21 それぞれの領分
更新できず申し訳ありませんでした。子ども含め、家族全員風邪ひきまして…。
やっと一話書けました。まだ熱が抜けていないのでゆっくりやっていきます。
いつもスタンプ、ブクマありがとうございます。
これからも頑張ります。励みになります。
ルーディリアの首に揺れ石は革紐を巻き付けただけの簡素なものだ。黒く光るガラス質の石はアルバートを思い起こさせる。
彼と2人で回った露店と街並みを思い出した。
彼はどこか自慢げに城塞都市の活気を口にしていた。魔物が沸いてくる森に隣接しているのに、人々は活気に溢れ、希望を忘れない。
剣を振ると目の前の魔物を切り捨てる。少し離れた場所でアルバートが敵を数体同時に退治していた。
後から後から渦巻きを通って向かってくる魔物と魔獣、そしてそれらを指揮する司令官のような魔物達が奥から進んでくる。
「一体、何体いるんだ」
ルーディリアの呟きにいつの間にかそばにいたアルバートが「今は目の前に集中しろ」と言う。
魔物の司令官が「女神エリスの名において!」とか「勝利をエリスに捧げよ!」とか叫んでいる。
ルーディリアはその名前を昔、学院の図書館でみたことを思い出していた。
それは太古の文明を記した書物であり、本の内容の真偽は明らかになっていないと明記されている歴史書だ。
かつて、3つの大陸が海に浮かんでいて、科学技術も高く、人と人の距離は今よりうんと近かったらしい。
栄華を誇ったかに見えたその大陸と文明はある日突然波間に沈んだ。その記録の中に「女神エリス」の名が記されていた。
女神エリスとは何を意味するのか、これは前文明を研究する学者の中では極めて重大なテーマの一つになっている。
ルーディリアも家庭教師としてついていた歴史の先生の講義で熱く語られたし、ロマン小説の題材になるほど有名ではある。
それをなぜ魔物が口にするのだろう。
その奇妙な一致に胸騒ぎを覚えたルーディリアはアルバートをチラリと見た。
彼の荒々しくも流麗な剣技にルーディリアは見惚れる。顔に散る返り血ですらアルバートの端正な美しさを損なうことはない。
敵の首を一刀両断し、ポーンと飛んでいったところで彼は息をついた。
「後から後から、鬱陶しいな」
「あの渦巻きを何とかしなければいけませんね」
ルーディリアが黒々とした渦をにらむ。そこから湧き出る魔物を見つめた。
「貴様ら如き羽虫が門をどうにかしようなどと片腹痛い」
横合いから轟くような轟音と共に岩が降り注いでくる。宙を舞う無数の岩影を足場にリザードマンが1匹踏み込んできた。
それをルーディリアが正確に打ち、切り返す。炎と風の合わせ魔法を放つとリザードマンが身を翻してよけた。
「ふん、人間にしてはなかなかやるではないか。隣の男といい、貴様といい、そこそこに鍛えていると見た」
だが、甘い。
そう言って額の突き出た角から攻撃を繰り出した。角は水をまとい、木々を薙ぎ倒す刃に変わる。ルーディリアを庇う形でアルバートが間に入り、角を削いだ。
「一つ気になっていたことがある」
静かに口を開いたアルバートがリザードマンとにらみ合う。
「……この前から続いているスタンピードには何の意味がある?お前達は余力を残していつも撤退する。こうしてあちらこちらで災害をただ撒き散らしているようにしか見えん」
魔族が自然から生まれた存在であることも、世界のバランスを担う一員であることも知っている。しかし、それとスタンピードに繋がりが見えない。
「これも、自然のバランスの一部なのだろう?だったら何のバランスを取っている?この虐殺に意味があるのか?」
アルバートは叫んでいた。ルーディリアも魔物が自然から生まれたことも何らかのバランスを取っていることも知っているが、彼らの行動の本質までは分からない。
この問いは領地を守る貴族の問いであり、人々のつましい生活を守る騎士の問いでもあった。
「正義のためだ」
一言リザードマンが口にすると尻尾をブン、と振った。覇気を漲らせるとリザードマンの筋肉がにわかに膨張する。
アルバートもまた、距離を計りながらジリジリと歩を進める。お互いの緊張が高まった瞬間、リザードマンの槍が地を這うように突き出てきた。
向かうアルバートも自分を中心に雷を落とす。黒い雷がリザードマンの槍に落ち、痺れて取り落とした。
「…正義? 人々を襲い、家を焼き、悪逆を成す…それらのどこに正義がある?」
自分達にとって魔族は敵だ。彼らが悪なのだ。
そうでなければ、家族を殺され、住む場所を奪われた人々に合わせる顔がない。
悪でなければならない理由がそこにはあった。それはイデオロギーじゃない。
正義も悪も家族の涙と怨嗟が生み出しているのだ。
それはもう既に病のようなものだった。ただし、口にした者から感染する言うなれば意識の病。
「言いたいことはよく分かる。だが、お前達には想像も出来ないほど世界は広く、多面的だ」
リザードマンが理知的な瞳をアルバートに向ける。彼の赤い果物のような瞳には知性と憐れみが込められていた。
その、何でも分かっていると言いたげな目に苛立ちが込み上げる。ルーディリアが渦に向かって叫んだ。
「……魔族の王よ。この戦いもどうせ高みの見物をしているのでしょう?表に出てきなさいよ!それとも殺戮しか出来ないのかしら!?」
喉が枯れるんじゃないかと思うほど叫び、魔法を渦に向かって放つ。自分が考えうる最高火力だが単純な攻撃だ。
どうせ誰も出てきやしないと思って目の前のリザードマンへとアルバートと共に向き直る。ただの腹いせだったから渦に反応がなくても気にならない。
魔族側の正義とやらに無性に腹が立っただけだ。
「薙ぎ払え」
ルーディリアが水を手に刃を生み出す。無数の刀身がリザードマンを全方位から攻撃し、隙間を縫うようにアルバートの雷が貫く。
「……面白い。私を相手に啖呵を切るとはな」
男の声が渦の向こうから聞こえる。
飛沫と光が静まったとき、リザードマンの姿は見えなかった。いや、正確にはその間に1人の男が立っていた。
長身の男は背後にリザードマンを庇い、渦を発生させて逃がす。
黄金の髪を風になびかせてルーディリアとアルバートをにらんだ。その瞳はやはり金に輝いている。
「小うるさく騒いでいたのは女の方か」
ルーディリアが渇く喉を精一杯動かすと「…魔王」と呟いた。アルバートがそっとルーディリアに近づくと守るように立つ。
立っているだけで失神しそうなほどの圧を感じる中、ルーディリアが震える身体を叱咤するように構えをとる。
「そうよ。でもまさか魔王本人が出てくるとは思わなかったわ」
震える唇で強気を装っても滑稽なだけだ。頬を冷や汗が滑り落ちた。
「お前達との小競り合いに私は飽きたのだ。エリスの身を保たせるために私の部下に人を間引かせるのもな」
エリス……魔族の大切な女神の名前。古代文明でも重要視されている存在だ。彼女のために私達はずっと攻撃されていたらしい。
じっと魔王と呼ばれる男が自分達を見る。その数秒が何時間にも感じられた。
やがて紫の瞳の男、魔王はルーディリアをひたりと見つめながら「あれだけの事を私相手に言ったのだ。相応の働きを期待しているぞ」と言って嗤った。
アルバートがルーディリアを庇うように立つと剣を向ける。しかし魔王本人はそれを無視するかのように話しだした。
「これは慈悲という名の気まぐれだ。お前達の罪の償いに死以外の方法を与えてやる」
そう言って魔王は渦を発生させながら口にした。
「心に闇を持つ人間……世界を無に帰す悪しき闇の魔法の持ち主を始末しろ」
その台詞に一番始めに思い付いたのは義妹リーリアの顔だ。世界を無に帰す悪しき魔法……それは一体、どんなものなのかも分からないのに。
それに気になることが一つある。
「それは……女神エリスのためにリーリアを止めろ……殺せということ?」
自分の想定が正しければ、悪しき魔法で世界を滅びに導いているのは義妹だ。そうして自分はそれを止める、つまり彼女の息の根を止める役目を与えられたということ。
そして、魔族が奉じる謎多き女神、エリス。古文書や石碑でしか見ないその名前を彼らは確かに肉感を持って口にする。
何か人智の及ばない場所で何かが起こり、その中心には女神がいる。それを感じる。
しかし、ある種の確信を持って口にした問いかけも魔王に対する揺さぶりにはならなかったようだ。魔王はその冷涼な眼差しを向けただけだった。
「こちらも沢山犠牲を出している。教えて欲しいのよ……貴方達は何をしているの?」
ルーディリアの言葉と眼差しに魔王は一瞬眉をしかめたが確かに黙して語らぬまま済ますには互いに犠牲が多く出たことは自覚していた。
そうして先ほどの「エリスのため」という言葉に苦笑をもらす。本当に人間らしい台詞だと思う。
「彼女のために出来ることなど何もない。波が海に何も出来ぬように、風が空に何も出来ぬように、生まれたものは産むものに何も与えることができないのは道理だ」
神々しいまでの圧倒的な力を放ちながら魔王が静かに言った。
アルバートは一瞬息を呑む。
魔王とは、魔族とは、もっと露悪的で醜悪な存在だと思っていた。人間を憎み、人間に敵対し、意味もなく自分達を襲う理性なきケダモノ。それが自分達人間の魔族に対する理解の限界だった。
でも、今目の前に立つ魔族の王は静謐な叡智をたたえた瞳で自分達を見ている。
「……お前達の守るべき正義、女神エリスとは何者だ」
アルバートが抜き身を握りながら囁くように口にする。ルーディリアの目の前でアルバートの泥と埃にまみれた漆黒のローブが風になびいた。
「エリスとは、我らにとっての全てだ。お前達が気にすることなく踏みつけている大地は彼女の肌。当然のように口にする空気は彼女の息……我ら魔王と呼ばれる存在は女神の神官として祭事を行う。そのために星の危険を感じると目覚めるのだ。破壊と創造の神としての役割を果たす」
そうして、これらスタンピードと呼ばれる一連の出来事は、いわば祭事の前の「露払い」に近いものなのだ、と魔王を名乗る男は続けて言った。
「この天災が……露払い」
アルバートが呆然と呟く。
ルーディリアは絶句して言葉を失っていた。
人からすればスタンピードは明らかに人智を越えた災いだ。しかし、相手にとってのそれは同じ意味を持たないものだったのだ。
「天災などと…大げさな。それは大地が揺れ動き、地面が割れ、山が火を吹き、海が大陸を呑み込むことをいうのだ。お前達がスタンピードと仰々しく呼ぶこれはさしずめそよ風のようなものだ」
それだけの次元が違う力を口にされ、呆れられる。自分たち人間が何とか出来る相手ではないということをはっきりと自覚させられてしまう。ルーディリアは干上がった喉をごまかしながら「でも」と言った。
「それならば何故、私達に闇の魔法を使う者を倒せと言うの?貴方がやれば早いはず…」
そのもっともな問いに魔王は「くくっ…」と笑う。
「愚かなものよ。人間はいつの時代も同じことを言うのだな。私のように、大いなる女神と共に存在する神はそのような些事では動かん。特に私は祭事を司る神……美しき女神の力を具象化する……国鎮めと新たなる国産みの祭事を成す役目を持つ金色の龍神である。この大地とて、遥かな太古に私が沈め、新たに私が産んだのだ。人のことに構いなどするものか」
人のことは人がやれ、と言い放った。
本来ならば魔王と呼ばれる龍神の前に対等であるかのように振る舞い、頭も下げずに立っているなど許されないことだが、彼はどうやらこの程度のことでは無礼だと怒ったりしないようだ。
「……いかに神々にとっては露払いでも、私達には十分に命がけの災いです。人がどれだけ小さかろうと今、ここに生きている以上は脅かされたくないのです。それに、そちらの言う天災に見舞われるのもご遠慮申し上げたい。女神エリスの憂いを私達人間が払えばこの一件、手を引いて下さいますか?」
ルーディリアが今までとは比較にならないほどの丁寧な言葉を口にした。自分達が魔王と呼び、攻撃していた存在が何なのか、ほんの少しでも理解すれば今までのような対応は出来ない。
魔王と呼んでいた存在の目を見つめる。今、気づいたが彼の目は縦に瞳孔が割れていた。
その目はルーディリアとアルバートをまっすぐに見ると言い放つ。
「地を汚し、水を穢し、火で争う……人は人と常に殺し合い、憎み合い、傷つけてきた。いかにお前が言葉を重ねようとも人の罪は重い」
魔王……龍神が手を天にかざすと雨雲が垂れ込める。雲から金の雷が一つ落ち、激しい閃光と共に天に龍が駆け昇る。
黄金のたてがみと鱗を持つ龍神がそこにはたたずんでいた。
「人間よ、女神エリスの憂いを晴らせ。吾も六度大地を海に没するは本意にあらず」
そう言って金色の輝きをうねらせるように宙に生んだ渦巻きの向こう側へと消えていった。
あまりの圧に2人は顔を見合わせると、特にルーディリアは腰が抜けたようにその場に座り込んでしまう。
「……生きていることが、奇跡ですね」
かろうじてルーディリアが震える声で呟くと、龍神が消えていった空を睨むように見据えながらアルバートが「ああ、そうだな」と言った。




