22 暗転
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その夜、アルバートとルーディリアは同じベッドで身体を寄せ合うようにして眠った。
自分達の尺度では決して測れない存在に、翻弄されている。その事実がたまらなく苦しかった。
自分達が魔王と呼んでいた者の圧倒的な重圧を思い出し、言われた言葉を思い出す。
「アルバート様……」
世界の命運が気づけば自分達の両肩に乗せられている。さすがにそこまでの事態は想定していなかった。
それに相手も悪い。リーリアを止めるにしても、息の根を止めるくらいしか思いつかないのだ。
「魔王が言う悪しき魔法の持ち主とはリーリア…ですよね」
「あの様子では……そうだろうな。問題はどうやるか、だ」
相手は皇太子妃殿下なのだ。そこら辺のモンスターの首を取るのとは訳が違う。
アルバートの身体に自分の身体を預けると後ろから強く抱き締められた。
「結婚式…そう、結婚式です。1ヶ月後に式を控えている。そこでリーリアを止めましょう」
今まではリーリアにやられるばかりだったが、今度はこちらから攻めていく。これでも可愛い義妹として自分がやられてきた事に目を瞑ってきたけれど、あんなモノに排除を求められるなんて……。
「確かに義妹はあんな感じですが、世界を崩壊に導くような、それほど酷い魔法に手を出すでしょうか…」
「ルーディリア…自分の目で見なければ納得のしようがないだろう。だが、私は精神干渉魔法で貴女を奪われかけた。彼女にかける情はない。だが姉妹として生きた以上捨てきれない思いが貴女にはあるのだろう。辛いなら私がやる」
アルバートのはっきりとした返事にルーディリアが深いため息をつく。決意を固めるように微笑んだ。
「いえ、魔王の言うようにあの子が何かを企んでいるなら、義姉である私が止めます。そうして世界の崩壊も、スタンピードも何もかも解決して、一緒に屋敷に帰りましょう」
「ああ、そうだな」
アルバートがルーディリアを抱き締めながら肩口に唇をつける。くぐもった低い声が彼と自分の生を強烈に感じさせた。
身体に走る甘い疼きに素直に身を委ねると、彼の黒い髪に指を絡める。戦場帰りの女騎士がやたらと妊娠率が高い理由が何となくわかってしまった。
死を前にして戻ってきたら、生を肉体で実感したくなる。そういうことだ。
一度死に傾いた天秤を戻すためには、生を強烈に刻むほかない。今頃、恋人達はもちろん、相手のいない騎士は一夜の恋人と過ごしているのだろう。
人の肌はささくれた心を優しく宥め、温もりは死に傾いた心ごと抱き締めてくれるようだ。
生きている、と強烈に感じる。生命を互いに与えあって、互いに受け取った。
幸せに浸りながらルーディリアはアルバートの与える熱に身を委ねた。
「お義姉さま、ようこそ。」
1ヶ月後の式典に向けて、姉の立場で登城する。幼い頃から通った城に皇太子妃として座っている義妹をしみじみと見上げた。
アルバート様と共に妃殿下の私室に案内されると促されるままに腰掛ける。
指輪を渡されたあの日と同じ光景が繰り返され、アルバートとルーディリアは嫌でも緊張した。
しかし、いつまでもだんまりと言うわけにもいかない。紅茶を飲み、菓子をつまむリーリアを見つめる。
「リーリア…貴女に聞きたいことがあるの」
魔王から言われたことを頭によぎらせるとルーディリアが震えそうになる声を呑み込んで言った。
「貴女、私に何か言うことはない?」
義姉の蒼い瞳がひたり、とリーリアに突き刺さる。それを微笑と共にかわすと「あら、もしかして…この指輪の件かしら?」と見せつけてきた。
リーリアによって戦士病を発症したのはつい最近の出来事だ。離れた互いを繋げて魔法を直接かけてきた。
リーリアの指を飾るそれはキラキラと輝き、人を操る恐ろしい魔術具であることを忘れさせる。
「それについても、言いたいことはゴマンとあるわ。でも、貴女…最近新しい魔法に目覚めたのではないの?」
向かい合って両者共に探り合う。リーリアが紅茶を一口含むとにっこり笑った。
「あら、お義姉さまはどこでそれをお知りになったの?」
「……信頼できる筋から、とだけ答えておくわ」
信頼も何も命のやり取りを文字通り交わしていた魔王からの情報だが。
正確には魔王の部下達と命のやり取りをしていたのだけど、そこは別にいいだろう。
「……まあいいわ。お義姉さまの言う通りよ。この魔法は特別なの。欲しいと思ったものを何でも吸い上げてくれるのよ」
そう言うとリーリアは影をブワリと膨らませた。黒々とした中に渦が見える。
1人、後ろに控えていた侍女がリーリアの影に呑み込まれた。別の侍女が何もなかったようにカップに新しいお茶を注ぐ。
人が1人呑み込まれたと言うのに、この落ち着きように異様なものを感じて気味が悪くなる。
「リーリアのお城にようこそ、いらっしゃい。お義姉さま」
全員が操られ、彼女の手に城も国も堕ちている、そういうことなのだ。
「リーリア……貴女……そう、やはり堕ちてしまったのね」
ルーディリアが手のひらに汗をにじませてギュッと自分の両手を握る。その上から、そっとアルバート様が手を重ねてくれた。
リーリアが扇子を広げると、蛇のような温度のない視線を向けてくる。
「あらあら見せつけてくれるじゃない。ねえレインクロウ卿、貴方の隣にいる人は私のお義姉さまなんだけど……そろそろ返していただけないかしら?」
憎しみのこもった影がアルバートの足元から伸び上がり、まるごと呑み込んだ。
「くっ…」
眉を寄せた顔が影の向こう側に消えていく一瞬、ルーディリアと視線が交わされる。
「アルバート様っ!」
ルーディリアが椅子を蹴って立ち上がるが、今更遅いと言わんばかりにリーリアが微笑んだ。
扇子をパチン、と閉じるとルーディリアの肩にポン、と置く。
「どうぞ、お座りになって下さいな?」
リーリアの悪い癖を今さらながらに思い出す。ルーディリアは真っ白になるほど拳を握る。
ポタリと1滴、床に血が垂れた。
「貴女は…昔から、私の大切なものを奪っていたわ…。今回も……そうなのね」
圧し殺すような声に怒りを滲ませてルーディリアはリーリアを真正面からにらみつけた。




