの中でいかに振り落とされずにいられるかという程度のものでしかない。


だからといって、大自然のガス抜きに殉じて死ぬつもりはない。最後まで生き抜いて、立っていればそれでいい。


「災害はいつでも起きるわ。だって、自然界にとってのストレスは人間だもの」


魔物だの、魔獣だのと呼んでいるが、彼らは自然界が生み出した存在だ。そんな自然の揺り戻しを平定しようというのだから、人間というものはつくづく業が深いのかもしれないとルーディリアは苦笑した。


そんな自分も人間だ、と肩をすくめる。そうして半径100メートル地点で樹を背にして腰を下ろした。


周りの樹や岩影にも何組かパーティーが展開しているのを感じる。だがルーディリアは誰かとパーティーを組んだことがない。


四属性プラス聖属性、そして時空魔法を使うルーディリアが誰かと一緒に戦う必要がなかったと言えば格好いいが、単に他人と一緒にいるのが苦手で間が持たないだけだ。


目深にフードを被っているのは目を合わせると言葉が出てこなくなるからだったりする。


一通りのやり取りは出来ても、心を通わせるようなやり取りは苦手だ。貴族は上っ面の会話が多いからまだ何とかなるが、平民は難しい。


心にスッと入ってくるような関わりを彼らは好んで行う。


あの、一瞬信じてしまう感覚がルーディリアには恐ろしいのだ。

だから出来るだけフードを目深にかぶって、人と目を合わせないようにしてきた。


小さく息を吐くと、ごつごつした樹皮に背を預ける。唐突に喉の渇きを感じてフードをずらす。革袋の口を開けて金具を持つと、袋ごと傾けてグッと水を飲んだ。


昨夜の婚約破棄から、飲まず食わずの強行軍で今ここにいる。レインクロウ閣下が遠征に出ているなら少し息抜きでもしようと思って城塞都市にやって来たのにとんだ見当違いだった。


ふと、婚約破棄とは別の方の昨夜の一件を思い出した。


真っ暗な部屋で、真っ黒な髪と目が月明かりに照らされて、そこだけ銀に見えた。それはまるで…自分みたいな色だと思って、急に恥ずかしくなったのを思い出したのだ。


ルーディリアは顔を真っ赤にしながら頭を振ってそっちの方の昨夜のことを締め出す。


綺麗だったなんて、思ってない。

断じて、思っていない。


そうしてもう一件の方の昨夜の出来事、つまり婚約破棄の方を思い出すことにした。


あそこでレインクロウ辺境伯家が出てくるということは、この話しに無関係ということは勿論ない。問題は閣下がどこと繋がりを持っているかということだ。


単純に王家、もしくはエインズワース家、あるいは全く別の派閥。


貴族の中でもエインズワース家は古い血筋を誇る由緒正しい家柄だ。それゆえに敵対する家も多い。そちらの方もあり得ない話しではないかと考えたところで、ふともう一つの可能性が頭をよぎる。しかしルーディリアはそれを鼻で笑うと「あり得ない」と言った。


そんな、まさか、自分を好きだからなんて、あるわけがない。自分はこれでも貴族の子女として厳しく躾られていたつもりだったが、まだまだ夢見がちな部分があったらしい。


大体、女は嫁いだら相手の男に惚れろという教育は徹底的に施されるが、男が女に惚れるなんてあるわけがない。

貴族男性にとっての結婚はあくまでも政略的なものであり、恋愛は愛人とするものだと決まっている。この国の常識だ。


大体、自分の現状は決して甘いものではない。

森の木々が吐く濃い空気を吸い込むと、水と土の匂いが記憶を引きずり出した。


我がエインズワース侯爵家は私が5歳の時に義母がやって来て以来、居場所なんてない。

全てを父の後妻とその娘である義妹に奪われ、婚約者だった殿下も義妹がその座についた。


風の便りだが、あの二人はあの後すぐに結婚に向けて動き出したらしい。国王陛下の承認を得て、後は式を挙げるだけだろう。


これからは皇太子と皇太子妃として国を導く存在になる。当然、私は彼らにとって目の上のたんこぶだ。


ちなみに侯爵家は後妻のお腹に宿っている子どもが継ぐという話しだった。そうなれば完全に後妻の血筋が正当に血をつなぐことになる。


大体がそんな環境だったおかげで自分は周りの大人の言う通りに生きて、何とかなるとは全く思っていなかった。家も財産も、何もない状態で唯一自分のものと言えるもの…それが魔術だった。


生きていくために、自分の力を磨くしかない。


義母や義妹の嫌がらせは小さいものから大きなものまで幅広く行われた。

部屋を取られ、母の形見の宝飾品を奪われ、下働きの服を着せられ床掃除に明け暮れる日々の中で命を繋ぐ魔術を磨いた。


腐った水を飲んで腹痛に悶えた時、手のひらに一掬いの水を出せた。すきま風が酷く吹雪が部屋の隅に吹き込んで凍りつきそうな夜に、炎を出せた。


そうして一つ一つ覚えていって四属性を手に入れたのだ。


そんな日々を続ける中で出来るだけ早く修行してもっと力を手に入れたいと願っていたが、どうすればいいか分からず部屋の中で瞑想したりしていた頃、義母が鬼のような形相で入ってきた。


この人が自分のところに来る時は渦巻く怒りを抑えきれない時だ。

その手にはいつもムチが握られている。両手を下に着いて背中を出すと、彼女の「ふんっ」という荒々しい息と共にムチがしなって背中に衝撃と痛みが走った。


「お前がっ、生きてる限りっ、私たちはっ、いつまでも2番目なのよっ!」


先妻と後妻、姉と妹…彼女達の前にはいつでも、いつまでも自分達がいる。特に義母にとっては最悪だろう。

相手はもう死んでいて戦うことすら出来ない。


でもそれはお互い様だ。私だって、こうして喉が枯れる程叫んでも誰も助けてはくれない。お母様が生きてさえいてくれれば、と何度だって思った。


ほんのり香るアルコールがいつでも彼女を理性なきケダモノに変えてしまう。最近では父も義妹ですら飲んだ後の義母には近寄らず、代わりに私を彼女の側に置き続けた。


「大丈夫よ、安心しなさい。どんな傷もたちどころに癒してあげるわ」


ほほほ、と高笑いしながらムチを振るう。

その姿に怒りと憎しみと…ほんの少しだけ憐憫を込めてルーディリアは義母を見上げた。


この人と私は、本当は同じ人を求めている。


お母様と………そして、お父様を。


「…な、何よ…その目は何なのよ…わたくしをっ、バカにしてっ!」


この人の悲鳴のような憎悪の叫びを聞いたとき、その過ちが何故起きてしまったかを感じた。




義母は父に愛されたいのだ。




背中から血を流し、身動きが取れないルーディリアを引きずって馬車に放り込む。御者に「森の奥に棄ててきなさい!」と命じると、うずくまる義娘の頭を優しい手つきでそっと撫でた。


「ルーディリア、どうか戻って来ないでね」と優しい声で囁かれると御者が馬にムチを打つ。高くいなないて走り出す馬にルーディリアは心の中で「あなたも私と一緒ね」と囁いた。


口に出していないのだから囁く必要はなかったけれど、心の中の声が外に漏れたらどうしようなんて考えてしまって、もしも知られたらもっとムチ打たれてしまうと思って、心の声も小さくなってしまっていたのだ。




そうして、しばらく走って太陽が空の真ん中に昇る頃、獣がうようよする僻地の森に置いていかれてしまった。

背中の血の匂いに引き寄せられた獣が唸り声を上げながら自分の周りを取り囲み、襲いかかる。牙は骨を砕き、顎は肉を引き裂いた。


ルーディリアは自分の周りの土を池のように柔らかくすると獣を沈める。ガボガボとあぶくが弾けて、やがてそれも消えた。


土を元に戻すと齧られた部分からだくだくと血液が零れていく。視界がかすみ、猛烈な眠気が襲ってくる。

重たく感じるまぶたを無視するように朦朧とする意識をかき集めて土で自分の周りをドーム状に覆った。すぐに第二、第三の獣が集まっているのを感じたからだ。


死にたくない、と心の中に言葉が落ちてくる。血が流れていき、命が失われる瞬間に口を開いて暗闇に向かって囁いた。



「お…かあ…さま」




目が覚めたら傷は全て治っていた。私は生き延びた。


土のドームを天井から砂に変え、出ていく。朝の光に目を焼かれそうだ。どれくらい寝たのか分からないが、ものすごくお腹が空いた。


服を見ると牙の大きさに転々と穴があり、その中でもひときわ大きな穴がお腹の中央に開いていている。

穴から覗く皮膚に、ひきつったように痕が出来ているのが見えた。それを見て、嫁入り前の娘が体に傷をつけるなんて嫌だなあ、とごく自然に考える。


今、死にかけて目覚めた時に気にするのが傷痕だというのだから、本当に狂っている。

ルーディリア自身が自分をそう思うが、貴族の子女とはそうしたものなんだから仕方がない。


自分の身体は、嫁いだ先の夫のものだ。身体を傷つけることは未来の夫の財産価値を下げるに等しい、と教え込まれる。


ルーディリアは気まぐれにそこに手をかざした。すると、魔力が体内でいつものように渦巻いて傷痕さえも綺麗に消えた。滑らかな肌が朝の光を弾いている。


「…聖属性の癒し」


ルーディリアは死線を越えて、また一つ強くなったのだった。








過去の話しをしてみました。

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