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02 前途多難

翌朝、シーツに散る鮮血を見つけたアルバートは蒼い顔でベッドに横たわるルーディリアを見た。

エルヴィス殿下が側近とエインズワース侯爵家と共に何年も前から進めていた計画が今回実を結んだ。後妻の娘を王家に嫁がせ、腹にいる弟に侯爵家を継がせる。そうなると長女が邪魔になった。


そしてレインクロウ辺境伯のもとへ嫁がせようという運びになったわけだ。


アルバートは銀の髪を掬い上げると口づける。


彼女とは昔、王宮で会ったことがある。17の歳に次期レインクロウ辺境伯を正式に名乗るため王城の宴に出席した時のことだ。命をかけて国を護り、同胞の命を散らしながら魔物を狩ってきたが王家も貴族連中も有り難みなど感じてはいなかった。全て当たり前で、それどころか辺境の蛮族扱いを受けていた。


父も辺境を護る騎士達も誇りを持って立っていればいいと言っていたが、宴で食い物を貪るだけのブタ共に自分達がバカにされている事実が受け入れられず怒りと共に庭に飛び出した。


そこで彼女に出会ったのだ。

月光を反射して銀の髪は青みがかって輝いていた。

星のような光をたたえた青い瞳は吸い込まれそうなほど神秘的だと思った。

彼女は10に届くかどうかという歳で男の心を鷲掴みにする美しさを持っていた。


月明かりの中に立つ彼女は女神だと思った。


呆然と立つ自分に彼女がおずおずと「あの…」と眉を困ったように声をかけてきた。それにはっと気づくと慌てて居ずまいを正す。


「失礼、こんな場所にレディがいらっしゃるとは存じ上げず、あまりの美しさに女神が降臨されたのかと思いました」


昨日まで魔獣の背中に剣を突き立てて雷魔法で仕留めていたとは思えない自分の口から出た気障な台詞に彼女が「まあ、お上手ですわね」とクスクス笑う。


彼女のその年相応の笑顔に7つも歳が離れていたのに柄にもなく身体が熱く反応していたのを覚えている。その日から彼女のことが頭から離れなくなってしまった。


「私はレインクロウ辺境伯の息子でアルバート・レインクロウです。レディのことは存じ上げております。ルーディリア・エインズワース侯爵令嬢ですね?」


夜の庭園をエスコートをしつつ明るい城に彼女と戻る。あちこちの茂みから聞こえてくる艶めかしい男女の喘ぎ声から護るようにローブの中に隠すように進んだ。


「…えっと…エインズワース家はたしか、国有数の魔術師の家系で、ご自身も4属性魔術を得意とされているとか。素晴らしいことです」


その言葉にルーディリアがほんの少し驚いたような目で青い双眸を丸くした。目は口ほどに物を言うとは本当らしい。アルバートは口元を笑みに彩ると黒い瞳を彼女に向けた。


「お褒め頂き恐縮ですわ。女が力を持つなど生意気だと思っていました」


女は男を立てて、美しく着飾ったアクセサリーでいればいいという考え方がこの国の貴族の主流だった。だから女性が社会進出しているなどあり得ないし、魔術師として才能があるなど女であればひた隠しにしなければいけない恥ずかしい事なのだ。


「ずっと、婚約者の為に力を振るえと言われていましたから。私は私を所有する人の力として扱われるのです」


私が何かをしても、殿下のモノになる。そこには私がいたことさえ残らない。女は何の能力もないから。


もし、女がそんな事を考えていただなんて他の貴族にばれたら、それだけで不敬になり、でしゃばりの目立ちたがり屋だと噂されるだろう。


「だから、次期レインクロウ辺境伯閣下がそのように認めて下さったことは嬉しいのです」


へにゃ、と眉毛を下げて笑った顔を見たとき、アルバートは一瞬、言葉を失う。胸が早鐘のようにどきどきとうるさく鳴る。

ごほん、と仕切り直すように一つ咳払いをすると宴の会場に足を踏み入れた。



彼女とはそれきり、会うことも言葉を交わすこともなく時が過ぎ去り、再び運命が交わったのは皇太子が自分の婚約者の首をすげ替えようとしていると知った時だった。だから、この馬鹿げた婚約破棄騒動に乗ることにしたのだ。


レインクロウ辺境伯家が貴族の派閥からは距離を置いていることが彼らの矮小な心に疑念を生んでしまうかもしれない、とは常々感じていたことでもあった。


いくら権力があったからと言って、人は自分の心からは逃げられない。一度でも心が牙を向いたら、遅かれ早かれ後は戦いになるしかないことをアルバートはよく知っていた。


だから貴族は王家に疑念を抱かれないように愚か者の顔をして追従し、贈り物をし、敵意がない証に高位貴族達は妃に、あるいは側室にと自分の娘を送り出している。


こうして王家と貴族は持ちつ持たれつの関係でバランスを取っていたが、レインクロウ辺境伯家は武門の家であり、そのような権謀術数とは無縁でもあった。


ひたすらに武芸と魔術を極め、魔獣と向き合い続ける家、それがレインクロウだ。


それが上手く機能している時は良いが権力者は自分以外の強い者を疎み、排除したがる。


だから今回、この茶番の受け入れ先となるよう王家から打診された時に乗ったという理由もある。


王家は、一つ一つ積み上げる結果に満足して頷いていた。


それは、レインクロウの地に彼女を送り込ませるように陛下から命を受けたときに、あらかじめ作成された婚姻届にサインをしたときに、レインクロウの騎士がこんな姑息な方法でか弱いご令嬢を大人の力でいたぶり、おとしいれる事に加担したときに。


彼らは刺だらけの花のようなものだ。嘘と偽りを香りと見た目で誤魔化す。

そしてレインクロウにもその刺を持たせたいと思っている。


美しく聡明な皇太子殿下との婚約を破棄され、剣を振ることが仕事である自分の元に嫁ぐ事は侯爵家の令嬢にとって十分流刑に相当するという言葉は彼らの虚栄心を大いにくすぐった。


そうして王家は彼女をレインクロウ辺境伯領に棄てたのだ。


だが、この領地の者達にとったら彼女は自分達を蔑む貴族で、皇太子の婚約者だった女だ。しかも破棄の理由は義妹に対する嫉妬で嫌がらせを重ねてきたからというもの。


特に彼女の悪評の中には皇太子殿下の婚約者という身の上で部屋に男を連れ込んでいるというとんでもないものまである。


これについては義妹を含む侯爵家が率先して流していたものだ。ふしだらな娘に悩む侯爵と義母という立場から強くは言えない遠慮深い夫人。そしてそんな義姉を、それでも庇ういじらしい義妹。

それが彼らに対する評価だ。


彼らはことあるごとに言っていたらしい。


「母と死に別れ、新しい義母にも義妹にも心を開かない。母との死別が父親に対する強い執着を生み…それが最悪の形で現れているのだ。可哀想だとは思うが…とても殿下の側には上げられない」と。


もっともらしい言葉を並べた説明はルーディリアに対する優越混じりの憐れみと共に疑われることなく受け入れられた。


今や彼女は一番辛い時期に自分だけを見てくれなかった父の、理想の姿を追い求めて男を取っ替え引っ替えする立派なアバズレということになっている。


現にエインズワース家のメイドと使用人は誰もがルーディリアに対して良い印象を抱いていない。


そこまで考えて彼女の髪に指を通す。ルーディリアの話はただの噂だと屋敷の者にも伝えていたが、果たしてどれだけ効果があるか。


だが、時間ならいくらでもある。ゆっくりと周囲の誤解を解いていけばいい。


そんな事を考えていると、ノックの音が部屋に響いた。しばらくは誰も近寄らないようにと伝えておいたことから何か異常事態が起きたことを悟る。


素早く服を着ると「何だ」と言って扉を開けた。そこには既に武装を整えた部下が揃っている。


「スタンピートが発生しました」


その言葉にアルバートは表情を変える。スタンピート…魔物の大量発生。

アルバートは頭を即座に切り替えると「すぐに発つ」と答えた。


「装備を持ってこい」


その一言で屋敷が動き出した。


旦那様の装備を整えた執事は部下と共に屋敷を出立するアルバートを見送る。いつもなら粛々と進む騎馬隊の先頭で前を見据える旦那様だが、ちらりと視線を寝室に向けると「ルーディリア嬢を頼んだ」と言った。


主人の一言にメイドと使用人の反応がひどく冷ややかなものになっていく。

それを見て、噂の払拭は難しいことを感じる。

今自分が彼女の側を離れることが心配になってくるが仕方がない。


一抹の不安と共にアルバートは出立した。




ルーディリアが再び目を覚ました時にはアルバートはいなかった。情事の痕が身体中に散らばって恥ずかしくなる。


無言でメイドが入ってくるとベッドの上で起きているルーディリアを一瞥した。乱暴な口調で「起きてください」と睨み付ける。


ベッドから追い出されるようにして起きると不機嫌なメイドは、服を着るようにと言って綿の貧相なワンピースを手渡す。これでは誰も自分を辺境伯夫人とは思わないだろう。


「早くお着替えを。それとも、何も着ないで出歩くおつもりですか?」


それもお似合いですが、とメイドの笑いを含んだ侮蔑の言葉に反応を示すことなく紺色のワンピースを取ると袖を通す。これではまるで下働きのようだと思ったが、この屋敷では自分はそういう扱いなのだろう。


ため息をそっと飲み込むとメイドを見上げた。ルーディリアの視線を受けたメイドは訳知り顔で説明を始める。


「旦那さまは隊を率いて今朝方出立されました。そうなると1年はお戻りになりません」


メイドはルーディリアの腕をつかんだ。その目には怒りと憎悪と……嫉妬がちらついていた。


まるで主人が見ていなければ何をしてもいいとでも言いたげな態度にルーディリアは流石に眉をひそめると「離して」と口にするが、メイドはそれに小さく嘲笑を浮かべるだけだった。


そのまま引き摺られて自分の部屋に放り込まれるとバタンと大きな音を立てて扉が閉められる。


そうして立ち去り際に低い声で「今まで何人の男と閨を共にしたんです?こんな阿婆擦れと閣下が結婚だなんて…とんでもない不良品だわ、お痛わしい」と言った。


メイドの遠ざかる足音を聞きながらルーディリアは屋敷での自分の扱いにやっと納得がいったと同時に疲労を覚える。このまま、彼女達に蔑まれ、奴隷のような生活を少なくとも1年間も続けるつもりにはとてもじゃないがなれない。


「…逃げよう」


決意するとルーディリアは足元に魔法陣を展開する。これは魔法陣の中にある空白に座標を入力することで目的の場所に跳ぶものだ。ルーディリアはよく家や王城からこっそり秘密の場所に抜け出すのに使用していた。


ルーディリアの公表している魔法は基本四属性のみ。他にも聖属性と時空属性を会得しているが家族にも伝えることはしなかった。


最後は知っているか、いないか、それが知識の全てだ。そして、知識とは力だ。


「レインクロウ領国境の街、城塞都市シルヴィア」


唱えるとルーディリアの姿は魔法陣の光の中でかき消えた。



城塞都市シルヴィアは魔の森の脅威に常に晒されている。そのため、冒険者ギルドなどの荒事を専門とする集団や騎士達が強い力を振るっていた。


「やあ、久しぶり」


ルーディリアは冒険者ギルドの看板を潜ると扉についている鈴がチリンと鳴る。受付嬢が「あっ」と言って顔を見た。


「ルー!久しぶりね、元気だった?」


「サシャ、久しぶり。ちょっと最近忙しくて。すっごくバタバタしてたの。こっちは変わりなかった?」


女子二人できゃいきゃいはしゃいでいると、横から「お前、なんて格好だよ…」と呆れた声が聞こえた。確かに今の自分の格好は酷い。ルーディリアは苦笑すると軽く片手を振って、いつもの自分の装備に変えた。


どこにでも馴染む深緑のローブを身に纏うだけでAランク冒険者こと銀糸の魔女と呼ばれたルーがそこにはいた。


「でも良かったです。最近、魔物の襲撃が多くて…。何でも森の奥に魔力だまりが出来ているとかで、スタンピートが発生すると確定しました。2日後に領主様の軍が来てくれるんですよ」


サシャの説明にルーディリアは少し眉を寄せる。少しだけレインクロウ家から離れたいと思っていた矢先のサシャから出た言葉にひきつりそうになった。


「それで、Cランク以上の冒険者が強制参加を命じられてて、今ギルドは少し慌ただしいんですよ」と言っておっとり笑う。身体を少し揺らすと豊かな胸がほよん、と揺れた。


「え、Cランク以上?」

「そう、Cランク以上」


余程人手が欲しいのだろう。高位ランカー達は軒並みスタンピートに突っ込まれていた。


「いわゆる緊急クエストです。もう冒険者達は現地に向かっている者もいるみたいですよ」


サシャがにこりと笑うとルーディリアのギルドカードに緊急クエスト受注の文字が魔力で刻まれた。







冒険者ものも書いてみたかった。

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