01 お約束ですね。
書いてみたかった婚約破棄もの。
「ルーディリア・エインズワース、お前との婚約を破棄する!」
広間に響き渡る声にルーディリアは微かに眉をひそめた。目の前でツラツラと罪状とやらを読み上げる男、婚約者のエルヴィス様はこの国の皇太子殿下だ。
「お前は嫉妬にかられ、義理とは言え妹のリーリアを苛めただけでは飽き足らず、ならずものを雇い襲わせたようだな。私の婚約者に全く相応しくない。よって、お前との婚約を破棄する!」
エルヴィス殿下と彼の腕にすがりついて涙目でこちらを見ているリーリアを見やるとルーディリアは小さく息を吐いた。
「……わたくしとの婚約を破棄して妹を皇太子妃にすると、そういう解釈で間違いないですね」
肩をすくめて見せた後、優雅に微笑みを浮かべて返事をする。しかしその言葉の端々に滲む侮蔑を感じ取ったのだろう。殿下が憎しみを込めて「素直に罪を認める、というわけではなさそうだな?」と睨んだ。
それさえも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにルーディリアは眉を小さく持ち上げる。
「まさか。殿下がそう仰るならそうなのでしょう」
投げ遣りな言葉と共にエルヴィス殿下を見ると、彼は眉を寄せたままリーリアを抱き寄せた。
「お前のその冷たい青い目も、銀の髪もわたしは気に入らなかった。お前はいつでも私を見下し、馬鹿にしていた。愛らしいリーリアとは雲泥の差だ!」
エルヴィス殿下の低い声がルーディリアの胸をわずかに焼く。痛みも苦しみも感じないように蓋をしているが、辛くないわけじゃない。
義妹を見ると、エルヴィス殿下の隣で涙を浮かべてこちらを見上げている。ふわふわのストロベリーブロンドに、くりくりと愛らしい緑の瞳。侯爵家の令嬢として愛されてきたがゆえの愛嬌に満ちた可愛らしさが全身から溢れている。
ああ、可愛いな…確かにリーリアは完膚なきまでに可愛いよ。
「ルーディリア、お前はレインクロウ辺境伯に嫁ぐよう命じる」
ルーディリアの悲しみなんて知ったことではないエルヴィスがそう高らかに宣言すると、周りの女子から「きゃあ!」と悲鳴が聞こえた。
レインクロウ辺境伯と言えば戦場で誰よりも敵を屠った残虐非道な冷血と言う話しだ。その領地では毎日のように魔獣の侵略と戦っているとか…。
ルーディリアも耳にしたことがある。
部下を囮に魔獣を引き付け、餌として喰わせている間に掃討作戦を決行したとか…そんな話しだった。
それを聞くたびに愚かなことを、とルーディリア自身は嘲笑っていた。人の噂などあてにはならない。
彼らは戦場を知らない子ども達だ。そんな人間が最前線で命を削る戦士を愚弄するなど…愚かなことをするものだ、と。
しかし、この流れを見る限りエルヴィス殿下もまた、辺境を死地と見て自分を送り込むことに嗜虐的な愉悦を感じているようだった。
ルーディリアは神妙な顔で目の前の婚約者、いや、元婚約者を見つめた。
彼は書記官に目を向けるとルーディリアに「サインしろ」と言って紙を広げさせた。
そこには既にレインクロウ辺境伯のサインが入った婚姻届がある。用意周到なことだ。
ルーディリアが書面にサインするのをじっと見つめて、最後の一字を書き上げた瞬間に取り上げる。
そうして彼は、楽しそうに締めの言葉を口にした。
「お前の父であるエインズワース侯爵には既に了承を得ている。レインクロウ辺境伯によろしく伝えるように」
とうとう、ルーディリアに一泡吹かせてやったという充足感にエルヴィスはスゥ…と息を吸って、深く吐いた。
そのままエルヴィスが片手を上げるとルーディリアの両方からガシッと騎士が拘束し、ホールからひきずるようにして排除した。
そのまま馬車まで引きずると騎士はルーディリアを蹴り飛ばす。そして睥睨しながら「ふん」と鼻を鳴らした。
「王家から見限られたお前に礼を尽くす騎士などいない。さっさと立ち去るのだな」
ルーディリアは馬車の中から睨むが、騎士は既に背を向けて立ち去っていった。
こうして皇太子の元婚約者ルーディリア・エインズワースは辺境へと消えていった。
ごとごとと揺れて5時間ほどだろう。暗い闇夜の中にぼんやりと部屋の明かりが見えるだけだ。レインクロウ辺境伯の屋敷に着くと1人の執事が出迎えた。侯爵家の娘を相手にするには明らかに失礼な扱いだが、執事はルーディリアを冷ややかに一瞥しただけだった。
「こちらへどうぞ」
一言だけ告げられて案内された場所は下働きが寝泊まりするための部屋だった。壁紙などない部屋の中、窓際に簡素な寝台があり、簡単な物入れが角に置いてある。
「ここが今日から過ごして頂くお部屋でございます」
呆気に取られてちらりと執事を見たが、その顔は至って澄ましており涼しい顔だ。
ルーディリアは溜め息をいて「わかりました。それにしても、レインクロウ辺境伯閣下はどちらにいらっしゃいますか?」と問う。それに対して執事は苦々しい顔で「ご案内致します」と言って歩きだした。
次に案内されたのは豪奢な部屋だった。そこには数人のメイドが立っている。彼女達に「支度をしなさい」と命じると簡単な挨拶と共にルーディリアを飾り始めた。
入浴、化粧、脱がせやすい下着などを手際良く整えてベッドに促す。一人、所在なくベッドに座らされたルーディリアにメイドが声をかける。
「後は旦那様の望むようになさいませ。ああ…」
メイドの顔が嫌らしく笑みで歪み、悪意がその目に見える。
「閨で男性に尽くすのは…お得意でしたね」
そこまで言うと、メイド、使用人の区別なくクスクスと笑いが起こる。ルーディリアは何を言われたのかよく分からずひたすら眉を寄せていた。
当然だが、歓迎されていないようだと思うと気が滅入りそうになる。
パン、と手を叩く音と共に執事の小さな咳払いが響いた。
年嵩のメイドが「静まりなさい」と言って奥に続く扉を小さくノックした。
準備が整ったことを扉越しに伝えてメイドと使用人が部屋を後にする。扉の向こうから一人の男が現れた。
黒い髪に黒い瞳。
まるで夜みたい、とルーディリアは思う。
大きなベッドの真ん中に座らされて、銀の髪の中から自分を見つめる青い双星のような瞳に男…アルバート・レインクロウはぞわりと粟立った。
「私がアルバート・レインクロウだ、ルーディリア・エインズワース侯爵令嬢殿」
服を緩めながらベッドに上がると蒼い瞳が自分をじっと見つめていた。
「えっと…よろしくお願いします」
想像したよりも抜けた受け答えに唇が笑みに歪むのを自覚する。妻になった女の服を脱がせると自分も脱いだ。
「ああ、よろしく」
クッと噛みつくように笑って彼女の唇に自分の唇を重ねた。




